表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第二話「山岳地帯と空中散歩」
343/1491

296.「谷底の白旗」

 草木を()って歩き続ける。森に満ちた青々とした香りで、なんだか(さわ)やかな気分だった。油断も(すき)も許してはいけない状況ではあったが、キュラスへはまだまだかかるだろう。あまり気を張りすぎても疲れるだけだ。


 キュラスへ実際に行ったことはなかったものの、話には聞いている。交易(こうえき)のための馬車はほとんど行き()せず、街道だって大して整備はされていない。いかに開かれた宗旨(しゅうし)でも、立地が人を遠ざけていた。魔女は『来る者(こば)まず去る者追わず』の姿勢(しせい)と言っていたが、こんな山岳(さんがく)地帯ではなにが起こっているやら知るよしもなかろう。魔女が未来視(みらいし)で確認したというのなら確かだろうけど……。


 木々が地形を隠すように()(しげ)っているのであまり実感はなかったが、よく注意して歩くとゆるやかな登り坂が続いているようだった。気付いたら疲労困憊(こんぱい)、なんてことになりそうな予感がする……。わたしは体力に自信があるけど、シンクレールはどうだろう。さっきから息が乱れがちになっている。ヨハンはというと、論外だ。数メートル進むごとにうんざりしたようなため息を繰り返している。


「二人とも疲れてない?」


 そう聞いてもシンクレールは気丈(きじょう)に首を振って否定し、ヨハンはへらへらと調子よく笑うだけである。


「そう言うお嬢さんこそ、休憩したいんじゃないですか?」なんて言うから困りものだ。


「わたしは平気よ。元騎士だもの」


 言ってから、しまったと思う。シンクレールだって騎士なのだが、明らかに息が上がっている。まあ、そもそも繊細(せんさい)な精神力を要求される魔術師なのだから、体力が少なくても不思議ではない。けれど彼は、それを()じているような雰囲気があった。


「そうだ。元騎士だもんな……僕も」


「あ、でも、シンクレールは魔術師だし……」


「平気さ。たかが森歩きじゃないか。なんてことはないよ」


「ならいいけど……無理しないでよ」


 すると、シンクレールは弱々しい笑顔を浮かべた。


「おや」と、唐突(とうとつ)にヨハンが声を上げる。


「どうしたのよ」


 ヨハンは苦笑いをして、進行方向からやや()れた斜向(はすむ)かいの木を(ゆび)さした。「(なつ)かしいものを見つけましてね」


 彼にしては不快そうな口調である。怪訝(けげん)に思って指の先を追うと、木の根元に白くて丸っこい物体があった。ちょうど拳くらいの大きさで――。


「爆弾胞子(ほうし)……」


 気付いたら声に出てしまった。


「ええ。ここにも群生(ぐんせい)してるんでしょうかね」


 ひとつあるということは、ほかにも存在するのだろう。そもそも爆弾胞子は単体で発生する(しゅ)ではない。


『鏡の森』の景色が(よみがえ)るとともに、嫌な姿を思い出してしまった。


 魔術都市ハルキゲニアを(おとしい)れた、倫理観(りんりかん)を一切持ち合わせない科学者――ビクター。奴が作り出した悪質な道具に爆弾胞子が使われていたのだ。


「爆弾胞子ってなんだい?」


 シンクレールは眉間(みけん)(しわ)を寄せた。爆弾、というフレーズは確かに物騒な響きを持っている。なにも知らない人からすれば不審(ふしん)に思うのが当然だろう。まあ、警戒してしかるべき代物(しろもの)だけど。


「キノコの仲間よ。刺激を与えると爆発する。そうね……人がちょっと吹き飛ぶくらいかしら」


 致命的(ちめいてき)とまではいかないが、()けるに越したことはない。その程度だ。


 しかしながらシンクレールはますます不安そうな表情をしてみせた。


「困ったな……そんなものがゴロゴロ()えてるんじゃ危なくて仕方ない」


「それはそうだけど、回れ右するわけにもいかないわ。気を付けて進みましょう」


 爆弾胞子(ほうし)群生地(ぐんせいち)だけを迂回(うかい)するなんて出来ない。どの範囲に散らばっているかも分からないのだ。無暗(むやみ)に道を()れても遭遇(そうぐう)してしまう可能性はある。だったら注意を(おこた)らずに先を目指したほうがいい。


「陽が暮れる前に群生地を抜けられたら一番ですなぁ……」


 ヨハンがぼそりと言う。間違いない。今はまだ陽が出ているからいいけど、夜になれば気付かずに爆弾胞子を()むなんてことにもなりかねないのだ。いくら警戒しても、人間の目には限界がある。


「ところで、その爆弾胞子ってのはどれほど刺激すると爆発するんだい?」


「個体の大きさにもよるから正確には分からないけど、()ったり踏んだりすれば間違いなく爆発するわね――あっ!!」


 何気なくシンクレールの足元を見たら、ちょうど彼の靴が爆弾胞子を踏む寸前(すんぜん)だった。そして当然()に合うはずもなく――。


 どかん――といくはずだった。本来なら。


 シンクレールは気が付いたのか足元に目を向け、弱々しく苦笑を浮かべた。彼の靴裏の爆弾胞子は、踏まれたままの姿で凍り付いている。


「凍れば爆発しないんだね」なんて呟く彼は、案外したたか(・・・・)なのかもしれない。爆弾胞子の存在に気付いてから、こっそりと氷の魔術を使っていたのだろう。見栄(みえ)なのか知らないけど、わたしに(さと)られないよう、足元だけに魔術を集中し、おまけに魔力の隠蔽(いんぺい)までして。


「……シンクレールは大丈夫そうね」


「私の足にもかけてほしいくらいですよ」


 そんな軽口を(はな)つヨハンに、シンクレールは敵意たっぷりの短い笑いを返した。


「凍り付いてもいいなら、いくらでもかけてやるさ」


「手厳しいですなぁ」


 肩を(すく)めてへらへら笑うヨハンも見慣れたものである。二人の状況は相変わらず、()めがたい(みぞ)が横たわっていた。


 そんな軽口を叩きつつ、どんどん進んでいく。何度か休憩を(はさ)みつつではあったが、順調なスピードだった。現在地は失っていたが真っ直ぐ進んでいることに違いはない。確実にキュラスは近付いていることだろう。


 いつしか太陽は、最後の濃密な光を(はな)っていた。濃い(だいだい)に染まった雲が枝の隙間(すきま)でのんびりと浮かんでいる。


 あれ以降も爆弾胞子(ほうし)は見かけたが、(さいわ)いなことにわたしもヨハンも――そしてシンクレールは当然――引っかからなかった。魔女の(やしき)を出たときは過酷な道のりを想像したものだが、予想よりはずっとスムーズである。まだ二日目なので油断は出来ないものの、不要な消耗(しょうもう)がないぶん、体力に余裕があった。


 夕暮れの森をずんずん進んでいくと、不意に開けた場所に出た。数メートル先は(けわ)しく切り立った崖になっている。こちら側と向こう側とが、幅五十メートルもありそうな谷で分断されているのだ。


「これは……迂回(うかい)するしかなさそうですなぁ」


「こんな場所に出るなんて……」


 街道側には橋でも()かっているのだろうか。地図を見る限りそれらしい記載(きさい)は見つからなかったが、長さ五十メートル程度の橋であれば書かれないことも多い。むろん、馬車が進むことも出来ないような粗末(そまつ)な橋なら別だが、きっと街道側には頑丈(がんじょう)幅広(はばひろ)な橋が架けられているのだろう。


「どうしようか。街道のほうに行こうか?」とシンクレールが不安げに聞く。


 どうすべきか、という問いにはなかなか答えづらいものである。こんな状況ならなおさらだ。街道と今進んでいる道。両者にはかなりの距離が開いてしまっている。それも当然で、人目(ひとめ)()けるために森を直進し続けたのだから。


「シンクレールさん。天の階段(ステラ・ステップ)は使えますか?」


 ヨハンが(うなが)すと、シンクレールは素直(すなお)に首を振って否定した。


「氷で疑似的(ぎじてき)な橋を作ることは出来るけど……やめたほうがいい。無事に渡り切れるとも限らないから」


 シンクレールの言葉を、単なる自信のなさと考えることなど出来なかった。五十メートルの橋を維持(いじ)し続けるのもそうだが、不測(ふそく)の事態が起こればそれだけで全滅である。冷静に考えて、彼の魔術に頼り切るのはあまりに危険だ。


「さて……どうしましょうかねぇ」


 ぼんやりと呟くヨハンの目が、興味深そうに谷底へと落ちていった。


 つられて覗き込むと――。


「困りましたねぇ……」


 頭を()いてため息をつくヨハンの気持ちはよく分かった。どうすべきか判断に迷う、というよりも、面倒事(めんどうごと)の匂いを感知したのだろう。


 (はる)か谷底で、何者かが巨大な白旗を振っていた。まるで助けを求めるように。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。現在はナンバー4。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。故人。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』『Side Johann.「跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)朝月夜(あさづくよ)」』にて


・『爆弾胞子(ほうし)』→森に()える菌糸類(きんしるい)の一種。衝撃を与えると爆発する。詳しくは『147.「博士のテスト・サイト」』にて


・『天の階段(ステラ・ステップ)』→空中に透明な足場を作る魔術。初出は『112.「ツイン・ラビット」』


・『鏡の森』→ハルキゲニアの北に位置する海峡を渡った先の森。初出は『104.「ハルキゲニア今昔物語」』


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ