30.「メリー・バッド・タクティクス」
馬はやがて速度を緩めた。
「『関所』前で待機なんて、正気かよ」
同乗の男は吐き捨てるように言った。確かに、あまりにリスクの大きい作戦だ。
「同感ね。狂った作戦よ。けれど、『関所』を取り戻すにはそれがベストでしょうね」
わたしは出発前の作戦会議を思い出す。
出発前、ヨハンは作戦の一部をわたしたちに説明した。曰く、まずは魔物たちを『関所』に集め、『関所』左右の穴ぐらを物量で攻める。穴ぐらの入り口を突破された以上、タソガレは魔物との交戦を余儀なくされる。そこにわたしたちが乗り込んで三つ巴の乱闘を繰り広げる、というわけだ。穴ぐらの入り口には強固な鉄扉が取り付けられているのだが、それをどうするのかと問いかけたのはミイナだった。魔物対策の一環として頑丈な造りになっているらしい。それに対するヨハンの回答は「どうにかしてみせますよ」だった。そんな答えでは到底納得できなかったわたしだが、案外ミイナとジンは簡単に引き下がってしまった。ヨハンがなんとかするというのなら、それは遺漏なく実行されると信じているようだった。「着実な仕事は、着実な信頼を育てますから」とヨハンは得意気に言っていたが、当然の如くわたしには彼が裏切る姿しか想像できなかった。が、確かに入り口さえ突破してしまえば後はどうとでもなるだろう。
そもそもその理論なら魔物だけを先行させて、疲弊したタソガレのメンバーを襲撃すればいいのではないかと思ったのだが、そうも上手くいかないらしい。というのも、タソガレも『関所』には精鋭部隊を送り込んでいるはず、というジンの言である。『関所』自体がそれほど多くの人員を収容できる造りではないらしい。せいぜい五十名程度が関の山、との話だ。タソガレ盗賊団の規模から考えると、十分の一にも満たない。奪取したばかりの重要拠点にもかかわらず、たかが魔物の群を討伐する程度で疲労するような軟弱なメンバーは置かないし、加えてアカツキ盗賊団の奪還作戦にも対応できるような腕の立つ連中だけを留めているに違いないとジンは読んだ。
であれば、とわたしは反論した。魔術師を置いたとしても魔物を退けるくらいわけないのではないか、と。ヨハンは嫌味ったらしい得意顔で「タソガレの連中にも予想外の要素がふたつあります」と返した。曰く、ヨハンとわたしの存在らしい。連中にはわたしとヨハンがアカツキについていることは知られていないらしく、従ってミイナとジンを筆頭とする盗賊団の総力が相手でも返り討ちにできると向こうは考えているはず、と。昼ならば魔術師で一掃、夜は穴ぐらの入り口を締めきって高所から弓矢で応戦すれば容易に撃退できる。ミイナたちには耳の痛い話だろうが、それは確かだろう。『関所』を挟んで左右にそびえ立つ崖のなかほどに開けられた複数の覗き窓や、高所に架けられた数本の木製の橋から弓で迎撃されたらひとたまりもない。それが夜襲であればなおのことだ。次々と弓で倒れ、その周囲を魔物が囲うという悲惨な展開が予想できる。だからこそ、魔術師を置いて余計に魔物を寄せるリスクは避けるのではないか、との考えである。
ゆえに、現状最も強い魔力を持っているヨハンによって『関所』での迎撃許容量を超える魔物を第一波として送り込み、本隊が続くという算段らしい。ただ、作戦を聞く限りヨハンの負担が最も大きいように思えてならない。いや、心配しているわけでは断じてない。そこまでリスクを負った方法を、卑劣さの象徴のような彼が取ること自体が疑問だった。裏があるに違いない。しかし、いくら疑惑を向けても骸骨男は飄々とかわすだけだった。
わたしたちは『関所』の穴ぐらの見取り図を囲んであれこれ作戦を練っていたのだが、結局はヨハンの提案がことごとく採用されたかたちになった。なんとも不吉だ。
作戦が整ってからヨハンはリスクについて語った。魔物を大量に寄せる以上、こちらも無事では済まない。犠牲は覚悟しなければ成り立たない、と。わたしは「卑怯者」と蔑視を送ったことと思う。もはや作戦は固まっており、今さら練り直しをする時間も、既に提示されたアイデア以上に勝算のある案も出てこない。覆らないことを確信して初めてリスクを持ち出すその根性に腐臭が漂っている。よもや反論が出るわけはなく、そもそも犠牲を恐れていたら『関所』の奪還は困難を極めるというミイナの判断によって、大変めでたくないことにヨハンの思い通りになったのだ。
「しかし、ここで魔物を相手に消耗するってのはマズイんじゃねえですか、姐さん?」
「仕方ないでしょ、作戦なんだから。それに、無理に戦う必要はないわよ。グール程度ならわたしが突破口を作るから」
彼の言い分はよく理解できた。『関所』を目前にして立ち往生。辺りには無数の魔物の気配。後方ではヨハンが魔物の集団を形成しながら、グールや子鬼の凶刃を避けつつゆっくりと進んでいるのだろう。ヨハン自身はわたしたち本隊から大幅に逸れつつ『関所』に乗り込むに違いないが、はぐれた魔物の標的はわたしたちになる。そうなると、戦闘は避けられない。わたしやミイナや、おそらくジンも問題ないだろうが、そのほかのメンバーがどれだけの戦力になるか分からない。
わたしたちは『関所』付近で馬を放した。よく訓練されているようで、一目散にアジトの方向へ帰っていったが、何頭かは村に戻らないだろう。しかし、やむを得ない。無理に繋いでおいても魔物の餌食になるだけだ。特に子鬼は生きて動いているものなら、人間以外の動物であっても平気で喰うのだ。
ミイナは近寄ってきたグールに早速金棒を振るっている。余計な体力を使っているというよりは、前哨戦としてモチベーションを高めているように見えた。
ジンはというと、一本のみの矢を放ってグールを撃退しては、次の一本を放っていた。その様に思わず見入ってしまう。グールに刺さったはずの矢は瞬時に消え、彼の腰に提げられた矢筒に帰還する。それを再度弓弦にかけて、射る。
転移魔術。すぐにそれと分かった。転移対象と転移先が固定された魔具。未コーティング品らしい不安定さが見受けられないのは、用法が完全に定まっているからだろう。なるほど、と思う。たとえ魔具の出力にムラがあっても、一回ごとに対象の選択や複雑な処理を挟まないので安定して魔具の能力を使うことができている。思わず感心してしまった。
とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかない。
わたしはヨハンの言葉を思い出し、いつまでも後方でじれったく魔物を集合させている彼を歯痒く思った。彼は作戦会議で「合図を待ってください」と言ったのだ。具体的に聞いても、教えてはくれなかった。「誰にでも分かる合図ですよ。それが聴こえたら、『関所』に向かってください」
魔物の数が増えてきた。そろそろわたしも応戦する必要があるだろう。短剣を抜き、盾を左腕にはめる。意識を集中させた刹那、それは訪れた。
――爆発音。それも、『関所』の方角からである。わたしを含め、誰もが動きを止めて音の方向を凝視する。
穴ぐらの鉄扉の破壊。突入の合図。曖昧だったふたつの言葉が繋がり合う。
「行くぞ! 奴らを叩き潰せ!」
一拍遅れてミイナの怒声が響き渡った。そして盗賊たちの鬨の声。そして『関所』へ向かって全速力で駆ける。
走りながら、わたしは不吉な感覚を拭い去ることが出来なかった。わたしたちの遥か後方では、未だに魔物の気配がひと塊になって蠢いていたからだ。




