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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第一話「再訪の地、半分の血」
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280.「物騒なピクニック」

 嵐は一過性(いっかせい)のものだったらしく、夜が深まる(ころ)にはすっかりやんで雲ひとつなかった。


 空に浮かぶ星と月が宝石のように(きら)めいているが――草原を行く魔女も負けないほどの宝石を身に着けていた。揺れる彼女の片手が、きらりきらりと光を反射する。


「なんでまた……」とため息をつき、魔女はこちらを振り向いた。「こんな大所帯(おおじょたい)になっちまったのかねェ。百鬼夜行じゃないんだよ」


 わたしが魔女に同行するのを(さっ)したシンクレール。「お嬢さんがただけじゃ不安」というわけの分からない理由でついてきたヨハン。「面白そうだにゃ」と目を輝かせてわたしのそばから離れないジェニー。


 ウィンストンだけは(やしき)でノックスのそばにいてくれるらしいが、それにしても物騒(ぶっそう)なメンバーである。本来なら魔女ひとりでどうとでもなるのに。


「『毒食(どくじき)の魔女』さんがどんな魔術を使うのか興味があって……」とシンクレールは(ひか)えめな口調で呟く。


 そんな彼に、魔女は(あき)れ顔でため息を吐き出すのみだった。


「勝手にしなよ……。ただし、死にかけても助けやしないからねェ。全部自己責任だよ」


「分かってるわ」


 もとよりそのつもりだ。なにが起きても魔女の助力は期待していない。そもそも、そんな覚悟で夜に踏み出しているわけではないのだ。


 わたしは丸腰だったが、(さいわ)いなことにシンクレールがいる。彼と協力すればグール程度は何十体いようが問題にならない。トリクシィには通用しなかったが、氷衣(グラス・ルジレ)は決して貧弱な攻撃手段ではないのだから。


「せっかくだから……一緒に戦う練習でもしようか」とシンクレールは()()ない振りをして言う。彼の(うわ)ついた気持ちはなんとも先が思いやられるが、言っていることは正しい。今後彼と共闘する機会は多くなるだろう。今のうちに息を合わせておいて損はない。


「そうね。今のままじゃトリクシィに偶然会ったら終わりだもの」


 彼女を圧倒出来るほどの力はすぐに得られるものではない。だが、少しでも傷を与えられるレベルには高められるだろう。わたしもシンクレールも、騎士として腕を(みが)いてきたのだ。


「さァ、着いたよ」


 魔女は足を止めるや(いな)や、前方――窪地(くぼち)のほうに手をかざした。


 瞬時に大規模な防御魔術が展開される。それは窪地全体を(おお)い、住民を夜の恐怖から遠ざけた。


 シンクレールはわたしの隣で、口をぱくぱくとさせている。なにか言おうとしているけれど言葉が出てこない、そんな様子である。


 やはり魔女の防御魔術は異常なのだろう。理論で説明することが不可能に思えるほどに。


「なんだ、これ」


 ようやく口にした言葉がこれである。シンクレールの驚きはなかなか消えそうになかった。


 魔女も、それをどうこう説明したりするつもりはないらしい。シンクレールを無視して月を(あお)いでいる。


 と、不意に魔物の気配がぼこぼこと周囲に()き出た。ぞわぞわと、身体の表面を寒気が()う。気配はグールのそれだったが、数が異常だ。連中は秒間十体ほどの早さで次々と涌き出る。


「あたしは半分だけ相手にするよ。せっかくピクニックに来たんだ。客人にも楽しんでもらわないとねェ」


「そうだにゃ」とジェニーが同調する。


 そんな彼女に、魔女は怪しい目付きで呟いた。「ジェニー。お前はお客と一緒に戦うんだよ。邪魔しないように――全力で」


 ジェニーは目を丸くして、首を(かし)げた。


「本気出していいにゃ?」


 そうたずねる彼女の瞳は、普段の(なご)やかな様子とは打って変わって獣じみていた。


 獲物を前にした狩人。そんな風情(ふぜい)である。


「ああ、かまわないよ。思い切り楽しんどいで」


 魔女の口調は淡白(たんぱく)だったが、ジェニーはふるふると身体を震わせ、それから両手を夜空に伸ばした。「やったにゃ!」


 なにが嬉しいのやら……。本当にジェニーという人がよく分からない。戦闘狂には見えないし、かといって理性的なわけでも、策略を持てるようなタイプでもない。頼られるのが嬉しいのだろうか。


 グールの群がよろよろと接近してくる。魔女は余裕たっぷりに微笑を浮かべ、それを(なが)めていた。


「シンクレール」と腕を前に突き出して呼びかけると、彼は軽く(うな)いた。


氷衣(グラス・ルジレ)!」


 その声とともに、手に硬い感触が広がる。そして――トリクシィ戦で目にした大剣が瞬時に形成された。持ち手は冷たいものの、凍りつくほどではない。シンクレールの魔術はどこまでも繊細(せんさい)で、適切だった。


 氷の大剣を両手にかまえると、ずっしりとした重さが腕に伝わる。片手で振り回すことは出来そうにない。


「シンクレール。やっぱり大剣じゃないと駄目かしら?」


「お望みならどんな武器でも作れるけど、大剣じゃないと(もろ)いんだ」


 いたしかたない。今は彼の作った即席(そくせき)の武器に慣れておくべきだろう。細かな注文をするのはそのあとだ。


 グールへと駆け、その身を両断した。


 ヒビもなければ刃こぼれもない。グール相手なら問題なさそうだ。ただ……やはり重い。全身で振らなければ威力の面でも腕の負担の面でも駄目だろう。


 グールの身を裂いていると、隣にジェニーがやってきた。そしてこちらにニッコリと笑いかけて、グールの身体を豪快に蹴り上げる。見事に十メートルほど真上に飛んだ敵へ追い打ちをかけるように、彼女は跳び上がった。


「にゃにゃにゃ!」


 ジェニーが拳を引く。その腕に力が(こも)るのが見えた。


 ――空震(くうしん)。グールは木っ端微塵に消し飛び、ジェニーはというと得意気(とくいげ)に口の(はし)を上げていた。


 本当に、彼女は何者なんだ。その身には魔術を使用出来るほどの魔力などない。唯一(ゆいいつ)の武器といえば空中を闊歩(かっぽ)出来る、靴の魔具のみ。しかし、振り下ろされた拳は怪物じみた威力だった。


 グールを拳だけで消し飛ばせるような人間は、ハル以外に知らない。今の空震を聴く限り、ハルよりも強力な攻撃かもしれない。


 すとん、と着地したジェニーはニコニコと微笑んだ。なんとなく、()められるのを待っているような雰囲気である。


「驚いた……すごいわね、ジェニー」


「にぇへへ」


 彼女は口元をゆるゆるにして、嬉しそうに自分の頭を()いた。


 分かりやすい人だ。この態度と先ほどの攻撃の差にも驚いてしまう。


「いやはや、お見事ですなぁ」とヨハンは手を叩いた。


「そんにゃに褒めると、ふにゃふにゃになっちゃうにゃ」


 すでにふにゃふにゃでしょうに。


 彼女は(せま)るグールに向き直り、次々と打ち倒していった。こちらの出る(まく)がないほどである。しかも、蹴りと殴打しか使わないのだから圧倒的だ。身体能力が高い、というだけでは説明がつかないくらいに。


 ジェニーからやや離れて、別のグールを相手にする。袈裟(けさ)斬り、逆袈裟(ぎゃくけさ)横薙(よこな)ぎ、刺突(しとつ)、足払い。あらゆるパターンを試して、シンクレールの大剣を手に馴染(なじ)ませていく。


 慣れるまで時間がかかりそうだが、この程度の敵ならば造作(ぞうさ)なく討伐出来る。


 ――敵の身体を真っ二つにした瞬間、大剣にヒビが入った。まだそれほどの数は相手にしていないはずだが、割とすぐに限界がきてしまうのか。


「そのまま攻撃し続けてくれ!」


 シンクレールの叫びが聴こえ、わたしは手をゆるめずに大剣を振った。すると、大剣が粉々(こなごな)に砕け――。


氷弾(グラス・バール)!」


 破片が猛スピードで散り、周囲の魔物の身体を裂いていった。四方八方に散ったはずなのだが、わたしには傷ひとつついていない。


 本当に器用な魔術師だ。


氷衣(グラス・ルジレ)!」という叫びとともに、再度大剣が()り上げられる。砕けても何度だって生成出来るわけか。それこそ、シンクレールの魔力が()きない限りは。


 これなら今後の戦闘も随分(ずいぶん)とやりやすくなる。状況によっては、ひとりで戦うよりもずっと上手く立ち回れるだろう。


 武器の重量はハンデだったが、戦闘の幅が広がった。トリクシィを突破出来るかは怪しいけど、こうして二人での戦闘を重ねていけば彼女に匹敵(ひってき)する強さは手に入れられるかも――。


 不意に、寒気が全身を走った。シンクレールの魔術の影響ではない。


 グールではない強力な魔物の気配がするのだ。


「おや、妙なのが寄せられてきたねェ」


 魔女が悠々(ゆうゆう)と呟く。彼女の視線の先には、黒々とした巨体が出現していた。


 家屋(かおく)ほどもある丸みを()びた全身には、いかにも強靭(きょうじん)なトゲが()えている。


 地を()うその姿は、巨大なアルマジロに見えた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ノックス』→クロエとともに旅をする少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。現在はナンバー4。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。詳しくは『169.「生の実感」』にて


・『氷衣(グラス・ルジレ)』→氷を成形し、武器や鎧として扱う魔術。詳しくは『269.「後悔よりも強く」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙(じゅうりん)する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸の執事。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』参照


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『ハル』→ネロの死霊術によって蘇った少女。メイド人形を演じている。元々はアカツキ盗賊団に所属。生前の名前はアイシャ。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて

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