表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第一話「再訪の地、半分の血」
320/1498

274.「魔力の破片 ~あるいは浴室~」

 魔女の斜めうしろには、厳粛(げんしゅく)な表情をした執事――ウィンストンが立っていた。


 ジェニーとは違って、彼はわたしたちを見ても顔色ひとつ変えない。魔女から事前に聞かされていたのだろうか。


 とりあえず、二人に会釈(えしゃく)をした。なにを言えばいいのか咄嗟(とっさ)に思いつかなかったのだ。


 こうして魔女の指摘した通り『不幸』を背負いこんでしまったことに対する悔しさと、彼女に頼らざるを得なかった情けなさ。そして、ノックスを救ってほしいという図々(ずうずう)しい懇願(こんがん)。それらが混ざり合って、ちゃんとした言葉になってくれなかったのである。


 しかしながら、会釈で充分に伝わったらしい。


 魔女はわざとらしいため息をついて、うんざりした様子でウィンストンに命じた。


「ゲストルームに案内してやりなよ。子供はあたしの部屋に運ぶんだ」


 そして今度はこちらに顔を向ける。


「酷い格好だねェ。あたしは不潔なのが一番嫌いなんだ。替えの服は用意してやるから、順番に浴室に行きなよ。話はそれからさァ。……ああ、子供は別。今すぐあたしの部屋に運ぶから文句言うんじゃないよ」


 文句なんてない。


 すべてを承知(しょうち)しているのだ、彼女は。身体や服の汚れ以上の面倒事を持ち込んでいることもすべて……。


 未来を()ることの出来る彼女にとっては想定内のことなのだろう、おそらく。


「……ありがとう」


 深々と頭を下げると、情けなさに胸が焼かれるような感覚になった。


 無視することも出来ただろうに、魔女はこうして(やしき)まで導いてくれたのだ。


「そういうのも後にしなよ。いつまでも玄関にいられたんじゃ気分が悪い。ウィンストン、案内してやりな」


 言って、魔女は(きびす)を返して去っていった。あとを引き取るようにウィンストンが一礼し「ご案内します」と告げる。ジェニーはなぜかわたしたちのうしろに隠れて彼を見つめていた。


 彼に案内されて部屋まで進む間も、ジェニーはぴょこぴょことついてきた。たまに聴こえる「おしとやか、おしとやか」という彼女の呟きがなんだか面白い。


 最初に邸に来たときもそうだったが、彼女はこちらの状況なんておかまいなしに自由な振る舞いを見せるのだ。決して楽観的な気分になるわけではなかったが、張り詰めた気分をほぐしてくれる存在ではある。


 わたしとヨハンとシンクレール。それぞれが別室に案内された。


 荷物を置くと、無意識に長い吐息が漏れた。……生きている。そして、最も安全な場所にたどり着くことが出来た。


 現実の世界と隔離(かくり)された魔女の空間。トリクシィの報告を疑うような連中がいたとしても、ここまで侵入することは出来ないだろう。


 それにしても――と、がっくり肩を落とす。王都に持ち込んだ荷物は肌身離さなかったので一緒に転移することが出来たのだが、それとは別に、落胆(らくたん)要因(よういん)になる持ち物があったのだ。


 肩掛けの袋を開き、そのまた中に収められた小ぶりの布袋を取り出す。


 ずっしりと重い小袋の口を開くと、そこにはかつてサーベルだった残骸(ざんがい)が入っていた。砕かれた(やいば)が照明を受けて(にぶ)く輝く。


 ヨハンとの契約後、なんとか拾い集めたのだ。サーベルを造ってくれた『親爺(おやじ)』への申し訳なさもあったが、それとは別の理由もあった。


 通常、破壊された魔具は魔力が抜け落ち、ただの物体になる。まるでヒビの入ったグラスのように、中身(・・)がこぼれてしまうのだが――サーベルの残骸はいまだに魔力を()びていた。


 どういう仕組みかは知らないが、おそらく密造品(みつぞうひん)ゆえの(あら)さが手伝って、魔力がこびりついたままなのだろう。


 もし機会(きかい)があれば、これをもう一度武器に出来ないだろうか、という思いがあった。可能かどうかはさておき、残骸(ざんがい)とはいえ魔力の(こも)った物体が無意味なものだとは思えない。


 それにしても、サーベルは随分(ずいぶん)と様子が変わっていた。その武器は元々黒い(さび)が浮いており重量もかなりのものだったが、使うにつれて銀に(きら)めくようになり、そして錆も消えたのである。


 今手元にある破片(はへん)は最初に手にしたときと同様に重たく、刀身にも黒い錆が付着していた。これまたどういう仕組みかは知らないが、破壊されたことにより、刀身に(こも)っていた軽量化の魔術が解除されたのだろう。謎の(さび)が復活したのも同じ理由に違いない。


 不意にパタタタタタ、と軽快な靴音がした。部屋の前で止まり、勢いよくドアが開かれる。


 現れたのはやはり、ジェニーだった。


「お風呂に入るにゃ! 着替えはここに置いとくにゃ。その服は洗濯するから、浴室の(かご)に入れておくといいにゃ!」


 彼女は丁寧(ていねい)に畳まれた服やタオルを手渡すと、風のように去っていった。


 落ち着きのない人だ。




 広い浴室で身体を清め、湯の張られた浴槽に身体を沈める。トリクシィに裂かれた傷口に痛みが走った。


 悔しい。


 全力で戦ったにもかかわらず武器を破壊され、シンクレールと協力して繰り出した攻撃も彼女に傷ひとつつけられなかった。ただ……ほかに戦い方があったかというとそうではない。出来る限りを尽くして、その上で手も足も出なかったのだ。


 今だって勝てるビジョンが浮かばない。その事実がなによりも悔しかった。


 悶々(もんもん)とお湯に()かっていると、トリクシィのことに限らず、様々なことが頭に浮かんだ。『最果て』での経験とか、王のその後とか……。


 そういえば、騎士団長は大丈夫だろうか。


 それを思い、苦しい気持ちになった。


 騎士団の元ナンバー4が王都に混乱を持ち込み、現在のナンバー4であるシンクレールも討伐任務を(ほう)り出して裏切った。きっとこんなふうに(とら)えられていることだろう。騎士団の面目(めんもく)なんて、もはやない。


 けれどもどうすれば良かったのだろうか、とは考えなかった。それをぐずぐず悩んだってなにも得られない。わたしは王都や騎士団にとっては最大の裏切り者であり、そして、死んだことになっている。その上で出来ることを探すのが先決だ。


 湯から上がり、ジェニーの用意してくれた服に着替えた。彼女のことだからトボけた衣装かもしれないと不安に思っていたのだが……清潔な白のシャツに、折り目のきっちりしたズボン。そして柔らかな生地(きじ)のインナー。男女どちらが着ても無難(ぶなん)(よそお)いである。サイズもぴったりだった。


 浴室から出ると、またもジェニーに出くわした。


 彼女は「似合ってるにゃ~」とふにゃふにゃした笑顔を浮かべる。ぴったりサイズがあったことにほっとしているのだろう。


「ありがとう、ジェニー」


「お礼なんていらないにゃ。あの子はオヤブンの部屋で寝てるから、安心するといいにゃ」


 ノックスは今、魔女が直々(じきじき)に手当てをしてくれているということだろう。ありがたいことこの上ない。


「クロエも部屋で待ってるといいにゃ。手当てしにゃきゃ(・・・・・)


 わたしの傷も、当然のごとくお見通しというわけか。まあ、あれだけ服が切り裂かれていれば誰でも心配するか。


「ジェニーが手当てしてくれるの?」


「うんにゃ、あの鉄仮面(てっかめん)が手当てするにゃ」


 鉄仮面、とはウィンストンのことだろうか。


 それはつまり……傷口を見せなきゃならないということなのか。


「あ……えーと」


 お断りしたい気持ちでいっぱいである。治療のためとはいえ、裸を見せるなんて――。


 ジェニーはようやく(さっ)したのか、口元に手を当てて「にゃにゃっ」と漏らした。目を白黒させて。


「鉄仮面が嫌ならジェニーが治療するにゃ!」


 それは、なんというか、とっても不安である。


「傷は(ふさ)がってるから、その……塗り薬とかないかしら……」


 目を()らして言うと、ジェニーは急に真面目な口調で返した。


「クロエはそれでいいにゃ?」


 ふざけた語尾(ごび)だったが、はっとした。


 傷口は多分、()わなきゃいけないかもしれない。というか、しかるべき人に見せて判断してもらうのが本当である。騎士団時代は胸に大きな傷を負うことはなかったので、恥だのなんだの考えることもなかった。


 ウィンストンがノックスの治療をしている様子は一度目にしている。手際(てぎわ)もよく、判断も的確だった。


 逃げ出したい気持ちをぐっとこらえて言葉にする。


「心配だから、ウィンストンに見せることにするわ」


 言うと、ジェニーはニッコリと破顔(はがん)して(うなず)いた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ノックス』→クロエとともに旅をする少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。現在はナンバー4。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。詳しくは『169.「生の実感」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙(じゅうりん)する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』にて


・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸の執事。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『親爺(おやじ)』→アカツキ盗賊団の元頭領(とうりょう)。彼が製造した武器がクロエの所有するサーベル。詳しくは『40.「黄昏と暁の狭間で」』にて


・『騎士団長』→王都の騎士を統括する存在。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『最果て』→グレキランス(王都)の南方に広がる巨大な岩山の先に広がる地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ