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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第二話「アカツキ盗賊団」
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28.「グッド・アイデア」

 返事を聞くことなく、扉は開け放たれた。


「だ……団長……。報告が……」


 腹から血を流した男がひとり、こちらへ歩いてくる。盗賊のひとりだろう。後ろから、同様に重傷を負った男が三人現れた。


 ミイナとジンはすぐさま彼らに駆け寄り、肩を貸してソファに導いた。わたしとヨハンは当然の如く席を譲る。


 彼らは一様に、腹や胸を貫かれていた。


「報告……です。……団長、『関所』……が……」


「喋るな」


「気付い……たら……腹に穴が……」


「いいか、喋るんじゃねえ」


「団長……魔術……師……です……」


「オマエら、いいか、それ以上喋るな」


 苦しげに呻きながら一語ずつ発する彼らを、ミイナは必死で黙らせようとしていた。そんな彼女の肩を掴み、ジンは乾いた声で言った。「団長、聞いてやりましょう。こいつらが『関所』から血を流しながら戻ってきたのは、報告のためッスよ……」


 拳を握り、歯を食いしばり、それでも頷くミイナの姿は印象的だった。


 ミイナとジン、そしてわたしとヨハンは彼らの言葉に耳を傾けた。真後ろまで迫り来る死に恐怖するでもなく、彼らはまるで報告を届けることが存在理由であるかのように語った。



 やがて静寂が訪れる。


 彼らが語ったのは次の内容だった。『関所』の警備中、気が付いたら仲間の身体が穴だらけになり、やがて魔術師が姿を現したこと。直後にタソガレの連中が現れて、『関所』に残った仲間を次々殺していったこと。彼らは『親爺』を探している様子だったこと。


 命からがら逃げ延びて貴重な報告をもたらした彼らは、眠るように死んでいった。限界の状態でなお、危機を伝えるためだけに生命を細く繋いでいたのだろう。


 死の沈黙が部屋に広がる。それを破ったのは団長であるミイナだった。


「オマエらは勇敢に生きた。後はアタシたちの番だ。ちゃんとそっちに行くから待ってろ」


 返事が返ってくるはずはなかった。


 この土地、この空間には泥臭い生命が渦を巻いている。そこに共感も同情もできない。必死な連帯と、真っ直ぐに歪んだ意志がある。正しいか間違っているか、その判断をする資格なんてわたしにはない。ただ、ミイナたちはそうやって生きてきて、これからも生き続けるのだろう。




 報告者は丁重に弔われた。村外れはささやかな墓地になっていた。真昼の光は嫌味ったらしく煌々(こうこう)と盗賊たちを照らし、無言の背に更なる熱を与えているようだった。村中が、黒々と(おり)のように溜まった怒りに満ちていた。


 ミイナやジンも含め、盗賊の横顔には決然とした表情が浮かんでいた。一様に唇を強く結び、耐えている。身の内で爆発しそうな激怒を。


「大変なことになりましたなぁ」


 わたしの隣でヨハンは囁いた。さすがの無神経も、この空間では遠慮がちになるらしい。


「わたしはミイナと戦う約束をした以上、どんなに大変でもやるつもりよ」


「結構なことで。しかし私は御免こうむりたいものです」


「どうして。あなたなら楽に切り抜けられるでしょうよ」


「私を買ってくれるのはありがたいですが、まだ条件を呑んでもらっていないんでさぁ」


 やがて黙祷を終えたミイナとジンがわたしたちの前に立った。硬く強張った表情。そのくせ、ほんの少しのきっかけで怒りが決壊してしまいそうな危うさがあった。


「ヨハン」とミイナは呼びかける。「ふたつ目の条件はなんだ」


 彼は困ったように頭を掻いた。「……非常に言い辛いんですがね、私は魔術師とは戦いません。タソガレ盗賊団を叩くだけなら構いませんが……」


 ミイナはじっとヨハンの目を見つめている。そして一言「なぜ」と訊いた。


「いやね、私も命は惜しいわけですよ。魔術師とぶつかって無事でいられるはずがないですからねぇ」


 ミイナの八重歯がちらりと見えた。顔に力が集中していくのが分かる。固く握られた拳が振るわれればどんなに気分がいいだろう、とわたしは思った。


「団長、落ち着いてください。いないよりはマシッス」


 ジンは再びミイナの肩を掴んだ。クールダウンさせるための方法なのかもしれない。


「……分かった。ヨハン、オマエは魔術師を相手にしなくていい。代わりに、タソガレの連中を徹底的に潰してくれ」


「承知しました。物分かりがよくて助かりますよ。ああ、そうそう、いい作戦があるんですよぉ。聞いてくれますか?」


 ヨハンはいかにも邪悪な笑みを浮かべて、語った。




 わたしはミイナから細身のズボンを一枚もらって、スカートの下に履いた。戦闘向きではないが、ぴったりとして動き易い。なにより、これで気兼ねなく馬に乗れるというものだ。


 夜襲。それがヨハンの提案だった。こちらの盗賊たちは人数にハンデがある。加えて相手には腕の立つ魔術師。すると昼間の戦闘は圧倒的に不利である、とヨハンは語った。加えて、夜間であれば魔物とアカツキとタソガレの三つ(どもえ)には持ち込めるとの考えらしい。もともと『関所』を牛耳(ぎゅうじ)っていたのはアカツキ盗賊団だから、夜であっても有利な動きは出来るはず、と。更に決め手は、魔術師の存在だった。独力で『関所』を落とせるような魔術師が夜に活動するのはあり得ない、強力な魔物を寄せてしまうに違いない。タソガレの連中がそれを危惧していたなら、夜間は魔術師を『関所』から遠ざけておくはずだ、と。ただでさえ『親爺』の製造した魔具で引き寄せてしまうのだから。


 いくらか利のあるアイデアではあった。しかし、博打が過ぎる。魔物とふたつの盗賊団を三つ巴にさせるなんて、どう考えても空想の域を出ない。仮にそれが可能だとして、『関所』までの道中は危険にさらされる。ジンの魔具と、ヨハンの魔力。それだけで充分魔物が優先的に寄ってくる条件にはなるだろう。それに、魔術師がいないというのも当てずっぽうだ。魔物を一掃出来る力があれば、『関所』に常駐していたってなんら不思議ではない。


 しかし、わたしの反論は聞き入れられなかった。勝算のみで考えるなら夜襲は悪くない、と。『親爺』が魔物に襲われる心配はないらしい。曰く、秘密の部屋自体が魔物対策のためとりわけ頑丈に造られており、そこに入るための通路も完璧に隠されているとの話だが、明日の朝まで『親爺』が奴らに見つからないとも限らない。その判断のもと、ミイナは夜襲を採用したのだ。


 夜までに随分たくさんの馬を集めてきたようだったが、それでも盗賊団全員の分はなかった。半数は村を守り、残り半数はふたり一組で馬に乗って『関所』を目指すことに決まった。ミイナ、ジン、わたしはそれぞれ盗賊団のメンバーと同乗することになった。充分に戦えるメンバー同士で固まるのはデメリットとの考えを示したのはジンである。あくまで平均的に、可能な限り死者を出すことなく戦場に辿り着くことが第一の目的だと彼は言った。唯一の例外はヨハンであり、彼は単独で行動することに決まった。


 わたしは昼の内に、短剣と盾を武器として借りた。サーベルがあれば一番だったが、昨日の戦闘で砕かれた一本きりだったようだ。


 魔具でないとはいえ、盗賊相手なら短剣でも問題なく戦える。


 ここから馬で約一時間。気を抜くことなく駆け抜けて、待っているのは第二の戦場『関所』である。



 馬のいななきが暗闇に響き渡る。かくしてわたしたちは濃い宵闇に繰り出した。


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