表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第一話「再訪の地、半分の血」
319/1493

273.「再訪の地」

 ヨハンが転移させた先はイフェイオンの東に広がる山岳地帯だった。


 さすがにこの展開まで計算に入れていたなんて思えないが、満身創痍(まんしんそうい)のわたしたちと、なによりこの状態のノックスを回復させるためには『毒食(どくじき)の魔女』の力を借りるしかない。


 そのことを提案したのは、意外なことにヨハンだった。その過程で現在地も話してくれたのだ。


 あれだけ魔女に嫌われていたのにそれを口に出せるだなんて。今のところはわたしにも分かる範囲で論理的に動いているというわけだ。


 決して油断はしないが、ヨハンの言うこと全部を頭から否定するのも違う。感情的になり過ぎるのもよくないだろう。


 窪地(くぼち)に向けて歩く。ゆっくりと、確実に。膝までの長さまで伸びた草がさわさわと音を立てている。


「で、その魔女にどうやって会うんだい」とシンクレールがぽつりとこぼした。


 そうだ。彼は魔女と会っていないのだ。彼女がどういう存在かも知らないはず。


「近くなれば、きっと向こうから(むか)えを寄越(よこ)すわ」


 シンクレールは怪訝(けげん)そうな表情で草原の先を見つめ、「ああ、うん。そっか」と呟いた。


 そうやって理解を諦める性格も、以前のままである。


「……なにか言いたいことがあるなら言って頂戴(ちょうだい)。あなたには嘘をつかないから」


 ここ数日、シンクレールにとってはわけの分からない日々が続いているだろう。王を射抜いたヨハンと再び手を組んでいるわたしは、彼の目には悪党として映っているだろうか。


 やがてシンクレールは遠慮(えんりょ)がちに口を開いた。


「……君はいったい、なんのために……その……ヨハンと組んでいるんだ」


 裏切り者、と言いたいのをぐっとこらえてヨハンと呼んだのが傍目(はため)にも分かった。さすがにすぐ隣を歩く男を裏切り者と呼ぶことは出来ないらしい。


 シンクレールらしいというかなんというか……。


「トリクシィから逃げるために必要だったし、今後、本当に魔王とニコルを倒すためには彼の力を借りて損はないわ」


 言うと、ヨハンがニヤニヤとこちらを見た。鬱陶(うっとう)しい。


 ヨハンに限らず、本気になるのなら誰の力であっても借りなければならないだろう。手段を選んでいるような余裕はなにひとつない。今回のニコルのやり口で身にしみて理解した。


「それにしても、世界の半分を彼に渡すだなんて……」


 確かに、過剰(かじょう)だろう。そして現実味もない。だが、本人がハルキゲニアで冗談交(じょうだんま)じりに言っていたのだ。それを()に受けたわけではなかったが、ヨハンと契約をする際に、それしかないと思ってしまったのである。


 そして結果的に契約を結ぶことが出来た。


「なぁに、平和に使いますよ」なんてヨハンは口笛のような気楽さで言う。


 一切信用ならないが、ヨハンが受け取るべき報酬だ。それをどう使うかは彼次第だが――。


「あなたが魔王の後釜(あとがま)に座るつもりなら容赦(ようしゃ)しない」


 そう言ってのけると、ヨハンは苦笑した。


「ですから、平和に使うって言ってるでしょうに……まあ、信用出来ないでしょうけど」


 魔王の次に、あの城の玉座(ぎょくざ)に座るのはヨハンかもしれない。


 ……いかにもありそうな話だ。そうなったときには、わたしの戦いがまだ継続されるというだけである。王都を(おびや)かす存在はなんとしてでも討ち取るつもりなのだから。


「それにしても」とシンクレールは憂鬱(ゆううつ)そうに(うつむ)いた。「本当にニコルさんが裏切り者なんだね?」


「そうよ」


 一度はわたしを信じると口にしていたが、シンクレールは少し揺らいでいるようだった。無理もない。今までの常識からは考えられないようなことなのだから。固定観念を解体しきってしまうまでには随分(ずいぶん)と時間がかかるだろう。


 しかし彼が思いわずらっているのは、そんなことではなかった。


「……クロエに哀しい思いをさせるなんて、許せない」


 呆気(あっけ)にとられて彼の横顔を眺めると、そこには(まぎ)れもない怒りが浮かんでいた。


 わたしがニコルに求婚され、その直後に裏切られたことに対して怒っているのだろう。


「そうね、許せない」


 本当に好きだったからこそ、許せない。


「でも、シンクレール。本当にわたしに協力してくれるってことでいいの? まあ、後戻りなんて出来ない状況かもしれないけど……」


「協力するさ。どこまでも……だって――」


 シンクレールは言いかけて、口をつぐんだ。


 隠してるつもりなのかどうか知らないが……恋愛感情でもあるのだろう。バレバレだ。それに(こた)えるつもりはないけれど、なんだか利用しているみたいで申し訳なさがある。いつかはっきり振ってあげたほうがいいんだろうけど……。


 いずれにせよ、シンクレールも今になって王都に戻ることなんて絶対に出来ないだろう。もちろん、わたしたちを売れば(・・・)恩赦(おんしゃ)は受けられるかもしれない。しかし、あのトリクシィが黙っているとは思えなかった。きっと酷い目に()う。


 だからこそ、とは思いたくないが、シンクレールが後戻り出来ない理由のひとつではあるだろう。


「ありがとう……ごめんね」


「いいんだ……」


 下草(したくさ)が短くなり、窪地(くぼち)(ふち)に近付く(ころ)。遠くでぶんぶんと手を振る人影が見えた。


 それは物凄いスピードでこちらへと走ってくる。


 白黒縞々(しましま)の靴下に、ふわふわしたメイド服。


 それほど期間は()いていないはずだったが、なんだか(なつ)かしく思えた。


 彼女はわたしたちの目の前で急ブレーキをかけるように足を止め、ニッコリと笑った。


 相変わらず愛嬌(あいきょう)たっぷりだ。


「お久しぶりにゃ」


「久しぶり、ジェニー」


 彼女はこちらを順繰(じゅんぐ)りに見つめた。そしてわたしの背でぐったりと息をするノックスに目がとまり、「にゃにゃにゃ」と漏らした。


「オヤブンの(やしき)に連れてくにゃ! さあ、行くにゃ!」


 ノックスの変化がジェニーにとって他人事(ひとごと)でなければ、本当にありがたい。


 彼女のあとに続いて草原を、窪地とは逆方向――つまり、わたしたちが歩いてきた方向に進む。


 シンクレールは怪訝(けげん)そうな顔で彼女のうしろ姿を見守っていた。


「逆戻りだけど、大丈夫なのかい?」


 わたしに話しかけたのだが、答えたのはジェニーだった。


「安心するにゃ! オヤブンの(やしき)は特別にゃ!」


 そう言われてすんなり納得出来る人はいないだろう。案の(じょう)、シンクレールは首を(かし)げたまま黙っていた。


 やがて、違和感が全身を(おお)った。


 空気の微細(びさい)な変化、とでも言おうか。シンクレールもそれを感じ取ったと見え、緊張した面持(おもも)ちに変わっていた。どんな言葉よりも、この瞬間の変化のほうがずっと雄弁(ゆうべん)だ。


 彼ほどの魔術師なら、先ほど歩いていた草原と今歩いている草原がまったくの別物であることくらい(さっ)しただろう。


 どんどん進んでいくと、(やしき)が見えてきた。田舎町の(はず)れにある建物にしては、あまりに豪奢(ごうしゃ)邸宅(ていたく)。ハルキゲニアの富裕街区にあるような外観である。


 ……帰って来てしまった。それも、思ったよりずっと早く。


毒食(どくじき)の魔女』は、ノックスの歩む先に明るい未来は待っていないと言っていた。


 彼女の言う通りだ。あのとき魔女にノックスを預けていれば、こんな馬鹿げた悲劇に付き合わせることもなかっただろうか。


 あのときのノックスの決意をどうこう言うつもりはないし、もう一度同じ選択を(せま)られたとしても、きっと彼を尊重するだろう。けれどどうしても後悔が胸を曇らせてしまう。


 駄目だ。わたしはまだまだ弱い。戦闘能力はトリクシィ未満で、知恵だってヨハンにおよばない。精神的にも、決して打たれ強いわけじゃない。


 なにもかもが()りない。それだけは理解している。


 玄関口を抜けると、その人(・・・)が待っていた。


 赤いスリットドレスに黒のロングコート。胸元や指に(きら)めく宝石。銀の巻き髪。そして――隻腕(せきわん)膨大(ぼうだい)な魔力。


随分(ずいぶん)と早いお帰りだねェ。ろくでなしども(・・・・・・・)


毒食(どくじき)の魔女』は(たの)しむような口調で出迎(でむか)えた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ノックス』→クロエとともに旅をする少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。現在はナンバー4。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。詳しくは『169.「生の実感」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙(じゅうりん)する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』にて


・『ニコル』→魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『イフェイオン』→窪地(くぼち)の底に広がる豊かな町。王都に近く、特産品の『和音(わおん)ブドウ』を交易の材としている。『毒食(どくじき)の魔女』によって魔物の被害から逃れているものの、住民一同、彼女を快く思っていない。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ