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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第九話「王都グレキランス」
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幕間.「魔王の城 ~盤上~」

 晩餐(ばんさん)が終わり、魔王を寝かしつけ、ニコルは城の上層へと足を運んでいた。幅の広い階段を登りつつ、物思いに(ふけ)る。その目に映る城内の景色は意識にまで到達することはなかった。


 思い浮かべるのはクロエと、それに付随(ふずい)するメフィストとの契約についてである。


 ニコルとメフィストの出会いは牢獄だった。助け出す代わりに三回だけ、無報酬で契約を結ぶと約束したのだ、彼は。そしてニコルは彼を救い出し、しかるべき報酬を受け取った。


 メフィストの持つ『黒の血族(けつぞく)』の力――互いを縛りつける契約。報酬の不払いや契約の不履行(ふりこう)があれば、破った者が死の呪いを受ける。それは即刻(そっこく)実行され、命は朝露(あさつゆ)よりも(はかな)く消え去るというわけだ。


 ニコルは尖塔(せんとう)のひとつ――最上階へと至る螺旋(らせん)階段を登り続けた。今日の月は半欠けだったが、しっとりとした明かりを城内に流し込んでいる。


 ニコルが最初に結んだ契約――というより依頼――はビクターの殺害だった。『最果て』に落ち延びた科学者の持つ技術は計り知れず、ニコルの目的を(にご)らす要素だったのである。まず、ビクター打倒のためにメフィストを『最果て』に送り込み、逐一(ちくいち)交信魔術で状況の把握をしていた。それは、クロエを魔王の城に招く前の話である。


 彼女がこの巨大な流れに巻き込まれたとき、ニコルは絶好の機会だと思った。真偽師(トラスター)を欺き、王を射るまたとない機会だ、と。真偽師(トラスター)の実力は本物である。それだけに付け入る手段が(とぼ)しいかったが、メフィストの力を持ってすれば連中を出し抜くことなど造作もない。加えて、クロエという絶好の(えさ)を使って王とメフィストを対峙(たいじ)させることも可能なのだ。


 王を射る。その過程で真偽師(トラスター)(あざむ)くこと。そして、クロエを王都から別の場所へ転移させること。それが第二の契約だった。その中には、クロエに直接手を下さないことも含まれている。これは魔王との賭けと、クロエに対する期待からきたものだった。


 第三の契約。いくつかの記憶を忘却(ぼうきゃく)すること。メフィストがすべての仕事を完了させたあと、反旗(はんき)(ひるがえ)させないための策である。自死を命じても良かったのだが、それではあまりにも不遇(ふぐう)だ。半血という立場を考慮(こうりょ)すると、その人生は地獄のまま終わってしまう。だからこそ、目的の確信に(いた)る記憶のみ忘却するよう、契約したのだ。


 本来の想定では、転移後に物事がどう転ぶかはクロエとメフィスト次第だった。そこで彼を出し抜けなければ彼女はそこで終わりである。


 しかし、イレギュラーが一点存在した。メフィストと魔王が内密に交わした契約。クロエとその仲間の殺害。クロエへの期待をすべてご破算にする強靭(きょうじん)な契約である。


 結果、メフィストは自身の手を汚すことなく、ニコルが仮託(かたく)した転移魔術を用いて絶妙なタイムラグを作り出し――そして、追手に殺させることに成功した。


 最終的にメフィストは、すべての契約を履行(りこう)したのだ。


 尖塔(せんとう)の最上階――魔王と賭けの話をした部屋に、ニコルはたどり着いた。バルコニーから射し込む月光が、(あで)やかに部屋を照らしている。


 誤算はあったものの、(おおむ)ね理想通りに展開していた。厄介な真偽師(トラスター)は排除されるだろうし、王は玉座を退くことになる。王都に仕込んだ種は無事芽吹(めぶ)いたと言っていいだろう。これから先は、その芽がすくすくと成長し、すべてを瓦解(がかい)させるのを待てばいい。


 ニコルは瞼を閉じ、崩壊した王都を思った。瓦礫(がれき)の先で、人々はあるべき姿になるのだ。


 それにしても、とニコルは思う。クロエも少しは大人になっただろうか。正義だけでは突破出来ない障害を前にして、彼女はどう感じ、なにを選択しただろうか。いずれにせよその経験は彼女を痛めつけ、命を粉々に砕いたのである。


 けれど――。


「物事はひとつの側面だけでは語れない」


 ニコルは目を開け、テーブルへと寄った。そこにはチェス盤が、以前のままの状態で置いてある。魔王のポーンが滅茶苦茶な動きをし、一手でニコルのキングを転がしたのだ。結局それに近い展開にはなってしまったが、ニコルはそれほど残念には思っていなかった。


 それどころか不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、盤上に目を落とす。


 そして、転がされたキングを元の位置に戻した。


「こんなルール無用のチェスは、ノーゲームにしかならない。けれど、やり直しを指示してくれる存在なんていないんだ」


 たとえポーンが一手でキングを討ち取ろうと、ゲームは続く。


 殺されたはずのキングが復帰しても、やはり続く。


 次の一手を考えるより先に、ニコルの心に後ろ暗い喜びが踊った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『メフィスト』→ニコルおよび魔王に協力する存在。ヨハンの本名。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『ニコル』→魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。故人。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』『Side Johann.「跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)朝月夜(あさづくよ)」』にて


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『真偽師(トラスター)』→魔術を(もち)いて虚実を見抜く専門家。王都の自治を(にな)う重要な役職。王への謁見(えっけん)前には必ず真偽師(トラスター)から真偽の判定をもらわねばならない。ある事件により、真偽師(トラスター)の重要度は地に落ちた。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『261.「真偽判定」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『黒の血族』→魔物の()と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『最果て』→グレキランス(王都)の南方に広がる巨大な岩山の先に広がる地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。

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