27.「アカツキとタソガレ」
「親爺が倒れてすぐに、アタシが団長として任命された。勿論、親爺本人の口からな。きっと、アイシャがいたらアタシは団長になれなかっただろうさ」
ミイナは大きくため息をつく。
「死霊術師の魔具を盗み出す任務はな、本当はアタシが命じられてたんだ。けど、アイシャが代わってくれたのさ。……アタシが怖がってたからな。今はもう屁でもねえけど、五年前は魔術師のとこに行って魔具を盗み出すなんて、考えただけでも足が震えたもんだ。でもアタシは強がって親爺に、任せとけなんて言っちまったんだ。……その嘘を見抜いたのはアイシャだけだったってこと」
わたしはその言葉を聞いて、いくらか安心した。ハルは昔から優しかったのだ、きっと。
「アタシがアイシャを殺したようなもんだ……。アタシなら、死霊術師が死んだって知ってもここに戻って来ただろうから」
「でも、ハルは今、満ち足りている」
「……やめてくれ。アタシらはそんな戯言信じられない」
「ミイナ、あなただってハルの声を聴いていたんでしょう?」
「聴いたさ。ヨハンの魔術を通して、な。……それがどうした。死んだ事実は覆らない」
「頑固者」
「……言うじゃねえか。まあ、なんだっていいさ。さっきジンが言った通り、アタシらはアタシらの事実だけを見るのさ。アイシャは自殺し、魔具は失われた。アイシャの死体は死霊術師のガキに使われてる。……それだけだ」
わたしは思わず拳を握ったが、感情を抑えた。ミイナたちは自分の視野で捉えられる物事しか見つめないのだ。
あれ。そういえば、前も誰かにこんなことを言われた。
不意にニコルの顔が浮かび、わたしは歯噛みする。わたしを無知と指摘した彼のロジックを、わたしはミイナに対して用いている。
拳をほどき、深呼吸した。
「ひとつ、いいかしら」
「なんだ」
わたしは奥の部屋に続く扉を見つめた。「あの部屋の血だまりはなんだったの? 殺しはしないんじゃなかったのかしら?」
ミイナの目は、先ほどと打って変わって鋭くなる。
「事情がある」
「どんな?」
「……なあ、クロエ。盗賊団がアタシらだけだと思うかい?」
わたしは無言を貫いて先を促す。
「だんまりかよ。……いいさ。ここらにはふたつの組織がある。アタシらアカツキ盗賊団と、タソガレ盗賊団だ。奴らは『関所』の先にある橋を挟んで反対側を、アタシらはこちら側を縄張りにしてる。昔からいがみ合ってたみたいだが、詳しいいきさつは知らねえ。だけど、親爺が団長だった間はタソガレの連中はアタシらと事を構えることはなかった。きっと親爺の影響力だろうな……」
ミイナは言葉を切って、またひとつため息をついた。
「親爺が倒れてから、異変が始まった。タソガレの奴らがアタシらを襲うようになったんだ。武器を奪うことが目的みたいだったが、勿論、何人も殺された。それからは『関所』の警備を厳重にしたんだが、何人かは岩山を迂回してまで入り込みやがる。アタシには、この機会にこっちの縄張りを全部奪ってやろうとしてるようにしか思えねえ。……それで、だ。アタシらはタソガレの連中を何人か捕まえて、連中の戦力だの作戦だのを聞き出していたってわけだ」
その上で、金棒で潰したのだろう。憎悪を込めて。
「なあ、クロエ。オマエはこう思ってんだろ。それは親爺の意志に反するんじゃないか、って」
「そうよ」
「……羨ましくなるくらいの綺麗事だ。殺さなきゃ殺されちまうんだよ。いいか、アタシは親爺の教えに逆らってることくらい知ってんだよ。けど、そうしなきゃアタシらの居場所がなくなっちまう。……なあ、アタシが拷問したタソガレの奴が最期になんて言ったか分かるか? 分からねえよな? 奴は『タソガレ盗賊団はアカツキを皆殺しにして後釜に座る』って言ったんだ。……ところで、タソガレの縄張りで過去になにが起こったか教えてやるよ。魔物からの保護を謳い文句に町や村を闊歩して逆らう奴らを黙らせて、旨い汁を吸えなくなったら土地ごと放置だ。今まで守られていた住民が魔物に抵抗できると思うか? 一晩で餌になっちまう。でも奴らは躊躇しない。自分たちが利益を得られない場所は、あってもなくても同じなんだとよ。……狂ってるだろ」
わたしは唾を飲み込んだ。彼女の言葉が真実なら、正義はどこにあるのだろう。殺す以外の方法があるのだろうか。
「アタシらが相手にしてるのはそういう手合いだ」
なにも言葉を返せない。彼女の目には、暗く固い意志が宿っているようにみえた。
「魔具かアイシャの回収を頼んだのも、この抗争が理由だ。出来る限り親爺の意志は守りたいから、外部の人間を雇ってアタシらの代わりに行かせたってわけだ」
ミイナはヨハンを一瞥する。珍しく静かにしているので、わたしも横から眺めたが無表情のまま沈黙している。まあ、静かなのはありがたい。
「正直、今の状況は劣勢だ。アタシやジンがいるとはいえ、規模はあっちのほうが大きい。それに、最近奴らも用心棒を雇ったらしい。それも、魔術師って話だ」
「魔術師ねえ」わたしは少し疑っていた。ヨハンは本物の魔術師だが、タソガレ盗賊団の雇った人間は本当に魔術師なのだろうか。仮にそうだったとしても、ネロほどの魔力ではないだろう。強大な魔力を持つ者が盗賊の用心棒なんて割に合わない仕事をするとは思えない。
「そこで、だ」ミイナはしばし目を伏せてから、わたしを見つめた。そうして頭を下げる。「アタシらと一緒に戦ってくれ」
ならず者同士の抗争か、と考えて嫌気が差した。しかし、もしダフニーがタソガレ盗賊団の縄張りになったとしたら。ハルがいる以上問題ないだろうが、どこまで卑劣な手段で迫ってくるか分からない。少なくとも、ヨハン程度に狡猾な人間がいればハルもネロも無事ではないだろう。
「ふたつ、条件があるわ」
「なんだ」
「親爺さんが製造した魔具をひとつわたしに譲ってくれないかしら」
「構わない。奥の部屋にあるのが親爺の魔具だ。好きなもんを持っていくといいさ」
「……ねえ、ミイナ。見え透いた嘘をつかないで。わたしには魔具職人の作った武器と、そうでないものくらい区別はつくのよ」
ミイナは困ったように頭を掻いた。「……分かったよ。親爺の魔具は全部『関所』の秘密の部屋にある」
「ありがとう」わたしはにっこりと微笑んだ。「それと、もうひとつ。わたしが手を貸すのは一日か、長くとも二日だけ」
ジンもミイナも、顔をしかめる。そしてミイナが口を開いた。
「……その条件は呑めない。少なくとも、タソガレのリーダーを潰すまでは付き合ってくれ」
「二日以内で潰す算段はないのかしら?」
「あるわけないだろ」
わたしはヨハンを眺める。相変わらず無表情だ。肩が上下しているので生きてはいるようで、少しがっかりする。それからヨハンを指さした。
「この男がいれば、二日もかからないわよ」
ミイナは怪訝そうな顔でヨハンを見上げた。どうやら二重歩行者については知らないようだ。
「ヨハン、アンタも手伝ってくれるか?」
「……」
彼はまだ沈黙している。まさか、と思って立ち上がり、目の前で何度か手を振ってみる。なんの反応もない。
こいつ、眠ってる。こんな重要な話の最中に、器用にも目を開いたまま。
「執行獣 だっけ? ミイナ、それ貸してくれない?」
にっこり笑って要求する。ミイナは苦笑して見せた。
「おい、起きるッスよ!」
ジンが彼の膝を叩くと、ヨハンはびくんと身体を震わした。それから大あくびひとつ。
「いやぁ、申し訳ない。熟睡していましたよぉ。それで、今はなんの話をしていたんです?」
「執行獣 であなたを叩き潰すっていう大事なお話よ」
「いやはや、ご勘弁を。……全く、なんて騎士だ」
ミイナは咳払いひとつしてヨハンに呼びかけた。「ヨハン。オマエの腕を見込んで頼みがある。タソガレ盗賊団を潰すために力を貸してくれ」
ヨハンは口元に手を当てた。考え込むときの仕草か、あるいは邪悪なアイデアを思案するときの癖かもしれない。
「……構いませんが、ふたつ条件があります。まずひとつ目ですが、報酬についてです。当初の約束通り、クロエを連れてきた分はキッチリ頂きます。それとは別に、私の要求を呑んで頂きたい」
「なんだ」
「今は保留ということで……まあ、大したものは要求しませんよ」
「大したものだったら、断るからな」
「そのときは別のなにかを要求します。いずれにせよ、貸しがひとつ、というわけです」
わたしはどんどん嫌な気分になっていった。こいつが具体的にどんな物を頭に描いているのかは知らないが、どうせろくでもない要求に違いない。応じたミイナに心底同情してしまう。
「それと、ふたつ目」
ヨハンが指を二本立てたところで、表から騒音が聴こえてきた。ざわついた声が次第に大きくなっていく。
そして、閉ざされた木の扉が不吉にノックされた。




