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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第九話「王都グレキランス」
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261.「真偽判定」

 王城へ向かう馬車のなか、騎士団長は腕組みして沈黙し、ヨハンはぼんやりと天蓋(てんがい)を眺めていた。


 そんななか、シンクレールの様子が妙だった。そわそわとこちらを見つめたり、あからさまに目を()らしたりを繰り返している。


 そろそろ王城に着くかと思う(ころ)、ようやく彼が口を開いた。


「あの、クロエ……」


「なに?」


 (つと)めて優しく言ったつもりだが、シンクレールはやはりおずおずと呟いた。「昨日は、その……気まずい思いをさせてごめん」


 なんのことだろう。それに、気まずい思いなんてしていない。


「でも、正直に話してほしかった……先に」


 ああ、なんだ。


 魔王と勇者の結託(けったく)を黙っていたことに対して言っているのか。


「事情が事情だったからよ」


「分かってる。それでも……いや、ごめん。こんなことを言うつもりじゃなかったんだ。(うら)(ごと)なんて繰り返しても駄目だよね」


 彼はやっぱり、気にし過ぎだ。『打ち明けてほしかった』という気持ちは分かったけど、決してそうは出来ない理由があったのである。


「いいのよ。隠したことは事実だし、どう思われたっていい」


 今は、わたし自身の言葉が真実であることを証明する場所へと向かっている。だからこそ、今は疑いについてどうこう言うつもりもなかったし、それでシンクレールを責めるつもりもない。


「そろそろだ」と騎士団長が呟いた。(ほろ)(おお)われていたので外の様子は分からなかったが、おそらく王城へと続く()ね橋を通過したのだろう。


 王城と街路は二重の層で(へだ)てられている。まずは城を取り巻く壁。次に、壁と街路との間に()いた(ほり)。堀を越えて城に入るためには、三方に備えられた跳ね橋を渡る必要がある。必要なときにしか降ろされず、常に警備の行き届いた橋だ。そこを通り抜ければすぐ王城に着く。


 シンクレールは息を大きく吸い、こちらを見つめた。その眼差(まなざ)しは彼らしくない力強さに(あふ)れている。


「クロエ」


「なにかしら」


 シンクレールは決心したように一拍(いっぱく)置いて、それから(よど)みなく言った。


「君を疑って悪かった。あの後ひと晩考えて、僕は……君を信じることにしたんだ。クロエは嘘をつかないし、いつも真っ直ぐだ。ずっとそばで見てきたのに疑っちゃうだなんてね……恥ずかしい」


 そんなことはない。いくら信頼出来る相手でも、物事によっては疑うべきだったりもするのだ。


 けれど、彼の言葉を嬉しく思わないわけがない。


「ありがとう」


「いいんだ、感謝なんて。……ねえ、クロエ。君を信じた以上、言わなきゃならないことがある」


 馬車がスピードをゆるめ、停止した。それに(あせ)ったかのようにシンクレールは続ける。


「僕で良ければいつでも力になるから。――いや、協力させてくれ。君のために」


 願ってもない申し出だった。


 進んで手を差し伸べてくれることが、こんなに嬉しいとは……。


「助かるわ。本当にありがとう。――シンクレール。また仲間としてよろしくね」


 そう言って馬車を降りたわたしの背に「もちろんさ!」という嬉しそうな声が飛んできた。


 以前の仲間とこうして和解(わかい)し、協力して進んで行ける。決して楽な道のりではないけど、だからこそ、彼の申し出は心をじんわりとおだやかにさせた。


 シンクレールはこれを言うために同乗していたのだろう、馬車から降りなかった。


 目の前には首が痛くなるほど高く伸びた尖塔(せんとう)と、幅広な城が鎮座(ちんざ)している。あちこちに()められたステンドグラスが荘厳(そうごん)な印象を(たた)えていた。城は全体が石材そのままの素朴な灰色だったが、それが(かえ)って重厚に感じられる。


 巨大な城門の横には武装した近衛兵(このえへい)が立っていた。


謁見(えっけん)希望者を連れてきた」と騎士団長が告げると、門が開かれた。


 


 がらんとしたエントランスで団長が手続きを済ませると、彼に連れられて城内を進んだ。豪壮(ごうそう)な大理石の回廊(かいろう)を進み、幅広な階段を登り、通された先は奇妙な部屋だった。壁の一面のみが木組みの格子(こうし)になっており、その前に椅子が五脚並べてある。格子の先はいかにも柔らかそうな布張(ぬのば)りの椅子がひとつきり。


 騎士団長は(おごそ)かな口調で「では、一度騎士団本部に戻る。俺が出来るのはここまでだ」と呟いて去っていった。


 部屋の中には近衛兵らしき鎧姿の男が四人。格子の左右と椅子の後ろに二人ずつ立って微動だにしなかった。


 真偽(しんぎ)判定の部屋に入るのははじめてだったし、さすがに内部の様子までは知らなかった。こうして謁見希望者をまとめて尋問(じんもん)にかけるのだろう。虚言(きょげん)や疑いが認められた場合は近衛兵が()まみ出して、そのまま牢獄(ろうごく)までエスコートしてくれるに違いない。


 奥から二番目にヨハン、真ん中にノックス、そして手前から二つ目の椅子にわたしが座った。三人のみの真偽判定らしく、両端(りょうはし)は開けておけと近衛兵に指示されたのである。


 格子(こうし)の先には、まだ誰もいない。たったひとつの豪奢(ごうしゃ)な椅子に座るであろう真偽師(トラスター)の姿を思い浮かべ、生唾(なまつば)()んだ。


 第一関門。失敗は許されない。




 真偽師(トラスター)が姿を現したのは、わたしたちが椅子に座ってから五分後程度だった。短く整った白鬚(しろひげ)が特徴的な、初老の男である。清潔なシャツに、しっとりと落ち着いたグレーのベスト。スラックスも同系色で、つるつると光沢(こうたく)のある茶の革靴(かわぐつ)()いていた。八対二の割合で横に流した髪型は、いかにも(ひん)のある仕事人といった風情(ふぜい)である。


 彼はこちらに視線を投げ、顔色ひとつ変えず椅子に腰を下ろした。その目がゆっくりと、順繰(じゅんぐ)りにわたしたちを見つめる。


 ヨハンのような、執着からくる威圧的で不気味な眼差(まなざ)しとはまったく違う。けれどもその瞳は、何物(なにもの)をも見逃さない鷹のような鋭さを持っていた。


「ごきげんよう、お三方。吾輩(わがはい)はジークムント。ご承知(しょうち)の通り、真偽師(トラスター)をしている」


 ジークムントと名乗った男は、(しぶ)く、よく通る声をしていた。決して威圧的ではなく、淡々(たんたん)としている。


 嘘も(まこと)も完璧に見抜いてしまえる以上、そこに駆け引きは必要ない。そんな自信が(ほの)見えた。


「入り口から向かって順番に、名を名乗れ。名前以外のことは口にする必要はない」


 ジークムントはそう命じ、ノックスを手で示した。名乗りを(うなが)しているのだろう。


「ノックス」


「クロエ」


「ヨハン」


 三人とも名乗り終えると、ジークムントはさも当然のように続けた。その間、一瞬たりとも目を動かさずにわたしを凝視(ぎょうし)していた。いや、わたしを見ているというより、中央に座った者に視点を固定して左右の二人を視界に収め続けている、といった具合である。まばたきひとつしない。


「さて、ノックス。お前はなぜここにいる?」


 なぜ、と言われても困るだろうに。ともあれ、なにか言わなければ進まない。(うなが)すようにノックスを見ると、彼もちょうどこちらを見つめたところだった。


 瞬間――。


「クロエ、なぜノックスを見た?」


 淡々(たんたん)とした声だったが、()るような視線はそのままだ。彼の気分を害してしまっただろうか。


「それは……正直に答えるよう(うなが)すためです」


「なぜ促す必要がある?」


 狼狽(ろうばい)しては駄目だ。決して疑われぬようスムーズに、迷いなく返さなければ――。


「彼はほんの子供ですし、(なか)ば無理やり連れて来られた立場ですから。だからこそ、取り(つくろ)わずにそのことを話して大丈夫だと思わせたかったんです」


「誰に、半ば無理やり連れて来られたんだ?」


「騎士団長です。真偽師(トラスター)に会うなら、一緒に旅してきた全員で会えと言われたんです」


「クロエ。三人もいっぺんに真偽(しんぎ)判定をする意味があると思うか?」


 質問の趣向(しゅこう)が変わった。


 事実ではなく、こちらの思考を確かめに来ている。その問いになんの意味があるかは分からないが、()を開けるわけにはいかない。


「最初は、ないと思いました。真偽判定は絶対のものと(うかが)ってますから、わたしひとりでも問題はない、と。しかし、多人数のほうが真偽判定の材料も増えるとの言葉を聞いて――」


「三人同室でおこなう意味はあると思うか?」


 こちらの言葉はジークムントに(さえぎ)られた。意味がない、と判断したのだろうか。


「……お互いの反応まで、真偽判定の材料にするためだと思います」


 (いつわ)りのない言葉だった。同じテーブルに乗せることで見えてくるものがあるに違いない。でなければ、単なる時間短縮でしかなくなってしまう。


 ジークムントは一旦(いったん)言葉を口を閉ざした。それがなにを意味しているのか、さっぱり分からない。瞳を動かすこともなければ、顔色ひとつ、声音(こわね)ひとつ変わらない。これほどまでに、考えていることが見えてこない人間ははじめてだった。


 ジークムントは充分に時間を置いて、次の問いを発した。


 それはわたしにとって、一番聞かれたくないことで――。


「ニコルとの結婚生活はどうだった? 魔王の城に(いた)るまでの一週間の旅程(りょてい)(あわ)せて答えろ」


 ――頭が真っ白になった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ノックス』→クロエとともに旅をする少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。詳しくは『169.「生の実感」』にて


・『ニコル』→魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『騎士団長』→王都の騎士を統括する存在。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『近衛兵(このえへい)』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊。


・『真偽師(トラスター)』→魔術を(もち)いて虚実を見抜く専門家。王都の自治を(にな)う重要な役職。王への謁見(えっけん)前には必ず真偽師(トラスター)から真偽の判定をもらわねばならない。初出は『6.「魔術師(仮)」』

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