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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第九話「王都グレキランス」
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255.「刃の意味」

 カルマンは無言でアリスを(にら)んでいた。その目にはもちろん敵意が表れていたが、それ以上に別の意志を感じさせる。


 瞳は、意味のある微動(びどう)を繰り返していた。アリスのつま先、腰、(そで)から手先、顔に(いた)るまで(せわ)しなく観察し、そしてわたしにも同様の視線を送っている。侵入者が何者で、どのような攻撃手段を持っているのか見定(みさだ)めているのだろう。


 カルマンは魔具職人らしく、整った魔力を持っていた。アリスが魔術師であることもすでに見破られているかもしれない。


 先ほどの一連の流れを思い出す。奥さんがドアをノックしたあと、客人がいることを告げた。それも二人組で、ドアの前まで来ていることも。しばしの静寂ののち、カルマンの呼びかけで奥さんはドアを(ゆず)った。そしてアリスにナイフが飛び、こちらには奥さんがナイフを持って突進してきたのである。


 となると――示し合わせていたに違いない。魔具職人は()えず細心の注意を払って生活している。なにしろ彼らの作る物は単なる武器ではなく、一般人が手にしたとしても強力な力を得ることが出来る代物(しろもの)なのだ。当然ならず者(・・・・)たちの間では換金率が高いだろう。だからこそ魔具制御局が()め付けを強くしているのだが、それでも無茶を仕出(しで)かす悪党はいる。


 アリスのことだから(にせ)の情報を掴まされることはないだろうが、この展開で目の前の男が魔具職人であることはほぼ間違いないと確信出来た。


 ……それにしても、ひとつ気になることがある。


 部屋は少し広めの書斎(しょさい)といった雰囲気で、テーブルもあれば本棚もあるし、壁掛け時計だってあった。床には本やら木箱やらが雑多に置かれ、中から紙類がはみ出ている。


 どうにも気になるのは、その雑然(ざつぜん)とした様子である。床に落ちたペンに、紙類と一緒に突っ込まれた製図道具。まるで、わざと散らかしているかのような具合なのだ。


 魔具職人が魔具の設計を自宅でやったとしても、制御局は強く(とが)めることはないだろう。金床(かなとこ)鋳型(いがた)があれば問題だが、あくまでも製造さえしなければ罪にはならないはず。


 なのに、この部屋の様子は――なにか後ろめたさを感じる散らかり方だ。


「せっかくお客さんが来たのにだんまりってのは酷いじゃないか、カルマン」とアリスは水を向けた。


 これから魔銃のメンテナンスを頼むだろうに、随分(ずいぶん)横柄(おうへい)な態度である。本気で依頼するつもりなのだろうか。


「人の家に勝手に入り込んで言う台詞じゃないな」


 カルマンはしゃがれた声で返した。


 彼の言う通りである。ナイフを投げたのはあちらだが、そもそもこっちに非があるのは明らかだ。


「あたしだって顔に傷が付くところだったんだ。お互い様ってことでいいじゃないか」言って、アリスはテーブルに備え付けられた椅子に腰かけた。「座りなよカルマン。大事な話があるんだ。お嬢ちゃんと奥さんもおいでよ。立ってちゃ疲れるだろ?」


 ちょうど四脚の椅子がある。しかし、この状況で呑気(のんき)に座って話が出来るとも思えなかった。なにか算段があるのだろうか、アリスには。


 カルマンは逡巡(しゅんじゅん)などおくびにも出さずに立っていたが、やがて向かい側に腰を下ろした。これ以上の反撃手段がないということだろうか。それとも、とりあえず話だけでも聞くつもりなのか。


 奥さんの手を離すと、彼女はおずおずとカルマンの隣に座った。あくまで、無抵抗を示すためだろう。


 三人がじっとわたしを見つめるので、仕方なくアリスの横に腰を下ろした。


 カルマンと奥さんにわたしの正体はバレていないようで、それは安心出来た。ただ、油断は禁物(きんもつ)である。フードを(かぶ)ったまま大人しくしていよう。


「さて、無駄話は嫌いだから単刀直入に言うよ」


 アリスの目がぎらぎらと輝く。彼女は腰から魔銃を抜くと、テーブルに置いた。瞬間、カルマンの目が(いぶか)しげに(ゆが)む。


「こいつのメンテナンスを頼みたいのさ。今以上の威力が出るようにねぇ」


 カルマンは魔銃に落とした目を、アリスへと移した。その瞳には警戒心がこれまで以上に(あふ)れている。それもそうだろう。魔具制御局を通すことなくメンテナンス依頼をされるなんて異常だ。騎士団でも魔具の修繕(しゅうぜん)や定期的なメンテナンスの(さい)には制御局に依頼をし、彼らが間に立って処理をする。


 この状況自体を黒か白かで言うのなら、真っ黒だ。言い(のが)れの余地もない。


「こいつの正規の(・・・)所有者はあんたか?」


 カルマンは(おごそ)かな口調でたずねた。(かたく)なな性格を感じさせる声音(こわね)である。


 アリスはどう答えるのだろう。嘘をつくにしても、(ほころ)びのないストーリーを作れるのだろうか……。


 すると彼女は口を開き、さも当然のような口調で返した。


「いや。これは本来あたしの物じゃないよ。色々あって、今はあたしが持ってるだけさ」


 直後、カルマンは奥さんへと顔を向け「今すぐ警備兵を呼べ」と告げた。


「待ちなよ、カルマン。さっきあんたはあたしらに(やいば)を向けたね? それがどういう意味か分かるかい?」


「ふん。自己防衛だ。お前がどうしても抗議したいなら、警備兵相手にするんだな」そう言って、カルマンは奥さんを見つめて(あご)でドアを示した。


 ここでほかの人間を呼ばれるのはまずい。なんでこうも問題ばかり起きてしまうんだ、まったく。


 立ち上がった奥さんをなんとかしようと、こちらも立ち上がりかける――が、アリスに押し戻された。


「ねぇ、カルマン。あたしがならず者に見えたって仕方ないのは理解するよ。ただ――」


 刹那(せつな)、わたしの視界はクリアになった。フードが取り払われたのだ。


「――勇者の嫁を殺そうとした事実を、国が見逃してくれるかねぇ」


 は?


 カルマンと視線が交差し、そして、その目が大きく見開かれるのが分かった。


 あ、気付かれた。


「ちょ、アリス!!」


 引っぱたいてやろうか、こいつ。


 思わず立ち上がると、カルマンの狼狽(ろうばい)した声が届いた。「おい! 警備兵は呼ぶな。戻ってこい」


 おずおずと戻る奥さんの瞳が、ちらとこちらに向けられる。彼女の顔にも驚きが広がっていた。


 アリスはというと、してやったり、と言いたげな高慢(こうまん)な表情で腕を組んでいる。


 ああ……なるほど。はなから彼女は分かっていたのだ。魔具職人がどれだけ警戒しているか。そして、防衛と(しょう)して攻撃してくることさえ。


 わたしごと攻撃させ、その上でネタばらしをして(おど)す。元々そんな計算をしていたんだろう。


 アリスめ……。あなたにとっては妥当な戦略かもしれないけど、こっちの身にもなってほしい。()わずに済むはずのリスクを、今まさに負ってしまったのだ。


「アリス……あとで覚えてなさいよ」


「甘い物でもおごってやるから、大人しくしてな」とアリスは笑う。こいつ……。


 カルマンはおそるおそるといった口調でたずねた。「どうして勇者様の奥様が……いえ、失礼しました」そして頭を下げる。


「気にしてないから大丈夫よ。でも、ひとつお願いがあるの……。わたしが王都に戻ってることは絶対に口外(こうがい)しないで。ちょっとお(しの)びで来てるから。……いい?」


 わたしの表情や口調は、ほとんど懇願(こんがん)するようなものだったろう。自分でも分かる。アリスの依頼よりも、王都に問題を起こさないことのほうが重要だ。


「分かりました。絶対に口外しません」とカルマンは言い、奥さんは申し訳なさそうに(うなず)いた。そんな仕草(しぐさ)をされると良心が痛む。


「それじゃ、話を進めようか」とアリスは意気揚々(いきようよう)と切り出した。「魔銃のメンテナンスを()()ってくれるだろう?」


 沈黙が流れ、カルマンは(うつむ)きがちに答えた。


「申し訳ないが、請け負うことは出来ない。制御局を通さずに魔具を改造するなんて追放の対象だ」


 もっともな返事である。そこまでリスクを負う理由が、彼にはない。わたしに(やいば)を向けたことは引け目になっているだろうけど、こんな馬鹿げた仕事をするだけの理由には足りないだろう。


 アリスは「もちろん、タダとは言わない」と呟き、腰の辺りをごそごそとやりはじめた。なにかを探している様子である。


 ようやく見つかったのか、彼女は布をテーブルに置いた。正確には、布に包まれたなにか(・・・)だ。五十センチ程度の、細い物が収まっているように見える。金品だろうか。


 カルマンは慎重(しんちょう)な手つきで布に触れた。


「ねぇ、カルマン。あんたが造った魔具の中で一番の物はなんだい?」


 布はかなり厳重(げんじゅう)に巻かれているらしく、カルマンはほどきつつ返した。「ほかにはない機構(きこう)を持ったナイフを造ったことがあるが……しいて言うならそれが一番だろうな。あんな物は二度と造れない。だが――くそ! ならず者どもに盗まれちまったのさ」


「そいつは気の毒だったねぇ、カルマン。ところで――」


 カルマンは布を取り払うと、唐突(とうとつ)に立ち上がった。椅子が転げる音が部屋に響く。その目はわたしの正体を知ったときよりもずっと、驚愕(きょうがく)に満ちていた。


 アリスはほくそ笑んで続ける。「今、どんな気分だい? カルマン。もう二度と目に出来ないと思っていた我が子と再会した気分は」


 布の中には、わたしもよく知る魔具が静かに横たわっていた。ハルキゲニアで散々味わった魔具。ビクターが所有していたという(しな)


 魔力写刀(スプリッター)がそこにあった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。故人。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』『Side Johann.「跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)朝月夜(あさづくよ)」』にて


・『魔具制御局』→魔具を統括する機関。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『196.「魔具制御局」』にて


・『魔力写刀(スプリッター)』→『黒兎』の持つナイフの魔具。複製を創り出す能力を持つ。アリスが回収した。詳しくは『127.「魔力写刀」』『Side Alice.「姉弟の情とアリス』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地。


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『カルマン』→魔具職人。魔力写刀(スプリッター)の製作者。初出は『Side Alice.「姉弟の情とアリス』。

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