254.「生粋のならず者」
アリスが魔具職人を探していることは知っていたが、こうも早々と見つけ出すとは……。
「この地図……どこで手に入れたの」
呆れて問うと、アリスはなぜか胸を張った。
「どこにならず者がいるかなんてすぐに分かるさ。で、そいつらを脅しつけるやり方も心得がある。大事な情報は必ず地下に流れるってもんさ」
どうして誇らしげに言うのか理解出来ない。アリスに行儀の良さを期待していたわけではないが、大事になる要素は避けてほしいものだ。
「あなたって本当に無茶苦茶ね……。面倒事に発展したらどうするのよ」
「お説教なんて聞きたくないねぇ。なに、上手く立ち回るさ。お嬢ちゃんに迷惑はかけないよ。さ、早く連れて行っておくれ」
ため息がこぼれる。トリクシィよりはずっとマシだが、アリスに付き合っているとろくなことにならないだろう。しかし、道の分からない彼女を放置しておくと余計なことばかりするかもしれない。たとえば、誰彼かまわず道を聞くとか……。堂々と『魔具職人』と記された地図を見て不審に思わない人間なんていない。基本的には伏せられているべき情報なのだ。まったく、ならず者もよく調べ上げたものである。
「……道案内だけだからね」
「やっぱりお嬢ちゃんは親切だわぁ。持つべきものは友達ね」
なにが友達だ。命を削る決闘をしたくてたまらないくせに。
「お願いだから、これ以上無茶な真似はしないでよ」
「分かった分かった、上手く立ち回るから」
これっぽっちも安心出来ない。
仕方なく街路をたどりながら、少し考えた。アリスは魔銃のメンテナンス相手を探していると言っていたっけ。魔具職人のカルマンについては知らないが、もし彼がその技術を持っていたとして、正規の所有者ではないアリス相手に仕事をするわけがない。ただでさえ魔具制御局というお目付役がいるのだ。勝手な改造はご法度。職人さえ処分されかねない。
「ねえ、アリス。メンテナンスをしてくれる保証がどこにあるのよ」
小声で囁くと、アリスは鼻で笑った。
「安心しなよ。あたしだってなにもなしに交渉なんてしないさ」
「アテがあるなら先に教えて。それ次第で考え直さなきゃいけないかもしれないでしょ。特に、あなたは王都についてなにも知らないじゃない。捕まってから『アテが外れた』じゃ遅いのよ」
なにひとつ間違ったことは言っていないはず。けれどアリスは、クスクスと笑ってばかりで一向に真剣さを見せなかった。
「アテについては、ここじゃ言えないさ。誰に聞かれるかも分からないだろう?」
「なら一度宿屋に戻りましょう」と踵を返しかけると、アリスに肩を掴まれた。
「……あたしだってそんなにのんびりするつもりはないのさ。早いとこ案内してくれないと、全部台無しになるよ」
アリスの口元には微笑が浮かんでいたが、目は笑っていなかった。
仕方ない。大人しく案内を続けよう。正直、なにを引き起こすか分からないところがあるのだ、彼女は。アリスなりに思考をめぐらして動いているのだろうけど、しばしばこちらの想定を飛び越える。
まったく、厄介な奴に目をつけられたものである。
やがて街路は細くなり、網の目状に入り組んだ区画に入った。地図通りだともうじき――。
地図と家並みを見比べて、間違いないことを確かめた。
「さあ、着いたわよ」
狭い玄関口に、隣家に接した縦長の家。どことなくハルキゲニアの貧民街区や、マルメロでウォルターがアジトにしていた建物に似ている。ひっそりと動くべき人間が住むのに適した場所なのだろう。知らずにいたら通り過ぎてしまう程度には目立たない家だ。
「ありがとうねぇ、お嬢ちゃん」と言ってアリスは戸口をノックした。「この先も頼むよ」
この先も?
嫌な予感がしたが、逃げるよりも先に扉が開いた。
「どちら様?」とたずねたのは、いかにも気弱そうな壮年女性だった。魔具職人の奥さんだろうか。モコモコした暖かそうな服を着ているのを見る限り、使用人には見えない。
「カルマンに用があってねぇ。立ち話もなんだから、中に入るよ」
言って、アリスは家に上がり込んだ。それも、わたしの腕を引いて。勘弁してほしい。
「え、ちょ、勝手に入れたら主人に――」
「大丈夫さ。安心しなよ。面倒は起こさない」
女性はおどおどと手を前で組み合わせていた。あまりに気の毒である。アリスの態度も失礼極まりない。こんなやり方ですんなりいくと思っているのだろうか。
とはいえ、すでに足を踏み入れてしまっている。ある程度は彼女の協力をしなければ余計な面倒を呼び込むに違いない。
「アリス、無茶しないでよ……。ごめんなさいね、奥様。彼女はどうしてもカルマンさんに用事があるの。ご迷惑はかけませんし、この人が変なことをしようものならわたしが止めますので……」
すでに迷惑をかけているのは明らかだが、これ以上のことは言えない。
アリスは一度舌打ちをし、奥さんを見つめていた。
「は、はぁ。今、主人を呼んでまいります」
かわいそうに。心底同情する。
これで大人しく待つかと思いきや、アリスは踵を返した奥さんの肩を叩いて立ち止まらせた。
「カルマンのところに案内しなよ。悪いけど、人を呼ばれたら困るのさ。お互い安心出来る方法を取るのがベストじゃないかい?」
生粋のならず者。そんなやり口だ。ただ、彼女の言う通り警備の人間を呼ばれたら大事である。
ああ、もう。宿屋に帰りたい。
「奥様、失礼なことをして申し訳ないんですが、カルマンさんのところまで案内してくれるかしら?」
奥さんはもごもごと「主人は今――」と言いかけて、即座にアリスに遮られた。
「留守だなんて言わないよねぇ。だって、帰ってくるところを見たんだからさぁ」
どうせハッタリだ。そもそもカルマンの姿を見たのであれば、こうしてわたしに道案内をさせる意味もない。
アリスの脅しは功を奏したようで、奥さんは「はい……おります」と呟いた。
心が痛い。しかしアリスはそうでもない様子で、奥さんに笑いかけた。
「それじゃ、案内よろしくねぇ」
これは……あとでたっぷりお説教してやろう。いくらなんでも酷すぎる。
奥さんのあとに続いて狭い廊下を過ぎ、階段を登った。
奥まった一室で奥さんは足を止めた。そして彼女は、扉を四回続けてノックした。
「カルマン、カルマン。お客様が二人いらしてます」
すると中から「待たせておけ」と響いた。しゃがれた声である。
「いえ、もうここまでいらっしゃってるんです」と奥さんは、努めて冷静に返した。アリスを刺激しないように気を遣っているのだろう。
中から返事は聴こえない。衣擦れの音が微かにする程度である。アリスは壁に寄りかかり、カルマンの反応を待っているようだった。
やがて中から、「入っていいぞ」と聴こえた。すると奥さんは扉を譲り、アリスに入るよう手で示す。
アリスは平然と扉に手をかけ、開け放つ――。
直後、彼女は瞬時に手を顔の辺りまで持ち上げた。
「歓迎してくれて嬉しいよ、カルマン」
アリスの指の間には、いつの間にかナイフが摘ままれていた。
なるほど。どういうことかはすぐに理解出来た。そして、次に訪れる事態も――。
奥さんの身体が揺れ、わたしへと突進してきた。その手にはナイフが握られている。どさくさに紛れて取り出したのだろう。
彼女の手を掴み、かわいそうだけれど捻りあげた。奥さんの呻き声と、ナイフが床を打つ音が響く。
アリスが室内に入るのを確認すると、奥さんの手を優しく引いて部屋に入った。そして後ろ手に扉を閉める。
部屋の中央には、カルマンであろう壮年の男が立ちすくんでいた。威厳のある髭に、注意深そうな目付き。
なるほど、警戒心だけはたっぷりだ。
「はじめまして、カルマン」
いかにも悪党じみた笑みを浮かべるアリスを横目に眺め、自然とため息が漏れた。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場
・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて
・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』にて
・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照
・『魔具制御局』→魔具を統括する機関。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『196.「魔具制御局」』にて
・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地。
・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて
・『マルメロ』→商業の盛んな街。タソガレ盗賊団のアジトから近い。詳しくは『47.「マルメロ・ショッピングストリート」』にて




