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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第二話「アカツキ盗賊団」
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25.「共闘未満」

 夜半、魔物の気配がしては消えていった。おそらくは盗賊団のメンバーが寝ずの番をしているのだろう。毎晩交代で戦っているのかと思うと不憫に思ってしまう。死者を出すことなく永久にそれを続けることが出来るのだろうか。入団者と死者の数はどうなのだろう。夜の浅い時間に眠ったせいか、目は覚めている。もともと短眠なのだ。それに、魔物の気配を感じながらぐっすり眠れるほど無神経ではない。


 昼間馬車で進んだ赤土の道方面から魔物が涌いてくるようだった。それほど量は多くない。感じる限り、五、六体が間隔を置いて出現しているだけだ。加勢する必要性は分からなかったが、なにもしないのは騎士としてどうかと思う。


 月は薄っすらと大地を照らしている。月夜の丘の満月からしばらく経過していることに思い至って、胸苦しい気分になった。本来は今夜にでも出発すべきなのだ。手段を選んでいる暇などない。一国の危機を知ってなお、仕方ないと言い聞かせて歩みを止めている自分に嫌気がさす。


 赤土の道に出ると、数人の盗賊と、骸骨男がいた。


「おやぁ? クロエお嬢さん、お散歩ですかい?」


 減らず口。踵を返してベッドに戻りたくなったが、眠れないままもんどりを打つ惨めさよりは、奴の不快な言葉のほうがいくらかましだ。


「そう、お散歩よ。あなたは徘徊してるの? グールみたいに?」


「へっへっへ。アンタも口が減らないひとですねぇ」


「お互い様でしょ」


 盗賊に「なんでもいいから余ってる武器をくれない?」と訊くと、彼は恐縮したように短剣を差し出した。苦笑して受け取り、礼を返す。


 強さに対する畏敬だろうか。なんにせよ、この調子なら『関所』の突破も問題なくできるだろう。


 グールが二体、前方に現れた。わたしはいち早く連中に向かって駆け、その首と胴を切り落とした。腕に違和感があるものの、このレベルの手合いなら支障ない。


「クロエお嬢さんひとりでなんとかなりそうですねぇ」


 ヨハンの言葉に、盗賊たちの遠慮がちな笑いが追従(ついしょう)する。


「あなたも働きなさいよ。戦えるんだから」


 月夜の丘では、ハルとネロをかばいつつ大量のゾンビを退(しりぞ)けていたのだ。戦えないとは言わせない。


「はいはい、やりますよやります。けどねぇ、私は夜型の人間じゃないんですよぉ。睡眠はあればあるだけいいってタイプなもんで、許されるなら一日中寝ることだって造作ないんでさあ」


 と言いつつも新たに迫るグールを一体、ナイフで切り倒す。器用に爪を避けながら喉を裂き、胸をひと突き。無駄口と最低な性格を除けば戦力としては充分なのだが。


「いいですねぇ、共闘。わくわくしますよ。今まで背中を預けられる強い味方はいませんでしたから。これは随分と楽ですなぁ」


「共闘してるつもりはないわよ。あんたも敵」


「刺激的な女性は嫌いじゃないですよ。退屈しなくて済みますからねぇ」


「……本当にうるさい。魔物に集中しなさいよ」


「はいはい」


 もはや、盗賊たちの出番はなかった。彼らも一晩くらい安らかに休むべきなのだ。盗みや殺しに興じることと、魔物を討伐している事実は個別に考えなければならない。一側面だけで全てを判断するのは誤りのもとだ。

 



 空が白んでくる頃には、すっかり魔物は消えていた。最後の一体が蒸発し、地平線の白と混ざり合う。やがて今日がやって来て、わたしは『関所』を越える。ハルキゲニアまではまだ数日かかるだろうが、歩みは早いほうがいい。


 わたしは盗賊に短剣を返す。彼は律儀に頭を下げ、照れたように「姐さん、強いっすね」と言った。わたしは朝日が眩しい振りをしてそっぽを向き、返事はしなかった。


「一晩中戦ってたんスか? 少しは休もうぜ。クロエはゲストなんだからよお」


 ジンは眠たげに目をこすりながら現れた。ゲスト、という語に引っ掛かりを覚える。


「おはよう、ジン。ゲストって?」


「そう」ジンは大きなあくびをした。「団長を倒しておいて、丁重に扱わないわけにはいかないッスよ。きっと団長もクロエを認めてる」


 ジンは目を細めて地平を見る。既に光は赤が混じりかけていた。


「それは良かった」


「クロエ、ひと眠りした後でいいから、昨日の場所まで来てくれ」


 ジンは晴れやかな表情でわたしを見つめる。認めた相手にはこんな顔を見せるのか。盗賊同士の仲間意識と連帯。彼らが孤児の集まりだとすれば、アカツキ盗賊団自体がひとつの巨大な家族なのかもしれない。


「眠る必要はないし、時間も勿体ない。今から行くのは駄目かしら」


 ジンは「アー」と唸って空を仰ぐ。そして二、三度頭を掻いた。


「いいッスけど……」


「じゃあ、行きましょう」


 わたしとジンの間に、にょきりとヨハンが首を突っ込む。「私も同席して宜しいでしょうか?」


「ああ、構わないッスよ」


 思わず舌打ちをしそうになった。場の雰囲気やひとの感情を掻き混ぜて悦に浸る卑劣なピエロ。そんなふうに内心で悪態をつく。決して言葉に出さないのは、少なからず乙女としてのストッパーがかかっているからだ。口にした時点で品位が下落する。



 朝の空気が、砂埃を洗っていくような感じがする。砂の粒子は生まれたばかりの朝の光を受けて煌めいている。


 わたしたちは地平の光を背に受けて歩き始めた。


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