表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
284/1490

241.「豊かで物騒な食卓」

 ゲストルームは応接間に引けを取らない豪華さだった。(なめ)らかな木肌(きはだ)のドレッサーに、同じ素材のテーブルや本棚。純白のベッドが二つ。壁には大樹を描いた風景画。絨毯(じゅうたん)(うろこ)のような模様が放射状(ほうしゃじょう)に広がっている。


 窓際の花瓶に()けられたハナニラは、今しも()んだばかりといった具合に()()きとしていた。


 レース地のカーテンを通して()し込む(あかね)色の陽光。椅子に腰かけて景色を(なが)めると、なんだか感傷的(かんしょうてき)な気分になった。


 時間は駆け足で過ぎ去っていくのに、わたしはぐずぐずと悩みながら、ほんの少しずつしか進めていない。『最果て』からの距離に比べれば、王都は目と鼻の先。やむを得ない事情とはいえ、ここでの足止めは歯痒(はがゆ)かった。


 今頃(いまごろ)ニコルはどれだけの知略(ちりゃく)をめぐらしているだろう。そしてわたしは、どれだけ強くなっただろうか。


 ノックスはテーブル越しにわたしの向かい側に座り、うたた寝している。昨晩、夜通しグールと戦っていたのなら眠くもなるだろう。いくら朝に睡眠を取っても、彼くらいの年齢ならいくらでも眠れる。


 ノックスのおだやかな寝息を聴きながら、これからのことについて考えた。


 先ほど決めた通り、ノックスは一緒に連れて行く。なにがあろうとも。これは彼の決断であり、同時にわたしの選択でもある。きっと後悔はつきまとうだろう。それでも……。


 陽が落ちるまで、わたしはノックスの寝姿を見守っていた。




 食堂に入ると、すでにヨハンがいた。アリスの姿もあったが、首に包帯(ほうたい)を巻いている。きっとウィンストンが処置したのだろう。


 彼女はいかにも不機嫌そうに、眉間(みけん)(しわ)を寄せていた。細長いテーブルの上座(かみざ)には『毒食(どくじき)の魔女』が座り、退屈そうに爪を(なが)めている。


 わたしが席に着くと、魔女はよく通る声で「(やしき)に人間を招待するのはいつぶりだろうねェ……。ご馳走(ちそう)を用意したから、たっぷり楽しんでおくれェ。なに、毒なんて入っちゃいないからさァ」と告げた。


 彼女が言い終えると同時に、ウィンストンとジェニーがそれぞれ(ぼん)を手に現れた。ウィンストンは機械的に、ジェニーはどこか(せわ)しなく、様々な料理を運んでくる。


 香草(こうそう)(いぶ)した豚肉、(いろど)り豊かなサラダ。魚のすり身を団子(だんご)にした物はふわふわと口当たりが良く、スープは薄口ながらも落ち着く味だった。


 そして極めつけは、食後に運ばれたデザートの飴細工(あめざいく)である。ハナニラをモチーフにした半透明の飴は、口にするのも躊躇(ためら)われるられる美しさだった。結局その甘さに舌鼓(したづつみ)を打ったのだけれど……。


 魔女が片手で器用に食事をする(さま)は、慣れきった雰囲気があった。仕草(しぐさ)も余裕たっぷりで、優雅(ゆうが)さすらある。片腕をなくしてから(ひさ)しいのだろう。


 食事を終えても魔女は一向(いっこう)に席を立とうとしなかった。まるで、話があることを見透(みす)かしているように。


「あの……」と切り出そうとすると、魔女はじっとわたしを見つめた。ようやく口を開いたか、とでも言いそうな(ふく)み笑いを浮かべていたが、目付きは鋭い。


 なにもかも承知(しょうち)なのだろう。それでも言葉を待っているあたり、律儀(りちぎ)なのか矜持(きょうじ)があるのか分からない。


「素敵なお食事、ありがとうございます」


 ぺこりと会釈(えしゃく)して見せると、魔女は「客人なんて滅多(めった)に来ないからねェ。ただの気まぐれだよ」と呟いた。


 顔を上げ、再び彼女と目を合わせる。いよいよ本題だ。大人しく退()いてくれればいいが……。


「もてなしてくれて悪いんだけど……ノックスは連れて行くわ」


 ぴん、と空気が張り詰める。魔女は微動(びどう)だにせず相変わらずの微笑を浮べていたが、雰囲気は明らかに変わっていた。それも、おだやかでない方向に。


「お嬢ちゃん」と、魔女の唇が静かに()らめく。「あんた、自分がなにを言ってるのか分かってるのかい?」


 ぞっとするような低い声だった。冷たく、そして容赦(ようしゃ)のなさを感じさせる声音(こわね)。けれど、こちらも退くつもりはない。わたしの隣でノックスは身を硬くしていた。


「危険は全部承知(しょうち)してる。ノックスも覚悟してるわ。だから、彼の意志を尊重(そんちょう)するの。もちろん、わたし自身も全力で(きた)え――」


「黙りな」


 魔女の瞳は、(うつ)ろに(にご)っていた。機嫌の悪さを示すにはあまりにも露骨(ろこつ)な眼光である。


「グダグダと甘いことばかり言って誤魔化(ごまか)すんじゃないよ。つまり、そいつが死んでもかまわない。そういうことだろう? 意志を尊重するだって? 馬鹿言うんじゃないよ。(じょう)にほだされてぐらぐらと揺れた挙句(あげく)、自分にとって楽なほうを選んだんだろう?」


「ちが――!」


「違わないさァ。そいつに『捨てられた』って思われるのが恐いだけだろう? 優しいお嬢さんであり続けたい欲が()けてるよ。あんた、本当は自分が可愛いだけなのさァ。――ん? また血を吹いて倒れたいのかい? 馬鹿娘」


 アリスはまたしても銃口を魔女に向けていた。どうしてアリスがムキになる必要があるのだろう。魔女を説得しなきゃならないのに、ろくに言葉を返せないわたしが一番(なさ)けないのに。


 アリスは引き金を指の腹で()で、吐き捨てるように言った。「あんた、言葉が過ぎるよ」


 一触即発(いっしょくそくはつ)の雰囲気である。なんとしてでも止めなければ――。


「アリス、魔銃(まじゅう)(おさ)めて頂戴(ちょうだい)。ここで殺されるのがあなたの目的じゃないでしょう?」


 食堂に鳴り響くほど大きな舌打ちがして、アリスは魔銃を下ろした。そうだ。彼女の目的はルイーザの打倒である。こんなところですべてをご破算(はさん)にしたくはないだろう。頭に血が昇っているとはいえ、魔女に(かな)わないことくらい彼女はよく理解しているはずだ。


「馬鹿げた茶番(ちゃばん)だねェ……。で、お嬢ちゃん。あんたのエゴにそいつを付き合わせて破滅させるのがお望みってことでいいのかい?」


 そんなつもりはない。けど、魔女はあえて露骨(ろこつ)(みにく)い言葉を使っているだけだ。それに、エゴが完全にないかと言えば嘘になる。


 わたしはノックスに同情しているし、彼はわたしに依存(いぞん)しつつあるかもしれない。そんな勝手な感情をすべて直視して、それでも決めたのだ。もう揺らがない。


「そうよ。わたしのエゴにノックスを付き合わせるの。けれど、絶対に破滅させない。あなたがどんな想定をしているか知らないけど、言ったわよね? ノックスがわたしと一緒に旅する未来は視通(みとお)せない、って。どんなに難しい道でも歩んで見せる」


 沈黙が下りた。誰ひとり口を開く者はいない。さすがのジェニーも、口を真一文字(まいちもんじ)(むす)んで黙っている。


 重苦しい空気の只中(ただなか)で、魔女は長いため息をついた。


「くだらない。本当に。まるでおままごとだねェ。……そこまで言うんなら、認めさせてみなよ。ちょうど夜が来る。そいつが夜明けに自力で立っていられたら認めてやるよ」


「それって……魔物と戦えってこと?」


「ああ、そうさァ。ただし、条件はつけさせてもらうよ。じゃないとお嬢ちゃんが守りきっちまうからねェ」


 挑発的(ちょうはつてき)な目付きで魔女は言う。未来が()えているのなら、そんなことをする必要はないんじゃないかとも思ったが黙っていた。彼女の思惑(おもわく)把握(はあく)しきれない以上、迂闊(うかつ)なことを言うわけにはいかない。


「条件は二つ。お仲間の加勢はなし。ただし、お嬢ちゃんはそいつと一緒に戦ってもいい。もうひとつの条件は、その子の半径五メートル以内に入らないこと。いいかい?」


 思わず肩の力が抜けた。


 そんなことでいいのか。てっきり、ノックスひとりに戦わせるような無謀(むぼう)を口にするのかと思った。


「分かったわ」


「なら、決まりだね。……ああ、そうそう。もし条件を破ったら、その子もお嬢ちゃんも殺すからねェ」


 軽い口調ではあったが、嘘には聴こえなかった。そもそも嘘が嫌いと公言(こうげん)する彼女がハッタリを言うとは思えない。


「もしそうなったら、私だって黙ってないですよ」とヨハンが口を(はさ)んだ。彼の目はやけに真剣で、(いど)むように魔女に(そそ)がれている。


 魔女はなにも言葉を返さず、ヨハンと視線を()わしていた。


 沈黙を破ったのは、意外にもノックスだった。「それでいい」


「なら、決まりだねェ。夜までしっかり休むといいさ」


 立ち上がり、去っていく魔女の背を目で追った。


 彼女には一体どれほど確かな未来が()えているのだろう。そして、それをどうするつもりなのだろう。


 彼女の黒のロングコートが、廊下の闇に吸い込まれるように消えていった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ノックス』→クロエとともに旅をする少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と(もく)される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』参照


・『最果て』→グレキランス(王都)の南方に広がる巨大な岩山の先に広がる地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ