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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第二話「アカツキ盗賊団」
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24.「疲弊、消耗、脱力」

 巨大な音がして、金棒が地面を叩き潰した。


 ミイナのすぐ横の地面が大きくへこんでいる。振り下ろした直後、武器の軌道が逸らされたのだ。逸れる直前に、腕への衝撃と、鋭い金属音があった。おそらくはジンの矢だろう。


 ミイナは白けた表情でジンを見つめていた。


「ストップストップ! もう充分ッスよ」


「ジン! 邪魔するんじゃねえ!」


「邪魔しなきゃ今頃頭が潰れてましたよ! 俺は降格処分だろうとなんだろういいッスけど、団長がいなくなったらアカツキ盗賊団は終わりッス」


 ミイナは苦々しく顔を歪め、舌打ちをする。「……そんときはオマエが団長になればいい」


「俺はミイナさんの下でやっていきたいんスよ」


 ミイナは脱力したように地面に胡坐(あぐら)をかいて座り込んだ。いかにもな不貞腐れ具合だ。


「……もういい。疲れたから寝る」


「はいはい」


 ジンは項垂(うなだ)れたミイナの手を取り、自分の首に回してから背負った。もう既にいびきが聴こえるのだから驚きだ。本当に眠ったのか、あるいは演技なのかは分からないが、先ほどのミイナ調子から考えると随分エネルギーを消耗していることは確かだろう。


執行獣 (アメミット)は部下に回収させますから、そこに転がしておいて大丈夫ッス。クロエはそこの家を使っていいッスからね」


 ジンは小ぶりな家屋を指さしてから、ゆっくりと去っていった。腰の矢筒には一本の大ぶりな矢。放たれた矢がそこにあるというのは、考えるまでもなく魔具の力だろう。詳しく確認してみたかったが、今でなくともいいと諦めた。わたしも体力と精神を消耗している。その場にぺたんと座り込んだ。


 勝利とはいえない。わたしはミイナを諦めさせること――つまり実力を示して互いが最低限の傷で戦闘を終わらせることを念頭に置いていた。にもかかわらず、彼女の雰囲気が変わってからは押されがちになり、わたし自身の余裕がなくなってしまった。だからこそ、渾身の力で金棒を振り下ろしたのだ。それで彼女が倒れるとも思えなかったが……。


 ジンが助けに入らなければ、あのままボロボロになるまで戦い続けたのだろう。少なくともミイナには、そんな気迫があった。



「ブラボー! 素晴らしいですなぁ、クロエお嬢さん」


 気味の悪い骸骨男が不愉快な台詞とわざとらしい拍手を送りつつ、こちらに向かって歩いてきた。思わず目を逸らす。今一番関わりたくない男だ。


「うるさい」


「おっと、ご挨拶ですねぇ。いや、しかし、なかなか手に汗握る激闘でしたよぉ。観ているこちらもハラハラしてしまいました。お嬢さんはまさしく騎士の実力を持っていることが証明されたでしょうなぁ。これで『関所』突破も容易になりましたねぇ」


 これ以上ヨハンの戯言を聞いていると気分が悪くなる。疲労の溜まった身体に鞭打って、わたしは起き上がったが、少しよろめいてしまった。


「おや、大丈夫ですか? 肩を貸しましょうか? なんなら負ぶってあげても構いませんよ」


「うるさい、黙れ、ひとりで歩ける」


「気難しいひとだ。……ところで、どうして苦戦したんです?」


 ヨハンの問いに答えるつもりはなかった。


「私が想像するに、ですね。きっとアナタは油断していた。盗賊団のボス程度なら造作なくあしらえる、とね。現に序盤は疑いようもなくお嬢さんが優勢でした。が、団長が豹変してからはすっかり怯んでしまいましたね。……油断なく、相手を倒すのみを考えていればサーベルも破壊されなかったでしょうに」


 わたしは歩みを止めずに返す。「あんたの戯言はいつ終わるわけ?」


「これはこれは、手厳しい。分かりましたよ、黙ります。年頃の女性は難しいですなぁ。……そうそう、朝一番に迎えに行きますから、ご注意くださいねぇ。いやいや、ジンさんにそう指示されているからですよぉ。クロエお嬢さんを団長のもとまで連れていけ、ってね。そう恐い顔をしないでくださいな。折角の美人さんが台無しですよぉ?」


 ヨハンに褒められてもなにひとつ嬉しくない。それどころか却ってからかわれているようにしか思えない。ヨハンの舌の上には大量の嘘と不愉快な言葉が転がっている。間違いない。


 石造りの家屋に入り、わたしは振り向きもせずドアを閉めた。「おやすみなさぁい」と小さく聞こえたが知ったことではない。


 薄闇のなかでランプを見つけ、そばに転がっていたマッチを擦って灯す。橙色の光が部屋に満ちた。


 石壁に開けられた穴からは見えない位置にベッドがあり、その横にはこぢんまりとしたテーブルと、椅子が二脚。後は入り口横に水甕(みずがめ)ひとつ。それきりだった。


 げんなりしながら椅子に腰かけると、腕に重い気怠さを感じた。つくづくミイナの怪力が恐ろしく思える。怪力少女。可愛くないネーミングだ。


 ハルはアカツキ盗賊団で、ミイナやジンと共に過ごしていたのだろうか。すると、ハルの体術は盗賊団仕込みなのかもしれない。粗く直線的で、裏のない戦いかた。そういうものも、この場所で得たのだろうか。


 ハルを捜索することに四年の歳月が必要だったのは、なぜだろう。疑問は途切れることなく滾々(こんこん)と湧き出てきたが、説得力のある答えに行き着くことはなかった。



 その日、わたしは簡単な水浴びの後に、ジンの手下が届けに来た黒パンひとつで空腹を凌いだ。


 そしてベッドに横たわり、まどろみの波に身を任せた。

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