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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第二話「アカツキ盗賊団」
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23.「血と狂喜」

 先ほどまで沈黙していた観衆がざわついている。ひとつひとつの語は聞き取れなかったが、動揺と怯えが全体の雰囲気として感じられた。


「アハハハハハハハ!!」


 甲高い笑いに、空気が振動する。それまで低く抑えていた彼女の素の声が解放されたような、そんな調子だった。


 が、すぐまた元の低さに戻った。


「血……久しぶりに見た。アタシの血だ。オマエ……名前は?」


「クロエ」


 わたしはなにひとつ見逃すまいと意識を集中させつつ答えた。団長は相変わらず手のひらを見つめている。


「そうか。アタシはミイナ。……血を見ると、こう、頭がトんじまうんだ。……悪いな、さよならだ」


 言うや否や、団長――ミイナは金棒を振りかぶって頭上に放り投げた。思わずそれを目で追ってしまう。やや前方に投げられたそれは、放物線を描いてわたしの立っている位置に落下するだろう。


 洒落にならない。


 ミイナはぐっと身をかがめ――天高く飛び上がった。その姿から目を離さず後ずさりした。何メートル離れれば無事でいられるのか想像もつかない。


 団員は口々に「逃げろ」と叫んでいた。それは無論、わたしに向けた言葉ではない。それなりに距離を取っている観客たちが逃げろと呼びかけあうのなら、それは……。


 全力で駆け出そうとした瞬間、なにも聴こえなくなった。


 わたしの身体はふわりと浮きあがり、目の前には濛々とした砂煙だけがあった。自分がどのくらいのスピードで吹き飛ばされているのかも分からない。ただ耳鳴りが遠くで鳴っていた。やがて鈍い痛みが全身に広がる。



 ニコルと魔王がいた。ふたりは仲良く並んで直立している。わたしが叫びをあげようとした瞬間、その姿に無数の亀裂が入り、砕けていく。後に残ったのは濃い闇だ。塗り潰されたような透明感のない黒。そうか、死んだのか、とぼんやり考える。


 ここで終わるのは、ごめんだ。そう頭のなかで響く。すると砕け散った景色が、逆再生のように一挙に集まってきた。



 砂煙。そこにニコルと魔王の姿は見えないことを知ると、わたしは飛び起きた。今、どのくらい気絶していた。そして、奴は。


 煙の流れが変わる。と、金棒を振りかぶったミイナの姿が目の前に現れた。そして凶悪な塊が斜めに振り下ろされる。わたしは転がるように後方に避けた。ミイナはすぐ追撃態勢に入る。


 連撃をなんとかかわしながら、彼女の動きが乱雑ながら速度を増している事実に焦りを覚えた。血を見るまでは、金棒の振った先をいちいち目で追っていたミイナが、今はわたしから決して目を離すことがない。こちらの回避行動を確認して、次の連撃の準備をしているのだ。つまり、金棒を振り終える前に次の攻撃が始まっている。


 次第に砂煙は晴れていく。視界がクリアになっても、わたしは回避に専念した。先ほどまでの戦いかたでは、まず間違いなく予想外の一発を食らって本当になにもかも暗闇のなかに消えてしまう。無傷か、死か、だ。


 何度目かの連撃で、わたしは大きく距離を取るべく後方に飛び上がった。が、目の前には金棒が迫っていた。ミイナがわたしの動きを読んで、横薙ぎに合わせて武器を放ったのだと気付いたときには直撃は免れなかった。


 腕に重い衝撃が広がり、わたしはまたも吹き飛ばされた。粉々に散る刃片は、咄嗟にガードしたサーベルのものだろう。


 受け身を取り、手元を見るとそこには柄だけになったわたしの武器があった。が、幸いなことに奴も丸腰だ。


「アハハハ!!」


 響き渡る哄笑(こうしょう)。ミイナは武器を持たずに突っ込んできた。そうして上段蹴りが眼前に迫る。これもやはり連撃だった。裏拳、足払い、膝蹴り、正拳。重いのはかわしつつ、応戦しなければまずい攻撃は受け流したが腕には相応の痛みが蓄積されつつある。


 埒があかない。それに、今のままでは押されていった挙句、金棒が転がっている位置まで下がってしまいそうだ。それだけはなんとしても避けたい。


 しかし、隙がない。攻撃と攻撃の合間はほとんどないのだ。


 であれば、合間を狙わなければいい。


 わたしは覚悟を決めた。と、ミイナの拳が腹に突き刺さる。鋭い痛みが走ったが、決して腕は緩めなかった。わたしは力の限り、サーベルの柄を彼女の脇腹にねじ込んだ。


 ミイナの動きが一瞬止まった隙に、数歩距離を取る。ミイナは口の端から血をこぼしながらも、闘争的な眼差しをわたしに向け続けていた。


 サーベルの柄如きでは倒れないか。なら、次の策だ。


 わたしはできる限りの速度で背を向けて走った。逃げるためではない。金棒を手にするために。


 わたしの作戦に気付いたのか、彼女はすぐ追いついて横に並んだ。わたしが彼女の顔に肘を入れるのと、彼女がわたしの足を払うのはほぼ同時だったろう。わたしは前方に投げ出され、ミイナは後方に倒れる。


 金棒に辿り着いたのはわたしだった。持ち上げようとするが、生半可な重さではない。これを片手で自在に操っていたことに驚愕せざるをえないが、今はそんな暇はない。ミイナは僅かに遅れてわたしの――つまり金棒の位置まで辿り着こうとしている。


「あああああああああああ!」


 渾身の力を込めて持ち上げる。両腕が悲鳴を上げているが、構うことはない。


 迫りくるミイナに思い切り振り下ろした。


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