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227.「王に最も近い者」

 停滞した水の匂い。冷たい空気を風が吹き散らしていく。大小様々な岩の転がる地面は(すべ)りやすく、そばを流れる地下水がゆるやかな音を立てていた。


 先を行くヨハンのランプが周囲を照らし、ときおりキィキィと鳴き声をあげて蝙蝠(こうもり)が飛び去っていく。なんとも陰鬱(いんうつ)な場所ではあったが、これまでの闇雲(やみくも)な洞窟探検よりはずっと気持ちが楽である。


 全員が思い思いに足を運んでいた。アリスはどこか退屈そうに。ヨハンは押し黙ったまま。ノックスはいつもの無表情で。わたしはというと、安心半分緊張半分といった心持ちで歩いていた。


 ヨハンが詰め寄った結果、老小人はいかにも渋々(しぶしぶ)といった様子で王都側への抜け道を教えてくれたのである。(さいわ)いなことに、追放者を放り込む鉄扉(てっぴ)からはずっと離れた場所に出るらしい。眉唾(まゆつば)ではあったが、地割れを起こした例の小人が案内役を買って出てくれたことで疑いは消えた。


 これで洞窟を突破出来る目途(めど)が立ち、なおかつ王都側の入り口から離れているとなれば警備の者に見つかる心配もない。アラクネとの戦闘や想定外の恥辱(ちじょく)もあったけれど、(わざわ)(てん)じて(ふく)となすといった具合だ。


 地下水路をたどった先に地上への出口があるとのことではあったが、もう随分(ずいぶん)歩いている。何時間()ったのやら……。


 道案内の小人は、ぴょこぴょこと跳ねるように進んでいた。なにやら愉快(ゆかい)でたまらないといった仕草(しぐさ)である。


「随分と嬉しそうね」とノックスに話しかけると、彼は小人のうしろ姿を見つめて小さく(うなず)いた。もう眠気は飛んでいると見えて、足取りも確かである。


 わたしの声が聴こえたのだろう、小人は振り向いて笑顔を見せた。


「僕、恩返しが出来て嬉しいです」


「そりゃなにより……」とアリスは不機嫌そうに呟いた。好意や親切を過剰(かじょう)(けむ)たがるところは相変わらずである。


「あとどのくらいで出口でしょうか」


 ヨハンが聞くと、小人は首を(かし)げて「まだかかります」とだけ答えた。なんとも要領(ようりょう)を得ない。目安を教えてくれれば助かるのに……と思ったところで仕方がないか。小人も具体的な距離感は持っていない様子だし。


「出口を通り過ぎた、なんてことはないだろうね」とアリスは(おど)すように言って小人を(にら)んだ。そんな彼女にも一切(ひる)まず、小人は笑顔をキープしている。


「通り過ぎることはありません。なにせ、突き当りが出口になっていますから」


 いくつか気になることがあった。今のうちにはっきりさせておいたほうがいいだろう。


「ねえ、この道はさっきの広間よりも地下にあるようだけど、どうやって地上に出るのかしら」


「それはですねえ、縦穴(たてあな)登りです。……あ、そんなに不安がらないでください。僕たちにとってはどうにも出来ない穴ですが、人にとっては、そうですねえ……」言葉を切って、小人はしばし(うな)った。「うーん、人にとっても、やっぱり普通は難しいかもしれないですね」


 なんだそれ。そこが唯一(ゆいいつ)の出口なら、なんとしてでも方法を見つけるのだが……。彼の言葉を聞いていると不安にしかならない。案の(じょう)、アリスはしかめ(つら)になった。


「馬鹿にしてるのかい? どうにも出来ない縦穴に案内してそれでオシマイってわけじゃないだろうねぇ」


「え……あんな凄い武器を持ってる人だから、てっきりどうにでもなると……」


 アリスの魔銃のことを言っているのだろう。見慣れない武器を使う親切な猛者(もさ)たち――なるほど、確かに過剰(かじょう)な期待をしてしまう。


「どうにでもするわ。ともかく、見てみなければ判断出来ないし」


 すると、アリスがわたしの顔を(のぞ)き込んで挑発的(ちょうはつてき)な笑みを浮かべた。


「へぇ、助け舟か。情でも移ったのかい、お嬢ちゃん」


 そんなつもりはない。理由ははっきりしている。「もうじき王都だから、縦穴ごときで足を止めるつもりなんてないわ」


 あらゆる障害を乗り越え、長い道のりをたどって来たのだ。ここまで来てがっくりと挫折(ざせつ)するつもりなんてさらさらない。いかに困難に思えるものでも、きっと乗り切って見せる……。そんな無根拠な自信に満ち(あふ)れていただけだ。


「ふぅん。お嬢ちゃんはたくましいねぇ。ついでに聞いておきたいんだけどさぁ」


 アリスの瞳が、(あや)しげな光を()びた。ろくでもないことを考えているような、そんな雰囲気。


「なによ」


「魔具職人が作った魔具のリストとかって、見れたりするのかねぇ」


 なにを考えて、と返そうとして言葉が引っ込んだ。そういえばアリスは魔銃のメンテナンス相手を探しているようなことを言っていたっけ。すると、その相手をリストで見つければ話が早いということだろう。


「残念ながらリストは知らない。あったとしても普通の人間に見れるような文章じゃないでしょうね。きっと魔具制御局が管理してるはずだから」


 迂闊(うかつ)に漏れ出してしまえば王都の治安(ちあん)を乱しかねない。騎士団という抑止力(よくしりょく)があっても、手を出す人間は必ずいる。そういうならず者(・・・・)が騒ぎを起こして貴重な魔具や魔具職人に害がおよばないよう、制御局は厳重に管理しているのだろう。


「そうかい……ならいいさ」


 案外あっさり引き下がったので意外に思ったが、きっと無茶なことを考えているに違いない。さすがに(くぎ)を刺さずにはいられなかった。


「無茶なことはしないでよね。街なかで魔銃を出したらきっと大変な騒ぎになるから」


「はいはい、心配性のお嬢ちゃんだねぇ。そんな無茶なことはしないさ」


「ならいいけど……」


 それきり沈黙が続いた。湿った地下水路を黙々と進んでいく。今頃(いまごろ)地上は日暮れ(どき)だろうか。


 こうして黙って歩いていると、どうしても夢のことを考えてしまう。ヨハンに背負われながら見た夢のことだ。荒廃(こうはい)した王都の風景を思い出すたび、焦りが全身を駆けめぐった。もしかしたら今頃本当に廃墟となって――。


 いや、それはない。いかにニコルが巧妙(こうみょう)に動いたとしても早過ぎる。王都には騎士団がいるし、王城を警備する近衛兵(このえへい)も――。


 近衛兵?


 ぞわり、と嫌な感覚が背を(おお)った。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん。足を止めて……。休憩(きゅうけい)したいって様子じゃないね」


 アリスの声で我に返った。頭を何度か横に振り、再び歩き出す。けれども思考は止めどなく、悪い予感がどんどん(ふく)らんでいく。


 どうしてわたしは近衛兵のことを忘れていたのだろう。そこに一番の脅威(きょうい)(ひそ)んでいるではないか。


「どうしたってんだい、本当に」


 とアリスはやきもきした口調で言う。


 話しておくべきだろうか。それとも――。


「気がかりなことがあるのなら言っておいたほうがいいですよ。後悔しないように」


 ぽつり、とヨハンが言った。いつになく真面目な口調である。ただごとではないと読み取ったのだろうか。なんにせよ、彼の言う通りだ。


 今ここにいるメンバーはグレキランスの出身ではないし、しがらみもない。意を決して口を開いた。


「王都のことなんだけど……」


「ええ。なんでしょう」


「わたしがニコル――元勇者の裏切りを(しら)せるために王都を目指していることは話したわよね?」


「ええ。知っています」


 アリスにも一度話している。彼女も覚えていたのか、先を(うなが)すようにこちらへ視線を向けた。


「王の護衛隊――近衛兵って呼ばれてるんだけど……そのトップの男が勇者の仲間だったのよ。ルイーザと同じように……。つまり――王に最も近い場所に敵が(ひそ)んでるの。もしかしたら今頃(いまごろ)、王都は大変なことになってるかもしれない……」


 近衛兵の指揮官(しきかん)。『王の盾』の異名を持つ戦士。確か、スヴェルという名だった。彼は王都に凱旋(がいせん)した翌日から王の護衛任務に復帰したはずである。もし彼が魔王と手を組んでいたなら……。


 荒廃した王都を思い出し、奥歯を()みしめた。


「ちょっと待ちなよ、お嬢ちゃん。あのクソ生意気(・・・・・)馬鹿ガキ(・・・・)が勇者の一味(いちみ)だってのかい?」


 ああ、そうか。その話はしてなかった。「ええ。ルイーザも勇者のパーティよ」


「へぇ、そうかい」


 そう呟いて、彼女はクツクツと笑いを漏らした。その瞳に、狂喜的な色がどろりと浮かぶ。「殺しがいがあるねぇ」


 やはり、アリスはルイーザを標的にしている。それなら彼女とはある程度目的を共有出来るはずだ。


「ねえ、アリス――」


 言いかけたわたしを(さえぎ)って、小人が叫びを上げた。「出口ですよ、出口出口!」


 小人は前方を指さしてぴょこぴょこと跳ねている。その指の先は行き止まりになった壁を――いや、そこに()いた小さな穴を()している。


「また小穴を進むんですか」とヨハンは(あき)れ笑いをこぼす。そう言いながらも真っ先に入っていった。彼に続いてアリス、ノックス、わたし、小人の順に進んでいく。


 小穴は思ったよりも短かった。そして、先ほどの地下水路よりはいくらか明るい。


 見上げると円形に切り取られた空が見えた。


「ね、縦穴(たてあな)でしょ」と小人はなぜか嬉しそうに言う。しっかり道案内出来たことが(ほこ)らしいのだろう。


「縦穴というより……井戸ね」


 どこかの村の()れ井戸。そんな風情(ふぜい)である。そしてなんのためなのか、古びたロープが()らされていた。


「これを伝って行けば地上に出られますね。……しかし、外は夜ですか」


「ええ。でも、魔物の気配は感じないわ。まだ深夜じゃないんでしょうね」


 魔物との戦闘になったとしても(おく)れを取るようなメンバーではない。ノックスを守り切ることだって問題ないだろう。アリスの防御魔術と魔銃。ヨハンの隠密(おんみつ)魔術。そしてわたしの剣術。


 大丈夫。きっと、大丈夫だ。


 ふと小人を見ると、ちょうどアリスがしゃがみ込んで彼と目線を合わせている。そして彼女は小人の小さな両肩を(つか)み、「でかした」とひと言だけ口にした。


 意外な光景……。こんな一直線に人を()めるタイプなのか。


 小人は目を(うる)ませて「お元気で」と小声で(ささや)き、会釈(えしゃく)をして戻っていった。彼ら小人にとって、ここはすでに人間の領域なのかもしれない。それでも案内してくれたと思うと、(かえ)ってお礼を言いたいような気分になった。


 小穴にしゃがみ込むと、彼の後ろ姿が見えた。息を吸い込み、驚かせないような声量で――。「ありがとう」


 そんなわたしの隣で、ノックスも律儀(りちぎ)に声を上げる。「……ありがとう」


 暗闇の先で、小さな手が振られたように見えた。


「さて、お嬢さんがた。地上に出ますよ」


 (まる)く切り取られた空を見つめて、口元を引き(むす)んだ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『ノックス』→クロエとともに旅をする少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。


・『ニコル』→魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と(もく)される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』参照


・『スヴェル』→ニコルと共に旅をしたメンバー。近衛兵の指揮官。『王の盾』の異名をとる戦士。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地。


・『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』→王都を追放された者が放り込まれる洞窟。王都へ戻るために突破しなければならない場所。初出は『110.「もしもあなたがいなければ」』


・『魔具職人』→魔術を籠めた武器である魔具を作る専門家。


・『魔具制御局』→魔具を統括する機関。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『196.「魔具制御局」』にて


・『近衛兵(このえへい)』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊。

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