22.「執行獣」
外は夕陽の最後の光に染まっていた。無骨な石造りの家々が、その荒廃具合と相まって、どこか見捨てられつつある遺跡のように見える。
脚は砂粒でざらざらしている。砂塵にあおられた髪はもはや救いがたい。
わたしはサーベルを目の前にかざしてまじまじと観察した。やや反った細身の刀身、柄には必要最低限の護拳。サーベルにしては軽すぎるが、許容範囲内ではあった。二、三度振るとなんとなく剣の癖が掴めてきた。
団長が威圧的な眼差しを向ける。「そんな得物でいいのかよ。一発で粉々になんぞ」
それはそうだろう。普通なら。
「わたしはこれでいいわ」
団長は怒気を隠さなかった。ジンやヨハンをはじめとして、ギャラリーが遠巻きに見物している。あんまり近いと巻き込まれかねない、という恐れだろう。乾燥した風景に赤のバンダナがよく映えた。
団長の性格上、邪魔が入る心配がないのはありがたかった。彼女は決闘においても純粋だろう。
「ヨハン! アタシがこいつをぶちのめすのを止めるんじゃねえぞ」
「分かってますよ」
「それと、ジン。オマエも水を差すんじゃねえ」
「承知ッス」
やはり、あくまで正々堂々とやるつもりなのだろう。殺意たっぷりだったが、フェアだ。
団長が金棒を片手で振ると、異様な風切り音がわたしの耳まで届いた。そいつは腹を空かせた獣の、不機嫌な唸りに似ていた。
「執行獣 。この武器の名前だ。死ぬ前に覚えとけ」
幸いなことに、団長の金棒は魔具ではない。そして本人もまた、魔力を持ってはいない。どこからどうみても片手で振れるわけがない鉄の塊を悠々と振り回す怪力と、直情的な容赦のなさには注意しなければならない。
「構えろ」
団長は金棒を八の字に大きく振りながら、一歩ずつ、ゆっくりと歩を進めている。執行獣 とやらの唸り声が段々大きくなる。
さて、どう戦うべきか。やはり、様子見だろうか。うん、そうしよう。
わたしが間合いに入ると八の字運動は消え、金棒が真横に振られた。重い唸り。一歩引いていなければ身体は真っ二つに折られていただろう。
身を引いたわたしを追撃するように、今度は頭の上から金棒が振り下ろされ、地鳴りが響き渡る。これもかわしたわたしに、団長は身体を大きく回転させながら横薙ぎを放った。金棒の先端の棘のみ、サーベルでガードする。
すかさず団長の肩口を目標に剣を振ったが、彼女は器用に身を傾けて回避した。と、今度は上段の横薙ぎが繰り出さる。わたしは飛び上がり、これも先端のみ当てるようにサーベルで受け流す。ほんの少し刀身で受けただけにもかかわらず、わたしは数メートル吹き飛ばされてしまった。
ギャラリーから囃し立てる声が上がる。団長が優勢に見えているのだろう、彼らには。
厄介ではあるが、このレベルの速さならどうとでもなる。上手く勢いを殺せば、このサーベルであっても折られることなく攻撃を防げる。それに……。
「ォウラァ!!」
団長は距離を詰め、その勢いのまま真っ直ぐ金棒を振り下ろした。砂埃が一斉に舞う。
それに、攻撃が素直過ぎる。
団長が追撃のために放った中段の横薙ぎを宙返りで避け、お次は上段薙ぎをかがんでやり過ごし、懐に入り込む。すると膝蹴りが飛んできたので、それを足場にして後方に跳躍して見せた。
盗賊たちはすっかり沈黙していた。自分のボスが軽くあしらわれているのだ。当然の反応である。
団長の表情は露骨なまでに余裕がなくなっている。それでも息があがっていないことを称賛したい気になった。あれだけの武器を振り回していながら、そこに疲れは微塵も見られない。驚異的な体力と怪力。ただ、それだけで蹂躙できる相手は少ない。
「ラアァァアア!!」
今度は飛び上がっての振り下ろし。確かに、グール程度なら木端微塵だろう。ならず者どもを脅すこともできよう。しかし――騎士や魔術師には通用しない。
またしても横薙ぎ――わたしは力が乗る前の初動段階、つまり僅かに振りかぶったタイミングで金棒をサーベルで押し留めた。団長は顔を赤くして腕に力を込めているようだが、虚しい努力だ。
団長が渾身の力を込めた瞬間、わたしは脱力し、身を地面すれすれまで落とす。すると、勢い余った団長が金棒の慣性に引きずられてくるくると二週ほど回った。
金棒を地に叩き付けて動きを止めた団長の目には、首の横をすり抜けるサーベルの煌めきが映っただろうか。
わたしは再び距離を取る。団長の首には浅く傷がつき、じわり、と血が溢れていた。
「本当の闘いだったら、今ので死んでいたわよ。もう実力差は理解できたでしょ?」
「ア……アア……ア」
団長は首を押さえ、うなだれている。金棒をしっかり握っているあたり、やはり戦士ではある。
ただ、これ以上は全くの無意味だと思った。実力差を見せつけられて動揺するのは勝手だが、破滅的な戦闘行為にいつまでも付き合う義理もない。これで大人しくなってくれれば、きっと『関所』を突破するのも難しくないだろう。
団長を倒した騎士。ならず者といえども、そんな相手に立ち向かってくるほど愚かではないはずだ。
「ジン! もういいでしょ」
わたしはジンに呼びかけるが、彼は最前より険しい表情をしていた。目付きの鋭さも増している。
「……悪いッスけど、あんた死ぬぜ。とんでもない地雷を踏んじまった。それに、終わりかどうかを決めるのは俺じゃない」
巨大な地鳴り。足元から全身を揺さぶるような衝撃だった。
団長は自分の手のひらに付着した血を見て、なにやらぶつぶつと呟いている。が、もう片方の手は金棒を握り締め、一度、二度、三度、と地面を叩き潰すように振り下ろしていた。そのたびごとに激突音も、振動も大きくなる。
目は大きく見開かれ、呆然自失の表情をしている。
「血……殺す……血……」
まるで獣じみていた。それで魔力が発現したというわけではなかったが、そこにあるのは純粋に狂気的な暴力の意志だった。
わたしの頬に、一筋の冷たい汗が伝った。




