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217.「エー」

 小人たちは警戒心を(あら)わにしていた。けれどもそこに(おび)えはない。(いど)むような目付きをしている者もいるくらいだ。


 ずらりとわたしたちを取り囲んだ小人は、ひとりひとり顔かたちも身長も異なっている。同種とはいえ、当然のことながら特徴はあるということだろう。皆一様(みないちよう)なのは、チョッキ姿に帽子という点くらいである。よく観察する余裕はなかったが、チョッキにはご丁寧に小さなボタンまでついていた。服飾文化も持っているらしい。そのくせ裸足というのがなんともちぐはぐだ。


 そして厄介なことに、彼らの身体から魔力を感じる。個々に差はあるようだったが、もしかすると魔術まで使えるかもしれない。多勢に無勢、おまけに相手が魔術まで使えるとなれば面倒な事態になることも充分に考えられた。


 ヨハンは『穏便(おんびん)な対話を』と言ったが沈黙している。どう切り出せばいいのか分かりかねているというよりも、相手の出方を(うかが)っているような具合だ。


 そうしているうちに、小人の数が増えていく。小穴から()い出てきては、わたしたちを囲む一群に(まぎ)れ込むのだ。てっきり逃げるものとばかり思っていたが、状況は真逆である。彼らの意図(いと)が読めない。


「エー……」


 不意に、誰のものとも知れない声が響いた。すると小人の群が、まるで道を作るかのように割れた。そこをひとりの小人が歩いてくる。


 見る限り、小人のなかでも地位のある者らしい。帽子とチョッキとズボンに加え、靴まで履いていた。その顔には仙人じみた(ひげ)が生えていたものの、足取りは確かである。彼がわたしたちの前まで来ると、またしても「エー……」という声が聴こえた。どうやらこの老小人が発しているようである。


 彼の身体に宿った魔力は、ほかの小人よりもずっと整っていた。つまり、魔術を使うかもしれないというわけだ。思わずサーベルの(つか)に手が伸びる。


「エー……女。武器から手を離せ」


 落ち着いた口調。けれども、命令に従わなかった場合は考えがあるといった威圧(いあつ)を充分に含んだ声色(こわいろ)だった。(しわ)の間から覗く瞳は、その体躯(たいく)に見合わないギラつきを見せている。


 やむを得ない。サーベルから手を離した。


「ごめんなさい。つい警戒しちゃったの」


 様子を見る意味でも謝ってみたのだが、小人はなんの反応も返さなかった。


「エー」と老小人は口を開く。彼だけの口癖なのだろうか。それとも小人全体が謎の言語文化を持っているのか……。


「お前らに告ぐ。さっさと回れ右して消えるべし」


 有無(うむ)を言わさぬ口調である。これはどうしたものか……。


「それは……出来ないわ。わたしたちは目的があってここまで来たんだから。もちろん、あなたたちに危害を加えるつもりなんて少しもないの」


 沈黙。こちらの声は届いているのだろうか。老小人がゆっくりと(うなず)いたのが見え、聴こえているということは理解出来た。けれども言葉は帰ってこない。


 ちらとヨハンを見ると、彼は心持ち肩を(すく)めて見せた。


「エー」と響き、再び老小人を見下ろした。「消えないなら、仕事をしてもらう」


 仕事?


 首を(かし)げると、周囲の小人たちが一斉(いっせい)に「仕事!」「仕事!」「勤労奉仕(きんろうほうし)!」「圧倒的感謝!」と声を上げた。嫌な連中である。


「仕事ですか……」


 ヨハンの呟きが聴こえた。見ると、彼は思案に暮れているような顔をしている。仕事や契約に関して敏感(びんかん)なのだろう。そういえば今までも彼の行動原理はギブ・アンド・テイクに左右されてきた。仕事であれば、まずは――。


「報酬をまず聞かせてください」


 やはり。ヨハンらしい。対価に見合う内容かどうかの判断は彼に任せて、ひとまず黙っているのが得策だ。周囲を見回すと、小人たちはざわざわと小声で話し合っていた。内容までは聞き取れないものの、不穏(ふおん)な空気が満ちている。


「エー」


 老小人の声がすると、ざわめきがぴたりとやんだ。統率(とうそつ)のとれた集団である。


「報酬は、女と子供の解放」


 女と子供――すぐにアリスとノックスが思い浮かんだ。小人たちは、二人がわたしたちの仲間だと知っているに違いない。


 (つば)を飲みくだし、ヨハンに視線を移した。彼は口元に手を当て、先ほど同様なにやら考え込んでいる。解放、という言葉が引っかかっているのだろうか。


 我慢出来なくなって口を開いた。「二人は、あなたたち小人が捕らえているの?」


 老小人はなんの反応も返さない。ただただ、刻まれた(しわ)の奥の瞳から射るような視線が(そそ)がれているのみだ。最低限の言葉のみ()わし、それ以上はヒントさえ与えない、そんな態度。彼が人間相手の交渉事を取り仕切っているのは明らかだったが、その警戒は異様といえば異様だ。人間という(しゅ)に対して(いだ)いている感情がどれほど酷いものか容易(ようい)に理解出来る。


 きっと、今までも人に出くわすことはあっただろう。王都の追放文化は文献(ぶんけん)ではたどれないほど昔からおこなわれている。『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』に追いやられた追放者が小人と顔を合わせる機会は決して少なくなかったはずだ。


 小人の態度は、追放者から受けた裏切りを示唆(しさ)しているように思えてならない。王都から追われるような人間なんて曲者(くせもの)ばかりである。そんな連中と関わってきたのであれば、(かたく)なな沈黙も(うなず)ける。


 とはいえ今は、彼らが頼みの(つな)だ。老小人の言葉通りなら、アリスとノックスは小人に拘束されているのかもしれない。彼の口にした仕事を完遂(かんすい)すれば再会はもちろん、人間全体に(いだ)いている悪い印象も払拭(ぶっしょく)出来るかも。


 悩むようなことには思えないのだが、ヨハンはいまだに返答していない。


 そもそも、と考える。アリスが小人相手に(おく)れを取るだろうか、と。もし連中が魔術を使ったとして、アリス自身も魔術師である。大概(たいがい)の攻撃には対応出来るはず。だとすると、老小人はハッタリを言っているのではないだろうか。わたしたちがはぐれたことを材料に、ありもしない報酬で誘っているのかも……。


「……報酬は申し(ぶん)ないです。仕事内容を聞きましょう」


 ようやくヨハンの声がした。疑いは消えないものの、わたしたちが取るべき選択はひとつである。彼らの要求を()んで、しかるべき仕事をするだけだ。


「エー」老小人は緩慢(かんまん)な動作で、地面を指さした。「女王蜘蛛(じょおうぐも)を殺せ」


 女王蜘蛛?


 確か、岩蜘蛛(いわぐも)のコロニーには『女王』と呼ばれる個体がいたはず。岩蜘蛛自体、メスの個体は非常に少なく、『女王』に寄り添うようにしてコロニーが形成されるのだ。彼女を失うと、コロニーの岩蜘蛛は別のコロニーへと移動するのが通常である。


 老小人の口にした『女王蜘蛛』がわたしの思い描いているものだとすると、疑問が尽きない。岩蜘蛛は人に危害をおよぼすような生物ではないのだが、小人にとってはその限りではないのだろうか。けれども、岩蜘蛛が小人を捕食する(さま)は想像出来なかった。小さな身体とはいえ、楽に抵抗出来る相手だろう。


 岩蜘蛛が巣を形成することによる落盤(らくばん)危惧(きぐ)しているとも思えない。岩蜘蛛は確かに岩を掘ってコロニーを作るが、周囲の環境が壊れるような真似(まね)はしないというのが定説である。地震などの災害も考慮(こうりょ)して巣作りしているらしく、たとえ揺れたとしても落盤なんて起こるはずがない。


 彼らが岩蜘蛛の女王を殺すように命じる意図(いと)がさっぱり読めなかった。


 ヨハンが息を吸う音がして、言葉が(つむ)がれる。「分かりました。私たちは仕事として女王蜘蛛を倒します。ただし、報酬の訂正(ていせい)が必要ですね。……二人の解放と、そうですね、再会まで約束していただきたい。二人を捕らえているのなら簡単でしょう? 引き換えというわけではないですが、もちろん、この洞窟を抜けるまであなたがたを攻撃することはありません。……ここまで含んだ契約なら、問題ないでしょう?」


 ヨハンの言う通りだ。彼らの言質(げんち)を取り、少しでも有利な条件で契約を結ぶのが最善である。彼の提示した条件は小人たちにとって困難なものではないし、こちらから危害を加えないという点に関しても望ましいだろう。


「エー。危害を加えない証明が出来ない」


 老小人は端的(たんてき)に指摘する。もっともな反論だ。彼らにとって、わたしたち人間は信用に(あたい)しない存在に違いないのだから。


「なら、交渉は決裂ですね。私たちはあなたがたを()め上げてでも二人の居場所に連れて行ってもらいます。――本気ですよ? ……最後に一度だけ(うかが)いますが、今あなたたちが被害を受けることと、私たちを一旦(いったん)は信用していただいて仕事をさせること。どちらが得になりますか?」


 先ほどサーベルに手をかけたとき、老小人はすかさず警告した。武器を抜かれたら――つまり、戦闘になったら――困るというようにも解釈(かいしゃく)出来る。


 老小人はしばしの黙考を()て答えた。「エー……。条件を()もう」


 ヨハンの(おど)しが()いたのだろう。


「交渉成立ですね。さて、具体的に話を進めましょう。まず、女王蜘蛛について詳しく教えてください」


 ようやく仕事の全体像が見える――と安心したのは一瞬である。わたしたちの背後を囲った小人たちがぞろぞろと動き、道を開けた。老小人は真っ直ぐそちらを指さしている。


「エー、大穴(おおあな)を降りて、女王蜘蛛を殺せ。早く、歩け」


 またも有無(うむ)を言わせぬ口調である。『女王蜘蛛』についてなんの情報も与えないつもりだというのか。


「女王蜘蛛を倒すのはわたしたちなんでしょ? だったら少しくらい教えてくれないと――」


 わたしの言葉は、小人の叫びに(さえぎ)られた。「行け!」「歩け!」「行け!」「働け!」


 老小人はなんの言葉も(はさ)むことなく、ただただわたしたちの背後を指さしている。仕事をさせようというのに、ろくに情報を与えないなんて……。


「ねえ! もう少し親切にしてよ!!」


 わたしの声は、小人の大合唱にかき消された。ひとりひとりの声量は大したことなかったが、大勢の小人が叫んでいる。わたしの言葉は声の濁流に()まれ、なんの影響をもおよぼさなかった。


 ヨハンを見ると、苦々(にがにが)しい表情を浮かべている。さすがにこうなるとは思っていなかったのだろう。


 足元に小人が寄り、ずいずいと足を押される。思わず足を払おうとした瞬間、ヨハンの声がした。


「小人を傷つけないでください」


 そうだ。危害を加えないという前提条件が崩れてしまう。けれどもこんな状況なら、契約も仕事もないではないか。そう思ってヨハンを見ると、彼は首を横に振った。契約を破るわけにはいかない、ということか。


 確かに、二人との再会を考えるなら彼らに従うほかない。仕事さえこなせばいいのだから。


 小人が開けた道の先を進むと、異様な光景が広がっていた。


 地面に空いた巨大な穴。ハルキゲニアの『大虚穴(おおうろあな)』と比較しても遜色(そんしょく)ないサイズである。


 これを降りて、その先にいるであろう『女王蜘蛛』を倒すのか……。あまりに不透明で無茶な要求に思えたが、選択肢は残されていない。


 穴の先に広がる漆黒を(にら)んだ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『ノックス』→クロエとともに旅をする少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地。


・『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』→王都を追放された者が放り込まれる洞窟。王都へ戻るために突破しなければならない場所。初出は『110.「もしもあなたがいなければ」』


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『大虚穴(おおうろあな)』→『毒瑠璃(どくるり)の洞窟』の先にある巨大な縦穴。レジスタンスのアジトへと続く階段がある。詳しくは『106.「大虚穴」』にて

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