21.「団長は嘘が嫌い」
団長はソファの背に金棒を立てかけ、どっしりとジンの隣に腰を落とした。腕をソファの背に投げ出し、足を組む。その態度からか、実際以上に身体が大きく見えた。
気圧されないように平静を心がける。こういった手合いには今までも対峙したことはある。
「ヨハン」
「なんでしょう、団長」
ヨハンの口調は全く変化がない。こういう世界を渡ってきたからなのか、あるいは盗賊団お抱えの仕事人だからだろうか。
「こいつがアイシャの代わりか?」
「ええ、そうです。クロエといいまして、腕の立つ女性です。出自や経歴は分かりませんがね、魔力を感じることが出来るようですよ」
団長はあくびでもしそうな調子で「ふぅん」と答えた。
それからしばしの沈黙が流れた。誰も口火を切らない。ジンもヨハンも、団長の言葉を待っているように見えた。わたしもそれに倣い、口をつぐんでじっと待つ。
「アタシに魔力を感じるか?」
団長は唐突に投げかけた。なんと答えるのがベストだろうかと思案する。
少し探りを入れてみようか。
「多少、魔力があるようね」
しばし黙って、団長はヨハンに視線を移した。
「ヨハン、こいつの言葉は真実か?」
「いえ、嘘です」
団長は面倒そうに顔をしかめて、目を瞑った。それから、ゆっくりと瞼を開ける。ぎちぎちぎち、と音が聞こえそうな目の剥きかただった。
「舐めた口の利きかたは、許す。……ただ、次に嘘をついたら」
言って、金棒の柄をぎゅっと掴んだ。
「こいつで頭を叩き潰す」
じっとりと背に汗がにじむ。この少女は本気の目をしている。おそらく、平気で振り下ろすだろう。危ういところだったが、大体の性格は見抜けた。嘘を嫌い、一線を超えると容赦ない。怠惰だが、自分の感情には素直に引きずられる。そんな性格だろう。
こちらが正直に答えていれば厄介なことにはならないだろうが、問題はヨハンが隣にいることだった。彼に関しては予想がつかない。団長相手に平気で嘘をついて、それを貫き通すことだってできるだろう。狡猾な蛇のような男だろうから。
たとえこちらが正直を通したところで、真贋の判定を彼がおこなうなら大問題だ。わたしの無事は彼にかかっているといえる。ヨハンを頼らなければならないこの状況自体が不愉快だった。よりにもよって……まったく、ため息をつきたくなる。
「ヨハン。こいつは強いのか?」
「ええ、もちろん。ありあわせの農具で魔物と渡り合えるくらいには。それに、状況把握や判断力もいくらか持ち合わせているようですねぇ。しかし、情にほだされやすい面もある」
「ふぅん」
団長は品定めするようにわたしの目を覗き込んだ。ヨハンほど不快な見つめかたではないが、威圧感たっぷりの眼差しにさらされても気分は良くならない。
「どこで戦いかたを仕込まれた?」
わたしは率直に答えることに決めた。真横にはヨハンの不気味な視線がある。
「王都――グレキランスの騎士団で培ったものよ」
「ヨハン」
彼は団長の呼びかけに「嘘じゃありませんなぁ」と答えた。ひとまず、なんとかなりそうだ。ヨハンが裏切らない限りは。
ジンは目を丸くしているし、団長は猜疑心からか眉間に皺が寄っている。
「……オマエが本当にグレキランス出身なら、なぜここにいる?」
「説明すると長くなる」
わたしの言葉に団長は舌打ちをする。「答えだけよこせ」
仕方ない。隠すのは諦めて、経緯を簡単に説明することにした。
「騎士団に所属していたけれど、魔王を討伐した勇者にプロポーズされて退団し、新居である魔王の城に向かった」
団長は右手を後ろに回し、金棒を握った。思わず説明を止める。
「続けろよ」
団長は乾いた声で命令した。彼女の右腕に意識を集中させる。どんな些細な動きでも見逃すまい。
「……魔王の城には、討伐されたはずの魔王がいた。勇者はわたしを魔術で拘束し、こう告げた。魔王が勇者の妻として擬態するための理由作りとしてわたしにプロポーズし、城に呼び寄せた、と」
団長の表情はどんどん険しくなっていく。それもそうだ。俄かには信じられない話だろう。わたしだって逆の立場なら同じ印象を抱いたに違いない。けれども、率直に話すことを余儀なくされている以上、語り続けるしかない。
「わたしは勇者を説得したけれど、聞き入れてもらえなかったわ。ただ、殺されもしなかった。理由ははっきりしないけれど、わたしが勇者の幼馴染だったからかも。……それで、殺されない代わりに彼の転移魔術でダフニーに飛ばされた。今は一刻も早く王都へ行って勇者の裏切りを王に伝えなければならない。……以上よ」
団長の顔には分かりやすいほどの怒りが見て取れた。血管は浮き出て、八重歯を剥いている。
「ヨハン!!」
ヨハンは一拍置いて「クロエお嬢さんの言葉に嘘はありませんよ」と告げた。
団長は「そうか」とだけ呟く。そして急に無表情になった。直後、彼女の右腕に血管が浮き出す。
金棒は一瞬でソファに振り下ろされた。
わたしが座っていた場所は無残に潰れ、反対側――ヨハンのいた場所は斜めに浮いてしまっている。わたしは辛くもソファから一瞬早く飛びのいたので助かり、憎らしいことにヨハンも瞬間的にソファから離れていたらしく、無事壁沿いに避難していた。
「アタシは嘘が嫌いなんだよ」
「私には嘘だと感じられませんでしたがねぇ。まあ、度を超えた話は嘘であれ事実であれ信じることは難しいものです」
飄々と語るヨハンを、団長は睨みつけた。「ヨハン、オマエがアタシを裏切っているとも考えられるだろ?」
「私がアナタに嘘を教えたことが一度でもありましたか?」
「一度もなかったとして、これからも真実だけを伝えるとは限らない」
「確かに、おっしゃる通りですな」
団長はわたしに金棒の先端を向けた。「オマエが本当に騎士で、花嫁で、勇者が裏切り者だって言うなら、それを信じさせてみろ。少なくとも、グレキランスの騎士なら実力はあるんだろ。……ジン、支度をしろ」
ジンは「了解ッス」とだけ呟いて奥の部屋に消えていった。
生唾を飲む。これからジンが相手になるのだろうか。あるいは、他の盗賊か。いずれにせよジンの弓矢程度ならばなんとでもなりそうだ。
「おい、オマエも行け」
団長は金棒で扉の奥をさす。有無を言わせない口調だった。
奥に入ると、血なまぐさい空気が部屋中に充満していた。部屋の隅にある血だまりから思わず目を背ける。理由は分からないが、団長はあの金棒で誰かしら殺している。
壁沿いには様々な種類の武器が鎖にかけられて下がっていた。大剣、鉈、槌、盾、鉄球、槍、ダガーナイフ、ククリ、サーベル……なかには鉄の棒や、ペンチなどもある。おまけに部屋の中心には枷付きの椅子があった。ここがなんのための場所なのか、嫌でも想像がつく。
ジンは鍵束を手に取り、壁沿いに立ち尽くしていた。
「好きな武器を選べ。オマエが使うんだ」
団長は語気を強めて命じた。丸腰での戦闘だけは避けられそうで、ほっと胸を撫で下ろす。
わたしがサーベルを選ぶと、ジンは取っ手と鎖を繋ぐ南京錠を外してこちらに手渡した。そして、小声で囁く。「団長は手加減しないだろうから、せいぜい頑張んな」
思わず「え」と声が漏れてしまった。組織のリーダーがじきじきに戦うなんて、想像していなかったのだ。論理的に考えて、リーダーは実力を観察する立場にあるのでは――そこまで考えて思い至る。血だまり、悲鳴、重い地鳴り。団長はすべてを自分の手で直接判断するのではないか。
「表に出ろ。本気でやらなかったら、どうなるか分かるだろ。本気でやったとしても、アタシはオマエを叩き潰して、二度と下らない空想を喋れなくしてやるけどな」
結局、厄介なことになってしまった。
【改稿】
・2017/12/25 口調及び地の文の調整。ルビの追加。




