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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第二話「アカツキ盗賊団」
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20.「警戒、そして盗賊達の胃袋へ」

 靴音があちこちから聞こえた。徐々に人の姿が現れ、あっという間にわたしたちは囲まれていた。


 どいつもこいつもボサボサの頭に無精(ぶしょう)ひげ。服装はそれぞれ違っていたが、どれも馭者(ぎょしゃ)と似たり寄ったりだった。女性もいくらかいるようだったが、ひげがないだけで印象としては粗野(そや)な男たちと大差ない。皆共通して腕に赤いバンダナを巻いていた。おそらくそれが仲間の印なのだろう。


 どの顔も十代から二十代前半に見える。こんな若者ばかりの組織で立ちゆくのだろうか。ヨハンを一瞥(いちべつ)すると、彼はぼんやりと遠くを見つめていた。


 やがて人波(ひとなみ)が割れ、ひとりの男が前に進み出た。ヨハンほどではないが長身で、道中で飽きるほど見た赤土(あかつち)の色に近い髪を頭頂部のやや後ろで(たば)ねている。眼光は鋭く、鼻や(あご)はシャープ。どことなく猛禽類(もうきんるい)を思わせる顔立ちだった。


 ぴり、と神経が張りつめる。彼が背負った弓は平凡な武器だったが、腰に()げた矢と矢筒(やづつ)に魔力が感じられた。


 ――魔具。すぐにそれと分かった。矢と矢筒。平凡な組み合わせの魔具だ。魔具制御局に登録されているだけでもかなりの数にはなる。そのひとつを彼が手にしているとは考えづらかった。地図を見る限り、グレキランスと『最果て』地方とは地理的に断絶されているし、交流があるとも思えない。なら、未登録の粗雑(そざつ)な魔具だろう。


 とはいえ丸腰である自分自身のことを考えると、嫌な汗がにじんでくる。


「ヨハンさん、お疲れッス」


 男は拍子抜けするほど軽い口調で呼びかけた。そこに敵意は表れていない。


「ああ、ジンさん、どうも」


 ジンと呼ばれた男は軽く(うなず)いて応じた。


「この女が、例の?」


「ええ、そうです」


 失礼な呼び方をする奴だ。だからこういう連中は好きになれない。


「へえ」と男はまじまじとわたしを見た。「美人じゃん」


 ……この男の失礼な態度を許そう。状況がどうであれ、賛美(さんび)の言葉をかけられて嫌な気はしない。確かにルックスについては自負(じふ)があるが、それを態度に出さない落ち着いた大人の女性なのだ、と心のなかで思いつつも「えへへ、いや、そんな」と口に出してしまった。悪い癖だ。


「名前は?」


「クロエ」


「そう、クロエ。俺はアカツキ盗賊団副団長のジン。よろしくッス」


「あ、はい」


 差し出された手を握る。力強い手だったが、その握手には配慮(はいりょ)が感じられた。案外、悪い奴ではないのかもしれない。


 彼はアカツキ盗賊団と名乗った。孤児(こじ)を引き取って育てては盗賊として働かせるアウトロー集団。ハルが元々所属していた組織。


 この村全体が盗賊団のアジトなのだろうか。大人がひとりも見えないのは、反抗意識からかもしれない。自分を捨てた大人たちの世界とは一線を引く必要があるのだろう。わたしもそうだったから、なんとなく気持ちは分かった。


「さて、俺はこれからあんたらを団長に会わせなきゃならないッス。気難しい人だから、下手なことはしないほうが身のためッスよ、クロエ」


 ジンは相変わらず鋭い目つきをしていた。わたしは小さく頷いて見せる。


 彼を先頭にわたしとヨハンが続き、その後ろからならず者がぞろぞろとついてくる。


 団長と呼ばれるその人はどんな人物なのだろう。月夜の丘で聞いた鞄の声は、若い女性のものだった。淡泊(たんぱく)な口振りではあったが、取り入るのは難しくないだろう。気難しい、とジンは言ったがあまり心配はしなかった。




 岩山に直接取り付けられた扉からなかに入ると、そこは円形の部屋だった。岩山をそのまま()()いたのだろう。奥には、表の扉よりもがっしりした木製のドアがある。ツン、と嫌な(にお)いがした。


 右奥には革張りのソファが二つ向き合うように配置され、部屋の中央には木製の長テーブルと不揃(ふぞろ)いな椅子が六脚設置されていた。岩壁にはこれまた木製の棚がひとつ。どの家具も年期物らしく、ところどころに黒ずみや痛みが見られる。壁沿()いにランプが数個、テーブルの中央にもランプがひとつ。


 酒瓶が()き出しの地面にいくつか転がっている。それだけで生活態度が想像出来て、げんなりとしてしまった。盗賊の乱れた日々。イメージするのも嫌になる。単に自堕落(じたらく)なだけならいいのだが、と思って奥の扉をじっと見つめる。おそらく、そこに団長とやらがいるのだろう。


 ジンは奥の扉をドンドン、ドン、と二回と一回、間隔(かんかく)()けて叩いた。それから(きびす)を返してソファに腰掛ける。三人ほど優に座れるサイズのソファだった。


「団長が来るまで待つッス。ほら、座って」


 彼は向かいのソファを指す。


「それじゃ、失礼して」と呟いてヨハンはいち早く腰を下ろした。わたしは彼からひとり分のスペースを()けて座る。


「ただ待つっていうのも芸がない。なにかご質問は?」


 わたしに向けてジンは聞いた。


「……なぜわたしが選ばれたの? 目的が達成できなかった代わりにしては妙だと思うけど。わたしは魔具やハルの代わりにはならないはずよ」


「ハル?」


 ジンは首を傾げた。目付きは相変わらずだ。


「アイシャのことですよ。あの村ではハルと呼ばれていました」


 ヨハンの説明に、ジンは舌打ちで応えた。苦々(にがにが)しい表情が広がる。「こっちを抜けたつもりかよ。新しい名前まで貰って……クソ」


「ハルの幸せを邪魔しないであげて。ハル自身が選んだ道なんだから。もう(むく)いは受けたはずよ。誰にも批判できない。たとえ昔の仲間であったとしても」


 ジンは仰向(あおむ)いて「アー」と(うな)った。機嫌の悪さが露骨(ろこつ)に伝わってくる。彼にどう思われようと、ハルを否定する言葉を許せなかった。たとえ、それで自分が不利になろうとも。


「クロエよお」


 仰向(あおむ)いたまま、彼はこちらを(にら)んだ。


「ムカつくけど、俺の前ではそう言ってもかまわねえ。でも、団長の前では口を(つつし)めよ。あんた殺されるぜ」


 軽薄な口調は消えていた。いかにもな、ならず者の脅し文句である。さすがに大人しくしていたほうがいいかもしれない。なにせここは、奴らの胃袋のなかのようなものだ。下手な抵抗は身を滅ぼすだけだろう。


「分かったわ。ごめんなさい」


「うん、それでいいッスよ」


 彼の口調が戻ったついでに、わたしはもうひとつ質問を投げた。


「ねえ、矢筒(やづつ)に矢が一本きりだけれど、それで大丈夫なの? 襲われたりしたらきっと()りないでしょう?」


 ジンはまたしても仰向(あおむ)いて(うな)った。言葉を探すときの彼の癖なのかもしれない。


「これ一本で充分なんスよ。理由は言えねえが」


 説明になっていない、と思いながらも深入りして彼の機嫌を余計に(そこ)ねるわけにはいかない。わたしはとりあえず(うなず)いて見せた。




 ――!


 声にならない悲鳴が響いて、思わず奥の扉に目を向ける。ジンは仰向(あおむ)いたまま(しら)けた目線を扉に向けていた。


 それから、重い地鳴りが響いた。一度きり。あとはじっとりと不快な静寂がただよっているばかりだ。


 沈黙に耐え切れずに口を開きかけた瞬間、扉が開いた。重く、長く、(きし)みが鳴る。


 扉の向こうから、ジンよりもずっと目付きが悪く、威圧的な表情の女性が現れた。ショートパンツにへそ出しの黒い丸首シャツ。黒髪は短く、ところどころがツンツンと逆立(さかだ)っている。肌は褐色(かっしょく)。腕に巻かれた赤いバンダナがよく()える。


 その手には、彼女の身長よりも大きい(とげ)付きの金棒(かなぼう)が握られていた。それは今しも誰かを叩き潰したように、ぬらぬらと鮮血に濡れている。


「団長、お疲れ様ッス」


「ああ」


 それは確かに、鞄から聞こえてきた声だった。淡泊(たんぱく)で、気怠(けだる)い口調。


 この少女に取り入らなければならないのか、と思うと気が重くなった。


【改稿】

・2017/12/22 口調及び地の文の調整。ルビの追加。

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