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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~④黎明~」
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189.「ぷつん」

 ルイーザに関して分かったことがひとつある。おそろしく直情的という一点だ。アリスに対して使用した魔紋(まもん)――岩の弾丸はすぐに命を奪うものではない。彼女の持ちうる攻撃手段のなかでは低位に属するだろう。その攻撃を回避したわたしに対しては、明らかに生命を(おびや)かす大岩を放ってきた。それも、退路を()って。


 わたしのことを脅威だと感じているとは思えない。自分の攻撃を()けられたことに対する不快感から、一気に攻撃のレベルを上げたのだ。それも、対処困難なまでに。


 (せま)りくる大岩がスローに見えた。悪い兆候(ちょうこう)ではない。過集中(かしゅうちゅう)に入っている証拠だ。


 すでにやるべきことは決まっていた。あとは決してやり損わぬよう、全力を尽くすだけ――。

 



 (しら)んだ空を目にしたとき、思わず気がゆるみそうになった。ルイーザを睨むと、彼女はいかにも不愉快そうに顔をしかめている。それもそうだろう。叩きのめす算段で(はな)った、とっておきの攻撃だったに違いないのだから。


 左右と頭上には大岩、下は地面、そして前方から迫る新たな大岩。絶体絶命の状況だった――わたしが丸腰だったなら。わたしは即座に大岩を斬り(・・・・・)、横穴を()け、窮地(きゅうち)を脱したのである。


 わたしの抵抗を予測していたならルイーザも対処法があったのだろうが、彼女は自らの攻撃によってこちらの姿を見失っていた。だからこそ、高速の斬撃による突破を防げなかったのである。


 致命的な攻撃は回避した。今度はこちらの番だ。


 身を低くして、ルイーザへと駆ける。集中力は切れていなかったが、そろそろ肉体が限界だろう。『帽子屋』、メアリー、そしてルイーザ。明らかに過剰(かじょう)な力を使っている。


 夜明けの風が頬を撫でた。この戦闘を最後に、ハルキゲニアの夜が明けるだろう。ルイーザさえ撃退すれば、すべての敵を()ち倒したことになる。


 ビクターはヨハンに任せているので心配いらない――はずだ。ここ最近、彼を信頼しすぎているところがあったが、この段階で疑うべきだなんて思えない。すべてはギブ・アンド・テイクなのだ、彼にとっては。レジスタンスからどのような取引が持ちかけられたのか、彼が得られる利益がなんなのかは分からない。けれど、今は信頼するしかない。ルイーザのあとに敵が待ち受けているなんて悪い冗談だ。


「ちょこまかと……ウザいのよ!」


 ルイーザの叫びとともに、空中に魔紋(まもん)が現れた。それも、無数としか表現しようのない数。それだけの魔紋が一瞬で展開されるのは、ある意味厳粛(げんしゅく)な気分になった。今、トップクラスの魔術師と相対(あいたい)している。そして彼女は、わたしが越えなければならない敵のひとりなのだ。


 倒れそうになる身体に言い聞かせる。これはニコルに(いた)る必要な道だ。力を抜いていいときじゃない。全力で彼女を倒し、そして――ニコルの目論見(もくろみ)をすべて打ち砕くんだ。


 大岩が一斉に伸びる。回避されることを懸念(けねん)してか、わたしの半径二メートルに集中的に降り(そそ)いだ。


 集中力を限界まで繋ぐ。


 襲いくる大岩を高速で斬りつけた。切断された細かい岩が身体を裂いていく。歯を食いしばり、サーベルを振り続けた。この調子なら、ルイーザの大岩はすべてさばき切れるかもしれない。そして攻撃が止まった段階で彼女に接近して――。


 ぷつん。


 頭の中で妙な音が聴こえた。


 あれ?


 変だ。イメージのなかではサーベルを振り続けているのに、腕が上がらない。指から(つか)が抜け落ちる。視界がガクリと下がり、膝から崩れ落ちる。


 あれ? なんで?


 視界にノイズが走り、空と地面が交互に映る。なんだか酔っ払っているみたいな感覚だった。しかし不思議と痛みはない。


 いや、それどころか感覚が消えつつあった。


 遠くのほうで音が聴こえる。(たの)しげな高笑い。ああ。ルイーザが笑っている。


 彼女の靴が目の前に現れた。黒くてつるつるした靴。あ、靴下にピンクのリボンがくっついてる。さりげないお洒落(しゃれ)をするタイプか。くそう。可愛い。


 思考が千々(ちぢ)に乱れるなか、ルイーザの声が届いた。何枚ものガラスに(はば)まれたように、かすかな声だった。


「あんた、名前は?」


 今、声を出せるだろうか。分からない。けれど、答えないわけにはいかなかった。


「……エ。……クロ……エ」


 騎士団ナンバー4云々(うんぬん)は口にする余裕がなかった。


 高笑いが響き渡る。それは長く、永遠に続くように思われた。


「クロエ? ああ、クロエね。馬っっっっ鹿じゃないの? あんたがニコルに勝てるわけないじゃない! チョー頭悪い……。けど、いいわ。あなたはニコルのお気に入りだから、見逃してあげる。魔銃ももういらない。あんなもの、ゴミと同じだもん」


 悔しさが心に波紋(はもん)を広げた。くそう。どうしてわたしの身体は動かないんだ。こんなんじゃ、きっとニコルに追いつけっこない。


 そう思いながらも、肉体が言うことを聞いてくれない理由は分かっていた。それはルイーザの魔術でもなんでもない。単に限界を超えて戦ったせいだ。きっとヨハンは(あき)れるだろう。馬鹿にするだろう。くそう。


 こうなることははじめから分かっていたような気もする。もうとっくに肉体の限界を突破していたのだ。『帽子屋』に勝利して以降、メアリーに蹂躙(じゅうりん)され、今もルイーザに傷ひとつつけられず地に()している。


 薄れゆく視界のなかで、ルイーザの足が宙に浮いた。(ほうき)に乗ったのだろう、きっと。


「それじゃ、あたしはママと一緒に帰るから。さよなら、三流ちゃん。もう二度と格上には盾つかないようにするといいわ。でなきゃ、あっという間に人生が終わっちゃうからね」


 クスクス笑いが遠のく。彼女が物理的に離れていくのか、それともわたしの意識が遠くなっているのか、それすら判断がつかない。


 頭のなかにニコルの姿が浮かぶ。彼は落胆のため息をつき、そして、魔王と手を取り合って去っていく。


 ふと、思った。ニコルはわたしになにを期待しているのだろう。過酷な旅による心変わり? それとも、自分に(やいば)を向ける猛者(もさ)


 自問しても、答えが出せるような状況ではなかった。思考がまとまらない。唯一(ゆいいつ)はっきりしているのは、ルイーザがわたしを見逃した理由が、ニコルとの関連性にあるという一点である。


 ニコルのお気に入り。そう彼女は表現した。それが皮肉(ひにく)じゃないなら、彼は今さらわたしのなにを気に入っているというのだろうか。人を(だま)して追いつめて、身体も心もボロボロにした挙句(あげく)、『最果て』に放り出すだなんて――人を馬鹿にしている。


 人間は、人生は、あなたたちの玩具(おもちゃ)なんかじゃない。


「クロエ!」と叫ぶ声が薄く聴こえた。それはミイナのようにも、ハルのようにも、あるいはスパルナのようにも聴こえる。もしかするとアリスやケロくんが呼んだのかもしれない。そういえばアリスは大丈夫だろうか。早く治療してあげなきゃ厄介なことになるかもしれない。レオネルがいれば、治癒(ちゆ)魔術で多少なりとも楽になるかもしれないのに。そういえば、彼はどこに行ったのだろう。レジスタンスと一緒に貧民街区まで避難していればいいけど。ああ、そうだ。ウォルターはまだ城のなかにいる。『帽子屋』と一緒に倒れているのを見たのが最後だ。もし『帽子屋』が先に起き上がって彼を痛めつけるような真似(まね)をしたら……。いや、それは多分ない。あれは自ら卑怯(ひきょう)な手段を取る人間じゃないはずだ。


 乱れた思考の断片が、浮かび上がっては沈んでいく。明確なものをなにひとつ残さず、ただただ流れていった。風に吹かれる花弁(かべん)と同様、過ぎゆくだけのものであり意味はない。


 自然と(まぶた)が落ちた。自分の呼吸がどうなっているのかも怪しい。身体はもう、疲労による(しび)れすらも届けなかった。


 ハルキゲニアの夜は明けた。それだけで充分だ。もう悪夢はない。これで安心して眠れる。


 やがてわたしは、なにも分からなくなった。突然訪れた暗闇に戸惑(とまど)う余裕もなく、意識がふっつりと途切れる。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と(もく)される魔術師。高飛車な性格。詳しくは幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」参照


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『帽子屋』→ハルキゲニアの騎士団長。魔力察知能力に()けている。シルクハットの魔具『奇術帽(コピーハット)』で戦う。本名はジャックであり、『タソガレ盗賊団』元リーダー。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』『152.「今日もクロエさんは器用~肖像の追憶~」』『48.「ウォルター≒ジャック」』にて


・『メアリー』→ビクターの妻。既に亡くなっているが、ビクターの実験によって蘇った。意思はないとされている。詳しくは『153.「鎮魂と祝福、祈りと愛~博士の手記~」』『154.「本当の目的地」』参照


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて


・『ニコル』→魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。


・『最果て』→グレキランス(王都)の南方に広がる巨大な岩山の先に広がる地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『ハル』→ネロの死霊術によって蘇った少女。メイド人形を演じている。元々はアカツキ盗賊団に所属。生前の名前はアイシャ。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照


・『スパルナ』→人型魔物。英雄を目指す律儀な青年。一時的にシェリーを保護していた。本名はボリス。詳しくは『第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」』『178.「白銀の翼」』にて


・『ケロくん』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照


・『レオネル』→かつてハルキゲニアを魔物から守っていた魔術師。レジスタンスのメンバー。防御魔術の使い手。詳しくは『104.「ハルキゲニア今昔物語」』にて


・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照

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