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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~④黎明~」
222/1489

185.「1/6」

 巨人の足元は、ちょうど『ラボ』の先の森林地帯である。まずは正門を目指すことにした。


 駆けながら思う。もしかすると、あれは動き出さないかもしれない。そんな希望が胸に()いたが、すぐに打ち消した。ビクターのことだ、充分な裏付けを持って仕掛けたに違いない。ただのオブジェを作るわけがないのだ。


 メアリーは敵でしかないし、生前の彼女についても知らない。けれど、いくらなんでもこの仕打ちは酷過ぎる。今さらビクターに人道を求める気なんてないが、妻であるメアリーに対しては……と、どこかで歯止めを期待していたのかもしれない。


 彼の常軌(じょうき)(いっ)した仕掛けは、ヨハンの想定を凌駕(りょうが)した。あれをなんとか出来なければ、革命の火はハルキゲニアという都市ごと消し飛ばされる。


 どれだけ甘い想定をしても、キュクロプスとメアリーの混合というだけで過酷な戦闘になることは明らかだった。命がいくつあっても足りないような、そんな状況……。


 不意に、ニコルの姿が頭に浮かんだ。どうして今、という疑問はすぐさま消える。今ここで命を落とせば、彼が魔王と手を組んでいる事実を知る者はいなくなるのだ。賢い選択は、住民とともに避難することだろう。そうすれば想いなかばで倒れることもない。


 そこまで考えて、さらに速度を上げて駆けた。


 ――戦わないなんて絶対にごめんだ。ビクターの悪意に膝を折るようなものじゃないか。わたしは、いや、人は、どんな状況からでも立ち直れるはずだ。悪夢はいつか終わる。ノックスとシェリーに幸福が訪れることを期待するなら、邪悪な意志に(くっ)するわけにはいかない。


 未来を切り(ひら)くのは、絶対にビクターの研究じゃない。それは連綿(れんめん)と続く人々の(いとな)みのなかにしか生まれないのだ。それを信じるからこそ、今、痛みに耐えて進むんだ。


 住民とすれ違うたびに「貧民街区へ逃げて!」と、肺が焼けるような感覚になってもひたすらに叫んだ。


 正門が近くなった(ころ)、見覚えのある姿を(とら)えた。どこにいても目につく例のカエル頭――ケロくんである。彼のそばには案の(じょう)、アリスもいた。彼女は弐丁(にちょう)魔銃の弾倉(だんそう)を両手にそれぞれ(つま)んで巨人を見上げている。その眼差(まなざ)しは真剣そのもので、両手から流れる魔力は傍目(はため)から見ても密度が高い。集中力を()ぎ澄まし、巨人が動くまでに魔弾を装填(そうてん)するつもりなのだろう。


「アリス! ケロくん!」


 呼びかけると、ケロくんだけがこちらを向いた。その瞳に、じわりと涙が浮かぶ。


「クロエ! アリスが……アリスがあいつと戦うって言って聞かないケロォ……。クロエから言って聞かせてくれケロォ……」


 そんなことだろうとは思った。ケロくんはアリスの身を案じてハラハラしているのだ。人一倍臆病なくせにアリスから離れないんだからすさまじい。


「邪魔するんじゃないよ、お嬢ちゃん。……あんなのに壊されてたまるか」


 アリスはいつになく真剣な口調で(くぎ)を刺す。そこに戦闘狂(せんとうきょう)愉悦(ゆえつ)は少しも感じられなかった。それよりも、義侠心(ぎきょうしん)とでも言うべきものが垣間(かいま)見える。


 ああ、そうか……。ハルキゲニアはアリスの故郷なんだ。滅茶苦茶にされたこの街をなんとかするために戻ってきたんだ。不器用だけど、父親を心配して……。


 この地にどれだけの思い入れがあるのかは分からなかったが、命を賭けるほどの強い感情であることは理解出来た。でなければこうして立っていない。


「悪いけど、あなたじゃ勝てない。殺されるだけよ」


 アリスの隣に立つと、彼女は返事をせず巨人を見上げ続けた。


「クロエの言う通りケロ! 諦めて一緒に逃げるケロ!」


 同調するケロくんに、アリスは舌打ちをする。「クロエお嬢ちゃん……あの小うるさいカエルを連れてさっさと消えな」


「嫌よ」


「ハッ……」と力なくアリスは笑う。「なんだい、お嬢ちゃん。あたしを(わら)いに来たのかい……。馬鹿にしやがって……」


 やはり、彼女も自身の無謀(むぼう)には気が付いているようだ。相手はルフなんかとはわけが違う。それでも(いど)もうとしているのだから相当の決意である。


「そうよ、あなたを馬鹿にしに来たの。あんな化け物に勝てるわけないじゃないの。本当に無謀……」


「無謀だからなんだい。これはあたしが決めたことだ。口出し無用だよ」


「知ってる。だから――あなたの無謀に付き合わせて頂戴(ちょうだい)


 アリスとケロくん。二人の丸い目がわたしに(そそ)がれた。それからケロくんは狼狽(ろうばい)を、アリスは不敵(ふてき)な笑みを見せる。


「クロエ! なにを言ってるケロ! 火に油ケロ!」


 騒ぎ立てるケロくんを無視して、アリスに笑いかける。ニッコリと。


「後悔しても知らないよ」とアリスは呟く。こちらの返事を知った上での言葉だろう。


「後悔出来る時が来るなら大歓迎ね」


 巨人を見据(みす)え、サーベルを引き抜いた。どこまで戦えるかは分からない。けれど、独りじゃない(・・・・・・)。スパルナもきっと、どこかで様子をうかがっているに違いないのだ。


「二人ともおかしいケロ……」


「ケロくんは逃げて頂戴。それともわたしたちと一緒に心中(しんじゅう)する?」


 ケロくんはめそめそと泣きながら、しかしはっきりと答えた。「心中するケロォ」


 まったく……どこまでアリスにべったりなんだ、このカエルは。もしや()れているのでは、と考えて内心で笑った。それはないか。


 心中(しんじゅう)を告げたケロくんに対し、アリスは一瞥(いちべつ)だけ投げかけた。それきりなにも言わず、弾倉(だんそう)に魔力を()め続ける。


「いつになったら動き出すんだろうねぇ、あれは」


「さあ。わたしには分からないけど、いつなにが起きてもおかしくないわ」


「どうせビクターの馬鹿げた実験成果なんだろう?」


「ご名答……。最低の集大成よ」


 愛を(うた)い、未来を目指した結末が、かつてメアリーだった化け物である。それはビクターの心を象徴(しょうちょう)していると言っていい。巨大で、おぞましい身体。おまけに全身に存在する目は何者をも見逃さず、それなのに静観(せいかん)している。これほど不気味で恐ろしい存在はいない。


「クロエ!」


 精悍(せいかん)な声とともに、羽ばたきが聴こえた。振り(あお)ぐと、ちょうどスパルナが着地するところだった。ケロくんもアリスも目を見開いて彼を見つめている。明らかな警戒の視線をものともせず、彼は冷静にわたしの隣に立った。


「しばらく観察していたが動く気配がない。こちらから仕掛けるべきだろうか」


「いえ、勝算がない限り仕掛けないほうがいいでしょうね。下手に刺激したら大変なことになりそうだし……。今のうちに作戦を立てたほうがいいかもしれないわ」


 スパルナは短く(うなず)き、明けつつある空を突くような巨体を見上げた。


「お嬢ちゃん、そいつは……」


 アリスの(いぶか)しげな声。その疑問はもっともである。誰が見ても困惑するはずだ。紫が(まだら)に散った肉体に、白銀の翼。それが魔術の(たぐい)ではないことくらい彼女とケロくんには分かっているだろう。


「詳しく説明している時間はないわ。簡単に言うと、彼はわたしたちの味方よ。信頼して大丈夫」


 引きつった顔をするケロくんと、警戒心をゆるめないアリス。そんな二人にスパルナは真っ直ぐな視線を向けた。


「僕はスパルナだ。よろしく頼む」


 簡単に疑問は消えそうにはなかったが、二人ともぎこちなく(うなず)いた。ケロくんは「ケラケルケイン・ケロケインだケロ」と例の自己紹介をする。誰が一度聞いただけで覚えられるのだろう。


「よろしく。ケラケルケイン・ケロケイン」とスパルナは意外にもあっさりと復唱してのけた。


 それがはじめての経験だったのか、ケロくんは目をきらきらさせて「よろしくケロ」と嬉しそうに言う。


「仲良しごっこはそこまでにしな。いつあれが動き出すか分かったもんじゃないさ。スパルナだっけ? 何者か知らないけど、寝首を()くような真似(まね)をしたらただじゃ済まないからね」


「承知した」とスパルナは素直に返す。その調子にアリスは苦笑(くしょう)を浮かべた。


 ばたばたと騒がしい足音が聴こえて振り向くと、ミイナとハルの姿があった。


「クロエ! あのデカブツはなんなんだ! それと、なんだよその羽の()えた奴! ああ、もう! カエルとアリスもいやがる! 滅茶苦茶じゃねえか」


 ミイナはわたしのそばに来て、片手で自分の頭をくしゃくしゃと()いた。言われてみれば随分(ずいぶん)(いびつ)な光景だろう。


「クロエ。説明は後でいいデス。それよりも、あれはどういうことデスカ?」


 ハルは比較的冷静に、巨人を(ゆび)さして見せた。


「最後の敵よ」


 端的(たんてき)に答え、周囲を見回す。アリスとスパルナは即座(そくざ)首肯(しゅこう)し、ハルも納得したように(うなず)いた。それに合わせるように、ケロくんもぎこちなく頷く。


 ミイナは盛大なため息をついてから、執行獣 (アメミット)で巨人を()した。「要は、あれをぶっ潰せば終わりなんだな? それでいいんだな?」


「そうよ」「そうだ」「そうねぇ」「そうケロ」「そうみたいデス」


 重なり合った言葉。ミイナは唇をひと舐めして巨人を睨んだ。「そうかいそうかい。笑えない状況だな。いいじゃねえか。やってやる」


 このメンバーなら、と思ったものの、確信は持てなかった。終わりかけの空に立つ巨体は、今まで感じたこともないくらいどす黒く強大な魔物の気配を(あふ)れさせている。


 ――不意に、ぞわりと妙な感覚が全身に広がった。どれだけ離れていても感じ取れるほど露骨(ろこつ)で強大な気配。それは魔物の持つものではない。アリスとケロくんもそれを感じたのか、同様に身を震わせた。


 強過ぎる魔力はときに、魔力察知(さっち)の出来る人間の調子を狂わせるという。ただ、それだけ巨大な力は滅多に存在しないし、当人も巧妙(こうみょう)隠蔽(いんぺい)するのが(つね)である。――王都で読んだ書物にそう(しる)されていたはず。


 その魔力に呼応(こおう)するかのように、巨人も身を震わせた。そして、片手を地面に突く――。


 巨大な地震が起き、次の瞬間、巨人の手には(けず)り取られた地面が握られていた。それを大きく振りかぶる。――(はな)たれるであろう方角はこちらだ。


 アリスが弾倉(だんそう)を元に戻し、ハルがわたしたちの前に出て、ミイナは執行獣 (アメミット)をかまえ、スパルナは翼をはためかせ、わたしはサーベルをかまえ、ケロくんはおろおろとしていた。誰もが巨人の攻撃を想定し、息を()む。


 しかし致命的な攻撃は訪れず、わたしたちが行動を取ることはなかった。


 巨人の腕が振られた瞬間、空中に橙色(だいだいいろ)の巨大な(もん)が出現したのである。刹那(せつな)、轟音とともに(もん)からなにかが(・・・・)伸びた。


 わたしが理解したのは、攻撃が終わってからだった。紋から伸びたのは鋭く(とが)った巨大な岩であり、それは(ほう)られるはずだった地面とともに巨人の手を貫いたのである。敵の攻撃を粉砕し、同時にダメージを与えたのだ。


 そのタイミングもそうだが、突き出た岩の威力も、(もん)から魔術を展開する方法も、普通の魔術師には真似(まね)出来ない。いや、一流の魔術師でもこう易々(やすやす)と実行出来ないだろう。超一流、あるいは、この(しゅ)の魔術を洗練(せんれん)させたエキスパートでなければ――。


 (もん)が消える。何者かの影が(すべ)るように宙に現れ、巨人を向いて静止した。わたしたちは身動きひとつせず、彼女(・・)を凝視する。


 大きな三角帽に、たくさんのフリルが付いた黒のドレス。彼女は器用に(ほうき)の上に立ち、腰に手を当てていた。その身体は魔力に比して異常に小さい。まるで子供――。


「せっかくここまで来たのに、なによあんた! レディに土くれをぶつけるなんて失礼しちゃう! でも残念ね。あんたみたいなよわよわ(・・・・)じゃ、全っ然、相手にならない!」


 幼い声が響き渡る。


 まるで心臓が凍りつくような感覚だった。彼女の声と姿には聴き覚えがある。忘れもしない。


 ルイーザ――どうしてあなた(・・・)がここにいるの?


 ほんの子供ながら最強の魔術師として名を()せている存在。そして、ニコルとともに過酷な旅を辿(たど)った勇者一行のひとり。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ラボ』→ビクターの研究施設。内部の様子に関しては『158.「待ち人、来たる」』参照


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて


・『メアリー』→ビクターの妻。既に亡くなっているが、ビクターの実験によって蘇った。意思はないとされている。詳しくは『153.「鎮魂と祝福、祈りと愛~博士の手記~」』『154.「本当の目的地」』参照


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『ルフ』→鳥型の大型魔物。詳しくは『37.「暁の怪鳥」』にて


・『ニコル』→魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。


・『ノックス』→クロエとともに旅をした少年。感情表現が薄い。


・『シェリー』→ハイペリカムで保護された少女。クロエによって『アカデミー』に引き渡された。人懐っこく、気さく。詳しくは『94.「灰色の片翼」』『98.「グッド・バイ」』にて


・『ケロくん』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『弐丁(にちょう)魔銃』→アリスの所有する魔具。元々女王が持っていた。初出は『33.「狂弾のアリス」』


・『スパルナ』→人型魔物。英雄を目指す律儀な青年。一時的にシェリーを保護していた。本名はボリス。詳しくは『第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」』『178.「白銀の翼」』にて


・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『執行獣 (アメミット)』→アカツキ盗賊団団長のミイナが所持する武器。詳しくは『22.「執行獣」』にて


・『ハル』→ネロの死霊術によって蘇った少女。メイド人形を演じている。元々はアカツキ盗賊団に所属。生前の名前はアイシャ。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照


・『ネロ』→クロエの出会った死霊術師(ネクロマンサー)。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と(もく)される魔術師。高飛車な性格。詳しくは幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」参照

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