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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~④黎明~」
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181.「ダブル・バイオレット」

 下ろしたサーベル――その()(さき)が床に触れた。ビクターを斬らずにおくという選択がどれほどの後悔を生むかは計り知れなかった。しかし、ハルキゲニアの全住民を天秤にかけることなど出来ない。


 スパルナとメアリーの繰り広げる高速の戦闘を眺めながら、少しずつ呼吸を整える。落ち着け。必ずチャンスは訪れる。斬らないと決めたのなら、多少なりとも身体を休ませなければ……。


 二人のぶつかり合いから生まれた風が髪を乱す。


 先ほどまでカプセルに収められていた子供たちはすでに身を起こしていたが、誰ひとり動こうとはしなかった。ぽかんと口を開けてスパルナとメアリーの戦闘に見入っている。彼らの目には、どちらが味方と映っているだろう。あるいは、二人とも怪物にしか見えないかもしれない。皮肉(ひにく)なことだ。


「なんで」ぽつり、と疑問がこぼれた。「なんでシェリーはカプセルに入れられてたの」


 ビクターはいかにも()()なく鼻を鳴らした。「ふん……愚問だ。誰もがすぐに魔力供給源になれるわけではない。ああしてカプセル内で眠らせておけば調整もしやすい」


「調整?」


 (にら)むわたしを一瞥(いちべつ)し、ビクターはさも詰まらなさそうに答えた。


「そう、調整だ。閉所(へいしょ)での呼吸に慣れさせ、魔力を放出しやすくするのだよ。人間は意識が朦朧(もうろう)とすると、魔力を(おさ)えこむ力も弱まる。……誰もが例外なく、魔力を抑えて暮らしていることを知っていたか? いや、答えなくていい。どうせ詰まらん回答しか得られないなら無言のほうがよほどマシだ」


 ビクターは淡々とした口調で続ける。


「……人間は無意識に魔力を(おさ)えている。意識が鮮明な状態と、睡眠時には特に顕著(けんちょ)だ。それは魔物に気取(けど)られないための生存戦略でしかないと私は読んでいるがね。……必要なのは無意識のストッパーを取り払ってやることだ。そのために、眠りと覚醒の中間を作ってやらねばならん。最も魔力が漏れやすいのは半覚醒の状態か、入眠前にまどろんでいる瞬間だ。……もう理解しているだろう? その状態を維持する装置が、広間を(おお)うガラスの小部屋だ。小部屋の前段装置がカプセルなのだよ」


 魔力が漏れ出すなんて話は今まで聞いたことがなかった。ただ、ビクターが実験成果や知識について出まかせを吐くとは思えない。魔力維持装置にせよ都市防壁にせよ、生半可(なまはんか)な技術と理論で実現出来るものではないのだ。


「……魔力が漏れるなんて、王都じゃ誰も論じていないわ」


「井の中の(かわず)と一緒にするな。魔力の漏洩(ろうえい)はごく微弱なものであり、誰にでも観測出来る代物ではない。……君はあれだな。王都仕込みの固定観念(こていかんねん)羽交(はが)いじめにされた哀れな人間だ。酷く近視眼的(きんしがんてき)矯正(きょうせい)のしようもない」


 腹立たしい。たとえ事実だとしても、ビクターの口から放たれる軽蔑の言葉は神経を逆撫(さかな)でしていくようだった。


「ともあれ、君は幸運だ。子供たちを小部屋に招待する前にたどり着いたのだから。決して賞賛(しょうさん)すべきことではないが、まあ、盲目的(もうもくてき)な正義感とやらはそれなりに強いらしい……」


「シェリーたちになにかしたの?」


 怒りが爆発しないよう、(つと)めて冷静にたずねる。するとビクターは長いため息をついた。


「じき特別な薬液を()ち込むところだったが、残念だ。いや、君にとってはやはり幸運なのだろう。……カプセル内の子供には手を加えていない」


「小部屋の子供には?」


「半覚醒状態を維持出来るよう、薬を()ってある。なに、命に別状のない薬液だ。死なれては元も子もない」


 正直に答えてはいる様子だが、信用ならない。ビクターの人間性は最低だ。だからこそ信用にはほど遠く、憎しみと疑惑の対象にしかならない。


 ビクターはわたしの猜疑心(さいぎしん)を察したのか、きっぱりと締めくくった。


「信じたくなければそれでいい。確かめられるときまで生きていられればいいな」


 ビクターの視線は相変わらずメアリーとスパルナに(そそ)がれている。瞳はうっとりと輝き、感動のためか、その口元はゆるんでいるようだった。


 二人の展開する死闘をただただ見つめている。


 スパルナが広間に()けた亀裂(きれつ)が少し不安だ。かろうじてガラスの小部屋には到達していないが、少しでも激しい戦闘をすれば崩壊してしまうかもしれない。そうなれば子供も無事ではないだろう。彼が防戦を決め込んでいるのもそこが理由なのではないか。


 メアリーの繰り出す爪を破砕(はさい)していく彼は、落ち着いて戦っているようだった。ラーミアと戦ったときも取り乱した様子は一切なかったが……。


「メアリー!」


 不意にビクターが叫ぶと、彼女は大剣の有効範囲外で動きを止め、彼に向き直った。その表情には変化がない。


「メアリー。もう容赦(ようしゃ)する必要はない。本気でやれ」


 冷酷な声が響く。


 すると、今までメアリーは手加減していたというのだろうか。


 彼女はビクターを見つめて静止している。なにか(ふく)みのある沈黙に思えた。


「メアリー? なにを……」


 ビクターの疑問()を振り払うかのように彼女は背を向け、スパルナと対峙(たいじ)した。


 今のメアリーに感情はあるのだろうか。そう思いたくなってしまう沈黙だった。わたしのサーベルを蹴り飛ばしたときも、今の態度も、どこか意思を感じさせる。


 スパルナには思考力や感情、意思や性格がある。ならば、メアリーは別だとは言い切れないではないか。


「奥さん相手に随分(ずいぶん)と酷いことするのね……」


 揺さぶる目的で呟くと、ビクターはしばし黙った。そしてひと言。「承知している」


 彼は間違いなく、人間として致命的な欠陥を抱えている。それを自覚しながらここまで歩んできたのだ。同情の余地のない悪党……。


 メアリーの姿が消える。と同時に、スパルナの身体が吹き飛んだ。本来彼の立っていた場所には蹴りを(はな)った体勢のメアリーがいる。


 スパルナは空中で翼をはためかせ、勢いを殺して着地した。すると、またもメアリーが消える。スパルナの周囲に残像が見え、やがて彼の身体が弓なりに浮き上がった。彼女に背を蹴られたのである。それも、目に見えないほどの速度で。


 常人ならばその一発で意識を飛ばしていただろうが、スパルナは翼で体勢を整え、大剣を握り直した。その表情は精悍(せいかん)で、一切のゆるみを感じない。


 ぎぃん、と金属音が響く。メアリーの拳を大剣で防いだのである。ただ、後退を余儀(よぎ)なくされた。背後二メートルの位置まで壁――(いな)、彼が()けた亀裂に追いやられている。


 金属音が断続的に鳴り響いた。爪と拳、そして蹴りを織り()ぜたメアリーの猛攻。それをスパルナは大剣一本でしのいでいる。ただ、じりじりと後退していた。


 息を整える。スパルナはまだ戦えるだろうが、現在の一方的な戦闘を見ていると不安に胸を(おお)われた。もし彼が敗北したら、次はなんとしてでもわたしが止めなければならない。今のメアリーに(かな)うビジョンは見えなかったが、だからといって逃げ出すわけにはいかない。


 ノックスとシェリーは助け出せても、ガラスの小部屋に監禁された子供たちをそのまま放置することになってしまう。そんな利己的(りこてき)な行動は出来ない。


 やがて、致命的な攻撃が繰り出された。


 メアリーが両腕を振り上げると、爪は(むち)のごとくしなり、曲線を描いてスパルナへと降り注いだのである。彼は一撃一撃を()けて前進していたが、爪は床を(つらぬ)いては縮み、また彼へ向かって伸びるといった連撃である。その猛威(もうい)は嵐の雨よりもずっと苛烈(かれつ)だった。


「スパルナぁ!」と叫ぶ幼い声が広間にこだまする。――その瞬間だった。


 スパルナの身体が消えた。


 残像がメアリーの真横をすり抜ける。そして今度は、彼女の身体が弓なりに吹き飛んだ。その先には亀裂が口を開けている。


 またも、彼の身体が消える。と、メアリーの爪がワイヤーのように前方の空間に伸びた。


 次にスパルナが姿を表すと、メアリーの爪が瞬時に縮んだ。


 ぎりぎりぎりと、嫌な音が響く。スパルナの大剣はメアリーに到達する一歩手前で、大量の爪に(から)み取られて少しも動かなかった。


「決着だな。奴の玩具(がんぐ)はメアリーが掴んだ」


 冷静に告げるビクターの言葉が、実に滑稽に(・・・)聴こえた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて


・『スパルナ』→人型魔物。英雄を目指す律儀な青年。一時的にシェリーを保護していた。本名はボリス。詳しくは『第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」』『178.「白銀の翼」』にて


・『メアリー』→ビクターの妻。既に亡くなっているが、ビクターの実験によって蘇った。意思はないとされている。詳しくは『153.「鎮魂と祝福、祈りと愛~博士の手記~」』『154.「本当の目的地」』参照


・『シェリー』→ハイペリカムで保護された少女。クロエによって『アカデミー』に引き渡された。人懐っこく、気さく。詳しくは『94.「灰色の片翼」』『98.「グッド・バイ」』にて


・『ノックス』→クロエとともに旅をした少年。感情表現が薄い。


・『魔力維持装置』→ハルキゲニアを囲う防御壁に魔力を注ぐための装置。女王の城の設置されており、子供の魔力を原動力としている。詳しくは『151.「復讐に燃える」』にて


・『ラーミア』→半人半蛇の魔物。知能の高い種。『86.「魔力の奔流」』に登場

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