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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~④黎明~」
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174.「ハルキゲニアの女王」

 豪奢(ごうしゃ)(よそお)いで、態度も高慢(こうまん)なエリザベート。一方で質素な白衣に凍りついた無表情のメアリー。生の謳歌(おうか)と、永遠の死。あまりに対照的な組み合わせである。


 メアリーを見つめていると『アカデミー』での一幕(ひとまく)克明(こくめい)(よみがえ)ってきた。彼女の強靭(きょうじん)な爪。自由に伸縮可能なそれは、わたしの心臓を(つらぬ)くところだったのだ。ヨハンに助けられなければ危険な状態になっていたかもしれない。


 サーベルを(かま)える腕は、もう震えていなかった。彼女を突破しなければシェリーをはじめとする罪なき子供たちを救ったことにはならない。ガラス張りの小部屋やカプセルから彼らを出すことがわたしの目的ではないのだ。


 勝てるだろうか。――そんな問いを頭の奥に押し込める。勝たなければならないのだ。小さな身体に詰まった無限の未来を繋ぐために。


 ともあれ、こちらから仕掛けるつもりはなかった。迂闊(うかつ)に飛び込んで行って倒せる相手ではない。決定的な瞬間にわたしの腕が全力で動いてくれなければ相討(あいう)ちだって望めないだろう。だからこそ、あえて危険を(おか)すつもりはない。


 沈黙が広間に満ちていた。自分の鼓動がやけに大きく聴こえる。


 静寂を裂くように、エリザベートが大きな欠伸(あくび)をした。


「ふわぁ……。あら、失礼」


 緊張感のない人……というよりも今広がっている光景をどこか他人事(ひとごと)のように思っているような様子だった。目の前で誰がどうなろうと知ったことではない。そんなことよりも今日の服装と髪型のほうがずっと大切。……そんな人間性が垣間(かいま)見える。


「ねえ、侵入者さん。少しお喋りしたいわ。ここまで来た人だもの、白痴(はくち)じゃないんでしょう? それまでメアリーには大人しくしていてもらうから」


 なにか算段でもあるのかと(いぶか)ったが、遠回しな計算を出来るような相手には見えない。援護の到着まで時間を(かせ)ごうとしているのなら悪手(あくしゅ)だろう。現状、メアリーを凌駕(りょうが)する戦力なんていないはずだ。裏があるとするなら、ビクターが来るのを待つことくらいか。


 ――望むところだ。


 こちらとしても休息なしに強敵と連戦するのは()けたい。それに、エリザベートに聞いておきたいことがあるのだ。


「話すのは歓迎よ。聞きたいことがたくさんあるから」


「じゃあ決まりね」言うや(いな)や、エリザベートは両手を打ち鳴らす。「あたくしの部屋へ案内するわ。おいでなさい」


 言い残して(きびす)を返した彼女を、慌てて呼び止める。「悪いけど、ここを離れるつもりはないわ。子供たちを残していくなんて真似(まね)は出来ない」


 カプセルから出たばかりの子供たちはまだ動けそうにない。このまま広間に置いていくなんて、なにをされるか分かったものじゃない。


 振り返ったエリザベートの瞳は先ほどと打って変わって冷ややかだった。失望と軽蔑(けいべつ)の入り混じった眼。そこには彼女の感情が色濃く反映されている。


貴女(あなた)って退屈な子なのね。こんながらんどうの場所でお喋りしたって楽しくないわ」


「楽しいとかつまらないとか、そういう問題じゃない。どんなに(あお)ったってここを離れないわ」


 (ひる)まずに言い返すと、エリザベートは首を傾けて大きなため息をついた。そしてさも渋々(しぶしぶ)といった口調で答える。「なら仕方ないわね。わがままな子は嫌いだけれど、今回ばかりは許してあげる。せっかくここまで辿(たど)り着いたんだものね」


「それはどうも」


 エリザベートは(おうぎ)をひらひらとあおぎつつ、メアリーの耳に唇を寄せた。彼女の口が素早く動き、すると――メアリーは膝立ちの姿勢を取ったのである。


「ご覧の通り、メアリーはあたくしの忠実なしもべであり、今後のためのパートナーよ。あたくしの言葉に逆らうことなんてないの。つまり、メアリーに大人しくしていてもらうことは本当よ。けれど、貴女(あなた)があたくしに近付けばどうなるか分かるでしょう?」


 その爪で八つ裂きにするつもりなのだろう。間違いなく。


 素直にやられるつもりはないが、苦戦は必至(ひっし)だ。今は身体を落ち着かせることのほうが大切である。


(きも)(めい)じておくわ。迂闊(うかつ)に近付いたりはしない」


 それを聞いて、エリザベートはいかにも満足そうに笑みを浮かべた。


「結構よ。さ、本題ね。まずはひとつ」一旦(いったん)言葉を切って、彼女は人さし指を立てた。「貴女(あなた)がクロエさん?」


 否定する理由はない。(うなずく)くと、エリザベートは眉を微動させ、喜悦(きえつ)の表情を強くした。


「なら、グレキランス出身なのね。帽子屋から聞いていたわ。まさか同郷人(どうきょうじん)がいるなんて思っていなかったから会いたかったのよ」


 帽子屋を使って殺そうとしたくせに、という反論は、ぐっと()み込んだ。


「それはこっちも同じ気持ちよ。……あなたはどうやって『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』を抜けたのかしら?」


 エリザベートに会話の主導権を奪われる前に切り出した。『岩蜘蛛の巣』。追放者たちの流刑地(るけいち)。生きて出られる人間は皆無と(うた)われていた。なのに彼女は生きてここにいる。その事実は、『岩蜘蛛の巣』に抜け道があることを意味しているのだ。安全かどうかはさておき、彼女が辿(たど)ったルートを確認出来れば今後の旅がやりやすくなる。


「あらま……『岩蜘蛛の巣』を知ってるのね。ま、当然よね。貴女(あなた)も追放者なんだから」


 エリザベートはこちらを一方的に、王都からの追放者と判断して疑う様子はなかった。訂正(ていせい)する必要もないので黙っていると、彼女が続ける。


「あたくしの通った道と貴女(あなた)の進んだ道を比べたいのかしら?」


「ええ」


「ええと……そうねえ……。うーん……」


 と、エリザベートは緊張感なく首を左右に傾げる。(ほお)に人さし指を当てるその仕草が年に似合わない。


 結局彼女はかぶりを振って「忘れたわ」とだけ答えた。疑う気も起こらないほど素直な口調である。


 仕方がない。『岩蜘蛛の巣』のルートに関しては一旦(いったん)保留にするほかなさそうだ。


「ところで、貴女(あなた)はグレキランスに戻ろうとしているのかしら。『岩蜘蛛の巣』について()くのはつまり、そういうことじゃなくって?」


 妙に鋭い。


「ええ。そうよ」


「戻ったって殺されるだけよ。つまらない……」


 エリザベートの言う通り、追放者なら命の保証はない。しかしこちらは事情が異なるのだ。わたしは王都での記録上、ニコルとともに魔王の城に住んでいることになっているはずである。


 考えたくないことだが、魔王がわたしの姿に化けて……。


「あなただってグレキランスを目指しているんでしょう? 自分を追放した王都を滅ぼすために」


 刹那(せつな)、女王の目付きが鋭くなった。こちらを品定めするような視線である。


「なんで知っているのかしら? ビクターが喋ったの? それとも帽子屋? ねえ、誰がその話をしたの? 教えて頂戴(ちょうだい)な。ほら」


 威圧的な声色(こわいろ)で言うと、彼女は右腕を(わず)かに持ちあげた。


 それを合図に、メアリーが立ち上がる。その瞳には殺意はもちろん、敵意すら見いだせない。しかし、彼女には感情表現というものが存在しないのだ。ビクターの醜悪(しゅうあく)な実験によって動く死体と化しているだけなのだから。


「誰だっていいじゃない。わたしは知っていて、その上であなたと話しているのよ。それに、城の中心部まで入られてしまってるんだから秘密もなにもないわ。……わたしひとりが敵なら話は違うけど、そうじゃないんだから」


「帽子屋もグレイベルも『白兎(しろうさぎ)』も『黒兎(くろうさぎ)』も倒しちゃったって言うのかしら?」


「きっと、ね」


 別れた仲間のことを想い、力強く答えた。


 エリザベートは不満を(あら)わにする。「自信満々なのね……。人間には勝てても、貴女(あなた)たちはメアリーに勝てないわ。(たば)になったってね」


「どうかしら……。やってみないと分からないわね。少なくとも、わたしは負ける気なんてないわよ」


 サーベルを構えると、女王は酷く冷たい目でこちらを(にら)んだ。不満、敵意、傲慢(ごうまん)、不快感……そんな具合の感情がどろどろに溶け合った目。


 (たたず)むメアリーに意識を集中し、沈黙に耐えた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『メアリー』→ビクターの妻。既に亡くなっているが、ビクターの実験によって蘇った。意思はないとされている。詳しくは『153.「鎮魂と祝福、祈りと愛~博士の手記~」』『154.「本当の目的地」』参照


・『アカデミー』→魔術師養成機関とされる場所。実際はビクターの実験施設。倒壊済み。詳しくは『54.「晩餐~夢にまで見た料理~」』『121.「もしも運命があるのなら」』『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて


・『シェリー』→ハイペリカムで保護された少女。クロエによって『アカデミー』に引き渡された。詳しくは『94.「灰色の片翼」』、『98.「グッド・バイ」』にて


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて


・『グレキランス』→クロエの一旦の目的地。通称『王都』。


・『帽子屋』→ハルキゲニアの騎士団長。魔力察知能力に()けている。シルクハットの魔具『奇術帽(コピーハット)』で戦う。本名はジャックであり、『タソガレ盗賊団』元リーダー。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』『152.「今日もクロエさんは器用~肖像の追憶~」』『48.「ウォルター≒ジャック」』にて


・『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』→王都を追放された者が放り込まれる洞窟。初出は『110.「もしもあなたがいなければ」』


・『グレイベル』→ハルキゲニアの防衛を(にな)っていた魔術師。女王の軍門に下った。レオネルの弟子。詳しくは『111.「要注意人物」』にて


・『白兎(しろうさぎ)』→ハルキゲニアの騎士。魔術師。本名はルカ。詳しくは『112.「ツイン・ラビット」』『164.「ふりふり」』『Side Alice.「卑劣の街のアリス」』にて


・『黒兎(くろうさぎ)』→ナイフを複製する魔具『魔力写刀(スプリッター)』の使い手。残忍な性格。本名はクラウス。詳しくは『127.「魔力写刀」』『Side Alice.「卑劣の街のアリス」』にて

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