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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~④黎明~」
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173.「魔力維持装置~鼓動する魂~」

 扉の先には幅広な回廊が続いていた。床は鏡のように光を反射する大理石。左右に並び立つ太い柱は乳白色の石造りである。天井は高く、多灯式(たとうしき)の永久魔力灯が(まぶ)しい。


 廊下の先には魔力が煌々(こうこう)と溢れ出ていた。魔力の察知が視覚に依存するわたしにさえ、実物を見ずとも感知出来るほどに強力な魔力。その正体がなんなのかは考えるまでもない。


 一歩ずつ確実に進む。足取りは決して早くない。帽子屋から受けた傷と、『風華(かざはな)』の負荷(ふか)で意識が飛びそうだ。


 この先にシェリーと、子供たちがいる。彼らを救い出したあとはノックスを探さなければならない。ビクターに連れ去られた彼の姿を思い出し、胸がじくじくと痛んだ。


『ラボ』で見たノックスの姿が頭に浮かぶ。


 わたしは無力だった。あと少しで届くはずだった彼の細腕(ほそうで)を掴むことが出来ない非力さ。彼を危険な場所へと導いてしまった浅薄(せんぱく)さをどれだけ呪ったか分からない。


 だからこそ、清算しなければならない。ノックスの周囲から不幸の匂いを吹き飛ばし、平凡な幸福を与えてやるんだ。


 身体中が痛みを訴える。真っ直ぐ廊下を進むことが出来ているのが不思議なくらいだった。思うに、執念なのだろう。あと一歩のところで足を止めるような意志なら、ここまで来ることなんてなかったのだから。


 廊下の先からはゴウンゴウンと機械の鳴る音が聴こえた。まだ魔力維持装置の姿は見えなかったが、その(うな)りであることは明らかである。子供たちから無理やり魔力を奪い取り、それを防壁へと流し込む邪悪な装置。ハルキゲニア一帯を囲う壁全体に魔力を行き渡らせるためにはどれほどの子供が必要なのだろう。想像しても息苦しくなるだけだった。


『アカデミー』の広間を思い出して、身体に力が入る。広間を埋め尽くす何床(なんしょう)ものベッド。それは全部、人間をグールに変える実験のためのものだった。あれ以上の人数の子が装置に繋がっていると考えると、気が()いてならない。


 ずきり、と頭が断続的に痛む。肉体のシグナルは明らかに危険を告げていた。


 うるさい。わたしは進むんだ。まだビクターもいれば、彼の妻であり実験体――メアリーも健在(けんざい)に違いない。魔物の血を受けた死者。きっとひと筋縄(すじなわ)ではいかないだろう。まだ倒れていいときじゃない。


 やがて廊下の()てが見え、息を()んだ。廊下は一段下がった円形の広間へと繋がっており、その中心に巨大な球体の装置が設置されている。球体部は半透明になっており、内側に凝縮された高濃度の魔力が()えた。きっと魔力察知能力のない人間でも目にすることが出来るほどの濃度である。それは七色に光彩(こうさい)を変え、幻想的に鎮座(ちんざ)していた。


 それだけなら美しさを感じたかもしれない。その球体の上下に伸びるおびただしい量のチューブが、非人道的な印象を強くしていた。チューブを通して魔力を吸い上げ、同様にチューブ経由で壁へと魔力を供給しているのだろう。ビクターの悪趣味の結晶だ。


 痛む足を叱咤(しった)して広間の(ふち)に立つと、眩暈(めまい)がした。ドーム型の天井のあらゆる箇所(かしょ)がガラス張りの部屋になっている。その中で横たわったり、あるいは(うずくま)ったまま眠る子供の姿が見えた。


 力が抜け、愕然(がくぜん)と膝を突く。


 百や二百じゃきかない小部屋。そのどれにも子供が入っているようだった。そして例外なく昏睡(こんすい)している。球体の魔力維持装置の上部から伸びるチューブは天井を()い、それぞれの小部屋へと繋がっていた。


 悪趣味な冗談。その程度で済まされる光景なんかじゃない。


 ふと球体の足元を見ると、小さなカプセルがいくつか並んでいた。丁度(ちょうど)子供が入るサイズのものである。(ゆる)やかな階段を一歩一歩降りていく。


 そのカプセルの内部が見えると、心臓が跳ねた。


 勢い込んで、転がるように駆ける。そしてカプセルに走り寄ると、内部に眠る子供の顔をまじまじと見つめた。


 間違いない。間違えようがない。


 短い間だったけれど、旅の最後を(いろど)ってくれた気さくな少女。ハイペリカムでラーミアへの生贄として捧げられた悲劇を持つ子供。ノックスと同様、あまりに幸福から遠く、それゆえ最も幸福になる権利を(ゆう)している少女。――シェリー。


 カプセルの隙間にサーベルの(つか)を差し込み、ぐっと力を入れる。きっと間違った開け方なのだろうが、手段を選んでいる余裕はなかった。カプセルには異常な魔力も魔物の気配も感じない。すなわち、魔道具が仕掛けられている心配もなければ、シェリー自身も醜悪(しゅうあく)な魔物実験の被害者ではないということを意味していた。


 やっとのことでこじ開けると、震える両手で彼女の身体を抱き上げた。


 ……冷たい。


 呼吸が乱れ、無意識に吐息(といき)が漏れた。


 駄目だ。この冷たさは間違っている(・・・・・・)


 咄嗟(とっさ)に心臓に耳を押し当てた。


 ――とくん。とくん。


 一定の鼓動。


 シェリーを()(いだ)いたまま、その場に座り込んだ。足に力が入らなかったのである。


 ここまで必死に進んできた。時計塔で『黒兎(くろうさぎ)』を退(しりぞ)け、『アカデミー』ではビクターに精神を踏み散らされた。『ラボ』での悲劇と、ハルキゲニア正門での乱戦。そして帽子屋との死闘。全てを乗り越えた結果が、この小さな命に結実(けつじつ)している。生きて、鼓動する魂に。


 ぽつり、とシェリーの(ひたい)に水滴が落ちた。


「スパ……ルナ……。た、す……けて……」


 途切れ途切れに、うわごとのような言葉がシェリーの唇から(こぼ)れる。彼女はこんな絶望のなかにあっても、個人的な英雄を信じているのだ。


 (あわ)れだとは思わなかった。純真な願いのなにが悪い。


 スパルナの姿が脳裏(のうり)に浮かび、思わず安堵(あんど)してしまった。生贄として(はりつけ)にされたシェリーを救出した人型魔物。彼との約束……。シェリーを安全にハルキゲニアへ送り届ける。そして人並みの幸福な生活を与える。


 意図(いと)しないうちに、シェリーの命は消え果ようとしていたのだ。あの純朴(じゅんぼく)な青年を裏切るような羽目(はめ)にならなくて心底ほっとした。


 けれど。


 悲劇はまだなにも終わっていない。


 ほかのカプセルにもそれぞれ子供が入っていた。先ほど同様、サーベルの(つか)でこじ開ける。


 全員分の脈を確かめると、ほっと息が漏れた。ひとまず生きている。それだけでも随分と幸運に思えた。


 周囲を見上げると、ガラスの小部屋に配置されて子供が否応(いやおう)なく目に映る。今この瞬間も、彼らは装置に魔力を吸い取られ続けているのだ。子供たちを救い、そして、ビクターと女王を()たなければ悲劇は終わらない。


 シェリーをそっと床に寝かして立ち上がった直後である。小気味(こぎみ)の良い靴音が聴こえた。ヒールが床石(ゆかいし)を打つ高い音。


「あらま。帽子屋は死んだのね」


 声のしたほうを見ると、深紅の仰々(ぎょうぎょう)しいドレスに羽飾りのついた王冠を()せた女が立っていた。いかにも高飛車な目付き。後ろで結んだ髪は嫌味なくらい(つや)っぽい。片手には燃えるような赤の(おうぎ)


 それまで意識が向かなかったが、この広間にはいくつか通路が続いているようだった。わたしが辿(たど)った廊下がそのひとつ。そして目の前の女が現れた絨毯(じゅうたん)敷きの細い道がひとつ。同様の狭さの通路がひとつ。合計三つの道が等間隔(とうかんかく)に開いていた。


「ごきげんよう。貴女(あなた)は侵入者ね? まあまあ、随分とボロボロじゃない。帽子屋には苦戦したようね」


 彼女が女王であることは(よそお)いと口調、そして全身を(おお)う高慢な雰囲気で理解出来た。王都グレキランスからの追放者であり、馬鹿げた復讐を(くわだ)てる存在。


「あなたが女王――エリザベート様かしら?」


 サーベルを向けたが、エリザベートは(ひる)む様子を見せなかった。それどころか(あざけ)りの表情さえ浮かべて見せる。


「ええ。ご承知の通り。……嫌だわあ。すぐに剣を向けるのって野蛮(やばん)よ」


「野蛮で構わないわ。あなたみたいな人間には品を見せないことにしてるの」


「あらあら、元気だこと……。お口は達者でも、貴女(あなた)、立っているのも限界みたいね」


 嫌な観察眼だ。確かに彼女の言う通り、わたしは立ってサーベルを向けているだけでも負担を感じていた。けれど、限界なんて簡単に突破して見せる。あと少しなんだ。


 ――しかし、戦闘能力の欠片(かけら)も感じないエリザベートに(やいば)を振るうのはおろか、一歩踏み出すことさえ叶わなかった。


「ねえ、メアリー。貴女(あなた)は侵入者のお嬢さんをどう思うのかしら?」


 女王の背後から現れた白衣の女性は、こちらの接近を止めるに(あま)りある脅威だった。迂闊(うかつ)に飛び込めば死は確実。万全の状態であっても厄介極まりない相手なのである。


 ビクターの妻――その死体に魔物の血を通わせた実験体、メアリー。エリザベートになんら反応を示さず、彼女はただただこちらを見つめていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』参照


・『帽子屋』→ハルキゲニアの騎士団長。魔力察知能力に()けている。シルクハットの魔具『奇術帽(コピーハット)』で戦う。本名はジャックであり、『タソガレ盗賊団』元リーダー。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』『152.「今日もクロエさんは器用~肖像の追憶~」』『48.「ウォルター≒ジャック」』にて


・『シェリー』→ハイペリカムで保護された少女。クロエによって『アカデミー』に引き渡された。詳しくは『94.「灰色の片翼」』、『98.「グッド・バイ」』にて


・『ノックス』→クロエとともに旅をした少年。本来は『アカデミー』に引き取られたはずだったが、現在はビクターに捕らえられている。


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて


・『ラボ』→ビクターの研究施設。内部の模様に関しては『158.「待ち人、来たる」』参照


・『魔力維持装置』→ハルキゲニアを囲う防御壁に魔力を注ぐための装置。女王の城の設置されており、子供の魔力を原動力としている。詳しくは『151.「復讐に燃える」』にて


・『アカデミー』→魔術師養成機関とされる場所。実際はビクターの実験施設。倒壊済み。詳しくは『54.「晩餐~夢にまで見た料理~」』『121.「もしも運命があるのなら」』『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『メアリー』→ビクターの妻。既に亡くなっているが、ビクターの実験によって蘇った。意思はないとされている。詳しくは『153.「鎮魂と祝福、祈りと愛~博士の手記~」』『154.「本当の目的地」』参照


・『ハイペリカム』→ハルキゲニアの手前に位置する村。『第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」』の舞台


・『ラーミア』→半人半蛇の魔物。知能の高い種。『86.「魔力の奔流」』に登場


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて


・『黒兎(くろうさぎ)』→ナイフを複製する魔具『魔力写刀(スプリッター)』の使い手。残忍な性格。本名はクラウス。詳しくは『127.「魔力写刀」』『Side Alice.「卑劣の街のアリス」』にて


・『スパルナ』→人型魔物。詳しくは『第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」』にて


・『グレキランス』→クロエの一旦の目的地。通称『王都』。

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