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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~③落日~」
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168.「百花狂乱」

 帽子屋の手がシルクハットを掴んだ。


 奴の魔具は一度味わっている。奇術帽コピー・ハット。シルクハットを複製し、帽子の内側を複製とリンクさせる技。本体である帽子にレイピアを差し込めば、複製帽子から切っ先が伸びる仕組みである。複製がひとつならまだしも、いくつも創り出すことが出来るのが厄介極まりない。


 帽子屋が頭上で半円を描くように奇術帽コピー・ハットをひと振りすると、三つの複製帽子が宙に現れた。そしてそれぞれがこちらへと接近する。


 複製と操作。複製物は動きが連動しているわけではなく、個別に帽子屋が操っているに違いない。その精密な動作は帽子屋の能力の高さを示している。


 以前ウォルターから聞いたところによると、帽子屋――ジャックはタソガレ盗賊団に拾われた孤児だった。それ以降も魔具とは無縁(むえん)の盗賊生活を送っていたはずだ。すると、彼が手にした魔具はおそらく奇術帽コピー・ハットが最初であり、操作方法もハルキゲニアの騎士として学んでいったのだろう。魔具の(あつか)いに関してビクターがノウハウを(さず)けたのかもしれないが、専門的な訓練ではなかったはずだ。つまり、帽子屋は自らの才覚によって奇術帽コピー・ハットを手足のごとく動かしていると考えるべきだろう。


 サーベルで牽制(けんせい)すると、複製帽子は攻撃圏外(けんがい)ぎりぎりの位置で静止した。こちらを囲うように等間隔(とうかんかく)に配置されている。一気に距離を詰めてレイピアで刺し貫く算段なのだろう。


 しかし、複製帽子は宙でとどまったままである。帽子屋が動く気配も感じられない。時間を(かせ)がれているようで、焦りがふつふつと沸き上がってきた。


 深く呼吸をする。今は落ち着かなければならない。最速で帽子屋を仕留(しと)めるのなら、冷静に()(うかが)う必要がある。


 右斜め後ろに位置する複製帽子が、こちらへと動くのが分かった。即座に身を(ひるがえ)してサーベルで()ぐ。帽子は(やいば)をかわし、再度距離を取った。


 ――と、他の二つの複製帽子が一斉(いっせい)に接近した。身体を反転させて腕を振ったが、刃は見事に避けられる。そして先ほど距離を置いた複製帽子も有効範囲内に入ってきた。


 帽子屋に視線を移すと、今しもレイピアを奇術帽コピー・ハット()し込むところだった。


 三つの帽子の位置関係を意識し、サーベルの速度と軌跡(きせき)、そして身体の動きを計算する。王都で積んできた戦闘経験はわたしを裏切らない。魔物に囲まれ、同時に攻撃をされたことなんて何度もある。だからこそ、(しの)ぎ方は頭と身体に染みついている。


 鋭い金属音が響いた。複製帽子の内側から伸びたレイピアを、身体を(ひね)りつつ(さば)く。そして帽子屋のいるほうへと回避行動をとった。避けると同時に、帽子屋への攻撃に転じることが出来るというわけだ。


 そうなると、複製帽子の取る軌道(きどう)はひとつ。


 (あん)(じょう)、三つの帽子は帽子屋の前面へ移動し、こちらの進行を(はば)むように展開された。それら三つの攻撃隊の後ろで、帽子屋が半身になって刺突(しとつ)の構えを取る。


 集中しろ。刃を振るえ。


 剣戟音(けんげきおん)が響く。三つ分の攻撃を(さば)くのは決して容易(ようい)ではない。――が、不可能でもない。斬撃速度には自信がある。それぞれを万遍(まんべん)なく(はじ)きながらも、帽子たちが決定的な隙を見せるのを待った。


 一歩も引くことなく、三つの帽子を相手取る。常に最良の選択をしなければ身体に穴が()くのは明白だ。裏を返せば、冷静に動きを把握して対応し続ければチャンスは訪れる。それまでに、帽子屋との距離を()けるような失策をしなければ問題ない。


 風切り音と金属音の中にいた。目は三つの帽子と本体をそれぞれ(とら)え、呼吸は一定に(たも)つ。


 ――覚悟は出来ている。人斬(ひとき)りを()けるような甘えはもうない。あの扉の先では小さな命の灯火(ともしび)が、(はかな)く揺れているのだ。


 帽子屋の攻撃は鋭く的確で、なかなか隙は見えない。なら、こちらから揺さぶってやる。


「ねえ、ジャックさん。ひとついいかしら」


 剣戟(けんげき)越しに、帽子屋が眉を(ひそ)めるのが見えた。こちらの余裕に違和感を覚えたのだろう。


「……なんだ」と帽子屋も攻撃の手を一切(ゆる)めずに返す。なるほど。話す程度の余裕があるのはお互い様というわけか。


 なら、()くべきことを聞きつつ揺さぶるのが一番だ。


「あなたはどうして女王の味方をしているのかしら?」


「生きている実感を得るためだ……」


 思わずこちらの動きが乱れそうになった。なんだその理由は。


「生きている実感? タソガレ盗賊団で充分なんじゃないの?」


「不充分だ……。女王の目線はこの地域一帯にとどまらない……。より広い視座(しざ)で、大きく動こうとしている……」


「スケールの大きいものが好きなだけなのかしら? そんな理由でビクターや女王と付き合っているの? 彼らのやっていることが間違いだとは思わないのかしら?」


 彼は(しば)し沈黙し、刺突(しとつ)を繰り出した。その動きに乱れはなく、したがって隙も見いだせない。ただ、返事に困っているのは事実のように思えた。


 金属音の雨の中、帽子屋の呟きはなによりも強くわたしの耳に届いた。


正邪(せいじゃ)など、俺には読めん……。思い通りになる程度のことをしても無意味だと感じただけだ……」


 正しいか、間違っているか。大局的(たいきょくてき)に判断するのは難しいだろう。しかし、ハルキゲニアで繰り広げられている醜悪(しゅうあく)な実験を知らないわけではあるまい。


「……あなたはビクターの実験も認めているわけ? 自分には判断出来ないとかなんとか言い聞かせて……」


「あれは……」


 言いかけて、帽子屋の言葉が止まる。相変わらず刺突は続いていた。しかし、動きにやや鈍りが見える。隙というほどの隙はないが。


「……ビクターが今やっていることは正しくない」


「ならなんで協力するのよ」


「俺が協力しているのは女王だけだ……」


「自分にそう言い聞かせてるんでしょ? でもあなたは気付いてる。女王に手を貸すことはビクターに協力することと同じで、あいつが今やってる実験を支援していることに繋がっているのよ。それに気付いてないなんて言わないわよね?」


 帽子屋の瞳に沈んだ色が浮かんだ。


清濁(せいだく)(あわ)()む覚悟はしている……」


 帽子屋がまばたきをし、複製帽子の動きが一瞬止まる。


「答えになってない!!」


 叫ぶと同時に、三本のレイピアの間を()って帽子屋へと接近した。隙を見せたことに対する焦りだろうか、彼の口元が引き締まる。


 三つの帽子はわたしの速度に追いつけていない。


 清濁(せいだく)(あわ)()む、か。『最果て』で得られない『生きている実感』とやらのために、女王とともにグレキランスを目指そうとしているのだろう。その達観(たっかん)と、悲劇から目を(そむ)ける身勝手が許せない。


 帽子屋が手に持つレイピア――複製帽子から伸びたものではなく――とわたしのサーベル。そのどちらもが相手に届く距離。有効範囲に入ると呼吸を止め、集中力を一気に高めた。


 帽子屋が一歩後退するのが見えた。


 ――金属音。重い衝撃が右腕に広がる。帽子屋は奇術帽コピー・ハットからレイピアを抜き、その勢いでこちらのサーベルを(はじ)き飛ばす算段だったのだろう。それも一度見た技だ。お生憎(あいにく)様、それで(ひる)むわたしじゃない。


 帽子屋が後退しつつ刺突を繰り出す。サーベルで弾きつつ、隙をみて距離を詰めた。刺突(しとつ)の嵐――そう言って差し(つか)えないだろう。だが、それでわたしを止められると思っているのならとんだ思い違いだ。


 剣戟(けんげき)()い、サーベルを両手に持ち替えて逆袈裟(ぎゃくけさ)斬りでレイピアを弾いた。帽子屋の腕が大きく上がり、その瞳は感心するように見開かれる。


 絶好の機会――(ふところ)に飛び込もうと踏み込むと、帽子屋が大きく後方に跳んだ。そして彼の背後から五つの複製帽子が現れる。剣戟の合間にせっせと(こしら)えたのだろう。随分と念入りだ。


 五つの帽子はわたしの周囲にそれぞれ散った。――刹那(せつな)、帽子屋のレイピアが奇術帽コピー・ハットに挿入される。


 五本のレイピア。周囲数十センチを(めぐ)る複製帽子。()けることの出来ない距離と量。


 ――なら、避けなければいい。


 脳裏(のうり)に花が散る。それらはつむじ風の姿を表すように、狂乱した舞を見せた。その姿に自分自身を重ねる(・・・・・・・・)


 そして、目を(つむ)った。


「――百花狂乱(ひゃっかきょうらん)


 イメージの中で、花弁が一気に狂い飛ぶ。つむじ風が(さん)じる。


 ――サーベルを振り終えると、腕が震えた。ゆっくりと息を吸う。呼吸をしていなかった分、焦って吸いたくなったが、あくまで細く長く吸う。でないと正常な呼吸のリズムに戻れない。


 (まぶた)を開くと、黒い花弁が目の前を舞い落ちていった。――(いな)、それはシルクハットの断片である。


 距離を置いた帽子屋が、明らかに驚愕(きょうがく)したように口元を(ゆる)めて(たたず)んでいた。


 切っ先を真っ直ぐに帽子屋へと向ける。


「生きている実感なら、いくらでも味わわせてやるわ」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『帽子屋』→ハルキゲニアの騎士団長。魔力察知能力に()けている。シルクハットの魔具『奇術帽(コピーハット)』で戦う。『タソガレ盗賊団』元リーダーのジャックに酷似(こくじ)している。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』『152.「今日もクロエさんは器用~肖像の追憶~」』『48.「ウォルター≒ジャック」』にて


・『奇術帽(コピーハット)』→シルクハット型の魔具。能力は①帽子の複製②帽子の操作③帽子本体と複製帽子の内側を繋げる。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』にて


・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照


・『タソガレ盗賊団』→マルメロを中心に活動する盗賊団。詳しくは『第三話「(くびき)を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて


・『最果て』→グレキランス(王都)の南方に広がる巨大な岩山の先に広がる地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『グレキランス』→クロエの一旦の目的地。通称『王都』。

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