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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~③落日~」
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Side Leonel.「復讐にうってつけの日」

※レオネル視点の三人称です。

 女王の城は静まり返っていた。騎士は全て出払っているのだろうか。少なくとも雑兵(ぞうひょう)は影もかたちも音もない。


「なんでこんなに手薄なんですかね」


「きっと全員が門に行ってるのさ」


「ヨハンさんの作戦通りだな」


 レジスタンスたちが(ささや)く。彼らが異様な静寂を疑うのも無理はない。本来は手厚く守られているであろう城の警備は不穏(ふおん)なほどに薄かった。城内を進む一行が出くわした敵といえば城門を警備していた二人の兵士と、城内を見回っていた数人の兵士くらいである。城の正門を突破し、エントランスを抜けて回廊(かいろう)(いた)るまであまりに楽な道のりだった。足を(しの)ばせる意味も感じられない。


 レオネルは自分の後ろを歩む十数人のレジスタンスを振り返る。口元に人さし指を立てて見せると、彼らはぴたりと会話をやめた。ここは女王の城であり、敵の胃袋の中も同然。いかに異様な状況であろうとも、侵入者として気を張らねばならない。


 本来レオネルはひとりで潜入するつもりだった。ハルキゲニアの正門を爆破した際の騒動に(まぎ)れて城へ向かった彼を、レジスタンスたちは追ったのである。同行すると言って聞かない彼らとともに城へ駆けた。運良く敵の騎士に出くわすことなく『中央街道』を走破(そうは)し、城門前の騎士二人を無力化することは出来たものの、城内は比較にならないほど危険と思われた。城の周辺で待機するよう命じたのだが、やはりレジスタンスたちは聞かない。彼らは無謀(むぼう)なわけでも思慮(しりょ)が浅いわけでもない。それはレオネルもよく承知していた。革命の瀬戸際(せとぎわ)だからこそ、普段以上の焦りを感じているのだろう。命の保証は出来ないし、守り切ることも難しいかもしれないと告げても、彼らは(がん)として譲らなかった。覚悟ならとっくに出来ている、と。


 ならば、尖兵(せんぺい)になるほかない。可能ならいち早く危機を(とら)え、本隊が訪れるまでに城内をある程度鎮圧(ちんあつ)出来れば申し分ない。そのための戦力としては心もとない数ではあったが、それは女王の側も同じである。正門の爆破によって(ほとん)どの騎士は出払っているように見受けられた。


 最低限の警備で充分と考えているのか、あるいは、充分過ぎる護衛がついているのか。――きっと後者だろう、とレオネルは(なか)ば確信していた。双子は門を鎮圧しに向かうかもしれないが、城から離れないであろう騎士が二人いる。まずは『帽子屋』。ハルキゲニア騎士団の最高戦力として名高い彼を手元に置いておかないわけがない。


 そして、もうひとり。


 回廊は広間の外をぐるりと周回しているようだった。なるべくなら広間を避けて通りたかったが、あいにく、回廊から直接上階へあがる場所はなかった。すると、広間の中に階段があるのだろう。


 レオネルは天井を見上げた。上階から尋常(じんじょう)でない魔力を感じる。ビクターの魔力維持装置は城の三階か、あるいは四階の高度に設置されているように察知出来た。ひとまず二階へ上がる必要があるのだが、ここまでの道のりには階段らしきものはない。広間を通らなければ上へ行けないのなら、やむを得なかった。


 レオネルは呼吸を整える。


 広間から魔力を感じる。それも、気配を最大限(おさ)えた魔力だ。巧妙に隠蔽(いんぺい)しながら、それでもなお、漏れ出てしまう力。


「エントランスまで戻って援軍を待ってください。エントランスを守るのは貴方(あなた)がたの立派な役割です」


 レオネルが囁くと、レジスタンスたちは皆、顔をしかめた。そんな彼らを、レオネルはじっと見つめる。なにも言わずに、冷静に。


 老魔術師の無言の圧力から異常事態を察したのか、レジスタンスたちはエントランスへと引き返していった。レオネルはほっと胸を撫で下ろす。


 今頃(いまごろ)、お嬢さんとアリスとカエル頭の男は『ラボ』から正門へ向かっているところだろうか、とレオネルは考えた。アリスの姿を思い浮かべ、彼女に攻撃魔術をせがまれた期間を思い出す。本人たっての希望で魔術を教わりに来たのだ。そんな彼女を何度も追い返したのだが、口を()の字にして戻って来るアリスに根負(こんま)けし、魔術を教えることとなった。はじめは大人しく従っていたのだが、段々と攻撃魔術への欲求を(あら)わにした彼女には心底がっかりした。しかし途中で投げ出すわけにもいかず、防御魔術のみを教え続けたのである。不満に(ほお)を膨らませる少女をたしなめて。もう攻撃魔術なんてうんざりなのだ。


 レオネルは今日という日を、誰よりも待っていた。女王を()ち倒し、ハルキゲニアに平穏(へいおん)をもたらす大義名分(たいぎめいぶん)とは別に、レオネルは自分だけの目的も持っていた。過去の一切を(ほうむ)り去らなければならない。ハルキゲニアの明日を想うのと同じくらい強く、レオネルは自分自身の欲を感じて苦笑した。(よわい)を重ねようとも衝動は消えず、記憶の爪痕(つめあと)は痛みを増す。


 広間へ続く扉を開け放つと同時に、防御魔術を展開した。案の定、爆発音とともに衝撃が襲う。煙が晴れると、広間の中央に(たたず)む魔術師の姿が見えた。


「お久しぶりですね」と彼は言う。


 眉の辺りで切り(そろ)えられた灰色の髪。身体を(おお)うようなマントは漆黒で、胸元には毒瑠璃(どくるり)のブローチが光っている。先の(とが)った茶色の靴はレトロな(おもむき)(かも)し出していた。


 レオネルは防御魔術を解除した。


 なにひとつ変わらない。彼はレオネルの良く知る(よそお)いで、馴染(なじ)み深い魔力量を(たた)えていた。


「久しいな、グレイベル」


 ハルキゲニア騎士団。元、都市防衛の魔術師。裏切り者。そして――。


(けわ)しい表情ですね、師匠」


 レオネルはぐっと拳を握った。


 ――そして、我が弟子。グレイベル。


 彼にはレオネル自身が魔術のイロハを(さず)けたのである。


 この日を待っていた。自らの過去に終止符を打てるこの日を。


「ずっと会いたかったんですよ。師匠を超えるのが僕の目的のひとつでしたから。師匠は僕のことなんて忘れているかもしれませんが……」


 グレイベルは静かに言う。彼の胸に渦巻く欲望を、レオネルはよく知っている。


「グレイベル。なぜ女王に膝を屈した」


 ほとんど無意識に、威圧的な口調で問う。そんなレオネルに、グレイベルは(あざけ)るような笑みを浮かべた。


「僕はもとより強いほうの味方です。他者に蹂躙(じゅうりん)されずに生きていくためには強くなる必要があります。そのために魔術師になりましたから。……しかし、孤独な力には限界があります」


「だから女王についたとでも?」


 グレイベルは目を閉じて頷いた。口元には薄笑いが張り付いている。


「都市防衛の魔術師として議席を得るまでは良かったのですが、長くは続かないものですね。女王が現れてから状況が一変しました。議会での魔術師は弱者同然でしたから。……実を言うと、女王から騎士団の誘いを受ける前から彼女につこうと決めていたんですよ。正式に打診(だしん)があって助かりました。自分から軍門に(くだ)るような真似をしたら(かえ)って疑われますからね」


「お前はハルキゲニアをなんとも思っていないのだな」


 この都市の未来も、平和も、その瞳には映っていないに違いない。


「ええ。はじめからそうでした。繰り返しますが、僕は強い者の味方です。決して(おびや)かされない場所にいたい……それが人の(じょう)ではないでしょうか」


「お前にとってはそうなのだろうな」


 グレイベルは(あき)れたように首を横に振った。


「どうも相容(あいい)れませんね。……そうでなければ倒しがいもありませんが。……僕は今日という日をずっと待っていましたよ。弟子はいつか師を凌駕(りょうが)するものです。そして僕は、とっくにその資格を得ているはずですから。……本気の師匠とやり合っても遜色(そんしょく)ないくらい、僕は強くなりました。ぜひとも見てください」


 グレイベルはマントの隙間から両手を出した。どちらの手のひらにも強力な魔力が(こも)っている。


 レオネルは真っ直ぐに彼の瞳を見据(みす)えた。


「……お前のことを忘れたことはなかった。(わし)(あやま)ちの結晶であるお前を」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『レオネル』→かつてハルキゲニアを魔物から守っていた魔術師。レジスタンスのメンバー。防御魔術の使い手。詳しくは『104.「ハルキゲニア今昔物語」』にて


・『グレイベル』→元々レオネル同様、ハルキゲニアの防衛を担っていた魔術師。女王の軍門に下った。レオネルの弟子。詳しくは『111.「要注意人物」』にて


・『毒瑠璃(どくるり)』→瑠璃に良く似た鉱物。毒性あり。詳しくは『96.「毒瑠璃と贖罪」』にて


・『お嬢さん』→ここではクロエを指す。


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『カエル頭の男』→ケロくんのこと。


・『ラボ』→ビクターの研究施設。内部の模様に関しては『158.「待ち人、来たる」』参照

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