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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~③落日~」
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Side Alice.「愉悦の傷のアリス」

 魔銃から放たれる弾丸は一定の破壊力しか持たない。威力は銃本体に依存(いぞん)し、魔術師は干渉(かんしょう)出来ないというのが原則だ。


 原則があれば勿論(もちろん)、例外もある。唯一(ゆいいつ)術者が干渉出来る瞬間――それが魔力の装填時(そうてんじ)である。言うまでもなく事前準備の段階で全てが決まるので、戦闘スタイルを考慮(こうりょ)して弾込めしなければならない。ゆえに、使いどころの限られるトリッキーな弾丸を込めるのは悪手。それが常識だ。


 アリスは上機嫌で弐丁(にちょう)魔銃の弾倉(だんそう)を回した。回転式の弾倉であれば任意のタイミングで特殊な魔弾を撃つことが理論上可能である。アリスは自身が込めた魔弾がどの効力を持っているかを把握し、場面ごとに弾倉を切り替えてベストな弾丸を放つことが可能なのだ。


 アリスは、地に()して苦しげな表情を浮かべる『黒兎(くろうさぎ)』へと歩を進める。そして恍惚(こうこつ)とした表情で彼を眺めた。甘っちょろいガキ……。


 最初に放った弾丸はブラフである。反応速度さえ早ければ至近距離でも(はじ)けるよう、飛び切り弱い魔力を込めておいた。そして二発目の弾丸は決して弾かれぬよう、事前に細工(さいく)をしておいたのである。弾丸が高速回転するよう魔術を(ほどこ)し、威力を上げるべく、魔力の凝縮具合も弾倉に収まるぎりぎりに調整しておいた。羽根布団(クッション・コート)ごとき簡単に貫通し、確かな殺傷力を維持したまま獲物へと突き進む弾丸。


黒兎(くろうさぎ)』は、とアリスは考える。――『黒兎(くろうさぎ)』はこちらの予測通り、一発目と同じ要領で魔弾を(はじ)こうとしたのだろう。しかし、弾かれたのは魔力写刀(スプリッター)のほうだ。弾丸はナイフを弾き飛ばしてなお真進し、奴の身体の中心を撃ち抜いた。その小さな身体が吹き飛んだ距離を見るに貫通はしていない。おおかた身体に魔力写刀(スプリッター)を仕込んで、帷子(かたびら)代わりにしているのだろう。弾丸は帷子を貫かんばかりに直進し、奴を吹き飛ばし、ようやく消え果てた。そんなところか。死んではいないが、先ほどのように元気な攻撃を繰り出せる状態ではないだろう。


 あと五メートルといったところまで接近すると、『黒兎(くろうさぎ)』は(うめ)き声を上げて立ち上がった。


「あら、大丈夫ぅ? お腹痛いなら休んでるほうが良いわよ? お姉さんがすぐ楽にしてあげるから」


「……うるさい」


黒兎(くろうさぎ)』が小さく呟く。その目には狂気的な光が宿(やど)っていた。


「ご機嫌ナナメね、クラウス坊や。ルカお姉ちゃんと一緒に戦えば、もしかしたらあたしを倒せたかもね」


 直後、アリスは叩き付けるような殺意を感じた。『黒兎(くろうさぎ)』の形相(ぎょうそう)は子供らしからぬ憎悪が(みなぎ)っている。優秀な姉と比較されることはなにより悔しいのだろう。コンプレックスの(かたまり)だ。


「うるさい……うるさいうるさいうるさい!! 消してやる! 殺してやる!」


 魔力写刀(スプリッター)が滅茶苦茶に振られ、ナイフが嵐のように(せま)りくる。痛みを忘れて攻撃しているのだろう。窮鼠(きゅうそ)猫を噛む。そんな具合だ。


羽根布団(クッション・コート)


 放出されたナイフが、分厚い魔力の(まく)によって推進力(すいしんりょく)を奪われる。次々と羽根布団(クッション・コート)()まっていく複製ナイフを眺め、アリスは苦笑した。芸のない奴だ。


 アリスは、先ほどと同じ種類の弾丸が発射されるよう、弾倉を調整した。通常ならば同じ戦略は通用しないだろうが、今の『黒兎(くろうさぎ)』は我を忘れて攻撃しているように見える。がむしゃらに戦う奴は嫌いじゃないが、あいにくダラダラと戦っているつもりはない。


 魔銃を前方に構える。羽根布団(クッション・コート)にはびっしりと複製ナイフが静止していた。(わず)かな隙間から見える『黒兎(くろうさぎ)』は、思った通りこちらの銃口など一切見ていない様子である。


 終わりだ。――アリスが引き金に置いた指に力を入れた瞬間、『黒兎(くろうさぎ)』と目が合った。その瞳は怒りに狂った獣のようでいて、しかし、隙を見逃さない狡猾さを(たた)えていた。


擾乱飛翔関係(クラッター・リレーション)!」


 まずい、と思って片手を前方に構えた。羽根布団(クッション・コート)の内側にさらなる防御魔術を張る。先ほどの流線型の壁よりも局所的(きょくしょてき)であり、しかし防御力の高い魔術。


 これで問題ない――はずだった。


 アリスの目が(とら)えたのは粉々に破壊された防御壁と、迫りくる無数のナイフ。咄嗟(とっさ)に背を向け、頭を抱えて身をかがめた。


 背を中心に激痛が走る。アリスは突き刺さるナイフの痛みに()えかねて声を漏らした。


 気が付くと、攻撃は止まっていた。ただ、痛みは継続している。何本刺さったのか考えるのも嫌だった。


 油断したわけではない。擾乱飛翔関係(クラッター・リレーション)――静止したナイフにもう一度推進力を与える技は、時計塔で目にしている。誤算だったのは、奴の攻撃が防御魔術を砕くレベルだったことだ。


 痛みを(こら)えて立ち上がると、『黒兎(くろうさぎ)』がこちらを(にら)んでいた。もはや、その顔に愉悦(ゆえつ)はない。凍りついたような憎悪の眼差(まなざ)し。


慈悲なき複製(ルースレス・レプリケーション)


黒兎(くろうさぎ)』の呟きが聴こえ、ハッとして魔銃を(かま)えた。片手はいつでも防御を張れるように準備し、もう片方に握った魔銃の照準を合わせる。


 アリスは内心で舌打ちをした。駄目だ、後手(ごて)に回ってる。


 魔弾を発射したが、『黒兎(くろうさぎ)』は(はじ)くことなく回避した。そして彼は魔力写刀(スプリッター)を一本だけ手に残し、残りの全てを宙に(ほう)る。


 薄闇のなか、ナイフは空中で静止した。そして、音もなく増えていく(・・・・・)


 嫌な予感が、アリスを駆り立てた。


 彼女はもう一丁の魔銃も取り出し、弐丁(にちょう)とも発射した。――が、やはり『黒兎(くろうさぎ)』は(はじ)かずに避ける。今まで奴がわざわざ弾いていたのは、慢心と虚栄心からだろう。もはや奴には自分の能力をひけらかす気は一切ないということだ。付け入る隙がひとつ消えたことになる。


 これで合計五発の弾丸を発射した計算である。弾倉には弐丁合わせて残り七発しか残っていない。


 空中を睨み、アリスは舌打ちをした。宙に浮いた魔力写刀(スプリッター)(すで)に数えきれないほどの数になっている。


「終わりだよ、オネーサン」


 そう呟いて『黒兎(くろうさぎ)』が八の字運動を再開した。彼の手にしたナイフと全く同じ軌道(きどう)を、空中のナイフ群も模倣(もほう)する。


 これは、とアリスは歯噛(はが)みした。これは、まずい。これからなにが繰り出されるか、嫌でも分かってしまう。


黒兎(くろうさぎ)』の手元から複製ナイフが放たれると同時に、空中からも複製のナイフが射出された。その全てがこちらを標的にしている。


 魔銃を弐丁ともホルスターに戻し、両手を前にかざした。手のひらに魔力を集中させ、頑強な壁をイメージする。


 ナイフが身体を裂く一歩手前で、防御魔術が展開された。斜めに作り上げた分厚い半透明の壁。迫りくるナイフが壁に当たると、火花が散って吹き飛んで行った。持ちうる最大硬度の防御魔術に、反射魔術を加えた複合魔術。


黒兎(くろうさぎ)』の攻撃は止まらない。降り注ぐナイフの量は尋常(じんじょう)ではなかった。かわすのは到底不可能だが、今のところ防御壁が破壊される気配はない。


 となると、問題はひとつだけ……。


 アリスは八の字にナイフを振り続ける『黒兎(くろうさぎ)』を注視(ちゅうし)した。これを体力の限り続けるとは思えない。きっと次の攻撃が繰り出されるはずだ。たとえば先ほどの――。


 アリスは思考を中断し、腰の魔銃を(つか)んだ。展開済みの防御壁の維持なら片手でもなんとかなる。問題は、奴に次の攻撃をさせないことだ。


黒兎(くろうさぎ)』はナイフを振るのをやめ、手にした一本の魔力写刀(スプリッター)で天を()した。そして彼の口が大きく開かれる。「擾乱(クラッター)――」


 ――『黒兎(くろうさぎ)』の声は中断され、奴の身体が大きく前へ吹き飛ばされた。


 先ほど奴に目がけて撃ち込んだ三発の弾丸も特殊弾だった。一定距離まで進むと自動で止まり、アリス自身のタイミングで好きな方向に再び直進させることが出来る。この魔弾を造るだけの技術を得るまで、(じつ)に一年以上かかったことをアリスは思い出した。自信作である。


 アリスは防御魔術を解除し、吹き飛ぶ『黒兎(くろうさぎ)』の落下地点へ素早く移動した。(すで)にナイフの雨は止まっている。あとは最後の一発をぶち込んでやればいい。


 しかし、そう簡単にはいかなかった。


 吹き飛ぶ『黒兎(くろうさぎ)』がナイフを振り上げ、絶叫する。「――飛翔関係(リレーション)!」


 周囲に散ったナイフが推進力を取り戻し、滅茶苦茶な方向へと乱舞する。一度きりの狂乱。数本なら全く脅威ではないが、足の踏み場もないほどの数が一斉に飛ぶとなると――。


 覚悟は出来ていた。痛みに耐える覚悟ではない。死なない覚悟でもない。なにがあろうとも最後の一発をぶち込む覚悟だ。


 全身にナイフが突き刺さり、身体が危険信号を送る。崩れそうになる膝と、降ろしてしまいそうになる腕をアリスは叱咤(しった)した。そして身体を(たも)つため、必死で自分を鼓舞(こぶ)する。


 ――傷も痛みも慣れっこだろ、あたしは。死の瀬戸際(せとぎわ)で気分良くダンスするような人間なのさ。これくらい()でもない。そうだろ、なあ。


 ようやく落下地点に吹き飛んできた『黒兎(くろうさぎ)』の腹を、アリスは魔銃で殴りつけた。腕に刺さったナイフがずれて、肉が裂かれる痛みが広がる。踏ん張った足からも血が()きだしていることだろう。ああ、全く、痛くて(たま)らない。


 ――けど。


 一番気持ち良いのは、痛みを超えた先の景色を見た瞬間なのさ。良く知ってる。


「あああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 咆哮(ほうこう)とともに、指先に力を込めた。


 刹那(せつな)――アリスにとって聴き慣れた音が響き、魔銃から最も威力の高い魔弾が発射された。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『弐丁(にちょう)魔銃』→アリスの所有する魔具。元々女王が持っていた。初出は『33.「狂弾のアリス」』


・『黒兎(くろうさぎ)』→ナイフを複製する魔具『魔力写刀(スプリッター)』の使い手。残忍な性格。本名はクラウス。詳しくは『127.「魔力写刀」』『Side Alice.「卑劣の街のアリス」』にて


・『魔力写刀(スプリッター)』→『黒兎』の持つナイフの魔具。複製を創り出す能力を持つ。詳しくは『127.「魔力写刀」』にて


・『擾乱飛翔関係(クラッター・リレーション)』→複製後のナイフに推進力を付与する技。ナイフを大量にばらまいてから使う。方向の指定は不可。初出は『129.「ブラックラビットかく騙りき」』


・『ルカお姉ちゃん』→『白兎(しろうさぎ)』の本名。

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