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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~③落日~」
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Side HAL.「XXXX年最果ての旅」

※ハル視点の三人称です。

「行くぞ!」


 即席の作戦会議が終わってクロエたちを見送ると、ミイナはレジスタンスと盗賊団の連合を含めた全員に向けて叫んだ。


「ワタシたちが前線に立つんでスヨ? 分かってまスカ?」


 ミイナを見ていると、ハルは落ち着かない気分になった。彼女は昔から人の話を聞かずに突っ走って失敗するタイプだったから。今でもそれは変わっていない。


「言われなくても分かってる。あのふりふり(・・・・)をぶっ潰すのはアタシらの仕事だ」




 ミイナたちアカツキ盗賊団がダフニーを訪れたとき、ハルは酷く困惑した。決して表情には出さなかったが、アカツキ盗賊団の(おきて)――去る者追わず――を堂々と破って連れ戻しに来たのかと思ったのだ。それが勘違いだと理解出来るまで数日かかってしまった。


 ミイナたちは仕事(・・)の名目でダフニーを訪れたらしい。(おび)えるネロを落ち着かせるのに、ハルは随分と苦労した。ミイナは子供相手にもズバズバと容赦(ようしゃ)なく喋るから困る。ジンが上手くとりなしてくれなければ二人で大喧嘩をしていたことだろう。


 ミイナのつっけんどんな態度が単なる天邪鬼(あまのじゃく)であることは気付いていたが、不器用な和解(わかい)(いた)るまではさらに数日必要だった。


 ハルはもう盗賊団と関わるつもりはなかった。けれど、友人としてなら付き合ってやってもいい。そんなところである。


 和解を()たしてアジトへと帰っていったミイナだったが、翌日に血相を変えてダフニーに戻ってきたときにはさすがのハルも(あき)れた。だが、話を聞いてみると至極(しごく)真っ当な理由だったのである。


 クロエがハルキゲニアで大変な目に()っている。もしかしたら命を落とすかもしれない。そう聞いて、ハルはいても立ってもいられなくなった。半信半疑なところはあったが、切って捨てる気にはなれない。クロエがいなければ本当の意味でネロと向き合う日は来なかったかもしれないのだ。ハルにとってクロエは友人であり、そして、恩人だった。


 ネロはクロエの名を聞くと、臆病さなど少しも出さず「助けに行こう」とはっきり口にした。危険かもしれない、と何度説明しても彼の答えに変化はない。ハルにとって、自分自身の動力源がネロであることには違いなかった。だからこそネロの意志が重要だったのだが、彼を危険地帯に引っ張り出すのは気が進まない。結局ハルの迷いを断ち切ったのはミイナだった。彼女はネロの勇気を(たた)え、「ネロが勇気出して言ってんだ。恥かかせんなよ」となぜか怒られてしまった。ミイナに対する呆れはあったものの、彼女の言葉が旅路への決め手となったのである。


 ハルキゲニアとクロエの危機を(しら)せたのは、誰かも分からない人間の交信魔術だったという。それを信用するのは馬鹿げていたが、ヨハンからの伝言として代理で交信したとのことだった。


 ヨハンという名を聞いて、ハルの胸に不吉な思いが走った。ネロを人質に取って、卑劣(ひれつ)にもクロエを連れ去っていった悪党。どういう経緯なのか知らないが、クロエはヨハンと組んでハルキゲニアの役人たちと戦っているらしい。過程が分からない以上は信用に(あたい)しなかったが、ミイナが語ったヨハン像は功利的(こうりてき)策謀(さくぼう)()けており、いたずらに人を(だま)すような真似(まね)はしないとのことである。だからといって信じることは出来なかったが、ネロの希望もある手前、仕方がなかった。


 ダフニーの守護はアカツキ盗賊団の団員に(まか)せれば問題ない、ともミイナは言った。


 かくして、ハルキゲニアを目的地とした数日間の旅が始まったのである。


 馬を()っての旅に、ネロは随分とはしゃいでいた。――といっても一般的な男の子よりは(ひか)えめな調子だったが、それでも普段の彼よりは良く笑い、良く喋った。


 そこではじめてハルは意識したのである。ネロは今までダフニーから一歩たりとも出たことがなかったのだ。死霊術師(ネクロマンサー)の一家に生まれ、両親が亡くなってからも魔術師として町を守り続けたのである。実際に魔物を討伐していたのはハルだったが、力を(そそ)いでくれていたのはネロだ。彼の力なくして今のダフニーはない。だからこそ彼は町に縛りつけられ、ダフニー以外の景色を知ることなく生涯(しょうがい)を終えることだってあり得たのだ。


『関所』の絶壁を見上げ、草原の(あお)と草の(にお)いに心躍(こころおど)らせ、海峡(かいきょう)の風を胸いっぱいに吸い込む。カメリア、ランタナ、ハイペリカムといった、それぞれに特色もあれば景色も違う村や町を知れたことは、きっとネロにとって財産となるだろう。


 そして、とハルは思う。そして――それはわたしも同じだ、と。盗賊として各地を回ったことはあったが、海峡の先まで行ったことなんてなかった。それに、盗賊としてではなくネロのメイドとして味わう旅の時間は()()なしに特別だ。大変な状況にいるクロエには悪かったけど、旅の一瞬一瞬が永久に引き伸ばされたらどんなに嬉しいだろうと、そんなふうに感じてしまった。


 ハイペリカムを訪れた(さい)、アカツキ盗賊団の敵対組織であるタソガレ盗賊団と鉢合(はちあ)わせた。一触即発の雰囲気だったが、目的が同じだと知ると一時的な協定を結ぶに(いた)ったのである。


 タソガレの現在のボス――ウォルターは非常に打算的な男だった。彼らはもうアカツキ盗賊団と領地を争うようなつもりはなく、魔物警護によって利益を上げていくべきだと強く主張したのだ。その上で『関所』の先にあるアカツキ盗賊団の縄張りで魔物警護のビジネスをさせてくれ、と。ミイナは感情的に突っぱねたが、それでウォルターが気分を害することはなかった。あっさりと引き下がったのである。さっぱりしているが、どこか裏があるように思えてしまうのは相手が盗賊団だからだろう。結局のところ、アカツキ盗賊団とタソガレ盗賊団は相互(そうご)不干渉(ふかんしょう)のままそれぞれの縄張りで上手くやっていく、といった今までの関係を再確認するに(とど)まったのみである。


 ハルにとって、二つの盗賊団がどうなろうと知ったことではなかった。ダフニーに影響がなければそれでいい。あとはオマケとして、ミイナやジン、そして『親爺(おやじ)』が無事ならそれで良かった。盗賊ではなくなったとはいえ、『親爺』への恩義が消えたわけではない。孤児だった自分を育ててくれたことには違いないのだ。どういうやり方であれ。


 かくしてヨハンが指定した日の指定した時間にハルキゲニアの正門を襲撃し、クロエと再会したのである。




「クロエはきっと大丈夫だ」


白兎(しろうさぎ)』の待つ『中央街道』へ向けて駆けながらミイナが言った。


「そうでスネ」と答えたものの、ハルは不安を覚えた。本当に大丈夫ならいいが……。


 再会したときのクロエはどこか様子が違っていた。ハルキゲニアまでの旅で変化したというよりも、焦りや不安で心が押し潰されそうな、そんな様子があったのだ。詳しい事情は知らなかったが、ハルキゲニアで精神を()り減らすような目に()っていることは確かである。


 その苦しみは肩代わり出来ないだろう、とハルは思う。けれど、厄介な敵をクロエに代わって相手にすることくらいなら出来る。彼女の負担が減るのなら、どんな強敵にだって向かう覚悟だ。そのくらいの恩義は受けている。


 やがて道の左側に、石造りの柵越しに崖となった場所に到達した。右手には針葉樹の森が広がっている。


 ハルとミイナは足を止めた。


 前方には一度退却した騎士。その後方で宙に立っているのは先ほどの魔術師――『白兎(しろうさぎ)』である。彼女の(はる)か後ろには荘厳(そうごん)な城が見えた。


 夕景に佇む城は、今まで見たこともないくらい優雅な(たたず)まいだった。


 ここまでの道だって同じ、とハルは内心で呟く。旅の途中で目にしてきたどんな町よりも(さか)え、美しく、目を奪わない物はない。綺麗な石畳も、道の左右に設置された(あか)りも、家屋の曲線的な装飾も。


 ハルは心に決めた。この場所に平和が訪れたなら、ダフニーへ帰る前にネロとたくさん見て回ろう。


 そのためにも越えなければならない障害がある。


 ハルは『白兎(しろうさぎ)』をじっと見据(みす)えた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ネロ』→クロエの出会った死霊術師(ネクロマンサー)。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照


・『ハル』→ネロの死霊術によって蘇った少女。メイド人形を演じている。元々はアカツキ盗賊団に所属。生前の名前はアイシャ。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照


・『ダフニー』→クロエが転移させられた町。ネロとハルの住居がある。詳しくは『11.「夕暮れの骸骨」』にて


・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『ジン』→アカツキ盗賊団の副団長。主にミイナの暴走を止める役目を負っている。詳しくは『20.「警戒、そして盗賊達の胃袋へ」』にて


・『アカツキ盗賊団』→孤児ばかりを集めた盗賊団。タソガレ盗賊団とは縄張りをめぐって敵対関係にある。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『関所』→アカツキ盗賊団の重要拠点。対立組織に奪われたがクロエたちの働きで取り戻した。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『親爺(おやじ)』→アカツキ盗賊団の元頭領(とうりょう)。彼が製造した武器がクロエの所有するサーベル。詳しくは『40.「黄昏と暁の狭間で」』にて


・『カメリア』→最果ての町。かつて(さか)えていたものの現在は人口が減少し、町の半分程度が廃屋。食料品店と宿泊業で細々と(まかな)っている。詳しくは『44.「カメリアの廃屋にて」』参照


・『ランタナ』→農業の活発な町。詳しくは『59.「逃亡とランタナの農地」』にて


・『ハイペリカム』→ハルキゲニアの手前に位置する村。『第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」』の舞台


・『タソガレ盗賊団』→マルメロを中心に活動する盗賊団。詳しくは『第三話「(くびき)を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて


・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照


・『白兎(しろうさぎ)』→ハルキゲニアの騎士。魔術師。詳しくは『112.「ツイン・ラビット」』『164.「ふりふり」』にて

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