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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~③落日~」
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165.「交錯する思惑」

 周囲を見回すと、レジスタンスと盗賊の連合にしては数が少ないことに気が付いた。もしかすると(すで)に城へ到達しているメンバーもいるのだろうか。


白兎(しろうさぎ)』が口にした『中央街道』について思考を(めぐ)らす。ハルキゲニアの都市構造や各施設の名称については、ここ数日で随分と詳しくなっていた。確か、城へ向かう道は二本あったはずだ。ひとつは『中央街道』。もうひとつは、『中央街道』を半円状に迂回(うかい)する横道を通り、城付近の急坂を登るルートである。女王の城は周囲が切り立った崖になっており、横道か『中央街道』を通らざるをえない構造になっているのだ。


白兎(しろうさぎ)』が『中央街道』の守護を命じられたということは、連合はそこまで到達しているのかもしれない。


「ハル……ハル。……大丈夫?」


 ネロの心配そうな声に「大したことないデス、マスター」とハルは答えた。


「全部(はじ)いたはずなんだけどよ」とミイナが漏らした。わたしも同じく、全弾見えていた。すると、またしても謎の攻撃を受けたことになる。


「わけ分からんスね」とジンは頭を()いた。


 ともかく今は、騎士との乱戦状態をなんとかしなければ。「対策はあとで考えましょう。まだ敵が残ってる」


 わたしたちは散り散りになって騎士との戦闘を続けた。敵味方()わず、地に倒れた人間は多い。血が流れる前提とはいえ、良しとしたくはない光景だ。


 目に見えて連合が優勢になった(ころ)、騎士たちは城の方角へと退却していった。


 歓声を上げる者は誰もいない。それもそうだ。被害は大きく、そして、戦いはまだ終わっていない。


 取り急ぎ、『帽子屋』突破の頼みの(つな)であるウォルターを見つける必要があった。周囲にいた粗野(そや)な服装の男の肩を叩く。「お疲れ様。あなたはタソガレ盗賊団のメンバー?」


「ああ、そうだけど……」


「ウォルターがどこにいるか分かる?」


 男は辺りを見回して「あの辺かな」と後方を指さした。


「ありがとう」と残してそちらに向かうと、フォーマルなスーツ姿がちらほら見えた。その中のひとりに赤シャツ姿がいる。ウォルターだ。


「ウォルター!」


 彼はこちらを向くと、ただでさえ細い目をさらに細めた。「おお! 姉さん、元気そうだな」


「ええ、お(かげ)様で。ウォルター、今は再会を楽しんでる暇はないの。あなたに知らせなきゃならないことがあって」


 そしてジャックの存在を告げると彼は顔を引き()めた。「そりゃあ、本当なんだろうな」


「ええ。多分……」


 そう言い切れる確証なんてなかった。特徴的なオッドアイと、肖像画で見た顔立ちが一致していただけである。ウォルターは空を見上げて、短く息を吐いた。そしてひと言「会えば分かる」と呟く。


「ジャックはきっと女王の城にいるわ。『帽子屋』として女王の私兵をしてるの」


物騒(ぶっそう)なことに足を突っ込んでるんだな」


「ええ。このままじゃジャックだって(ろく)な目に()わないわ。だから、ひとつ頼みがあるの。……ジャックをタソガレ盗賊団に戻るよう説得して頂戴(ちょうだい)。でなければ、ハルキゲニアから手を引くように話してくれないかしら?」


 ウォルターは頷き「言われなくてもそうするさ」と返した。


 これで『帽子屋』がなんとかなってくれれば一番だ。喫緊(きっきん)の問題は『白兎(しろうさぎ)』を含め、他の厄介な騎士たちである。


 ウォルターを連れてミイナの元に向かうと、そこには既にハルとネロ、そしてジンが集まっていた。


 ミイナはウォルターを見るや(いな)や、ぷい、と顔を()らした。全く、分かりやすい奴。


「クロエ。これから城へ向かうんだろ? 門を壊すだけで終わりじゃねえよな」とミイナは言う。


「ええ。そのためにも『白兎(しろうさぎ)』をなんとかしなくちゃならない」


 考えを巡らす。彼女への対抗手段――というよりも未知の攻撃への対応策がなければ突破は難しい。いっそのこと無視して城へ……とも思ったが、みすみす取り逃がすほど甘い相手ではないだろう。それに、彼女を放置したら連合が全滅しかねない。


「とりあえずネロは安全な場所に――」


 言いかけたハルに、ネロは首を振って全否定した。唇をきゅっと噛み、拳を握っている。


勇敢(ゆうかん)なガキだよ、全く」と漏らすミイナを、ジンがたしなめた。


 ふ、っと数日前のことが脳裏(のうり)(よみがえ)る。『白兎(しろうさぎ)』と最初に遭遇したときのことだ。あのときわたしは吶喊(とっかん)湿原まで後退せざるを得なかったのだが、そこで盗賊のひとりが妙なことを言わなかっただろうか。接近する魔球をどうして避けなかったのだと。


 ある可能性を(ひらめ)き、身体が震えた。


 作戦を伝えると、全員が半信半疑の表情を浮かべ――ハルは相変わらずの無表情だったが胸中(きょうちゅう)には疑念があるだろう――ながら同意してくれた。これで謎の攻撃は突破出来るかもしれない。


 不意にミイナの顔が険しくなり、わたしの背後を睨んだ。


 振り向くと、ケロくんとアリスがこちらへ歩いてきたところである。折角(せっかく)まとまりかけていたのに、ひと悶着(もんちゃく)あるかもしれない。


「狂弾のアリス……!」


 アリスがこちらまでやって来ると、噛み殺さんばかりの低い(うな)りをミイナは漏らした。


「なんだい、あいつは」


 わたしを向いてそう(たず)ねるアリスの口を、手で(ふさ)いでやりたい。余計なことを言って炎上させないでよ、お願いだから。


「彼女はわたしたちの協力者よ。アカツキ盗賊団の団長で、『関所』にもいたわ」


 そう答えると、アリスは挑発的に笑った。「ああ、あのときの。そうだねぇ、確か金棒の女がいたもんねぇ」


 執行獣 (アメミット)を担いで一歩踏み出したミイナを、ジンが止める。「団長、今は(おさ)えてください」


 それを見て愉快そうな笑いを(こぼ)すアリスを引っぱたいてやりたかった。


「うふふ。そうよお。喧嘩は全部終わってから。ねえ、クロエお嬢ちゃん」


「いい加減にして。挑発したり、挑発に乗ったりしないで頂戴」


「分かったわ」とアリスはあっさりと退()いた。そして肩を(すく)めて見せる。からかっていただけだろう。悪趣味な女だ。


 ミイナも長く息を()いて何度か短く頷く。


 おそれていた再会だったが、軟着陸することが出来たようだ。これで話を先に進められる。


「カエル……」とネロが呟いてハルの後ろに隠れた。彼女のスカートをぎゅっと掴んでケロくんを眺めている。それもそうだろう。初対面でケロくんを理解出来る人はそう多くない。


「彼は――ケロくんよ。わたしたちの愉快な仲間」


 そう紹介すると彼は抗議の声を上げた。「ケラケルケイン・ケロケイン、ケロ。愉快な仲間になった覚えもないケロ」


 ケロケロと怒る彼がなんだか(いと)おしい。駄目だ駄目だ。(なご)んでどうする。ケロくんに関することとなると、ついつい気が(ゆる)んでしまう。


「そういうわけだから、見た目は気にしないで接してあげて」


 ネロは相変わらずハルの後ろに隠れている。カエルが苦手なのかもしれない。


「姉さんよお、俺はかなり(・・・)気が()いてるんだ。話を先に進めよう」


 ウォルターが冷静な口調でぴしゃりと言った。彼の言う通りである。


 新たに加わったケロくんとアリスにも作戦の概要(がいよう)を伝える。すると、アリスは即座に反論した。「あたしとケインとガキを含めて八人か。そんなに必要な作戦じゃないね」


 先ほどまでミイナを挑発していたときの口調とは打って変わって真剣な調子である。確かに彼女の言う通り、全員で『白兎(しろうさぎ)』を相手にする必要はない。けれど……。


「なるべく勝率を――」


 言いかけたわたしを、アリスはすぐさま遮った。「お嬢ちゃん……あんた今すぐにでも城に行かなきゃならないんじゃないのかい? 子供を助けたいんだろう?」


 ぐっ、と奥歯を噛み締める。アリスの言う通りだ。わたしはノックスとシェリー、そして魔力維持装置に繋がれた子供たちを救い出したい。


「ここにいるメンバーを信用してないのかい?」


 アリスの言葉が突き刺さる。どうしてわたしは、絶対に自分が戦わなければならないと意識していたのだろう。作戦自体はわたしがいなくても成立するし、戦力としても申し分ない。


 なのに自分がいなければならないと考えるのは、(おご)りだろうか。


「アタシらに任せなよ。クロエは城へ行きな」とミイナは静かに言う。


 さわさわと風が吹いた。空はいつの間にか茜色(あかねいろ)に染まっている。うろこ雲が、()れ色を(たた)えて浮いていた。


 覚悟を決めなければ。ここにいるメンバーを、本当の意味で信用するんだ。


「わたしの代わりに『白兎(しろうさぎ)』を倒して」


 やっとの思いで口にすると、胸のつかえがとれたような感覚を得た。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『白兎(しろうさぎ)』→ハルキゲニアの騎士。魔術師。詳しくは『112.「ツイン・ラビット」』『164.「ふりふり」』にて


・『ネロ』→クロエの出会った死霊術師(ネクロマンサー)。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照


・『ハル』→ネロの死霊術によって蘇った少女。メイド人形を演じている。元々はアカツキ盗賊団に所属。生前の名前はアイシャ。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照


・『アカツキ盗賊団』→孤児ばかりを集めた盗賊団。タソガレ盗賊団とは縄張りをめぐって敵対関係にある。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『執行獣 (アメミット)』→アカツキ盗賊団団長のミイナが所持する武器。詳しくは『22.「執行獣」』にて


・『ジン』→アカツキ盗賊団の副団長。主にミイナの暴走を止める役目を負っている。詳しくは『20.「警戒、そして盗賊達の胃袋へ」』にて


・『タソガレ盗賊団』→マルメロを中心に活動する盗賊団。詳しくは『第三話「(くびき)を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて


・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照


・『帽子屋』→ハルキゲニアの騎士団長。魔力察知能力に()けている。シルクハットの魔具『奇術帽(コピーハット)』で戦う。『タソガレ盗賊団』元リーダーのジャックに酷似(こくじ)している。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』『152.「今日もクロエさんは器用~肖像の追憶~」』『48.「ウォルター≒ジャック」』にて


・『厄介な騎士たち』→『帽子屋』、『グレイベル』、『白兎(しろうさぎ)』、『黒兎(くろうさぎ)』の四人。初出は『111.「要注意人物」』


・『吶喊(とっかん)湿原』→ハルキゲニアの西に広がる湿原。詳しくは『100.「吶喊湿原の魔物」』にて


・『ケロくん』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照


・『狂弾のアリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『関所』→アカツキ盗賊団の重要拠点。対立組織に奪われたがクロエたちの働きで取り戻した。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『ノックス』→クロエとともに旅をした少年。本来は『アカデミー』に引き取られたはずだったが、現在はビクターに捕らえられている。


・『シェリー』→ハイペリカムで保護された少女。クロエによって『アカデミー』に引き渡された。ノックスと同様に、現在行方不明。詳しくは『94.「灰色の片翼」』、『98.「グッド・バイ」』にて


・『魔力維持装置』→ハルキゲニアを囲う防御壁に魔力を注ぐための装置。女王の城の設置されており、子供の魔力を原動力としている。詳しくは『151.「復讐に燃える」』にて

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