163.「再会の戦場」
・『第一話「人形使いと死霊術師」』
・『第二話「アカツキ盗賊団」』
・『第三話「軛を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』
上記の内容を多く含みます。
ミイナは得意顔で執行獣 を担いだ。「元気してたか?」
「今のところは生きてるわ」心はぼろぼろだけど。「ところで、どうしてミイナがここにいるのかしら?」
ハルキゲニアに攻め入るのはタソガレ盗賊団のはずだ。ミイナたちアカツキ盗賊団は彼らを敵視して然るべき立場なのに。
「ヨハンとの契約だ」
「契約?」
いつの間にそんなものを結んでいたのだろう。
「ああ。『トラブルがあったら一度だけアカツキ盗賊団の力を貸す』って契約だよ。オマエをアジトまで連れてきた報酬さ」
得心がいった。ヨハンはわたしと出会う以前からミイナと契約を結んでいたのだ。
『親爺』の製造した盾の魔具を回収するか、ハルをアジトに連れて来る。それは頓挫したが、代わりにわたしがアジトまで引っ張られてミイナの協力をすることとなったのだ。その報酬が一度きりの助力なのだろう。
「なるほど。割に合わない契約をしたわね」
悪意渦巻く魔術都市の襲撃をする羽目になるとは、ミイナも思っていなかっただろう。
しかし彼女は軽やかに笑った。「全くだ。ヨハンを見つけたら締め上げてやる」
なぜミイナが呆気なく言ってのけたのかが分からなかった。特別な理由でもあるのだろうか。疑問に思った直後、ミイナは答えを寄越した。
「クロエがピンチだって言うから来てやったのに、ピンピンしてやがる」
ヨハンめ……。内心で毒づきながらもちょっぴり感謝した。ミイナがいれば百人力だ。しかし、例の四人の騎士に匹敵するとはさすがに思えない。
刹那、目の前を矢が過ぎ去っていった。思わず矢の向かった先を目で追うと、命中した騎士が苦しげに呻いて倒れるところだった。そして、胸に深々と刺さったはずの矢は霧散するように消えていく。
「なに呑気に話してるんスか。ここは戦場ッスよ」
声のしたほうを向くと、懐かしい姿があった。赤土色の髪を後頭部で束ねた、背の高い男。その顔は相変わらず猛禽類を思わせる。
「久しぶりね、ジン」
「元気そうッスね、クロエ。見違えたよ」ジンは顎に手を当ててこちらを眺める。「いいセンスしてるッスね」
マルメロで買った服のことだろう。あのときは粗野な格好だったから、落差は随分とある。
「どうもありがとう」
ジンの手にした弓に目が吸い寄せられた。ゴツゴツとした黒い弓である。フォルムも勿論だが、別の点でも目が離せなかった。
今まで彼の所持していた魔具は矢と矢筒のみだったはず。しかしジンが手にしている弓は不安定ながらも魔力を帯びていた。
「素敵な弓ね。親爺さんが造ったのかしら?」
彼は誇らしげに笑みを浮かべる。「これッスね。クロエの言う通り、親爺が造った魔具ッスよ。一キロ先の獲物だって仕留められるくらい強力なんス」
すると、単なる強化魔力のみが込められているのだろう。シンプルな仕様であればあるほど魔具の出力は安定しやすい。
「オマエばっかり良いモンもらいやがって」とミイナは不満を露わにした。「アタシにはオマエのより強い魔具があるからいいけどよぉ」
相変わらずミイナは執行獣 を魔具と言い張っているようである。微笑ましい。ジンばかりが本物の魔具を与えられるのは、きっと親爺の考えだろう。ミイナに執行獣 以上の魔具を持たせたら大変なことになる。魔力を持たないただの金棒をとんでもない怪力で振り回すのだから。
「しっかし」とミイナはため息をついた。そして近寄ってきた騎士を金棒で吹き飛ばし、言葉を続ける。「タソガレの連中と手を組む日が来るなんてな」
「同感ッス。ボスが代わってやり口も変わったみたいッスけど、どこまで信用出来るやら……」
一応彼らとは共闘関係を結んでいる様子である。それが一時的なものなのかどうかは不明だが。
「そういえば二人とも、タソガレ盗賊団のボスに会ったかしら?」
迫り来る騎士を切り払って訊ねる。ジンは矢を放ち、ミイナは執行獣 を振り、
ほとんど同時に答えた。「会ったぞ」「会ったッス」
これで一旦は安心である。ウォルターがこの場にいるのなら、彼を連れて女王の城へ攻め入ればいい。
「こう言うのは変かもしれないけど、タソガレ盗賊団のボス――ウォルターはどうだった? 悪い奴じゃないんだけれど……」
遠慮がちに訊くと、ミイナは答えず、ジンは苦笑した。
「そうッスね。クロエが言うなら悪い人間じゃないんだろうけど、信用しきれねえッス。今は目的が一致してるから手を組んでるけど、一応対立組織ッスから……」
ジンの言い分はよく理解出来た。『関所』の襲撃は簡単に許せるようなものではない。それがウォルターとは別の派閥が仕掛けたことであっても、アカツキ盗賊団にとっては同じことなのだ。タソガレ盗賊団によって『関所』と仲間の命を奪われた。奪還することは出来たが、溝は深まっただけである。
「変なことを聞いてごめんなさいね」
「いいッスよ。クロエのことは連中の間でも話題になってましたから、まあ、半分は信用してるッス」
ミイナは「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。彼女の頑固さはわたし以上だ、きっと。
と、ジンとミイナの視線がわたしの後ろへと注がれた。振り向こうとした瞬間、少年の声が聴こえた。
「クロエ……!」
その姿を目にした瞬間、名状し難い感動の波が押し寄せた。臆病だった盲目の少年『ネロ』。そして彼の隣には――。
「お久しぶりデス。クロエ」
いくらか表情の柔らかくなったメイド人形――もとい、ネロの死霊術で蘇った少女『ハル』がそこにいた。彼女は相変わらずのメイド服で、ネロも最初に会ったときと似たねずみ色の服を着ている。
「ネロ! ハル!」
顔が緩むのを感じた。二人がここにいるということがちょっと信じられない。
「お洒落な服だね」とネロが言うと、ハルは「メイド服のほうが似合ってまシタ」と付け加える。
「二人とも相変わらず元気そうね。安心したわ。……ところで、どうしてここに?」
「ミイナに無理やり連れて来られたんデス。クロエがピンチだと聞いたのでスガ、元気そうでスネ」
胸がじんわりと温かくなった。ミイナとジンは『関所』での一件のあと、しっかりダフニーの警護に向かったのだろう。そこでハルと和解し、わたしの危機を知って駆けつけてくれた。
「マスター。クロエが泣きそうデス」とハルは無表情で言う。相変わらず人をからかうのが得意なメイドだ。まあ、実際うるうるきているのは間違いないけど。
「泣かないで……」と心配そうに話しかけるネロに、ニッコリと笑って見せた。そして慌ててハルのほうに笑いかける。忘れていたけど、ネロは目が見えないのでハルの視界を借りているのだ。
「ほら、泣いてないでしょ?」
「うん」とネロはほっとしたような声を出した。
再会にひと区切りついたところで、少し不安になった。ここは危険な戦場である。騎士団も含め、邪悪な存在の伏魔殿だ。そんな場所にネロがいること自体が心配である。
「ハル。見ての通りなんだけど、今ハルキゲニアはかなり危険な状況なの。あなたは大丈夫だろうけど、ネロは――」
言いかけたわたしを遮って彼女は答えた。「ここまで来たのはマスターの意志デス。力になりたいとマスター自身が言ったのデス」
「ハルの言う通りだよ。……僕はクロエの力になりたいし、ハルの力にもなりたい」
臆病だった少年は、ここまで堂々と宣言している。立派なものだ。
それに、ネロは戦地にいるからといってお荷物ではない。ハルの傍にいることによって、彼女の力を最大限まで高めることが出来る。もしかすると、ハルなら四人の騎士にも対抗出来るかもしれない。
辺りを見回したが、ヨハンの姿はなかった。もし彼が今日このときの展開を既に予測して動いていたのだとすると、とんでもない策士だ。ハルキゲニアへの対抗勢力確保のためわたしをここまで引き込んで、ミイナとジンは契約通り呼び込み、わたしとミイナを餌にしてハルとネロまで結びつけた。タソガレ盗賊団の助力に関してはさすがに計算外だろうが、この場にいる五人は全てヨハンと繋がっている。もしわたしの想像が本当だとすれば、つくづくとんでもない男だ。
不意に嫌な感覚が背を走った。女王の城の方角へ目を向ける。
なにかいる。遥か遠くに人が浮いて――。
瞬間、こちらへ向けて放たれた五発分の魔球が見えた。
「気を付けて!」
叫んだ直後、魔球が街路の敷石を砕いた。合計五発の魔球のうち二発がわたしたちに、残り三発はレジスタンスたちが騎士と戦っているところに着弾した。こちらに放たれた二発のうち一発はサーベルで弾き、もう一発はミイナが執行獣 で弾き飛ばした。
ゆっくりと、そして確実にこちらへと歩んでくる白い姿。ふわふわした純白のドレスを身に着け、冷めた表情をした少女。双子の片割れであり、ハルキゲニア騎士団における四人の要注意人物。その一角。
「『白兎』……!」
彼女はこちらを一瞥すると、感慨なく言い放った。「生きてたんだ」
天の階段を踏んでこちらを見下ろす『白兎』。彼女を睨み、サーベルを握る手に力を込めた。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『アカツキ盗賊団』→孤児ばかりを集めた盗賊団。タソガレ盗賊団とは縄張りをめぐって敵対関係にある。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『執行獣 』→アカツキ盗賊団団長のミイナが所持する武器。詳しくは『22.「執行獣」』にて
・『ジン』→アカツキ盗賊団の副団長。主にミイナの暴走を止める役目を負っている。詳しくは『20.「警戒、そして盗賊達の胃袋へ」』にて
・『矢と矢筒の魔具』→ジンの所有する魔具。転移魔術を施してある。詳しくは『30.「メリー・バッド・タクティクス」』にて
・『マルメロで買った服』→商業の盛んな街マルメロで購入した服。詳しくは『57.「フルーツパフェ~カエル男を添えて~」』にて
・『親爺』→アカツキ盗賊団の元頭領。彼が製造した武器がクロエの所有するサーベル。詳しくは『40.「黄昏と暁の狭間で」』にて
・『関所』→アカツキ盗賊団の重要拠点。対立組織に奪われたがクロエたちの働きで取り戻した。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『タソガレ盗賊団』→マルメロを中心に活動する盗賊団。詳しくは『第三話「軛を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて
・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照
・『盾の魔具』→『親爺』がダフニーの死霊術師に贈った魔具。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『ネロ』→クロエの出会った死霊術師。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照
・『ハル』→ネロの死霊術によって蘇った少女。メイド人形を演じている。元々はアカツキ盗賊団に所属。生前の名前はアイシャ。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照
・『ダフニー』→クロエが転移させられた町。詳しくは『11.「夕暮れの骸骨」』にて
・『最果て』→グレキランス(王都)の南方に広がる巨大な岩山の先に広がる地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて
・『視界を借りている』→ここでは、盲目の少年ネロのためにハルが視覚共有の魔術を使用していることを指す。詳しくは『9.「視覚共有」』にて
・『四人の騎士』→ハルキゲニアの厄介な騎士を指した言葉。『帽子屋』、『グレイベル』、『白兎』、『黒兎』の四人。初出は『111.「要注意人物」』
・『白兎』→ハルキゲニアの騎士。魔術師。詳しくは『112.「ツイン・ラビット」』にて
・『魔球』→魔力球、魔力弾、魔力塊とも呼ぶ。初歩的な攻撃魔術。
・『天の階段』→空中に透明な足場を作る魔術。初出は『112.「ツイン・ラビット」』




