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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~③落日~」
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162.「終わりと始まり」

 二発分の発砲音がして目を開くと、オルガとイリーナの額にそれぞれ大きな風穴が()いていた。二人の倒れる音が、やけに大きく響く。


 オルガは満足そうに微笑んでいた。イリーナも、ぎこちなく笑って……。


「あたしなら、いくらでも悪者になってやるさ。慣れっこだからね」


 鋭くこちらを一瞥(いちべつ)し、アリスは(きびす)を返した。もう『ラボ』にいる理由はないのだ。アリスの背を追うケロくんの靴音が遠ざかる。


 ビクターが去っていった方向――本来は通路が伸びていた箇所(かしょ)に視線を(そそ)ぐ。大小の岩が道を(ふさ)いでおり、到底先へ進むことは叶わない。もし通路を強行突破してビクターを追うにしても、岩石をどかす間に絶望的な距離が開くだろう。それに、通路がどの程度まで崩壊しているのか見当もつなかい。


 奥歯を噛み、感情を(おさ)える。闇雲に突っ走っても駄目だ。ビクターの非道な戦略に(から)み取られて身動きすら出来なくなる。


 オルガとイリーナ。二人の亡骸(なきがら)を見下ろして、強く拳を握った。


 今は当初の予定通りに行動するしかない。ビクターの言葉通りだと、女王の城には多くの戦力が()かれているはずだ。騎士団を――特に『帽子屋』を安全に突破するためにはタソガレ盗賊団の現頭領(とうりょう)であるウォルターの力を借りなければならない。


 先に『ラボ』の入り口へと向かった二人に追いつくと、ケロくんは相変わらずのカエル顔をこちらに向けた。アリスはというと、一瞥(いちべつ)したのみである。


「あんまりアリスに負担をかけないでほしいケロ」とケロくんは(とが)めるように言った。先ほどの顛末(てんまつ)()していることは明白である。


 そうだ。ケロくんはアリスをずっと心配しているのだ。魔物と盗賊に追われる日々を送っていた彼を救ったのはアリスなのだから。助ける意志があったかどうかは問題ではなく、ケロくんはアリスがもたらした結果に対して並々ならぬ感謝を胸に(いだ)いているのだろう。


「余計なことを言うんじゃないよ、ケイン」とアリスは冷たく返した。彼女は彼女で、心配や気遣(きづか)いが大嫌いときている。ちぐはぐな二人だ。


「余計なことじゃないケロ。アリスは優し過ぎるケロ」


 抗議するケロくんに、アリスは(あき)れたような口調で返した。「ならあんたがやれば良かったじゃないか。勝手なことばかり言うんじゃないよ」


 頬を打つような言葉である。ケロくんは「ケロォ」とひと鳴きすると肩を落とした。


「ケロくんにそれを言うのは(こく)よ。だって彼は戦闘能力なんてないんだもの。……わたしが――」


 わたしが甘えを()ち切って(やいば)を振り下ろすべきだった。そう言おうとしたのだが、言葉は喉の奥で詰まり、そのまま引っ込んでしまった。


 アリスはため息を漏らして「終わったことをグダグダ考えるんじゃないよ。まだ眼鏡の悪党が残ってるんだから」と言う。


「そうね……」


 確かに、彼女の言う通りだ。後ろを振り返るのは全て終わってからでいい。今はまだ悲劇の渦中(かちゅう)にあるのだ。くよくよ悩んでいる暇なんてない。


 やがて長い一本道が終わり、のぼり階段にさしかかった。アリスが捨て置いた永久魔力灯はそのままになっている。


 アリスは足を止めず、顔も向けずに呟いた。「革命が成功したら壊さなきゃならないねえ、ここも」


「ええ……本当に」


 回廊の到るところに魔物の気配が充満している。まず間違いなく血液採取のために捕らわれた魔物か、あるいは血液そのものだろう。今は施設を崩壊させる手段も、その時間もない。ノックスや他の子供たちの救出も、ビクターの打倒も出来なかった以上、レジスタンスとの合流を優先すべきだった。施設の破壊は彼らが勝利を収めたあと、徹底的にやればいい。


 階段をのぼり終えると、遠くで巨大な爆破音が響いた。それとほぼ同時に地面が揺れる。棚から書物が落ち、薬瓶が割れた。


 二人と顔を見合わせる。ついに始まったのだ。


 タソガレ盗賊団が正門を突破したにしては、随分と大仰(おおぎょう)な音である。自然と爆弾が頭に浮かんだ。けれど、爆発物を所持しているのはレジスタンスのはず。盗賊たちのために正門を爆破したのだろうか。


 そこまで考えて、『アカデミー』からアジトへと帰還する道中(どうちゅう)のことが閃光のごとく脳裏(のうり)(よみがえ)った。


――革命の(とき)は近いうちに訪れます。あなたがたにも分かるかたちで、ね。――


 ヨハンは女王への不信感を(あら)わにする富裕街区の住民に対し、そう告げた。なるほど、これが革命の合図というわけか。爆発音と、無残に吹き飛んだ正門。ハルキゲニアに攻め()る盗賊たちと、彼らに協力するレジスタンス。そして応戦する騎士や警備兵。確かに、誰にとっても分かりやすい光景だ。


 ヨハンにとって、女王に反旗(はんき)(ひるがえ)す者が犠牲になることは前提なのだろう。住民も、レジスタンスも、盗賊も、ひとしく血を流す。


 それを非情だとは思わなかった。ハルキゲニア政府を転覆(てんぷく)させる当事者たちは、大なり小なりトラスと似た決意を胸に秘めている。傷や犠牲はつきものだと思えるほど穿(うが)ってはいないが、彼らの覚悟(かくご)を否定するつもりはない。わたしだって、きっと似たようなものだから。


「始まったみたいだねえ」とアリスは(たの)しげな笑みを浮かべた。戦闘狂の血が騒ぐのだろうか。


 ケロくんは額に汗の玉を浮かべている。彼は相変わらず臆病ではあったが、アリスについていくだけの勇気はあるのだから立派だ。


「行きましょう」


 言うと、アリスとケロくんはそれぞれ頷いた。


 ハルキゲニア正門から女王の城へ攻め入る。そして名ばかりの騎士たちを無力化して女王を捕らえ、ビクターを滅ぼさねばならない。『ラボ』の地下通路――ビクターが去った先――が具体的にどこへ繋がっているのかは知らなかったが、確信めいた予想はあった。


 きっとビクターは城へ向かった。『アカデミー』と『ラボ』をそれぞれ失った彼が向かうのは城以外に考えられない。そこには手厚い守護と、魔力維持装置があるのだから。


『ラボ』から抜け出し、わたしたちは正門へと走った。


 駆けながら、背にはじわじわと悪寒(おかん)()い上がってくる。ビクターはわたしたちが『ラボ』に侵入することを予測していた。にもかかわらず、施設の外で迎え撃つことはしなかったのだ。『ラボ』にはビクターの研究資料や成果物があるだろうに。


 彼はわざと、オルガとイリーナに相手をさせたのだ。


 一体なんのために?


 ビクターが研究施設を捨てる気だったなら、導き出せる回答はそれほど多くない。たとえば――彼の研究は大詰めだったのではないか。少なくとも、ハルキゲニアで実施する分に関しては。


 もしかすると、王都侵攻の目途(めど)が立っているのかもしれない。


 ビクターの邪悪な実験成果が王都を襲う光景を想像すると寒気がした。縮小吸入瓶(プラナ・ボトル)と女王胞子(ほうし)魔霧装置(ゴースト・フォッグ)と魔物の血液。王都の騎士が簡単に落ちるとは思えなかったが、悲劇の(にお)いは濃厚だ。


 なんとしてでも、ここでビクターと女王を止めなければならない。そしてノックスとシェリーをはじめとする罪なき人々を救い出すのだ。




 遥か前方からざわめきが聴こえた。剣を打ち鳴らす鋭い音も混じっている。正門が近いということだろう。


 やがて、無残に破壊された門が見えた。間違いなく大量の爆発物によるものだ。スピードを上げて正門へと向かうと、武装した騎士たちと、盗賊とレジスタンスの連合勢力が戦闘を繰り広げていた。見る限りは連合が優勢の雰囲気だったが、この人数からウォルターを探し出すのは困難極まりない。なにせ、(やいば)を交わす戦士たちで埋め尽くされているのだから。


 なんにせよ、加勢しつつ探すべきだ。


 サーベルを抜き放ち、騎士たちに斬りかかった。殺しはしないけど、少し痛い思いをしてもらわないと。ハルキゲニアの負った傷はこんなものではない。


 気が付くとアリスとケロくんはどこかへ消えていた。というよりも、戦闘の波に(まぎ)れて分からなくなってしまった。戦いながら周囲に注意を払ったが、見たところウォルターの姿も、スーツ姿の武闘派盗賊も見えない。どこかで戦ってはいるのだろうけど……。


 乱闘のなかで、ひときわ巨大な破砕音(はさいおん)がした。そして、騎士らしき敵が次々と宙に飛ぶ。


 襲いかかる騎士たちの攻撃を(はじ)きつつ、そちらへと向かった。タソガレ盗賊団に、こんな豪快(ごうかい)な戦い方をするような人物なんていただろうか。少なくとも、わたしは知らない。


 騎士たちに囲まれ、その人物は果敢(かかん)に戦っていた。巨大な武器を振り回し、いかにも不機嫌そうな表情で。逆立った髪、腕に巻かれた赤いバンダナ、ショートパンツにへそ出しのシャツ。彼女が手にした武器は、よく知っている。凶悪な金棒――確か執行獣 (アメミット)という名だった。


 彼女もこちらに気がついたと見え、周囲を囲んだ騎士たちをひと()ぎして挑発的な笑みを見せた。「ちょっと見ない間に随分と洒落(しゃれ)た格好になったじゃねえか」


「あなたは変わらないわね。ミイナ」


 アカツキ盗賊団の団長ミイナがそこにいた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『ケロくん』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて


・『ラボ』→『アカデミー』同様、ビクターの研究施設。


・『アカデミー』→魔術師養成機関とされる場所。実際はビクターの実験施設。倒壊済み。詳しくは『54.「晩餐~夢にまで見た料理~」』『121.「もしも運命があるのなら」』『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて


・『帽子屋』→ハルキゲニアの騎士団長。魔力察知能力に()けている。シルクハットの魔具『奇術帽(コピーハット)』で戦う。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』にて


・『タソガレ盗賊団』→マルメロを中心に活動する盗賊団。詳しくは『第三話「(くびき)を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて


・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照


・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』参照


・『トラス』→レジスタンスのメンバー。髭面で筋肉質。豪快な性格。詳しくは『107.「トラスという男」』にて


・『縮小吸入瓶(プラナ・ボトル)』→付近にあるものを縮小させ、吸入してしまう小瓶。ビクターの発明した魔道具。詳しくは『147.「博士のテスト・サイト」』にて


・『爆弾胞子(ほうし)』→森に()える菌糸類(きんしるい)の一種。衝撃を与えると爆発する。詳しくは『147.「博士のテスト・サイト」』にて


・『女王胞子(ほうし)』→『爆弾胞子(ほうし)』の一種であり、それを起爆させるトリガーになる。詳しくは『147.「博士のテスト・サイト」』にて


・『魔霧装置(ゴースト・フォッグ)』→魔力を分解し空気中に噴射させる装置。この霧のなかでは、魔物も日中の活動が出来る。ビクターの発明した魔道具。詳しくは『146.「魔霧装置」』にて


・『ノックス』→クロエとともに旅をした少年。本来は『アカデミー』に引き取られたはずだったが、現在はビクターに捕らえられている。


・『シェリー』→ハイペリカムで保護された少女。クロエによって『アカデミー』に引き渡された。ノックスと同様に、現在行方不明。詳しくは『94.「灰色の片翼」』、『98.「グッド・バイ」』にて


・『スーツ姿の武闘派盗賊』→ウォルターの側近。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』にて


・『アカツキ盗賊団』→孤児ばかりを集めた盗賊団。タソガレ盗賊団とは縄張りをめぐって敵対関係にある。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『ミイナ』→アカツキ盗賊団の団長。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『執行獣 (アメミット)』→アカツキ盗賊団団長のミイナが所持する武器。詳しくは『22.「執行獣」』にて

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