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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第一話「人形使いと死霊術師」
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16.「深い夜の中心で」

 耳元で風切り音が鳴っている。確か、騎士時代も同じ音を聴いていたはずだ。それも頻繁(ひんぱん)に。たとえば、援護要請(ようせい)を受けたときや、街なかで突然魔物の気配を感じたとき。決まって夜の深い時間帯だった。今だってそれは変わらない。背中の温かさと、スコップ以外は。


 限界まで前傾(ぜんけい)して駆け続けた。


「――大丈夫?」


「平気」


 丘を越え、町の北部を目指す。気配はそちらの方角からしていた。スピードは(ゆる)めず駆ける。


 どんどん気配は強くなっていく。厄介な魔物がいるのかもしれない。


 街道を突っ切って町を迂回(うかい)するように北部へと進むと、なだらかな丘が見えた。


 丘の頂上。どうやらそこにいるらしい。濃い気配がひとつと、大量の小さな気配。群れと、それを(たば)ねている魔物がいる。焦りで歩調が乱れそうになるのを必死で(おさ)えた。


 群れの中心でタクトを振るような魔物は、まず間違いなく呪術を使ってくる。今までもそういった手合いは倒してきた。しかし、今は状況が悪すぎる。元騎士とはいえ、わたしは単なるスコップしか持っていないし、ネロを守りつつ戦わねばならない。ハルは近接戦闘のみで、呪術に対抗出来る知識もないだろう。あまり気乗りしない考えだが、あとは、あの憎らしい男がどこまで出来るかだ。




 魔物の姿を見て息を()んだ。思わず足を止めそうになってしまう。


 ――大量のゾンビ。そして、黒のローブを羽織った体長三メートルはあろうかという骸骨。リッチ、(しかばね)の王、そんな呼び名だったはずだ。尽きることのない大量のゾンビを使役(しえき)し、自身は遠距離から呪力の(かたまり)を撃つ戦法を得意とする。厄介この上ない。ほとんど絶望的な状況だ。


 あの男は丘の上で戦っているようだった。まだ距離があったので正確には分からないが、二人分の影が躍動(やくどう)している。


 それに勇気を得て、足を速めた。しかし、やがてある事実に気付いた。戦っているのは例の男と、その分身だけだったのである。


 胃の底が冷えていく。顔を流れる汗がやけに冷たく感じた。


 ゾンビをスコップで()ぎ払いながら前へ進む。


「ハル!」思わず声を上げてしまう。彼女は無事のなのか、それとも……。


 男と分身の間に、巨大な魔力が渦巻(うずま)いている。その中心で、ハルが倒れていた。


「厄介なことになっちまいましたよ! 早く加勢してください!」


 ハルのもとに駆け寄り、彼女の身体を揺さぶった。「ハル! ハル!」


 冷たい。それに、魔力がどんどん抜け落ちていくようだ。自分自身の呼吸が乱れるのが、はっきりと分かる。


 不意に、わたしの首に回った腕が外れた。ネロが、ふらふらとハルのほうへと向かう。やがて彼女の手のひらを探り当てると、強く握り締めたようだった。


「ハル! ……ハル? ハル、返事してよぉ!」


 ネロがほとんど泣き声で叫ぶなか、わたしは彼女の心臓に耳を当てた。


 まるで、全ての音が消え去ったようだった。ゾンビの(うめ)きも、ナイフで奴らに応戦する男とその分身の(あえ)ぎも、ネロの慟哭(どうこく)も、一切が遠く離れていく。これまでも何度か味わった感覚だった。そのたび、もう二度とこんな経験はしない、全て守ると誓うのだ。何度も、何度も、何度も。けれど、繰り返される。悲劇は否応(いやおう)なしに訪れて、心に深い傷痕(きずあと)を残していく……。


 やがて音が(よみがえ)る。


「そいつ、この丘にたどり着いたときに倒れたんですよ! ふっつりと、糸が切れちまったみたいに! 鼓動(こどう)を確認しましたが、事切(ことき)れてやがりました! わけが分からねえですよ! それで、こいつらが()いて出てきたんです! まるでハルさんの魔力を()うためみたいに!」


 男の言葉が正しいのかも分からない。真相なんてどうだっていい。事実、ハルは死んだのだ。


 涙を(ぬぐ)って、立ち上がる。


「おい! ガキを守れ!」


 ネロの背後には、男が倒し(そこ)ねたであろうゾンビが迫っていた。


「ネロ! 動かないで!」


 そう叫んで、ゾンビを切り倒す。そして男に加勢した。


「わたしがいいと言うまで、絶対にそこから離れないで!」


 返事はなかった。いや、きっとネロは言われなくても動くことはないだろう。そんな気がした。ずっと彼女の冷たい手を握り続けるに違いない。


「助かりますよぉ! お嬢さん!」


「――うるさい!」


 切っても切ってもゾンビは尽きそうになかった。そうだ、親玉を潰す必要があるのだ。


「ねえ! 火は持ってないの!?」


「マッチぐらいしかないんでさあ! こいつらには使えやしないですよぉ!」


 男もゾンビの弱点は知っているようだった。ある程度の炎があれば焼き払うことが出来るのだが。


 こうしていても(らち)が明かないどころか、破滅は時間の問題である。いくら速度を上げて切断力を高めているとはいえ、元は農業用のスコップなのだ。武器の耐久ももちろんだが、体力的な問題もある。わたしはまだまだ動けるが、男のほうはというと微妙である。息が上がっているように見えた。


「ねえ、約束して! わたしがあの親玉を叩く! だから絶対に、一体たりともゾンビをネロとハルに近づけないで!」


「いいですよぉ! 誓います! だからさっさとブッ倒してください!」


 ゾンビの群れを()ぎ払い、リッチへと向かう。奴の眼窩(がんか)の内側に青白い炎が燃えていた。リッチが手のひらを前方――ハルの方向へ向ける。手のひらの中心で、濃い紫の(かたまり)が次第に大きくなっていく。


 それは疑いようなく、呪力の塊だった。あれを(はな)たれたら、まずい。


 手段を選んでる余裕なんてない。ゾンビの頭を足場にして飛び上がった。丁度、ハルの姿がわたしの背に隠れるように。


 リッチの眼窩(がんか)の炎が大きく揺らめき、呪力球(じゅりょくきゅう)がひと回り小さくなった。


 呪力を放つときには前兆(ぜんちょう)がある。エネルギーをまとめ、目標をさだめ、放出のために力を込める。リッチも例外ではない。そして、あらゆる生物がそうであるように、攻撃の瞬間は防御が手薄になる。


「行っけええぇぇ!」


 渾身(こんしん)の力を込めてスコップを投げた。それがリッチの頭蓋骨を叩き割るのを確認した瞬間、腹部を衝撃が襲った。


 地面に激突し、何度か身体が()ねて、それから転がる。意識は朦朧(もうろう)としていた。もはや武器はない。一発きりの弾丸。そしてわたしは外さなかった。その結果だけで充分だ。これでゾンビは消え、この不愉快な夜も終わる。




 ゾンビはどろどろと溶けていった。――約半数のみ。


 溶けるゾンビと、依然(いぜん)としてネロとハルに(せま)り続けるゾンビが、ぐらぐらと揺れる視界に映る。個体差? 使役(しえき)されていないゾンビがいた? まとまらない思考のなかで、ひとつの可能性を見つけ出した。


 起き上がろうとすると、全身が痛んだ。


 これしきのこと、なんでもない。元騎士なんだ、わたしは。


 ふらつく身体をなんとか(たも)って立ち上がる。声をあげようとしたが、血の(かたまり)を吐き出しただけだった。


 もう一体、リッチがいる。そう知らせようとする前に、ゾンビの群れを挟んだ向かい側に、ローブ姿の骸骨がむくりと大地から現れた。ずっと地中に隠れて様子をみていたのだ、こいつは。すると、さっきの奴よりもずっと厄介かもしれない。


 リッチが手のひらを前方にかざすと、そこには(すで)に放出可能な大きさの呪力球(じゅりょくきゅう)があった。充填(じゅうてん)していたのだ。きっと一体目のリッチが倒されたのを知った瞬間から。


「逃げて!!」


「おいガキ! そいつから離れろ!!」


 わたしたちの声は届いたのだろうか。いや、いずれにせよリッチの動きのほうが早かった。逃げる暇なんてなかったろう。


 ネロはハルの手を握ったまま、魔力の(うず)の中心にいた。




 呪力球(じゅりょくきゅう)はネロに激突する瞬間、破裂音とともに空へと()れていった。


「よく頑張りましタネ。ここまで来るのは勇気が必要だったでショウ」


 土煙のなか、質素なメイド姿が見えた。男が振り向いて目を()いている。きっと、わたしも同じ表情をしていただろう。


「マスター」


「ハル!」


 失ったと思った声が風に乗って、わたしまで届く。


「マスター、一緒に世界を見まスカ?」


「うん!」


 魔力の糸が二人の目を繋ぐ。不思議なことに、ネロの身体に魔力が宿(やど)っていた。それも、尋常でない量が。


「僕、こんなぐちゃぐちゃの顔してたんだ」


「それだけ頑張ったのでショウ。ありがとう、ネロ」


 そうしてハグする二人を見つめ、(ほお)を流れる熱い涙を感じた。なぜ彼女が立っているのか。理由は分からないが、ようやくなにかが(むく)われたような、そんな気になった。


「よく分かりませんが、そろそろ手助けしてもらってもいいですかねぇ!」


 そう言いながら、男は二人に寄ろうとするゾンビを次々切り裂いていった。


「さて、マスター」


「うん」


「ワタシに目一杯(めいっぱい)、魔力を預けてくだサイ」


「うん」


 ハルの身体に魔力が集まっていく。どんどん吸い込まれていく。どんどん、どんどん。際限(さいげん)ないほどに。


 やがてネロの身体から、一切の魔力が消え去った。そしてハルは立ち上がる。


 リッチが二発目の呪力球(じゅりょくきゅう)を撃ったのはその瞬間だった。


 ハルは振り向いて瞬時に拳を振り、呪力球(じゅりょくきゅう)()らした。さっきもああやって守ったのだろう。ハルはネロに向き直る。


「マスター、ワタシは絶対に倒れまセン。アナタがいる限り戦い続けられマス。だから――共に戦ってくれまスカ?」


「当たり前だよ! 僕はハルのマスターだもん!」


 ハルはニッコリと笑って見せた。あんな綺麗に笑えたんだ、と思わず驚いてしまう。わたしの視線に気付いたのか、ハルはこちらを一瞥(いちべつ)してウインクした。


 そしてリッチを振り(あお)ぐ。


「マスター、ご命令ヲ」


「あいつを倒して」


「承知しまシタ。排除(はいじょ)しマス」


 膝を折って前傾(ぜんけい)したと思ったら、土煙が上がった。そこにハルの姿はない。


 リッチの目の前、中空(ちゅうくう)で彼女は、弓で矢を引きしぼるように拳を引いていた。


 そして、一瞬で振り抜かれる。


 空気がびりびりと震えた。リッチの頭蓋(ずがい)が消し飛び、少し遅れて破裂音が響き渡る。


 鳥肌が立っている自分に気付いて、苦笑した。騎士団にも、あれほどの拳士(けんし)はいない。そんな超常的な力の持ち主がハルなのだから、もう笑うしかない。


 彼女が着地するのと同時に、ゾンビが溶けて消えた。


 ハルは呆然(ぼうぜん)とするわたしに気付いて、ちょっぴりはにかんで見せる。


 そうして照れ隠しのように、スカートを広げて会釈(えしゃく)した。

【改稿】

・2017/11/21 口調及び地の文の調整。ルビの追加。

・2017/12/21 口調及び地の文の調整。ルビの追加。

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