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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~③落日~」
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157.「運命の日」

 マルメロで買った深紅のシャツに袖を通す。黒のズボンを履き、コルセットを()めた。そしてサーベルの鞘に結んだ紐をコルセットに固定する。窓から差し込む陽光を反射して、(つか)(きら)めいた。


 部屋を出て広間へ下りると、すっかり見慣れた顔ぶれが揃っていた。ドレンテ、レオネル、トラス。アリス、ケロくん。レジスタンスのメンバーと盗賊たち。そしてヨハン。誰もが引き締まった顔付きをしている。


 朝食は既に済ませてある。堅い丸パンをまろやかな味のスープに(ひた)して食べた。きっと美味しかったのだろうが、味を感じる余裕はなかった。


 今日でハルキゲニアの今後が決まる。レオネルはじめレジスタンスメンバーが長い時間をかけて待ち望んだ日。ノックスとシェリー、そして子供たちの生死が決する日。誰にとっても運命の日である。


「緊張してるんじゃない? お嬢ちゃん」とアリスが口角(こうかく)を上げる。


「あなたと同じくらいには緊張してるかもね」


 彼女は「ハッ」と短く笑った。「あたしは(たの)しみでしょうがないのよ。全部終わってからお嬢ちゃんと決闘(デート)するのが」


「わたしも、あなたが膝を突いて負けを認める姿には興味があるわ」


 アリスは返事の代わりに不敵な笑みを返す。わたしも多分、同じ表情をしているだろう。そんなわたしたちを交互に見てあたふたするケロくんに(なご)んでしまいそうだ。


 言うまでもなく、わたしはアリスとの戦闘を心待ちにしているわけではない。やっとこの日を迎え、あと半日もしないうちに過酷な戦闘が始まる。気持ちの(たかぶ)りと焦り、そして緊張感のバランスを取るための軽口だ。アリスはきっと本気で言っているのだろうけど。


 ヨハンが得た情報によると『ラボ』は女王の城とハルキゲニア正門を直線で結んだ丁度中間に位置するとの話だった。ハルキゲニア壁内(へきない)で唯一の森林地帯に、その施設は存在している。『ラボ』でなにが待っているのかは分からないけれど、たとえ何者が立ちはだかろうと迷うものか。


「さて」とドレンテが切り出した。「(そろ)ったようですね。……アリス。先に言っておくが絶対に無茶はしないでくれ。お前までいなくなったら――」


 ドレンテの言葉をアリスは遮った。「やめなよ、縁起でもない。あんたたちはここまで何年もかけて準備したんでしょう? だったらあたしだけ手を抜くわけにいかないじゃないの。……あたしだってハルキゲニアの人間なんだからさ、一応」


 大嫌いな故郷だけど、なくなったら張り合いがなくなる。アリスはそっぽを向いてそう付け加えた。とことん素直じゃない奴だ。


 一瞬苦い顔をしたドレンテだったが、すぐに厳粛(げんしゅく)な表情を取り戻した。


「さて、諸君。今日が始まります。何年も待ち望んでいた今日が。――後悔のないように戦えばそれでいい、なんて口が裂けても言えません。ハルキゲニアの未来のため、捕らえられた子供たちのため、我々は全力以上で敵にぶつかる必要があります。故郷を知る者として、たとえ命が果てようとも革命の炎を絶えさせてはなりません。弾圧(だんあつ)された者の痛みが、苦しみに(あえ)いだ涙が、この街を変えるのです。ハルキゲニアに生きる人間としての誇りを取り戻しましょう。……悪意(したた)る女王を()つのです。――この両手は、未来を掴むためにある!」


 レジスタンス全員が立ち上がり、拳を前に突き出した。わたしも、ヨハンも、意外なことにはアリスやケロくんもそれに(なら)った。


 あとを引き取ってヨハンが口を開く。「さて、まずは『ラボ』襲撃です。タソガレ盗賊団が正門を襲撃する合図は昼過ぎに行いますから、そのつもりで。――誰もが分かる特大の合図で、ね」




 作戦は既に決まっていた。わたしたちはそろそろ出る必要がある。


「さてと……行くよ、お嬢ちゃん」


「行くケロ」


 アリスとケロくん。そしてわたし。『ラボ』襲撃のメンバーである。本来はアリスとわたし二人での作戦行動だったが、ケロくんの強い要望で同行が決まったのだ。ケロくんが本当に味方してくれるなら心強い。人間相手の洗脳魔術にかけては一流なのだから。


 広間を出ようとしたところでドレンテが呼び止めた。「アリス!」


 アリスはうんざりしたように振り向く。


「父として、お前に死なれるわけにはいかない。先ほども注意したが、絶対に無茶はするな」


 アリスは大きなため息をついて出口へと歩き出した。


「アリス。ここからはレジスタンスのリーダーとしての言葉だ」


 またもアリスは足を止めた。しかし、振り返りはしない。そんな彼女の背に、ドレンテは語りかける。


「――死ぬ気で戦うぞ。お互いに」


 それはあまりに真摯(しんし)な口調だった。二人は親子であり、そしてレジスタンスである。戦ってほしくはないが、戦力として重視している。その二つが矛盾しながらも互いに屹立(きつりつ)しているからこその言葉だろう。


 アリスはドレンテの言葉に答えなかった。彼の言葉を聞いて再び歩き出しただけだ。しかし、それで充分だろう。ちらと見た彼女の横顔に、笑みの欠片(かけら)が見えた。


 アジトを出ると、青空が広がっていた。雲ひとつない、いかにも平穏な空。まるで壮絶な皮肉(ひにく)だ。明日になればこの青空の意味も変わるだろうか。いや、きっと変えなければならない。


 わたしたちは民家の路地を()うように森林地帯を目指した。


 あと三時間もすればヨハンの言う合図が発せられるだろう。それによってタソガレ盗賊団がハルキゲニアを襲撃する。無事『ラボ』の襲撃が成功したなら、一度正門に戻る必要があった。


 タソガレ盗賊団のボスであるウォルターに『帽子屋』の正体を告げねばならない。そして彼の存在によって『帽子屋』を無力化出来ればその後の行動は随分と楽になる。


 ヨハンの読みだと、『ラボ』が落ち、正門が破壊されたとなれば戦力を城に集中させるだろうとのことだった。城内で『帽子屋』に遭遇出来るかは分からなかったが、きっと決定的な場所を守っていることだろう。たとえば――魔力維持装置を。


 ともあれ、今は『ラボ』だ。ノックスを救出し、ビクターを叩き潰す。いずれの目的も重要である。だからこそ、わたしひとりではなくアリスとの共同作戦なのだろう。


「ヨハンも(いき)な真似するねえ。あたしとお嬢ちゃんで作戦だなんて」とアリスは呟く。


決闘(デート)は全部終わってからの約束でしょ? 早まった真似は絶対にしないで」


「違う違う」アリスはクスクス笑いながら首を横に振った。「あたしら二人で坊やを助けに行くなんてね……。なんだか粋だよ」


 言われて、ハッとした。


 敵同士だったわたしとアリスは、二人とも『関所』でノックスのために動いたのだ。アリスは防御魔術によって魔物の襲撃から守り、わたしは彼を連れ出した。そうして今、二人して彼を救出するために進んでいる。確かに、おかしな運命だ。


「僕もいるケロ……」


 後ろでケロくんが呟いたので、またもハッとした。ごめんよケロくん。


「忘れてたケロ。ごめんケロ」と返すと、ぺちんと背を叩かれた。


「真似するなケロ。クロエは不真面目ケロ」


「ケロくんを見てるとついつい気が抜けちゃうのよ。罪なケロくん」


「人のせいにするなケロ」


「ごめんごめん……。さ、そろそろ真剣にしなきゃね」


 目の前に広がる森林を見つめて言う。この鬱蒼(うっそう)(しげ)った木々の奥に、ビクターの研究施設がある。『アカデミー』以上に醜悪(しゅうあく)で非道な実験が行われていることは明白だ。気を引き締めておかないと精神的にも肉体的にもズタズタにされてしまう。


 森は(いざな)うように、ぽっかりと道が出来ていた。獣道に近い。精神を集中させ、森林に足を踏み入れた。緊張感のせいか、肌にひやりとした感覚が広がる。


 木々を進みつつ、ビクターの顔を思い出す。ハルキゲニアの巨悪(きょあく)のひとり。どんな事実が待ち受けていようとも後戻りするつもりはない。


 やがて森林が開けた。平たい箱型の建物が平地に建っている。太陽を受けて銀に輝くその建造物を睨んだ。


「きっとあれね……」


 囁くと、二人は頷いた。


 ノックス。今助けるから、お願いだから、生きていて。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『マルメロ』→商業の盛んな街。タソガレ盗賊団のアジトから近い。詳しくは『47.「マルメロ・ショッピングストリート」』にて


・『ドレンテ』→ハルキゲニアの元領主。レジスタンスのリーダーであり、アリスの父。詳しくは『107.「トラスという男」』にて


・『レオネル』→かつてハルキゲニアを魔物から守っていた魔術師。レジスタンスのメンバー。詳しくは『104.「ハルキゲニア今昔物語」』にて


・『トラス』→レジスタンスのメンバー。髭面で筋肉質。豪快な性格。詳しくは『107.「トラスという男」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『ケロくん』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照


・『ノックス』→クロエとともに旅をした少年。本来は『アカデミー』に引き取られたはずだったが、現在行方不明


・『シェリー』→ハイペリカムで保護された少女。クロエによって『アカデミー』に引き渡された。ノックスと同様に、現在行方不明。詳しくは『94.「灰色の片翼」』、『98.「グッド・バイ」』にて


・『アカデミー』→魔術師養成機関とされる場所。実際はビクターの実験施設。倒壊済み。詳しくは『54.「晩餐~夢にまで見た料理~」』『121.「もしも運命があるのなら」』『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて


・『ラボ』→『アカデミー』同様、ビクターの研究施設。


・『タソガレ盗賊団』→マルメロを中心に活動する盗賊団。詳しくは『第三話「(くびき)を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて


・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照


・『帽子屋』→ハルキゲニアの騎士団長。魔力察知能力に長けている。シルクハットの魔具『奇術帽(コピーハット)』で戦う。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』にて


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて


・『関所』→アカツキ盗賊団の重要拠点。対立組織に奪われたがクロエたちの働きで取り戻した。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて

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