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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」
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幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」

 湿った空気が肌に張り付き、足元のぬかるみに足を取られる。そんな行路(こうろ)(しばら)く続いていた。


 王都から離れて三日。『勇者』ニコル、『王の盾』スヴェル、『騎士』シフォンは湿原を進んでいた。魔王の城までの道を考えると、この広大な湿原を踏破(とうは)する必要がある。


 道中、魔物の襲撃もあったが取るに足りない敵だった。ニコルはほとんど手を下していない。スヴェルも同様である。敵が現れるや(いな)やシフォンが八つ裂きにしてしまうのだ。見事だけど甘えてばかりだと悪いなあ、なんてニコルは考える。


 そこでひとつ、気まぐれを口にしてみた。「シフォンは本当に強いよね。だけど、君にばかり戦わせちゃ悪いから、この湿原は僕とスヴェルだけに戦わせてくれないかい?」


 すると、シフォンは(わず)かに首を傾げた。自分ばかりが戦うのがなぜ悪いことなのかさっぱり理解出来ない、といった具合に。ニコルは苦笑した。この子とコミュニケーションを取るのは少し難しいな。悪い子じゃないんだろうけど……。


「君が全部の敵を倒しちゃったら、僕はとてもじゃないけど勇者として成長出来そうにないんだ。魔王を倒すのが僕らの目的だけど、それまでの道中で少しでも強くならなくちゃね。だから、この湿原は僕とスヴェルに任せてくれ」


 シフォンは薄く頷いて見せた。本当に無口な子だ、とニコルは思う。


 湿地にずぶずぶと足を取られながらスヴェルが呟いた。「ニコルよ。俺を(あなど)っているのか?」


「いやいや、そういうわけじゃないさ。君の戦い方も見てみたいんだよ。だって、ずっとシフォンだけが戦ってるだろう?」


「それはそうだが……」とスヴェルは重々しく答える。彼はプライドが高いのだろう。『王の盾』を名乗るくらいだから実力者なのは理解していたが、こっちもコミュニケーションを取るのが難しい。ちょっぴり息苦しい道中だ。


「それじゃ、決まりだ」


 そう()めると、スヴェルは不承不承(ふしょうぶしょう)頷いた。シフォンはただただ無表情で歩いている。


 その直後、ニコルはぞわりと背中を悪寒(おかん)が走るのを感じた。グールの気配ではない。というよりも、そもそも今は夜ではないので通常の魔物は現れないはずである。すると、昼間も活動可能な厄介な魔物に違いない。


「スヴェル、シフォン」


 呼びかけると、スヴェルは「分かっている。いちいち言わなくていい」と答えた。シフォンは無言のままだ。


 次第に、気配は明確になっていった。数えきれないほどの敵がいる。


 と、一メートル先の地面が次々と盛り上がり、人型に姿を変えた。


「マッドゴーレム……」


 話には聞いていたが、実際に目にするのは初めてだった。


 土の塊で出来た魔物。身体のどこかに(かく)があり、その部分を攻撃されない限り土の肉体を吹き飛ばしてもすぐに再生する。正確に魔物の気配を読む力が要求されていたが、ニコル自身にはまだそこまでの鋭さはなかった。


 不意に風音(かざおと)がした。ニコルの真横を通り抜け、スヴェルが大斧を振るった。マッドゴーレムの身体は三体まとめて散り散りになり、再生する気配はなかった。


「どうしたニコル? この程度で怖気(おじけ)づいているのか?」


 (かぶと)の隙間から見えるその目は、挑発的な輝きを放っていた。


 スヴェルの斧――その魔具の力によって三体分の魔物が核ごと同時に消し飛んだのだろう。


「凄いなスヴェル! さすがだ!」


 彼は、ふん、と鼻を鳴らして他の魔物に向かっていった。ニコルも手近な一体を相手取り、斬撃を放った。しかし、すぐさま再生してしまう。マッドゴーレムの核が読めない。そうこうしているうちに魔物の数は次々と増えていった。


「おいニコル! なにをやっている!」


「なかなか核が……!」


 スヴェルの舌打ちが聴こえた。確かに、このままでは囲まれてマッドゴーレムの一撃を受けかねない。


「おい、シフォンとやら! ニコルの助力をしろ!」


 シフォンはそばにいたが、彼女はマッドゴーレムの拳を涼しげに()けるだけでなんの返事もしない。


 まずい。そう思った刹那(せつな)――遥か前方から異常に高まった魔力の発露(はつろ)を感じた。


 その直後である。前方から弾丸のようなものが飛び、周囲のマッドゴーレムの身体をそれぞれ撃ち抜いていった。魔物は再生せず、消滅していく。スヴェルの周囲のマッドゴーレムも、シフォンが攻撃をかわしていた数体の敵も、勿論ニコルを囲んでいた魔物も同様に、一瞬で消え去った。辺りには杭のような太さの岩の塊が、いくつも斜めに刺さっていた。一発ずつ正確に核を撃ち抜いたのだろう。こちらには当たらぬように計算されて。


 やがて前方から現れたのは、ボロボロのローブを纏った女の子だった。身体に似合わない大きな帽子をかぶり、背の高さ以上の大きさの(ほうき)を手にしている。その姿を見て、ニコルは思わず息を()んだ。自分よりもずっと小さい子供が魔物の気配を正確に察知し、適切な位置に適切な速度で、過不足なく魔術を放った。それは驚異的な事実である。


「マッドゴーレム程度も倒せないなんて、よわよわ! あんたたち通る資格ナシ! 回れ右して帰っちゃえ!」


 甲高い声。勝気(かちき)な口調。ニコルは、彼女がやってのけた魔術に対する驚きと尊敬に満たされていた。だからこそ思わず走り出し、彼女の手を取った。その小さい身体も、身の丈に合っていない帽子も気にならない。


「君、凄いじゃないか! 一瞬でマッドゴーレムを倒すなんて! 君、名前は?」


 その子は手を振り払い、やや後ずさった。「な、な、なによアンタ! ()められたって、全っ然嬉しくない! なんなの、もう!」


 その頬は少し上気(じょうき)していた。


「僕はニコル。君のこと、少し教えてくれないかい?」


 その女の子は口を(とが)らせて、やや(うつむ)いた。「……ルイーザ」


「ルイーザか! 良い名前だね。あの鎧の人はスヴェル。あのお姉さんはシフォンっていうんだ。――僕たちは魔王の城を目指して一緒に旅してるんだよ。魔王を倒すために」


 スヴェルは腕を組んでいかにも不機嫌そうにしており、シフォンは相変わらず氷のような無表情である。


 ルイーザはニコルの言葉に、腹を抱えて笑い出した。「アッハッハッハッハ! 馬っ鹿じゃないの!? そんなよわよわなのに魔王を倒すだなんて笑っちゃう!」


「本気だよ。僕たちは魔王を倒して、魔物を全部消すんだ。人が平和に生きるために」


「フーン。……マッドゴーレムも倒せないのに?」


 ルイーザは見下すように眉を(ゆが)めた。


「俺は倒せていた」とスヴェルは返す。


「でも、仲間が大変なことになってたじゃない。つまんない言い訳ね」


「貴様……!」と一歩踏み出したスヴェルを、ニコルは押し留める。


「まあまあ、スヴェル落ち着いて。……ルイーザ。君の言う通り、僕はよわよわなんだろうね。だけど、これから魔王を倒せるくらい強くなってみせるよ」


「口ばっかり達者なのね」


 ニコルは微笑みかけた。「本当に倒せるかどうか確かめてみるかい? 君さえ良ければ」




 ニコルは眩暈(めまい)を感じ、水盆(すいぼん)(ふち)に手をかけた。その場に座り込み、何度か深呼吸を繰り返す。次第に視界が現実へと戻っていく。薄暗い魔王の城。今そこにいるのだ。


 ルイーザと約束した通り、城に辿り着いた。結末は異なっていたが、彼女も理解してくれているはずだ。


 ルイーザの過去については一緒に旅を始めてから知ったのだった。彼女はあの湿原に独りで暮らし、日々魔術の修行をしていたのである。孤独な生活と、なにも変わらない毎日。それに対して彼女が直接弱音を吐いたことはほとんどなかったが、どれほど苦しい日々だったかは想像に(かた)くない。


 ルイーザの加入によって旅路は随分と(にぎ)やかになったが、誰よりも苦しみを抱いていたのはきっと彼女だ。


 彼女の姿を思い浮かべて、ニコルは少しだけ愉快な気持ちになった。もしかするとルイーザが一番、旅の序盤を楽しんでいたかもしれない。次に訪れた街では随分と可愛らしいひらひらの洋服を買わされたっけ。その程度の幸せは受けて(しか)るべきだ。


 今、ルイーザは自由に動いている。一応は仲間として魔王への助力はするようだが、あてにはならない。それでも、とニコルは思う。


 それでも彼女が今、思う通りに生きているのならそれでいい、と。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。


・『記憶の水盆(すいぼん)』→→過去を追体験出来る装置。魔王の城の奥にある。初出は『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』

・『スヴェル』→ニコルと共に旅をしたメンバー。近衛兵の指揮官。『王の盾』の異名をとる戦士。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』にて

・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。剣士。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて

・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。魔術師。初出は『84.「悪夢~七人の倒すべき人間~」』

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