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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第一話「人形使いと死霊術師」
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15.「取り返しのつかない朝が来る前に」

 魔物の気配が近くなってきた。奴の指示に従うのは(しゃく)だが、戦わないわけにはいかない。ネロの命がかかっているのだ。スコップを手に取った。


 昨晩より過酷な戦闘になるだろう。ハルたちが魔物を無視して進んでいくのなら、標的は自然とわたしたちに置きかわる。ネロとわたしに関しては魔物を引き寄せないだろうが、厄介なのが奴の分身である。これはそのまま魔力の(かたまり)と言っていい。それも、ハルよりも強い魔力を放っている。魔物にとってはこれほど分かりやすい標的はない。


 ネロを守る。その一心で身構えた。精神を()ぎ澄まし、魔物の数と距離を測る。玄関口から五メートルばかり離れた場所に一体。反対方向に二体――こちらはまだ二十メートル以上離れている。


「あなた、喋れるんでしょ?」


「ええ、当然。本体とは常に魔術の交信がありますから、お嬢さんの声も届くし私の声も二重歩行者(ドッペルゲンガー)(かい)して伝えられます」


「なら、もし魔物が室内に入るようなことがあったら大声で叫んで。あなただってネロを生かしておきたいはずよ」


「まあ、そうですね。承知しました。しかしお嬢さん、私の口約束を信用できるんですか?」


「……信用するしかない状況でしょ。魔物が近づいてくるのを待っているだけじゃ、いずれ小屋も壊されて群に襲われる。そうなったらネロを助けられないかもしれない」


「賢明な判断ですなぁ。いいでしょう。約束は守りますよ。なんなら契約と言い換えてもいい。ギィブ、アンド、テェイク。分かってきたじゃないですか」


 これ以上奴に付き合っている必要はないと判断し、外に出る。念のためドアは閉めておいた。破られそうになれば音で気付くことが出来るように。




 深呼吸ひとつ。これはネロを守るための戦いだ。最速で一体ずつ切り倒す。


 前方にグールの姿が見えた。地を蹴り、そのままの勢いでスコップを振るう。確かな手応え。倒れ込むその姿を確認し、身を(ひるがえ)して小屋の裏手へと駆けた。


 余計な力が入り過ぎている。落ち着け。王都での任務だと思え。憎しみが先走っていると思わぬところで隙が生まれる。


 裏手のグールとはまだ距離があった。小屋を離れるのは躊躇(ためら)われたが、だからといって奴らの遅い歩みを待っているわけにはいかない。


 先ほどと同様に、一体は駆けたスピードそのままに胴体を切り裂いた。残ったほうの(うな)りが月夜を震わす。


 振り向きざま、そいつの喉に(やいば)を突き立てた。


 この程度ならなんてことはない。二体の身体が蒸発しはじめるのを確かめてから、小屋へ駆けた。周囲に魔物の気配はある。丘の向こうに十体ほどだろうか。


 やがてそれらが丘を越え、小屋を目指して不確かな行進を続けるのが感じられた。ある程度は小屋に引きつける必要がある。最低限二十メートル。十体全てのグールがわたしを無視して小屋を目指したとしても、そのくらいの距離があれば全滅させられる。反対方向に魔物の気配を感じたとしても、その距離であればすぐ戻ることだって可能だ。


 呼吸を整え、奴らが二十メートルを割るのを待つ。最初の一体が到達するまで、あと数秒だ。十体がそれぞれの間隔(かんかく)を置いて迫ってきている。最初の戦闘を始めれば、あとは連続で相手にするほかない。休息なしの連戦。


 構わない。そんなもの、今までいくらでも味わってきた。


 やがて一体目がエリアに入ると、そいつ目掛けて疾駆(しっく)した。先ほどと大きくやりかたは変えない。


 一体目の胴を()ぎ、続く二体目も勢いそのままに首を落とす。三体目の胸を足場にして飛び上がり、四体目を頭から切断する。そうしてよろめく三体目の足を払い、倒れたところをスコップで突き刺した。五体目にはスコップを両手に持ち替え、引き抜く勢いのまま逆袈裟(ぎゃくけさ)切りを浴びせる。


 横並びに襲い掛かる六、七体目は両手持ちの横()ぎで蹴散(けち)らす。そしてスコップを再び片手に持ち直し、八体目が伸ばした腕を瞬時に切り飛ばした。九体目の胴にスコップを突き立てて持ち上げ、ちょうど縦列(じゅうれつ)になった八体目と十体目に向けて放り飛ばし、飛び上がる。重なって倒れた三つの胴を、落下の勢いを乗せて両断した。


 身を起こし、呼吸を整える。大丈夫。造作(ぞうさ)もない。


 小屋のほうにも敵の気配はなかった。辺りに魔物はいないようである。一旦(いったん)ネロの様子を見に行こう。


 小屋に戻ると、ネロと男は相変わらずの姿勢を(たも)っていた。


「大丈夫だった?」


「ええ、そりゃあもう、おかげさまで」


「あなたには聞いてない」


「そりゃ残念」


 ネロを見つめ、呼びかける。「ネロ、大丈夫だからね。お姉ちゃんがちゃんと守るから。だから、もう少し辛抱(しんぼう)していて」


 ネロは涙混じりの声で「分かった」と呟いた。


 彼にとって、ハルの告白は裏切りだったのかもしれない。失望しただろうか。(だま)されたと感じただろうか。それを責める時間もなく、彼女は行ってしまった。泣き(すが)る言葉しか出せなかったネロは、明けることない暗闇のなかで、どんなに巨大な哀しみを感じているだろう。


 この長い夜が明ければ、取り返しのつかない朝が来る。そのときわたしは、ネロになにをしてやれるだろう。


 考えながら、神経だけは鋭敏(えいびん)(たも)っておいた。


 魔物の気配はある。しかし、どうも妙だ。距離感が(つか)めない。遠くで散り散りになっているのかもしれないが、こちらに一体も流れてこないのはなぜだろう。




 それは唐突(とうとつ)に訪れた。――悪寒(おかん)が全身を駆け巡り、一瞬なにも聴こえなくなるほどの耳鳴りがした。思わず周囲を見回すと、男の分身が霧のように消え、包丁が床で跳ねた。


 悪寒は続いている。おそらく、二人の身になにかがあったに違いない。


 ネロのそばに寄って、(ささや)きかける。「もう大丈夫。あいつはいなくなったから。……けど、よく聞いて。今からお姉ちゃんはハルのところに行く。ネロは――」


 言いかけて、次の言葉が浮かばなかった。わたしは盲目の少年を置いて、どれだけ離れたかも分からない二人を追うのだろうか。その間に魔物が現れたら? じゃあ、彼をここで守り続けるべきなのだろうか。


 もし、だ。もしハルが危機的状況に置かれているなら。助けが必要だったなら。「もし」や「なら」がいくつも頭に浮かんで、次の言葉を見つけられずにいた。


「……行く」


「え?」


「僕も行く。邪魔しないから、連れて行って。きっと、ハルは今苦しい思いをしているから。それに――」


 ネロの声には、もう涙は混じっていなかった。


「それに、ハルと約束したから。勇気を出せ、って」


 彼の存在が戦闘においてどれだけのハンデになるか、そんなことは頭から()め出した。臆病で、気が弱くって、空想家だった少年。そんな彼が勇気を振り(しぼ)って夜へと踏み出そうとしているのだ。目じりを指で拭って、彼に呼びかける。騎士として。


「指示に従える?」


「うん」


「逃げろ、って言ったら、なにも見えなくても逃げるんだよ。動くな、って言ったら、身体はそのままにすること。守れるかしら?」


「守る」


「よし。じゃあ――」


 言って、彼を()ぶった。一瞬ネロの身体が強張(こわば)ったが、すぐに肩に手が回る。その細い腕は、震えていなかった。漆黒の夜を進むより、魔物の咆哮(ほうこう)を聴くより、ハルの助けになれないことが一番恐ろしいのだ、彼は。スコップを片手に外へ踏み出した。相変わらず嫌な寒気がする。


「――振り落とされないように、しっかり掴まりなさい」


 少年の腕に力が宿るのを感じて、全速力で駆け出した。


 ハル、どうか無事でいて。そう祈りながら。


【改稿】

・2017/11/20 口調及び地の文の調整。ルビの追加。

・2017/12/21 口調及び地の文の調整。ルビの追加。

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