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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」
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151.「復讐に燃える」

 ヨハンの考えは理解出来た。生きているなら日を置いても問題はなく、そうでないならすぐに行動したとしても結末は変わらない。


「わたしは……あなたほど冷静にはなれない」


 言葉に詰まりながら、それでも口にした。いくら正論をぶつけられようと、簡単に納得出来るような内容ではない。


「お嬢さん……必死なのは立派です。命も投げ打つ覚悟なんでしょうな……。しかし、一時(いっとき)の激情で救える命も救えなくなるかもしれない。これははっきりと意識してほしい点です。お嬢さんの力がなければ今後の作戦は困難を極めます。『帽子屋』相手に全滅することだってありえるんですよ。……お嬢さん。あなたには後悔してほしくありません。ですが、早まって動くリスクは承知しておいてください」


 そのうえで決めたことなら、止めません。ヨハンはそう締め(くく)った。


 悔しいが、それを聞いて即断出来るほど無鉄砲ではない。


 全身の痛みと疲労。そのさなかにあって正常な判断など出来そうにない。救える命と、救えなくなるかもしれない命。この手の届く範囲なら、わたしはあらゆる人を助けたい。その嘆きに耳を(ふさ)いで先に進むなんてごめんだ。だからこそ、ジレンマに(おちい)っている。


「お嬢ちゃんは好きなようにすればいいさ。ヨハンみたいな人間の言うことを真に受けてると永遠にクヨクヨ悩む羽目(はめ)になる」


 言って、アリスはそっぽを向いた。彼女ほどの激情家からすれば、人の言葉に(まど)わされていること自体が滑稽(こっけい)歯痒(はがゆ)いのだろう。


「……少し考える」


 そう呟いたきり、広間に沈黙が下りた。誰ひとり口を開く者はおらず、皆が(うつむ)きがちに考え込んでいる。


 ランプの揺れに合わせて影が(うごめ)く。空気は息苦しいほど張り詰めていた。


「ヨハン。先ほどの資料の話に戻ってもいいですか?」とドレンテが切り出した。


「ああ、その話でしたね。そう、確か……女王の目的について触れた部分はいくつか見られました。どれも断片的な内容ですが……。そもそも資料の大部分がビクターの実験や開発に関する物ばかりで、専門用語だらけでしたから」


「それで、目的とはなんです?」


「それに関して言うのなら、まずはビクターの実験が(さか)んになった経緯から触れなければなりません。(さいわ)い実験に付随(ふずい)する文面は大量にありましたから、説明は(やさ)しいです。……元々ビクターが女王と共に『鏡の森』で発見されたことは言うまでもありませんが、その後二人は何度か顔を合わせて密談していたようです」


 ドレンテの眉間に(しわ)が寄る。不快に感じるのも自然だろう。支配魔術(ドミネーション)の影響下にあっても感情は消えないのだから、自分が恋をしていた――と思い込まされていた――時期に密談があったとなれば良い気分にはならない。


「密談とは?」


 ドレンテはつとめて冷静な口調で先を(うなが)す。


「その頃は既にドレンテさんと結婚していたようですが、政治関与まではしていなかったはずです。……ですが、女王は既にビクターの研究を援助する(むね)を伝えていたようですね」


 すると、かなり早い段階で今のハルキゲニアの姿を予見していたのだろうか。


「女王が援助すると申し出た研究とは、具体的にどういうものですか? 防御壁(ぼうぎょへき)でしょうか」


 ドレンテの問いに対し、ヨハンは苦々しく首を振って否定した。


「違います。魔物に関する実験への援助を申し出たんです。魔物を意のままに操ること。それを女王は望んでいたようですね。そして今も、それを望んでいるかもしれません」


 ぼそりと「最低ね」と呟くと、ヨハンは苦笑した。


「ええ、悪辣(あくらつ)な望みです。ただ、大義名分(たいぎめいぶん)はあったようですね。……魔物を服従させることによって人間の住む土地を平和に維持していけるのではないか、と。無論、建前のようですが」


「建前と言うと?」とドレンテは深堀りする。


「本当は別の意図があったようですね。……どうも女王は、魔物を私兵(しへい)として使いたがっていたようです。霧の中でしか活動出来ないキマイラや瓶詰めの魔物が開発された背景には、女王の願望もあるのでしょう」


 なにが願望だ。悪意の(かたまり)のような実験を指示した理由が私兵を作るためだとするなら、どこまで勝手な願いだろう。邪悪極まりない。


「しかし、女王は騎士団を結成しました。それは実質的に私兵と呼んで差し(つか)えないはず……」


 ドレンテは顎に手を当て、心持ち首を(かし)げた。彼の言う通り、騎士団があるなら魔物を支配下に置かなくとも充分な戦力と言っていい。『アカデミー』だって安い費用で(まかな)われていた施設ではあるまい。それだけのコストを払う価値があったのだろうか。


「騎士団と魔物とは、用途(ようと)が違います」


 わたしの疑問に答えるかのようにヨハンは言った。用途が違うとは、具体的にどういうことなのだろう。


 ふと、キュクロプスを思い出した。あれはタソガレ盗賊団を壊滅させる目的でビクターが(はな)った魔物である。すると、大っぴらに叩くことの出来ない組織や自治体を壊滅させるために使うことを想定していたのだろうか。


 ヨハンは広間をぐるりと見回した。ドレンテは神妙な顔を浮かべ、アリスはテーブルに胡坐(あぐら)をかいたままそっぽを向いている。ケロくんは男たちの間でぴょこぴょこ顔を出してこちらを見ていた。トラスは起きているのか寝ているのか分からないが、目を閉じて腕組みしている。レジスタンスのメンバーや盗賊たちは固唾(かたず)を飲んでヨハンの言葉を待っている様子だ。


 やがて彼は、ゆっくりと口を開いた。


「騎士団は対外関係における抑止力(よくしりょく)と、ハルキゲニア内の自治のために必要としていたようですね。一方で魔物はあくまで秘密裏(ひみつり)の兵器です。表立(おもてだ)って使うことなんて到底出来ない」


 そうだ。魔物を従えた(おさ)についていく人間がいるのなら見てみたい。餌にされるのがオチと考えるのが自然ではなかろうか。


「なら、こっそり使うつもりだったんでしょう? 昔から卑劣な女だったのねぇ」とアリスはさも軽蔑(けいべつ)するような口調で口を挟んだ。彼女の言う通り、大っぴらに出来ないような用途で使うほかない。


 しかし、ヨハンは否定した。


「いえ、女王とビクターは大々的な利用を想定しているようです。今のところ()たされてはいませんが、近い将来実現するとまで資料には記載されていました」


「大々的な利用とは?」


 追及するドレンテに、ヨハンは頷いて見せた。「それは――他都市への侵攻です」


 広間のあちこちで息を()む声が()き起こった。女王はハルキゲニアを侵略都市にするつもりなのだろうか。


 確かに『最果て』ならビクターの生み出した魔物たちで充分支配出来るように思えた。たとえばマルメロなら、瓶詰めを二つか三つ放置して女王胞子を潰せばそれで崩壊させられる。他の町や村なら、ひとつや二つの小瓶で蹂躙(じゅうりん)出来るだろう。


 しかし、どうして他の地域を侵略する理由があるのだろうか。ハルキゲニアは他の自治体と比較すると(はる)かに豊かな都市である。自らが侵略者になるようなメリットは少しも感じられない。


「侵略? ハルキゲニアが? 土地の拡大でしょうか」


 ドレンテは、さっぱり理解出来ない、といった表情で首を傾げた。わたしも彼と同じ気持ちである。


 ヨハンは(しば)しの沈黙を(もう)けて、再び全員の顔を見渡した。薄暗い広間に集まった男たちは、一様(いちよう)に緊張を抱えている。今まで直接知ることの出来なかった女王の目的。彼女が政治に介入(かいにゅう)し、ハルキゲニアを乗っ取った理由にもあたる部分だ。


 ヨハンはいかにも真剣な口調で続けた。ランプが激しく揺れ、今にも消えそうだった。


「女王の目的は土地の拡大などではありません。純粋に、復讐のための侵略です」


「復讐?」


 問いかけて、嫌な汗が背を伝った。もしかして――。


「そう、復讐です」ヨハンの瞳は暗く燃えていた。「自分を追放した故郷に対する並々ならぬ復讐心と、故郷に残した娘を取り戻すため、女王はここまで進んできたんです。騎士団を結成し、魔物を支配下に置いて。……女王にとってハルキゲニアは、故郷に侵攻するための巨大な実験場に過ぎなかったんです」


「故郷……」


 思わず呟くと、ヨハンはこちらへ頷いて見せた。


 女王が追放された地――。海峡を渡り、『鏡の森』を越え、『岩蜘蛛の巣』を突破した先にある場所。わたしの目的地でもある土地。


 復讐に燃える女王の瞳は、王都グレキランスに向いている。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。


・『帽子屋』→ハルキゲニアの騎士団長。魔力察知能力に長けている。シルクハットの魔具『奇術帽(コピーハット)』で戦う。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』にて

・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場

・『ドレンテ』→ハルキゲニアの元領主。レジスタンスのリーダー。詳しくは『107.「トラスという男」』にて

・『鏡の森』→ハルキゲニアの北に位置する海峡を渡った先の森。初出は『104.「ハルキゲニア今昔物語」』

・『支配魔術(ドミネーション)』→使用の禁止された魔術。他者の自由意思に介入する魔術。詳しくは『117.「支配魔術」』にて

・『キマイラ』→顔は獅子、胴は山羊、尻尾は蛇に似た大型魔物。獰猛で俊敏。詳しくは『100.「吶喊湿原の魔物」』『114.「湿原の主は血を好む」』にて

・『アカデミー』→魔術師養成機関とされる場所。実際はビクターの実験施設。倒壊済み。詳しくは『54.「晩餐~夢にまで見た料理~」』『121.「もしも運命があるのなら」』『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて

・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場

・『タソガレ盗賊団』→マルメロを中心に活動する盗賊団。詳しくは『第三話「(くびき)を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて

・『ケロくん』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照

・『トラス』→レジスタンスのメンバー。髭面で筋肉質。豪快な性格。詳しくは『107.「トラスという男」』にて

・『最果て』→グレキランス(王都)の南方に広がる巨大な岩山の先に広がる地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて

・『マルメロ』→商業の盛んな街。タソガレ盗賊団のアジトから近い。詳しくは『47.「マルメロ・ショッピングストリート」』にて

・『岩蜘蛛の巣』→王都を追放された者が放り込まれる洞窟。クロエは『鏡の森』へと続いていると推測している。初出は『110.「もしもあなたがいなければ」』

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