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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」
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148.「真夜中の怪鳥」

 セシルの身体を裂いて現れた五体の怪鳥――ルフから距離を取る。


 それは今まで見たどんな悪夢よりも醜悪で、おぞましく、狂気的な光景だった。ビクターはセシルの肉体に(・・・)五本の縮小吸入瓶(プラナ・ボトル)を埋め込んでいたのである。それを一気に起爆させたことにより、五体の魔物はセシルの身体も命も消し飛ばして現れた。


 どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ。


 どれだけの人を蹂躙(じゅうりん)すれば満足するんだ。

 

 去りゆくビクターを追い、その背を真っ二つに切り裂いてやりたかった。しかし、五体のルフはそんな余裕を与えてくれない。


 わたしの怒りは静かに頂点へ達した。


 五体のルフが『アカデミー』の壁を破壊する。轟音と風圧。そして瓦礫(がれき)飛沫(しぶき)。レオネルは自前の防御魔術で身を守り、ヨハンは瓦礫を避けて右往左往していた。


「お嬢さん!」と叫ぶレオネルの声が聴こえる。


 天井が崩れて頭上に落ちかかっていることくらい知っている。怒鳴らなくたって分かるわよ。


 落ちた天井をサーベルで砕き、粉々にする。


 五体のルフが上空へと消えることはなかった。空の低い位置――『アカデミー』の屋上よりも少し高い場所からこちらを見下ろしている奴が三体。残り二体は広間で滅茶苦茶に暴れている。


 まず、地上の奴を黙らせよう。


 と、そのうちの一体が(くちばし)を大きく広げて迫ってきた。


 なんだ、そっちから来てくれるんだ。


 サーベルを両手に持ち替え、地面に突き刺した。ルフの嘴の接近速度を考慮(こうりょ)し、床の抵抗を利用して一気に斬り上げる。


 当然のごとく、堅い手応えを得た。直後、目の前で嘴の先端が砕け散る。


 焦ったのか、ルフは羽を広げた。


 逃がすとでも思ってるのかしら。だとしたら、憎らしいくらい甘い。


 距離を詰め、ルフの二メートル手前で跳び上がる。丁度ルフの嘴辺りに来ると、奴は口を大きく開いて()み込もうと首を伸ばした。


 先ほど砕いた嘴の割れ目にサーベルを差し込み、ルフの後頭部まで腕の力で跳ぶ。うなじ、翼の付け根、背――選び放題だ。わたしは我儘(わがまま)で贅沢だから、ひとつだけ選ぶなんてありえない。サーベルを片手に持ち替える。


 うなじを深々と斬り、両翼(りょうよく)を根元から切断し、その背にサーベルを突き刺して、自分の位置を調整する。そして、ひと息に切り刻んだ。血飛沫(ちしぶき)に視界を(おお)われたが、敵の位置は頭に入っている。なんら問題はない。


 ルフの身体が崩れたので、うなじの切れ込みへ刃を振り下ろす。


 傷口から煙が上がった。絶命による蒸発である。魔霧装置(ゴースト・フォッグ)の内部でも大型魔物は蒸発するということだろう。


 まずは一体。


 風圧を感じて振り向くと、もう一体が空へと逃げるように翼を動かしていた。


 どうして逃げられると思うの?


 危機を感じているのかどうかは知らないが必死そうに翼を動かすルフへ駆けた。先ほど同様に跳び上がると、ルフの身体も空へと浮き上がった。


 サーベルを両手に持ち替え、飛び上がったルフの腹へ深々と突き刺した。怪鳥の悲鳴が(とどろ)く。


 片手でルフの毛を掴み、サーベルを刺し、片手を伸ばし、サーベルを刺す。そんな要領で翼の付け根目指して登る。


 ルフの嘴が突くように接近した。ごっそりと毛を掴み、怪鳥の身体に足をかける。そして左手でサーベルを抜き去ると共に、嘴に斬撃を放った。


 先ほどよりもいくらか重い衝撃が腕に伝わる。砕くことはさすがに無理だったが、ルフの嘴を上へ大きく(はじ)いた。


 その隙に背中へ回り、片翼の付け根にサーベルを突き刺し、裂くように刃を引いた。


 ルフは体勢を崩しながらも片翼で目いっぱい羽ばたいたが、その身は既に落下状態にある。


 ルフは片翼で落下位置を調整するように身を(よじ)った。丁度わたしの身体が真下になるように。


 賢い。わたしがここまで怒っていなければ危機感くらいは抱いたかもしれない。


 その背をサーベルで切り刻み、息を止めて体内へ潜り込む。


 不快な暗闇。そして、衝撃。


 問題ない。


 背の反対――腹の方角へと刃で掘り進み、外へと飛び出した。それと同時に噴き上がる血潮が蒸発する。


 次だ。


 高みの見物を決め込んでいる卑怯な三羽を引きずり降ろす。そして、魔物に生まれたことを徹底的に後悔させてやる。


 二人を見ると、両極端な表情をしていた。レオネルは口を薄く開いて呆然(ぼうぜん)とこちらを見ている。一方でヨハンはわたしと目を合わせ、不敵な笑みを浮かべた。


「レオネル」と呼びかけると、老魔術師は我に返って目をぱちくりさせた。そんな彼に向けて続けて言う。「天の階段(ステラ・ステップ)はまだ使える?」


「ええ、問題なく」


 よし。これであと三体の目途(めど)も立った。


「私もなにかしましょうか?」


 歩み寄ったヨハンの耳元にいざというときのための作戦を囁くと、彼は苦笑して頷いた。「あくまでお嬢さんひとりで戦うわけですね」


「ええ。ごめんなさいね、ひとり()めしちゃって」


「いえ、こちらは助かります。思う存分戦ってください」


 言われなくとも、思い切り戦うつもりだ。レオネルに視線を移し、頷いて見せる。すると彼も短く頷き返した。


 アイコンタクトだけで充分。レオネルの実力は知っている。『帽子屋』戦で見せた天の階段(ステラ・ステップ)はタイミングも硬度も申し分なかった。


 三体の怪鳥を睨む。


 そこで待ってなさい。すぐに地面と接吻(キス)させてあげる。


 ぐっ、と腰を落とし、力を溜める。サーベルを握る右手は、まだ力を込めずにおく。


 地を蹴って跳び上がる。そして空中に一歩踏み出すと、天の階段(ステラ・ステップ)を踏みしめる確かな感触が伝わった。そのままテンポを速めて駆け昇る。天の階段(ステラ・ステップ)は一段一段、期待する通りの場所に絶妙なタイミングで創られた。透明なステップを踏んで、三体のルフの内、一体を目前に(とら)えた。


 怪鳥は感情を感じさせない濁った瞳でこちらを見ている。


 宙の足場を駆けて、ルフへ急接近する。怪鳥は動揺するように幾度(いくど)か翼を動かして距離を取った――が、わたしの接近スピードには遥か(およ)ばない。


 じきサーベルが届くといった距離で、ルフは大口を開けて首を伸ばした。


 怪鳥ルフはラーミアのように頭脳戦は出来ない。図体ばかりが大きく、攻撃といっても嘴と翼くらいのものだ。その二つが脅威的とされていたが――気の毒なことに――そんなものに屈服する騎士は王都に存在しない。


 サーベルを両手に持ち替える。わたしはあえてその口に飛び込み、嘴が閉ざされて暗闇が訪れた瞬間に柄で上の嘴を叩き砕いた。


 破片が宙に舞う。具合良く脱出口が出来た。ただ、そうなるとルフが仕掛ける攻撃はひとつだ。


 喉の奥からのたうつように舌が現れた。予想通り、呑んでしまおうという算段だ。


 ルフの舌もそれなりの硬度を持ってはいたが、嘴よりも柔らかい物質は今のわたしにとってなんの脅威にもならない。


 舌を切り裂くと、地面へ向けて嘴が開かれた。直前の、天地がずれるような感覚でその行為に(いた)るのが想像出来たので、先ほど砕き()けた嘴の穴にぶら下がる。


 ルフの動きが緩まる頃合いを見計らって穴から出て、嘴を駆け上がる。ルフはびくりと首を起こしたが、既に瞳の前まで接近していた。


 勢いのまま、眼球にサーベルを突き立てる。


 ルフは滅茶苦茶に暴れたが、瞼をがっしりと掴んだわたしにはなんら問題ない。興奮が収まるのを待つのも面倒だ。一気に片付けよう。


 サーベルを抜き去り、地面を一瞥(いちべつ)する。レオネルと目が合う。瞬間、足裏が透明な斜面を捉えた。


 一気に跳ね上がり、暴れるルフの頭上を飛び越える。目標はうなじ。


 わたしを見失っているにも関わらず暴れ続けている怪鳥の首に刃を振り下ろす。すると巨体はぐらりと揺れ、落下を始めた。


 三体目。


 その身を足場にして空中へ飛び出すと、天の階段(ステラ・ステップ)へ着地した。


 刹那(せつな)――目の前に猛烈な勢いで迫る、閉じた嘴が見えた。


 嘴の硬度が足りないのなら速度で補おうという算段か。浅はかね。


 サーベルを引き、一瞬のうちに両手で斬撃を放つ。嘴は粉々に砕け散り、ルフの首は大きくのけぞった。そのまま天の階段(ステラ・ステップ)を足場にして喉を目指して駆け、一閃(いっせん)する。


 四体目。


 最後の一体へ身体を向けると、ルフは既に降下を始めていた。狙いはレオネルとヨハンである。


 ――そう来ると思った。


 卑劣なものを見慣れてしまったせいか、ルフの行動が随分とちっぽけな抵抗に思えてしまう。


 地面を見下ろすと、丁度ヨハンの身体に魔力が集まっていくところだった。煌々(こうこう)と輝くそれは、徐々に小さくなっていく。


 それにつれて、わたしの身体に魔力が溢れていった。――疑似餌(アトラクタント)。魔物誘引の魔術である。ラーミアほど頭の回る敵ならいざ知らず、ルフにとっては(たま)らないだろう。案の定、怪鳥は飛び上がって標的をわたしへと変更した。


 疑似餌(アトラクタント)中の眩暈(めまい)や感覚の消失のさなかにあっても、決して身体が揺らぐことはなかった。一度経験しているからではない。それを遥かに上回る怒りに駆られているだけだ。


 充分な高度までルフが接近すると、疑似餌(アトラクタント)が解除された。


 迫るルフの身体を空中で一閃する。最後の一体だからだろう。余計に力が籠っていた。


 もうルフは一体もいなかった。敵が消え果ててなお、胸を焦がす怒りが収まりそうにない。


 空中に留まり、貴族街区を睨んだ。


 全ての敵がそこに結集しているに違いない。『帽子屋』、『黒兎(くろうさぎ)』、『白兎(しろうさぎ)』、グレイベル、女王、メアリー、そしてビクター。


 霧の先――暗闇に隠れるように荘厳な城がぼんやりと見えた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。


・『ルフ』→鳥型の大型魔物。詳しくは『37.「暁の怪鳥」』にて

・『アカデミー』→魔術師養成機関とされる場所。実際はビクターの実験施設。詳しくは『54.「晩餐~夢にまで見た料理~」』『121.「もしも運命があるのなら」』『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて

・『レオネル』→かつてハルキゲニアを魔物から守っていた魔術師。レジスタンスのメンバー。詳しくは『104.「ハルキゲニア今昔物語」』にて

・『天の階段(ステラ・ステップ)』→空中に透明な足場を作る魔術。初出は『112.「ツイン・ラビット」』

・『帽子屋』→ハルキゲニアの騎士団長。魔力察知能力に長けている。シルクハットの魔具『奇術帽(コピーハット)』で戦う。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』にて

・『ラーミア』→半人半蛇の魔物。知能の高い種。『86.「魔力の奔流」』に登場

・『疑似餌(アトラクタント)』→魔物の持つ魔力誘引特性を利用した魔物引き寄せの魔術。対象の身体に魔力を注ぎ込むので、対象者が引き寄せの力を持つ。詳しくは『83.「疑似餌」』にて

・『黒兎(くろうさぎ)』→ナイフを複製する魔具『魔力写刀(スプリッター)』の使い手。残忍な性格。詳しくは『127.「魔力写刀」』にて

・『白兎(しろうさぎ)』→ハルキゲニアの騎士。魔術師。詳しくは『112.「ツイン・ラビット」』にて

・『グレイベル』→元々レオネル同様、ハルキゲニアの防衛を担っていた魔術師。女王の軍門に下った。詳しくは『111.「要注意人物」』にて

・『ハルキゲニアの女王』→王都からの追放者とされる人物。五年前からハルキゲニアを支配している。詳しくは『104.「ハルキゲニア今昔物語」』『117.「支配魔術」』にて

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