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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
1623/1626

Side Laurids.「すべては弱さに起因する」

※ラウリス視点の三人称です。

 ルナの殺害命令に、ラウリスは当惑した。虐殺対象であるマオが青褪めたのは言うまでもない。


 魔物の軍勢に動きはなかった。ラウリスが生きている限り彼に指揮権があるのだから当然である。彼女の言葉に応じたのは血族のみだった。めいめいが自前の武器を抜き放ち、あるいは魔力を集中させる。


「や、やめてくれ! 僕は貴方がたに危害を加えるつもりなんてない! 後生(ごしょう)だから、殺さないでくれ!」


 尻もちを突いたマオが叫ぶ。灯火に照らされたその顔には、絶望がありありと浮かんでいた。


 樹木の魔術で抵抗するのは可能だったろう。しかし彼はその選択をしなかった。そんなマオを、ラウリスはじっと見つめる。唇を噛んだのは無意識の動作だった。


 命乞いしか許されない状況も存在する。勝ち目のない相手に囲まれてしまえば、抵抗したってなんの意味もないのだ。


 ラウリスは薄々勘付いていたが、このときはっきりと、自分とマオが似通っていると悟った。数ヶ月先に控える儀式――処刑において、逃避も抵抗も許されていない。出来るのは懇願(こんがん)だけだ。実父であるヴラドの前で額を床に(こす)り付け、どうか儀式を中止してもらえないか、と。しかし、それすらしないだろうとラウリスは自嘲した。薄い可能性に(すが)りつき、足掻(あが)くだけの気力が自分には欠けている。そこにマオとの相違があり、奇妙な羨望さえ感じた。


 しかし、マオの目論見が果たされることはない。ルナが命じた以上、彼は殺される。もしかするとルナ自身が八つ裂きにするかもしれない。


 ラウリスはじっと周囲の動向を(うかが)っていたが、血族たちは攻撃態勢のまま制止していた。妙な魔術をかけられたわけではない。いくつかの視線がほかでもない自分に送られていることに気付き、ラウリスは途端に息苦しさを覚えた。


「ラウリス隊長(こう)」ジーザスがマオの隣に歩を進め、気軽な調子で呼びかける。「第一部隊の(ちょう)はルナお(ひい)様じゃねえ」


 ルナが地団駄を踏むように、一歩ジーザスへ足を出した。しかし言葉はない。こめかみに血管が浮いてはいるが、冷淡な眼差しで彼を射ている。


 ルナはこちらを見向きもしないが、なにを待っているのかは分かった。


 マオの殺害命令。


 兄を兄と思わず、軽蔑するような妹だ。それゆえ、この沈黙は期待の表れではない。怒りの(にじ)んだ無表情と、開かれることなく結ばれた口は、いわば脅しである。さっさと同じ命令を出せと暗に言っているようなもの。


 考えてみれば、彼女の判断は的確だ。寝返ると誓っているものの、相手は人間で、しかもグレキランス西門の兵士と言ってもいい。生存者がマオひとりなのだから、唯一の門番とも換言(かんげん)出来る。


 ラウリスは声の震えを(おさ)えて、なんとか声を出した。


「ジーザス。きみの意見を聞かせてくれ」


 言い終えて、不快感が胸のあたりに(うず)を巻いた。周囲の血族の視線が痛い。ルナの(いだ)いているであろう膨大な呆れが痛い。この一場(いちじょう)を目にしている蝙蝠(こうもり)が――父の視線が、痛い。なにより、決断出来ない自分の臆病さに痛みを感じた。


「ラウリス。お前はそれでいいんだな?」


 ジーザスの声に嘲弄(ちょうろう)の響きはない。なんの感情も混ざっていない、単なる確認でしかなかった。普段の軽薄さと比較してしまうからだろう、どうにもそれが重たく聞こえる。


「……ああ。かまわない」


 なんとか絞り出すと、ラウリスはきつく目を(つむ)った。視界に映るものすべてから、今この瞬間だけ逃れたかったのだ。幼い頃から、そうやって急場(しの)ぎをした経験が何度もある。悪癖なのは自覚していた。


 瞼の裏の闇に灯火が(にじ)んで、薄ぼんやりと赤い。


「俺の意見を言わせてもらうと、こいつの処遇は部隊で一番優秀な奴に任せるべきだな。片時も油断せず、誰より強く、知恵のある者に」


 ラウリスは目を閉じたまま、ジーザスに返した。「同意見だ。この人間の処遇はジーザスに任せる」


 短い一笑と、小さな舌打ちが()ぜる。前者はジーザスで、後者はルナだ。視界を閉ざしてもそれくらいのことは分かってしまう。だが、ほかの血族の反応を見ずに済んでいるのだから、これでいいと思った。


 片目だけ薄く開くと、マオと、彼を見下ろすジーザスの姿がぼんやりと(かす)んだ。


「マオ、お前は弱い。弱いから他人に生殺与奪を握られる。弱いから味方を犠牲しなきゃならなかった。想像してみろ。お前が俺たちを一掃(いっそう)するくらい強かったら、どうだ? グレキランス地方に進軍したすべての血族を殺せるだけの力があったなら、どうだ? 今と違った未来があったはず。そうだろう?」


 曖昧な視界で、マオが弱々しく頷くのが見えた。


「俺は」とジーザスは続ける。「ここにいる誰より強い。もちろん、マオ、お前よりもだ。お前がまばたきするより早く殺せる。砲台と白銀猟兵(ホワイトゴーレム)を無力化したのを見ただろ? あれと同じことがお前の身体で起こるんだ。すべては俺の心ひとつ。なんでこうなったのか、さすがに理解してるだろ? そう、お前が弱いからだ。弱いってのはなによりも罪深い。特に、お前みたいに中途半端な力を持ってる奴はな。味方の命をダシにしてたったひとり助かろうとした挙げ句、このザマだ」


「どうすれば……助けていただけますか?」


「残念ながら、このままじゃお前は助からない。お前を自軍に引き入れたら、ルナ(きさき)殿下(でんか)激昂(げっこう)のあまり狂って月までブッ飛んじまう。……おいおい、冗談だよルナちゃん。槍の魔術を収めてくれ。……よし。そこで提案だ。マオ、お前は強くなればいい。今よりずっと強くなれば、不愉快な状況に(おちい)ることもない。どうすれば強くなれるかなんて考える必要はねえよ。俺が強くしてやる。一級品と呼べるくらいには」


「そんなこと……どうやってですか?」


「お前は誓えばいいだけだ。未来永劫(えいごう)、俺に絶対服従するってな。その見返りとしてお前を強くしてやる。ただし、今すぐじゃねえ。ラガニアに戻ってからだ。つまり、お前は念願叶って()の地に移住するってわけだな。異論なければ――」


 契約を結ぶと誓え。


 ジーザスの言葉に、マオはなんら逡巡(しゅんじゅん)することなく誓いを述べた。


 相変わらずの手管(てくだ)だと、ラウリスは苦々しく口を歪める。契約の異能。誓いを破ったら命を失うことになる。それを相手に一切知らせないのがジーザスのやり口だった。


 その頃には、ラウリスはすっかり目を開いて二人の姿を見つめていた。片や救済を得た喜悦(きえつ)の表情。片や悪魔のごとき卑劣な笑み。


「それじゃ、お前はしばらくここに閉じ籠もっててもらう」言って、ジーザスが取り出したのは強制転移箱である。「なに、暗いだけだ。そのうちラガニアの領地に着く。それまで寝てりゃいい」


「もし断ったら――」


「そいつは契約違反だ。服従を誓ったろ? マオ、これは提案じゃない。命令だ。そう不安そうな顔すんなよ。悪いことにはならねえさ。少なくとも、今より悪くはならない」


 マオが頷くのとほとんど同時に、小箱が開き、彼の姿は内部に吸い込まれて消えた。


 ジーザスは何事もなかったかのように一同を見やる。ラウリスも含めて。


「これで敵は消えた。死んじゃいねえが、ルナ女帝もご満悦だろ。西門の制圧は完了。あとは扉をブッ壊して中に入るだけだが、一番槍は西門じゃねえ。あらかじめ決められた通り、北門破壊の(しら)せを待つ。それまで待機だ」


 それからジーザスはラウリスに視線を移し、「それでいいか?」と問いかける。もはやそれは提案でも意思確認でもなく、命令としてラウリスの頭に響いた。




 かくして、王都グレキランス西門は夜間に入って早々、夜会卿の第一部隊によって完全制圧された。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ラウリス』→夜会卿の長男候補。戦争において表向き、夜会卿の第一部隊長を任じている。気弱でネガティブな性格。妹のルナに気後れしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『ルナ』→夜会卿の長女候補。戦争において夜会卿の第一部隊の副隊長を任じている。父であるヴラドへの愛着が強く、兄のラウリスを軽蔑している。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『マオ』→騎士団ナンバー8の青年。樹木の魔術師。神童の異名をほしいままにしていたが、シフォンにかつて敗北したことで自尊心を叩き折られ、今は序列を維持するだけの卑屈な騎士に成り下がっている。そんな彼が『宿木』の蔑称で呼ばれるようになったことに、さして抵抗を感じてすらいない。戦争においてイフェイオンの司令官に任命されたが裏切った。クロエたちに捕縛され王都へと移送されたが、途中で逃走。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。夜会卿に仕えている。黒の血族と人間のハーフ。戦争において夜会卿第一部隊に所属。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『強制転移箱』→対象をあらかじめ指定した場所まで転送する魔道具。戦争において夜会卿の各部隊長がひとつずつ所有している。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて

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