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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
1622/1628

Side Laurids.「卑劣な弱者」

※ラウリス視点の三人称です。

 マオと名乗った男を見下ろし、ラウリスは吐き気を覚えた。敵に拝跪(はいき)し、(おもね)りの視線を向けて一切恥じることのない男から目が離せない。見たくもない手合いのはずなのに。


 そんなラウリスの隣で、上等なスーツに身を包んだ男が口を開いた。ジーザスである。


「それで、お前はなんで裏切ってみせたんだ?」


 試すような物言いは彼の常套手段である。なにを口にするにせよ、こちらが試されている気になるのは、彼の身から溢れる不遜(ふそん)さによるものか、あるいはラウリスだけの思い込みだろうか。


 マオは痛みからか、顔を歪めて返す。


「僕はラガニアに亡命したいのです。貴方がたの住まう地で安全に暮らしたいと願っています。っ!」マオは言葉の途中で息を荒げた。身を貫いた矢から血が流れて痛々しい。「この戦争でグレキランスの人間は死滅するでしょう。僕はそうなりたくないのです。だから、っ! だから、傷を負ってまで貴方がたに奉仕しようと決めたのです。……多くは望みません。最低限文化的で安全な暮らしが出来れば、それでいいのです」


 マオの姿がぼやけた。なんだか意識が朦朧(もうろう)とする。そうまでして生命にしがみつくマオという男を軽蔑しながら、もっと別の感情が揺さぶられているのは知っていた。


 マオは全力で命を守ろうとしている。自らの命を。


 自分は残り数ヶ月で処刑される身だ。成人の儀と銘打(めいう)った拷問によって。不死の異能――ヴラドの力を継承している者のみが、のちの人生を約束される。正式に彼の子供と認められる。ラウリスは己にそのような特別な能力など宿(やど)っていないのを悟っていた。ゆえに、死ぬ。それでいて怯えることしか出来ていない。マオと違って、命を永らえるための方法を取ろうともしていないのだ。なるほど、マオは汚濁(おだく)に満ちている。世に人情が存在するならば、彼はその(たっと)い宝玉を粉々に砕いて、なんの罪悪も感じない者だ。命のためならどんな卑劣な手段でも正当化出来る思考なのだろう。


「傷を負ってまで、ねえ」


 ジーザスはしゃがみ込み、マオの身体から突き出た矢じりを(もてあそ)んだ。それに反応してマオが(うめ)きを上げる。


「おやめください……どうか、どうか。僕が意識を失ったら、砲台と白銀猟兵(ホワイトゴーレム)が稼働します。今でさえ精一杯動きを(はば)んでいるのですから」


「わざとだろ」


 傷を弄ぶのを決してやめることなく、ジーザスが言い放った。マオは相変わらず痛みに顔を歪めつつ、しかし目を丸くした。


「なにが、です?」


「傷だよ。全部致命傷を()けてる。自分で撃ったわけじゃないにしろ、お前は死なないようにちゃんと計算して矢を受けた。それで俺たちの同情を買おうと企んだんだろ。献身的(けんしんてき)だと思われたかったか? あ?」


 ラウリスはジーザスの言葉で、ようやくマオの傷を正確に把握した。確かに、命に支障のある箇所には矢を受けていない。味方に抵抗されたと言うなら、もっと危ういところに刺さっているはずだ。しかしことごとく安全な、痛みだけを演出する部位に突き刺さっている。


 命の前では痛みの比重など軽い。道理である。ただ、どれだけの者が実行出来るだろう。不確定要素に満ちた亡命作戦に如何(いか)ほど寄与するとも知れない傷をあえて負うのを、マオは(いと)わなかった。


「マオ、お前は弱い。弱いからそんな演技をしなきゃならねえ。本当の強さがどんなものか、教えてやるよ」


 言って、ジーザスはマオの横を通り抜け、門へとまっすぐに歩んでいった。いくつかの砲台と白銀猟兵(ホワイトゴーレム)が狂おしく抵抗している。樹木が(きし)む音があちこちで鳴っていた。


 不意に、ジーザスの手が宙を撫でた。その軌道の終わりに、まとまった金属の欠片がいくつも彼の手からこぼれ落ちる。


「マオ。砲台と白銀猟兵(ホワイトゴーレム)の樹木を解除していい」


 ジーザスの言葉に、マオは「そんなことをしたら貴方がたは」と言いかけたが、ジーザスに制された。


「さっさとしろよ。ノロマは嫌いだ」


 マオはおずおずと地面に手を突いた。そこから魔力が拡散していくのが感じられる。やがて砲台の樹木は順々に朽ちていった。と同時に、砲塔が甲高い音を立てて落ちる。樹木を解除された砲台は、いずれも首を落とされたように同じ運命をたどった。門から半径一キロ――マオの樹木で拘束されていた砲台がことごとく無力化されたのである。白銀猟兵(ホワイトゴーレム)も沈黙していた。


「マオ、これが強さだ。有無を言わせず息の根を止めるだけの力。その点、お前は弱い。あのチンケな砲台を縛り上げることしか出来なかったんだからな」


 振り返ったジーザスは松明の灯りを受けて、異様な怪物としてラウリスの目に映った。その肌は人間で、しかし血族の血を引き、血族の部隊に参加している。曖昧なルーツと相まって、ジーザスの一連の行為は悪魔の些細(ささい)手技(しゅぎ)にさえ感じられた。


 ジーザスの足元に落ちた鉄塊を視界に収め、ラウリスは深く息を吐く。


無慈悲な強奪者(ブラッディ・ハンド)』。ジーザスがヴラドから下賜(かし)された貴品(ギフト)である。その能力は(さだ)かではないが、両手にはめた手袋がほかならぬその品なのだろう。足元の残骸を見る限り、遠距離の物体の一部を奪う代物と思われる。


「さてさて、ラウリス隊長猊下(げいか)。マオをどうする?」


 ジーザスの口調は打って変わってふざけたものとなった。急に水を向けられたものだから、ラウリスにはなんと言っていいか分からない。この状況に対する整理がまったくついていなかった。


 誰もがこちらに注目している。ヴラドの精鋭部隊も、ジーザスも、ルナも。魔物まで視線を送っているようにさえ感じられた。


「裏切りが真実なら――」


 ラウリスはそこで言葉を切った。


 マオが本当に裏切っているのは、もはや明らかだ。問題はこちらがそれを受け入れるか(いな)か。一体も魔物を失うことなく西門を落とすのは適切な()(かた)だろうかと自問する。夜闇に(まぎ)れた蝙蝠(こうもり)の目――父は、それを良しとするだろうか。


「あの大木には」とルナが不意に呟いた。小さな声なのに凛と通る。「人間が生きて格納されてる」


 ハッとしてマオを見やる。そんなこと、まったく気付かなかった。おおかたジーザスは初見で把握していただろう。おそらくはルナも。優秀な連中はいつだって、肝心のことを口にしてくれない。


「それは貴方がたへの捧げ物でございます! もしお望みとあらば、皆殺しにしましょうか!? 潰してご覧に入れることも可能です!」


 マオの口調には焦りがある。ジーザスに弱いと指弾(しだん)され、自分の運命に暗い影が差すのを直観したのだろう。だからこそ、ルナの言葉に好機を見出した。まだ取り()る材料はあるのだと。


「全員殺しなさい」


 ルナが淡々と命ずる。ジーザスも口を挟まない。ラウリスはなにか言いかけては、結局なにも言えずにいた。


 やがてマオは両の手を、力を込めて握る仕草をした。彼の手が狭まっていくにつれて、巨木の天辺(てっぺん)にある球状の木が収縮していく。樹木の内側から悲鳴が聴こえ、骨の砕ける音が響いた。


 何人の兵士が球に収められていたのだろう。なんにせよ、それらすべての命が(つい)えたのは明白だった。もはや球は拳程度のサイズになっており、膨大な血が木々の隙間から(ほとばし)ったあとだった。


 なぜマオは迷わないのか。ラウリスはその一直線で非道な裏切りに目眩(めまい)がした。どうすればそこまで自分の命に対し、卑劣を許す(いびつ)な誠実さを持てるのか。


 しばしの()を置いて、ルナの声がラウリスの脳を揺さぶった。


「これで残る人間はひとり。殺しなさい」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ラウリス』→夜会卿の長男候補。戦争において表向き、夜会卿の第一部隊長を任じている。気弱でネガティブな性格。妹のルナに気後れしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『マオ』→騎士団ナンバー8の青年。樹木の魔術師。神童の異名をほしいままにしていたが、シフォンにかつて敗北したことで自尊心を叩き折られ、今は序列を維持するだけの卑屈な騎士に成り下がっている。そんな彼が『宿木』の蔑称で呼ばれるようになったことに、さして抵抗を感じてすらいない。戦争においてイフェイオンの司令官に任命されたが裏切った。クロエたちに捕縛され王都へと移送されたが、途中で逃走。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。夜会卿に仕えている。黒の血族と人間のハーフ。戦争において夜会卿第一部隊に所属。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『成人の儀』→アスターでおこなわれている儀式。ヴラドの息子や娘が二十歳を迎えた際、死に至る拷問を手を変え品を変えおこなうことを指す。不死者でない者を血縁と認めていないため。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『ルナ』→夜会卿の長女候補。戦争において夜会卿の第一部隊の副隊長を任じている。父であるヴラドへの愛着が強く、兄のラウリスを軽蔑している。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて

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