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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
1619/1626

1020.「出発と、いつか見た悪夢」

 煙宿から兵士たちが出発して半日が経とうとしていた。陽はやや傾いていることと思うが、湿地帯に位置する煙宿において時間の移ろいはひどく曖昧である。特に日中は。


 わたしは針屋の二階で窓越しに外を見つめている。特になにも考えず。思考すべき事柄がなければ、考えるという行為に意味は感じられない。


 室内にはいくつかの息遣いがあった。竜人のスピネルの寝息。ナルシスの嘆息(たんそく)。ヨハンの呼吸音も混じっているが、(かす)かなものだ。ちらと隣を見やると、壁に背をもたれ、足を投げ出して(うつむ)いた彼の姿がある。寝ているのだろう。睡眠時のヨハンは普段よりも死体じみている。


 外から聴こえる人々の声――その多くは血族である――に比して、針屋はひっそりと静まり返っていた。兵士たちの墨を彫ったり抜いたりといった重労働から解放された針姐(はりねえ)も、夜通しわたしの服を作ってくれたココも、今は夢のなかだろう。


 針姐と顔を合わせたのは、兵士たちの見送りが済んで針屋に戻ってすぐのことだった。この部屋まで足を運んだ彼女は、華美な着物こそ普段通りではあったものの、疲労困憊といった様子だったのを思い出す。軽い挨拶を交わして、水蜜香(すいみつこう)を一服すると立ち去った。ほんの数分程度の再会である。


『ホンマは見送りに出たいんやけど、無理そうやから挨拶しに来たわ。嬢ちゃんらとは今度ゆっくり……また焼き鳥でも食べながら話しよか』


『生きて帰るとは限らない』


『生きてくれなんて野暮、言わんよ。……死んだら死んだで、あの世でまた会えばええ』


 戦場において死は当たり前に起こる現象だ。わたしも例外ではないし、今朝()った兵士たちはなおのこと自覚しているはず。敵を殺そうとするのだから自分も殺されうる。相手が強大であるぶん、死の天秤が大きくこちら側に傾いているのは自明だ。


 死ぬ気で戦うほどの動機は、今のわたしは持ち合わせていない。グレキランスがどうなろうと少しも感情が動かないから。ただ、ニコルと相対(あいたい)すときだけは別だろう。なにがなんでも討とうとするはず。ただし、魔王の討伐が控えている以上、死ぬわけにはいかない。


 とはいえ猛者との戦闘における恍惚(こうこつ)状態のわたしは、進んで死に接近するのは間違いない。死に漸近(ぜんきん)してはじめて、一歩だけ強くなれると確信しているようだから。ただ、本当のところは分からない。死への距離と強さとが比例関係にある保証はないのだから。そもそも、わたしは過剰な強さを求めているわけでもないのだ。ニコルと魔王を倒せるだけの力があればそれで充分であり、両者の力が途方もないことを察しているからこそ、今のところ強さを求めているに過ぎない。


「さて、そろそろ出発しましょう」


 隣の死体――ヨハンが立ち上がって手を打った。ナルシスが頷き、スピネルが欠伸(あくび)をしながら目を(こす)る。


「ナルシスさんは本当によろしいのですね?」


「もちろん。私はクロエ嬢に同行すると決めたのだからね。なにがあろうと」


 ヨハンが念押ししたのは、これで二度目だ。最初は針屋に帰ってすぐのことである。人間側の交信魔術がことごとく傍受(ぼうじゅ)されている以上、ナルシスが戦場に向かう意義は薄い。なにより危険である。そのようなことを手を変え品を変え説得したヨハンだったが、ナルシスは(がん)として譲らなかった。煙宿に(とど)まるのが賢明だとはわたしも思うものの、関心はない。行くかどうかを決めるのは当人次第だ。個人的には、同行してもらうほうが望ましい。傍受されている事実があろうと、ナルシスの価値はわたし個人としては変わらないからだ。いつでもどこでも送受信可能な交信役。ないよりはあったほうがいい。


 ぞろぞろと針屋を出ようとしたところで、ばったりとココに出くわした。側頭部の髪が寝癖でハネている。


「おはよ、お嬢。みんなもう行くの?」


「ええ。すぐに」


「それじゃ、送るよ」


 寝ぼけ(まなこ)のココとともに大通りへと出る。外を歩いていた血族や、居残り組の人間の目が一斉にこちらへと向いた。


 わたしたちが半日ほど遅れて出立することを何人が知っているのかは分からないし、どうでもいい。まさか全員が心得ているわけではなかろうが、その場の人間は誰もが一直線にわたしたちのもとへと駆けた。そして口々に激励(げきれい)の言葉を口にする。


 妙なことには、わたしたちの無事を願う者のなかには血族も混じっていた。


「どうかご無事で。同道出来ず、心から申し訳なく思う」


 わたしの手を取ってそう口にした血族が誰なのかは分からなかった。たぶん、魔物の襲撃から守ったひとりなのだとは思う。でなければこうも熱烈な強さで手を握られはしない。


「みんなお嬢のことが大事なんだよ。もちろん、ほかのみんなのことも」


 言って、ココは得意げに腕組みした。


 大事か。


 そう口にされてもなにも感じない。ありがたいとも、重たいとも。


「またお会いしましょう、ココさん」とヨハンはへらへら返した。彼は生き残る気しかないらしい。まあ、ヨハンが本当に死ぬような場面はあまり思い描けないのも事実だ。どこであれ、のらりくらり飄々(ひょうひょう)と生きる姿のほうが楽に想像出来る。


「またね! お嬢もだよ! スピネルとナルシストも!」


「私はナルシストではなくナルシスだ! よくある勘違いで慣れたものだが、気を付けてくれたまえ!」


 ナルシスの前のめりな反論に、あちこちで笑いが波立った。ココはその中心で声を上げて笑っている。わたしもやや遅れて「あはは」と声に出した。笑顔も作った。


 やがて笑いが収まると、ココがやけに真剣な声でヨハンに呼びかける。


「お兄、お嬢を頼むからね」


 ヨハンは目を瞑って頷いた。


 なにか頼み事でもされたのだろうか。


 別段知りたいとは思わなかったので、なにも聞かないまま、わたしたちは旅立った。




 空の上で、わたしは片手だけで全身を支えている。スピネルの尻尾を掴んでいるのだ。どうせなら背中に、と勧められたが断った。掴みやすいという理由だけである。片手で体重を支えることくらい以前のわたしにも出来たし、今のわたしはその気になれば何日でもこうしてぶら下がっていられる。疲れなど存在しないから。


 スピネルの右手にはヨハンが、左手にはナルシスが(かか)えられていた。二重歩行者(ドッペルゲンガー)ではなく本体のヨハンが同行する以上、スピネルの両手は埋まるわけで、つまりは定員オーバーなのだ。そこで尻尾にぶら下がるという選択をしたまでである。


「スピネルさん、ナルシスさん。お二人とも、私とお嬢さんを降ろしたら後方の空中で待機をお願いしますね。危険を感じたら煙宿まで逃げても結構です」


 ヨハンの言葉は、すでに何度か別の言い回しで共有された事項である。


 夜会卿の本隊を(あなど)るな、というわけだ。優秀な魔術師や異能持ちがいることは想像にかたくない。目的地まで到達したのちは安全圏で待機するのが妥当だ。もっとも、この戦場においてどこが安全なのかは誰にも判断出来ないが。


 すでに陽が落ちている。やがて魔物の時間に突入するだろう。


 遥か遠方に、大量の人影が見えた。そして、さらに遠くに王都の壁も見える。人影の奥には大勢の血族が群れているのが気配で感じ取れた。手前の人影は煙宿からの援軍だろう。


 血族の軍勢はおそらく三千程度だろう。魔物の数がどの程度になるかは未知だ。少なく見積もっても十倍はいるだろう。


 どの門も、これだけの軍勢を相手にするのだろうか。だとするなら勝ち目はかなり薄い。朝に兵士を見送った時点で、王都から交信が届いたことは(しら)されていた。周囲の無事な町村は血族の背後を取るように、との指示である。ケロくんの声だったが、おそらくオブライエンによる声真似だろう。


 東西南北。それぞれの門に重点配備された兵士たちのうち、何人が朝を迎えられるのか。その朝に、勝利の二文字はあるのか。


 敵方の軍勢を見据え、わたしは廃墟と化した王都を想像した。


 以前のわたしが、いつか見た悪夢だ。それが今宵、現実に食い()ろうとしている。異郷から訪れた宵闇の狩人たちが、王都の四肢(しし)をもごうと腕を振り上げたのだ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『針屋』→『針姐』が『煙宿』で営む針治療の店。刺青を彫り込む仕事も請け負っている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『スピネル』→二度目の『霊山』来訪で出会った、薄黄色の鱗の竜人。臆病で、長いものに巻かれる性格。クロエが無理やり『霊山』に押し入ったことにより、門番をしていた彼も裁きを受ける手はずになっていた。クロエが竜人の族長となったことで無罪放免となり、それから彼女を「至高の星」と呼んで心酔し、自ら下僕関係を望んだ。「至高の星」とは、竜人を含めた世界全部を良くする存在なんだとか。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』にて


・『ナルシス』→王都の騎士団に所属している交信魔術師。自信家で演技口調。しかし交信魔術の腕前は送受信ともに優秀。また、元真偽師。観察眼と魔力察知にも長けている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『針姐(はりねえ)』→『煙宿』で針治療の店を営む、本名不詳の女性。派手な着物姿。語尾の上がる独特の喋り方をする。ザッヘルの妻。食後に、煙管で水蜜香を一服するのが好き。魔力を込めた墨を彫り込み、対象に強化魔術を付与することが出来る。ただし、墨は能力の使用や時間経過に応じて肉を蝕む。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ココ』→『煙宿』にある針治療の店『針屋』に居候する女性。気さくで明るく、演技が達者。魔術の才能があり、得意の裁縫と組み合わせ、魔力を織り込んだ衣服を作る。魔力の糸を断つのも結ぶのもお手の物。戦時下の煙宿において大活躍を見せた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』『450.「復路の梟」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『水蜜香(すいみつこう)』→微睡草(まどろみそう)と呼ばれる、麻痺毒を持つ植物を刻んで干したもの。燻した煙を吸引することで、酩酊状態に誘う。中毒性が強く、量を誤れば廃人となる場合も。『煙宿』で生産された水蜜香が、王都の歓楽街に密輸されている。詳しくは『393.「甘き煙の宿場町」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ケロくん』→ハルキゲニアで魔術の講師をしているカエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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