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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
1618/1625

幕間.「他種族連合と第一の目的地」

 煙宿襲撃の情報が共益紙(きょうえきし)で共有されてから丸二日と半分。血族がグレキランス一帯に足を踏み入れてから十日目の朝に、他種族連合はようやく目的地に到着した。


 目的地、といってもなにもない。背の高い草に目隠しされるようにして、巨大な蓮池が広がっているくらいだ。池の(おもて)睡蓮(すいれん)の葉が覆い隠しており、よくよく注意しなければ池に落ちてしまう。実際、ジェニーは落ちた。


「寒いにゃ……」


 びしょ濡れになった身体を焚き火で乾かしている。周囲の草を刈り、火を焚いてくれたのはもっぱらクロである。同族であるケットシーのクロは、彼女にとって無二の友達だった。


 クロは器用だからなんでも出来る。無口だけど親切だから、なにがあっても一緒にいてくれる。ジェニー自身、そんなクロと対等とは言えずとも、助けになろうと常々考えていた。持ち前のそそっかしさから、あまり上手くいった試しはないけれど。


 クロはジェニーの隣に座って、ただぼんやりとしているようだった。話しかけてもあまり返事がないのはいつものことで、けれど無視しているわけではないことは知っている。


 樹海で過ごした時間も、尾根(おね)での待機の間も、ずっとクロと一緒だったことをあらためて追想すると、ジェニーは信じられないような気にもなった。ケットシーの集落を壊滅させ、ゾラの率いるタテガミ族に仲間入りしたクロをずっと憎んでいたし、樹海の中央集落ルドベキアでは彼と拳を(まじ)えることにもなったのだ。


 ――全部クロエのおかげだにゃ。


 彼女はしばしばそのように結論付ける。もう二度と出会うはずがなく、恨みだけを(いだ)き続けるはずだったクロと再会出来て、しかも和解を果たせた。クロエの手引きがなければ、まったく違った未来が待っていたことだろう。


 それゆえ、消沈してしまう。


「クロエは元気なかったにゃ。変だったにゃ」


 ぼそりと呟くと、隣でクロが「それは何度も聞いた」とすげなく返す。


 クロエの変調に関してヨハンが言うには、戦時中だから気を張っているし、疲れてもいるのだと説明した。ジェニーはそれで納得したものだったが、どうしても普段のクロエと、尾根で再会した彼女とを比べてしまう。もし彼女に対して出来ることがあるならなんだってする気でもいた。しかし実際のところ、なにも出来はしないのを自覚している。ひとりだけ隊列を抜け出してクロエのもとへ駆けつけるのは駄目なのだ。これからやることは、すべての人間にとって大切な仕事なのだから。もちろん、そこにはクロエも含まれている。


「大丈夫か、ジェニー」


 草をかき分けて現れたのは、この部隊で唯一の血族であるユランだ。


「寒いけど、平気だにゃ」


「そりゃ良かった。ずぶ濡れのところ悪いが、もうじき俺たちも呼ばれるだろう。ゾラが眠った(・・・)


 ジェニーはきゅっと拳を握り、頷いた。


『夢の管理者』に会う方法は全員に共有されている。蓮池の周囲で眠ること。それだけだ。眠った者は管理者の住まいに移動する。といっても、彼の側で呼ぼうとした場合の話らしいが。


 戦争の話は管理者にすべて伝わっているし、彼の役割も明確。連合軍の大将であるゾラを居城に招かないわけがない。そしてゾラがこれから、ひとりひとりを管理者のところへと呼び立てる。


「ジェニー、クロ。不安か?」


 ユランは腰を下ろし、真剣な目で問いかけた。


 彼とはもうすっかり仲良しになっている。ジェニーの知る限り、他種族全員が彼を受け入れているようだった。ゾラの友人であることもさることながら、気さくで裏表がなく、親切なのだ。奴は遠慮がないと愚痴(ぐち)る者もいたが、ジェニーにとって無遠慮は大歓迎である。彼女自身も似た性質を持っているから。


「別に」とクロは短く言う。


 ジェニーは「クロが大丈夫なら、ジェニーも不安じゃないにゃ」と口にした。(いつわ)らざる本心である。


「そりゃいい。親友が平気なら自分も平気ってのは、真の友情だ」とユランは訳知り顔で頷いた。


 当初、ユランには誤解された。ジェニーとクロがずっと一緒にいるので夫婦だと思われたのだ。クロはなにも言わなかったけれど、ジェニーがしっかりと親友だと訂正してみせたのである。ユランはジェニーに対してはあっけらかんと謝罪したのに対し、クロの肩を(なぐさ)めるように叩いたのは記憶に残っていた。クロが小さく溜め息を吐いたことも。


 それから()もなく、ユランがばったりと仰向けに倒れたので、ジェニーは思わず慌ててしまった。が、どうやら眠ったようで、ちゃんと呼吸もしているし心臓も動いている。ゾラに指名され、『夢の管理者』のもとへと呼ばれたのに気付いて安堵(あんど)した。目の前でいきなり誰かが気を失うのはぎょっとしてしまうものだ。


「なにがあっても」とクロは唐突に言った。小さな声で。ジェニーの顔を見ることなしに。「君は僕が守る」


 ジェニーは力強く頷き、喜びが胸中(きょうちゅう)で膨らんでいくのを感じた。


「ジェニーもクロのこと、絶対守るにゃ!」


 クロが顔を上げてジェニーを見つめた。なんだか少し寂しそうな感じがする。なにか言わなきゃと思うものの、言葉が喉の奥に引っ込んでしまっていた。


 そうしているうちに、ジェニーの視界は一変した。


 そこは淡い黄色の壁に囲まれた、半球状の広間だった。空中の一角に、薄い羽根を()やした手のひらサイズの女性が(おび)えたように固まっている。室内にはいくつかの椅子が用意され、すでに他種族の何人かが腰かけていた。もちろん、なかにはユランもいる。床には色とりどりの球が転がっていた。


「これで全員だ」と巨大な金獅子の獣人――ゾラが、ひとりの老人へと声をかけた。


 あの老人が『夢の管理者』なのだろう。


「では」と老人は口を開いた。「これからお前さんがたを送り込めば良いのじゃな? グレキランスの地下に」


 ジェニーが聞いていた作戦は、こうである。


 まず少数精鋭の第一陣が『夢の管理者』の力で王都の地下に潜入する。地下のルートを確保したのち、他種族を順次投入する流れだ。第一陣はいくつかのグループに分かれて、それぞれ地下空間内の別の場所に転移し、敵の総大将の居場所を特定する役目がある。もちろん、敵の足止めも(にな)わねばならない。そののち、全戦力を送り込むという算段。


 メンバーを見やり、ジェニーはピンと頬髭(ほおひげ)を立てた。


 大将のゾラ。血族のユラン。トロールの族長エルダー。これが第一グループ。


 タテガミ族のオッフェンバックとミスラ、バアルとシーラが第二グループ。


 タテガミ族とトナカイ族のハーフであるドルフ、オオカミ族のバロック、人魚の族長メロが第三グループ。


 ジェニーとクロが第四グループだが――。


「よろしく。僕も第四グループに入ることになったんだ」


 椅子にかけた線の細いヴィクトルが陰のない笑みを送った。白イタチに似た獣人で、戦争が決まってから参戦を表明した人物、と聞いている。ときどき尾根で姿を見かけることもあったが、あまり面識はない。第一陣に加えられたということは、ゾラのお墨付きを得た精鋭なのだとは思う。


「よろしくだにゃ」


 ジェニーが手を差し出すと、ヴィクトルは慣れた様子で握手した。そしてヴィクトルはクロとも手を握る。


「それでは、それぞれ送り込むぞ」と『夢の管理者』が()くように言った。


 それを制したのはゾラである。


「悪いが、今すぐではない。合図を待つ」


「合図……?」と老人が首を傾げる。眉間(みけん)に皺を寄せているあたり、早く仕事を済ませてしまいたい様子であった。


 ゾラはそれを察してか、冷静に返した。


「そう日数はかからん。おそらくは今夜にでも合図が来る」


 ゾラの手にした共益紙をちらと眺め、ジェニーは地上が今どのような状況に(おちい)っているのか、(いく)ばくかの不安を抱いた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村を獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。彼と樹海で戦闘し、その末に和解した。クロと一緒にいるために、ルドベキアに残ることに決めた。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『クロ』→黒毛のケットシー。ケットシーの族長を殺し、ルドベキアに移住した男。トムの脚を切断したのも彼。かつてジェニーの友達だった。ドライな性格。『緋色の月』の二番手。獣人の中央集落であるルドベキアでジェニーと戦闘し、敗北。その末に彼女と和解を果たす。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』『Side Jennie.「みっつめのお願い」』にて


・『ケットシー』→獣人の一種で、猫に似た姿をしている。しなやかな毛で小柄。五感が優れている


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『夢の管理者』→人々の夢を管理する老人。実は『気化アルテゴ』の影響で異能を得た人物。あえて分類すると他種族にあたる。彼が仕事場にしている睡蓮の塊根から、別の場所へ人々を送り込むことも可能。詳しくは『第三章 第二話「妖精王と渡し守」』『897.「夢のはじまり」』にて


・『獣人』→人間でも魔物でもない存在。人間を忌避している種族。詳しくは『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『エルダー』→トロールの族長。鉄槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて


・『オッフェンバック』→純白の毛を持つタテガミ族の獣人。『緋色の月』に所属。自称音楽家の芸術至上主義者で、刺激を得るという動機でハックの和平交渉を台無しにした。炎の魔術を得意とする。クロエとの戦闘に敗北し、あわや絶命というところを彼女に救われた。それがきっかけとなって『灰銀の太陽』への協力を申し出る。が、『緋色の月』に返り咲き、再び『灰銀の太陽』と敵対することに。詳細は『774.「芸術はワンダー哉!」』『780.「君が守ったのは」』にて


・『ミスラ』→女性のタテガミ族。しなやかな黒毛。多くの獣人と異なり、薄衣や足環など服飾にこだわりを見せている。オッフェンバックの元恋人であり、わけあってゾラに侍るようになったが、オッフェンバックとよりを戻した。二本のシミターを用いて踊るように戦う。『緋色の月』の戦士であり、『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』の使用人。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』『789.「絶交の理由 ~嗚呼、素晴らしき音色~」』『797.「姫君の交渉」』にて


・『バアル』→山吹色の毛を持つ、巨躯のタテガミ族。『緋色の月』の五番手。投てき能力に優れ、筋力に恵まれている。シーラの夫。直情的で野蛮な性格。シンクレールに敗北し、オオカミ族の酋長バロックの支配魔術で抵抗を封じられた。詳しくは『Side Alec.「使命と憎悪」』にて


・『シーラ』→女性のタテガミ族。バアルの妻。義眼の魔術を扱う。義眼から得られた情報は他者と共有可能。頭部、手足、胸部、局部を除いて毛がなく、全身に傷を負っている。自身の経験から苦痛を快楽に転化する論理を持ち、ゆえに加虐嗜好と被虐嗜好を持ち合わせている。イカロスの全身に義眼を埋め込み、道具として扱った。詳しくは『Side Alec.「黒の剣鱗」』『Side Alec.「氷の剣、獣の拳」』にて


・『トナカイ族』→獣人の一種。樹海内での地位は低く、実りの少ない地に住んでいる。


・『ドルフ』→『緋色の月』の四番手で、トナカイ族の獣人。別名、鉄砕のドルフ。タテガミ族との混血。血の気の多い性格。身体硬化の魔術を使用する。『骨の揺り(カッコー)』を襲撃したが、最終的にリフによって撃退された。貧弱なトナカイ族を食わすため、仕方なく『緋色の月』に協力している。詳しくは『816.「地底への闖入者」』『817.「鉄砕のドルフ」』にて


・『オオカミ族』→獣人の一種。読んで字のごとく、オオカミに似た種


・『バロック』→オオカミ族の集落の長。知的で冷酷。相手を屈服させることに興奮を覚える性格。支配魔術および幻覚魔術の使い手。詳しくは『Side Mero.「緋と灰の使者」』にて


・『人魚』→女性のみの他種族。下半身が魚。可憐さとは裏腹に勝手気ままな種族とされている。大部分の人魚は臆病ゆえに排他的だが、族長であるメロはその限りではない。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『メロ』→人魚の族長。小麦色の肌を持ち、軽薄な言葉を使う。口癖は「ウケる」。なにも考えていないように見えて、その実、周囲をよく観察して行動している。仲間思いで姉御肌。地面を水面のごとく泳ぐ魔術を使用。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』『746.「笑う人魚」』にて


・『ヴィクトル』→白イタチに似た獣人。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」幕間.「少女と獣の恩返し」』にて

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