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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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幕間.「東門のナイフ使い」

 王都東門に配置された黒兎(くろうさぎ)ことクラウスは、少しばかり愉快な気分で朝食を()っていた。敵の部隊が数キロ先にいる事実が(かえ)って彼を喜ばせたのである。夜毎(よごと)の戦闘はハルキゲニアの守護者をしていた時期と比較すると随分とつまらなかったのだ。魔物の総数が目減りしていたのもあるし、壁上の砲台が連中を始末してくれるので自然と射程圏外(けんがい)で戦う意義も薄れる。


 魔具でもなんでもないただのナイフで先陣を切って戦う少年に、当初兵士たちは不安を(いだ)いたことだろう。今では()め立てする声も、命の心配をする過保護な視線もない。不思議と戦闘中はほかの兵士たちも魔物狩りに夢中になっていたが、夜明けとともに傷の有無を細かに確認しようと駆け寄る兵士は黒兎にとってストレスでしかなかった。


 彼らの鬱陶(うっとう)しい親切心を黒兎は実力で蹴散らしたのである。大型魔物はさすがに骨が折れるものの、中型魔物なら急所を見極めて速やかに排除出来る程度の力は持っていた。グールなどの小型魔物は、いかに群れて襲いかかろうとも数秒で撃破出来る。


「随分と楽しそうだな、クソガキ」


 離れたところから声がする。東門の指揮官である騎士団ナンバー7、魔眼のエイダである。小ぢんまりとした兵舎の一室で、二人は互いに壁際まで離れて食事していた。毎食毎食黒兎が彼女と食事をするのは単なる好奇心である。年上の女性をからかって遊ぶ気持ちもあった。はじめの頃は激しく拒絶されたものだが、諦めたのか面倒になったのか、今では可能な限り離れていれば同じ部屋で食事をしてもなにも文句を言われない。


 ただ、エイダのほうから話しかけてくるのは珍しい。よほど喜びが顔に出ていたのか。黒兎は恥じ()ることなく、むしろ愉快さを感じた。


「ずっと退屈だったからね。オネーサンもそうでしょ? どうせ相手にするなら強敵じゃなくちゃ意味がないさ」


 黒兎の軽口は、エイダの舌打ちを得ただけだった。それすら面白くはある。鉄仮面みたいな無表情の女性だったのに、段々と感情を表すさまは彼の関心を誘った。それが嫌悪や反感であるほうが心地良く感じるのは、黒兎の性分(しょうぶん)だろう。


 ハルキゲニアで革命が起こる前は、弱者をいたぶるのが好きだった。しかしクロエとアリスに敗北したことで、コンプレックスの裏返しである優越感は減退し、好奇心と戦闘狂気質と加虐(かぎゃく)趣味がブレンドされた感情が彼のなかで座を()めたのである。(いびつ)悪戯(いたずら)(ごころ)と呼んでもいいかもしれない。


「でもさ、すぐそこに敵がいるのに普段通りの食べ物なんて、どうかしてるよ」


 固いパンと野菜くずのスープに、干し肉少々。このところずっとそんなメニューである。血族襲来が(しら)されてもこうなのだから、びっくりしてしまった。どうせなら豪勢にすればいいのに。


「黙って食え、クソガキ」


「はいはい」


 食後には数時間の睡眠を摂り、昼過ぎには起きる予定になっている。エイダは兵士を五つのグループに分け、交代で監視にあたらせていた。ひとつのグループにつき二千人もの人員が総出で監視するのだ。敵襲は夜間と予測されていたが、絶対ではない。相手が姑息(こそく)なら、夜までの間に戦力を逐次(ちくじ)投入してこちらを撹乱(かくらん)する可能性だって充分にある。


 しかし、今のところその様子はなかった。ということは夜に全軍を投入する気か。あるいは夜になっても動くことなく、こちらの疲弊を待つつもりか。


 前者であればいい、と黒兎はパンを噛みながら思う。相当の自信と、それに見合った実力を備えた軍が真っ向から攻めてくるパターンのほうが望ましい。頭脳戦を仕掛けられるのも一興だが、それよりは身体を動かしたいものだ。


「ところでさあ」


 と黒兎は性懲(しょうこ)りもなく口を開いた。エイダのほうを向いても、彼女は黙々と目の前の食事に集中している。見えるのは横顔だけで、瞳は確認出来ない。まるで黒の眼帯が彼女の心まで覆い隠しているように。


「今朝の作戦ってどういう意味? なんで敵を(かば)うのさ」


 この問いにも、エイダは無言を貫くばかりだった。


 今朝共有された作戦は一点を除き、そう特殊なものではない。むしろ粗雑(そざつ)だ。東門の勢力一万人で敵を迎え撃つこと。基本的に砲台を頼って、五百メートル圏内に(とど)まっての戦闘を心がけよ、とのことである。状況が変われば個々の判断で臨機応変に動くように、とも命じられていた。


 好きにしていいのは黒兎にとって好都合だが、それにしてもお粗末な感は(ぬぐ)えない。ゆえにエイダを好ましく感じた。このひとは他人の上に立つ器じゃないのに、冷静を装って無理してる。実は寝床で震えているんじゃなかろうかと思うと、どうしようもなく心が踊った。


 ただ、命令のなかに異物が混入していたのである。


 敵方に銀髪の女剣士――それも人間がいれば、絶対に殺さず、居場所を速やかに教えるように。もしそれが困難なら、全力で捕らえて連れてこい。


 兵士たちの(ささや)く声のなかに、シフォン、という名が漏れ聞こえたが、エイダはそれ以上なんの説明もしなかったし、もとより黒兎はその名も知らない。だから、殺してはならない敵がいるということだけ(しゃく)(さわ)った。


「オネーサンの言ってた相手、僕が見つけたら殺しちゃうかもね」


 言って、ちらと横目でエイダを見やると、無意識に鳥肌が立った。彼女はじっとこちらを凝視していたのである。露出しているのは片目だけだったが、無言の圧力を前にして黒兎は咄嗟(とっさ)に「冗談だよ、冗談」と返していた。


「本気でそのつもりなら、この場で今すぐ殺さなきゃならない」


「だから、冗談さ。じゃれただけだよ」


 それからもしばらく凝視が続いたが、しばらくして黒兎は視線から解放された。


 さすがに不快だ。気圧(けお)されるなんて。


 背中に冷や汗をかいているのを自覚して、黒兎は歯噛みした。


 訪問者が現れたのは、その直後である。部屋をノックしたのちに、小包みを持った兵士が姿を見せた。エイダに用があるのかと思ったが、あにはからんや、男の兵士は黒兎を見つけて相好(そうごう)を崩した。


「やっと見つけた。これ、たぶん君宛の荷物だ」


「僕に?」


 グレキランスに知り合いなどいない。クロエやアリスは知っているし、同じくこの地に()せ参じた者は知人と言えるが。


「ハルキゲニアの生意気な坊や……って、たぶん君のことだろ?」


 随分失礼な物言いである。不審感を(いだ)きつつ荷物を受け取った。その様子を、エイダがそれとなく見つめているのも知っている。


 包みに入っていたのは一通の手紙と縦長な小箱だった。手紙から目を通す。文章を追うごとに、自分の瞳孔(どうこう)が開いてくるのが分かった。そして最後の一行を読むと、(たま)らなくなって小箱へと手を伸ばしたのである。


『親愛なるハルキゲニアの小生意気な坊やへ


 失礼な宛名をまずお詫びしよう。吾輩(わがはい)もこのような不躾(ぶしつけ)な呼び方は本意ではないのだよ。しかし、こちらは君の名前を知らないのだから、やむを得ないことと理解してくれたまえ。

 さて本題だが、君が大切にしていた道具を授けようと思う。

 もとより王都の品だったのだから、所有権は君にない。ゆえに、あらためて正式にこの品をプレゼントする。

 (こころよ)く受け取り、一匹でも多くの血族を(ほふ)ってくれることを願おう。


 草々不一(そうそうふいつ)


 魔具制御局長より』


 差出人に心当たりはないが、そんなことはどうでもよかった。小箱から取り出した一本のナイフを両手で捧げ持つ。指先が震えているのが自分でも分かる。


 魔力写刀(スプリッター)。かつてハルキゲニアで黒兎が愛用していた魔具である。アリスに収奪されて以来、もう二度と手に戻ることはないと思っていた。


「それはなんだ、クソガキ」とエイダが(いぶか)る。


 黒兎は満面の笑みを浮かべた。


「僕の相棒さ」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『黒兎(くろうさぎ)』→ハルキゲニアの元騎士。ナイフを複製する魔具『魔力写刀(スプリッター)』の使い手。残忍な性格。本名はクラウス。『白兎』の双子の弟。詳しくは『127.「魔力写刀」』『Side Alice.「卑劣の街のアリス」』にて


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『魔眼のエイダ』→騎士団ナンバー7の女性。シフォンのかつての友達で、右目を失明している。グローブ型の魔具を所持。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入り。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。戦争において簒奪卿の部隊に配属されたが裏切り、血族も人間も殺戮した。自分の感情も思考も持たず、ニコルに従っている。前線基地にてクロエに敗北し、彼女の命ずるまま、現在はシンクレールに従っている。風の魔術の籠もった貴品(ギフト)『シュトロム』を使用。実は騎士団長ゼールの養子。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『幕間「或る少女の足跡」』『幕間「前線基地の明くる日に」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『魔具制御局』→魔具や魔道具、魔術を統括する機関。拠点は不明。オブライエンが局長を務めている。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『196.「魔具制御局」』にて


・『魔力写刀(スプリッター)』→『黒兎』の持つナイフの魔具。ナイフの複製を創り出す能力を持つ。アリスに没収され、制作者であるカルマンの手に戻った。詳しくは『127.「魔力写刀」』『Side Alice.「姉弟の情とアリス』にて

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