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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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幕間.「西門の闖入者」

 王都西門周囲は、朝を迎えてもいまだ夜の名残りの暗さに満たされていた。配備された約二千の兵士は一様(いちよう)に疲弊している。(うつむ)いて何事かをじっと考えている者もいれば、呆然と空を見上げる者もいるし、落ち着きなく右往左往している者もいた。


 西門の全兵士を(たば)ねる立場を任された男――カルロもまた、奥歯を噛み締めて門の正面方向を見据えていた。平時でさえ土煙で見通しの悪い土地である。夜明けとなると一層不鮮明だった。


 兵士たちの疲れの理由は昨晩の夜間防衛ではない。そもそも昨夜は誰も前線に出ず、例の砲台がぽつぽつと現れる魔物を射抜いただけだ。日を追うごとに魔物の自然発生数が減少しているのは、血族の軍勢が(ひき)いる膨大な魔物のせいだろう。


 もとより、西門の兵士たちの士気(しき)はお世辞にも高いとは言えなかった。血族の土地ラガニアと真反対に位置するため、落とされる心配はない――誰もが心のどこかでそのように考えていたのである。大なり小なり。


 万が一敵が迂回(うかい)して西門が攻められるとなれば、必ずや援軍が送られるはずだった。血族の襲撃に()っていない別の門の兵員が次々と駆けつける。西門が一点突破される未来こそ悲観すべきものと見做(みな)していた者たちは、それさえ甘い空想だったと今朝思い知ったことだろう。


 すべての門の五キロ圏内(けんない)に敵が集結している。その(しら)せは西門の兵士を絶望させるには充分過ぎる情報だった。これで各門からの援護は期待出来ない。しかも、聞くところによると北門の敵がもっとも多く、したがって門ではなく壁の護衛に回された人員は北に集中するとみられていた。


 ところで、西門の兵士たちにはオブライエンの洗脳が()められた剣が支給されていない。単に供給が足りなかったのだ。ゆえに、西の兵士は精神的な弱さを(かか)えながら戦うほかない。もちろん洗脳云々(うんぬん)のことなど、どの兵士も預かり知らぬことである。


 人生の終わりがすぐそこに――闇と砂塵に隠された向こうまで迫っているのだとカルロは察した。自分が強くないことは知っている。個としての実力も、指揮官としての能力も半端だ。魔術も使えない。所持している槍の魔具は、風の魔術のおかげで多少動きが補助される程度のもので、血族に通用するイメージは持てなかった。


 ただ、悲観してばかりもいられない。リーダーという立場もそうだし、信頼する先輩から丁寧な激励(げきれい)の言葉とともに守護を任されたのだ。騎士団ナンバー6、不滅のローラン。カルロは彼に憧れている。こう言っては失礼だが、さしたる実力を持たずに、しかし最前線で指揮を()って夜を駆け抜けた男なのだ。その成果を認められて六番手の序列に座している。


 カルロは己の非力を自覚しているがゆえ、ローランを未来の自分の似姿だと常々感じていた。


 カルロは大きく息を吸い、心を整えてから声を張る。


「総員集合! これより作戦を伝える!」


 重い足取りで兵士の面々が参集した。カルロの前に整列する全員の身体から少しずつ不安が漏れ出して、巨大な鬱気(うっき)となって周囲を覆っているようである。


 彼らの不安を晴らし、敵へと向かう意志を示さなければならない。カルロは自分の槍を地面に突き立て、空いた手で拳を握った。


「我々は早晩(そうばん)、血族と戦闘することになる! 連中の率いる魔物ともだ! 我々がここにいる意味はなにか、各々(おのおの)が考えよ! 誰のために戦おうとしているのか! 誰を守ろうとしているのか! ……雄々(おお)しく戦い、すでに落命した者もいる。前線基地の兵士たちがどれほどの勇姿を見せたかは想像に容易(たやす)い! 敵の大隊と相討(あいう)つには途方もない胆力(たんりょく)が必要だったろう。我々もそうなるのだ! 王都の民を生かすために、全力で戦え!」


 同調の声は小さい。カルロ自身、自分の言葉が上滑(うわすべ)りしているのは分かっている。


 具体的な作戦はほぼなかった。砲台の有効射程内まで敵をおびき寄せて戦うこと、壁際までの後退は許容しないこと。それくらいである。


 砲台に全部任せきりにして、門のそばの兵舎(へいしゃ)で息を(ひそ)めて寝首を()くのはどうか、という声も上がったが、カルロは却下(きゃっか)した。今の自分たちに遂行(すいこう)出来る策だとは思えなかったのである。砲台が突破され、門へと到達した血族と魔物の軍勢に向かって、兵舎から(いさ)んで飛び出せる者はひと握りだろう。(すみ)で震えながら危機が去るのを待つ者を出すだけだ。ただでさえ、敵前逃亡を(はか)る者がいそうなくらい士気が低いのだから。


 不意に背後で鈍重な音がして、カルロは思わず身を震わせた。振り返ると、砂囊(さのう)が門の真下に落ちている。砂囊に(くく)られた縄梯子が降ろされたのだ。見上げると、二人分の影がおっかなびっくり段を下がってこちらへと接近するのが確認出来る。


 ひとりは壁上の弓兵長だった。もうひとりは見知らぬ女性である。ぴったりしたズボンに質素なブラウスを身に着けていた。


 弓兵長が地上に降り立つと、女性もやや遅れて地に足を付けた。


「カルロさん、志願兵を連れてきました」と弓兵長が頬を上気(じょうき)させて言う。「彼女が戦列に加わりたいと言って聞かないのです」


 女性は小柄な美人だった。手足も華奢(きゃしゃ)で、とても戦えそうには見えない。


 弓兵長は彼女を諦めさせるために、わざわざここまで連れてきたに違いなかった。リーダーであるカルロの口から拒絶された彼女を甘い言葉の数々で(なぐさ)め、あわよくば、とでも考えているのだろう。そんな思いが弓兵長の顔に表れている。


「私は白檀(びゃくだん)と申します」女性は会釈(えしゃく)してから、真剣な顔で続けた。「本名は忘れてしまいました。小さい頃から歓楽街で働いていたものですから、この名が本当の名前以上に、私にとっては重いのです」


「はあ、それで、なぜ志願を?」


 カルロの問いかけに白檀の目が鋭くなる。睨んでいるわけではなく、意気を感じさせる眼差しであった。おそらくは、この場にいるどの兵士よりも戦意を(ほとばし)らせていただろう。


「私の(した)っていた(ねえ)さんが、王都襲撃の日に亡くなったのです。私の命よりもずっとずっと大事なひとでした。だから私は、魔物に、血族に復讐したいのです。この命が尽き果てる最期の瞬間まで戦うつもりで()せ参じました。本来はずっと前に参戦すべきでしたし、そのつもりでしたが……歓楽街の男どもに見張られていて、今朝まで抜け出す機会がなかったのです。知っての通り、遊女は商品ですから」


 でも、私の命の使い方は私が決めます。だから、どうか願いを聞き入れてください。


 白檀はそのように言葉を結んだ。


 彼女の存在で兵士の士気は上がるだろう。カルロはそう直観した。この美しい女の覇気に気圧(けお)されて、なけなしの勇気を振り絞る者が出る。必ずや。


「受け入れよう」とカルロが手を差し出すと、白檀が両手でやんわりと彼の手を包んだ。握手のつもりだったが、どうも仕草が遊女のそれだ。頬が熱い。


 弓兵長はさっさと諦めて壁上に戻ってしまった。カルロは兵士たちに休息を()るよう伝え、自分も食堂へと向かおうとする。白檀を案内するつもりで彼女も連れて行こうとしたのだが、道すがら耳元で囁かれた。


「お話したいことがあります。二人きりで」


 かくして兵士たちの目を盗んで、鍵付きの番小屋に入ったのである。


 カルロには半分下心があり、半分は()真面目な思いがあった。二人きりになって早速今後の作戦を問われたので、少々落胆したものの、隠す理由はない。もとより大した作戦でもない。兵舎に籠もる策を棄却(ききゃく)したことまで伝えたほど、話題に困ったものだ。


 ひとしきり話すと、沈黙が訪れた。濃く、長く、狂おしい沈黙が。


 やがて白檀は頬を赤らめて呟いた。「目を(つむ)ってください」と。


 そして、どうなったか。


 番小屋を出たのはカルロひとりである。彼は兵士全員を再び集結させ、作戦を撤回し、兵舎に隠れる方針を打ち出したのだ。諸手(もろて)を挙げて歓迎されたのは言うまでもない。


 カルロの口調がそれまでと打って変わって陰鬱で淡々としたものであったことを(いぶか)る者もいたが、例の女性に影響されたのだと合点し、疑問はそれ以上発展することはなかった。一目惚れしたものだから死ぬのが怖くなったなどと陰で()しざまに笑う兵士もいたくらいだ。


 その後、白檀の姿を見た者は誰もいなかった。


 西門の兵士のうち、魔力の感知に()けた者はいない。巧妙に隠蔽(いんぺい)(ほどこ)されたそれを見抜くほどの優秀な人材はなおのこと。


 それゆえ、白檀が姿を(あざむ)いていたことなど知らなかったし、番小屋から出てきたカルロが変装魔術(メイクアップ)で成り代わった偽物だと看破(かんぱ)した者もいなかった。


 本物のカルロは番小屋で泡を吹いて死んでいたのである。魔術製の樹木に首を絞められて。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『不滅のローラン』→紫の長髪の優男。騎士団ナンバー6。剣と盾で戦うスタイル。常に敬語なのは、冒険譚の影響。魔具も魔術も扱えないが、指揮官としての能力に優れている。己の弱さに自覚的だが、決して心折れずに騎士で在り続けた男。マグオートでイアゼル侯爵の洗脳にかかるも打ち破り、彼を撤退させるだけの一撃を与えた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『前線基地』→王都北東の山脈にほど近い場所の山岳地帯に作った、戦争における要衝。血族の侵入経路と王都を直線上に結ぶ位置にあるため、全滅は必至であり、足止めの役割がある。総隊長としてシンクレールが配備されている。簒奪卿シャンティおよびシフォンの襲撃によりほぼ壊滅した。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて


・『変装魔術(メイクアップ)』→姿かたちを一時的に変える魔術。詳しくは『47.「マルメロ・ショッピングストリート」』にて

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