幕間.「北の貴族会議」
血族がグレキランス領に到達して十日目の朝。
夜会卿ヴラドの本隊はグレキランス北門からおよそ四キロの地点で行軍を止めている。彼の興奮は冷めやらぬものがあった。敵方に接近しているのもあるが、大きな要因はそれではない。
シフォン。前線基地に配置した蝙蝠の魔物を通じて彼女の生存を目視した瞬間といったら、常より冷静なヴラドを酩酊に近い状態へと導いた。簒奪卿の裏切りも確認している。数名の人間に混じって血族の少女や獣人も居た。
前線基地は宝の山だ。グレキランスを落としたのち、必ずやシフォンどもを入手する。口には出さずとも、ヴラドのなかで決定事項となった。
「ヴラド様。『神眼』と『射撃王』によると、壁の砲台は破壊可能だそうです」
隣に侍るナーサの言葉を拾い、ヴラドはいささか気を落ち着かせた。
「そうか」と短く返す。
神眼のスカーレット。本隊の交信魔術師のひとりであり、遠方の物体を魔力の程度や種類、機構も含めて看破するだけの能力を有した女。随分ととぼけた性格をしているのでヴラドは好みではなかったが、有能さは買っている。
そして射撃王レミントン。穿てぬ物はない弓の名手。
この二人組が遠距離戦において負けることはない。
彼らにはまだ砲台の破壊は命じていない。先走ることのないよう釘を刺している。壊すのは時機を見てだ。早々に破壊してしまえば妙な細工をされる懸念がある。北門の襲撃とあわせて実施するのが適切。
ヴラドは自らが座しているのと同型の、扇状に配された五脚の椅子を見やった。各貴族の意向を問う必要がある。もっとも、ここまで同行したのだから滅多なことはなかろうが。
やがて五つの空席は埋まった。
ハイメ子爵。ザレハドラ男爵。デボン男爵。エドモンド子爵。そしてベアトリス男爵。部下を連れている者もいるが、さして問題はない。こちらも主要な人物を背後に控えさせてある。特に、血族の全部隊で唯一軍馬を使用している重装備の大男――バルクハルトは目を引くだろう。ナーサ以上に落ち着きのない少年じみた男、テッドも彼らの視界にはあまり愉快ではないものとして映っているに違いない。両者ともにアスターの内外で、すなわちラガニアで有名な人物だ。片や猛将として、片や殺人鬼として。
「行軍後の速やかな参集に感謝する」と簡単に述べ、ヴラドは早速本題に入った。「貴殿らは我が軍となかば同行してきたが、あらためて意志を問おう。グレキランス襲撃に参加するか否か。参加の意志あらば、我が軍の一部隊として北門攻略に協力を願う。むろん、相応の見返りは約束しよう」
否の声はない。いずれも合意を示す言葉や仕草が返った。
想定通りだ。ここまで随伴した以上、別の町村へ赴くはずもない。ここにルドラがいれば事はより単純だったろうが、彼がいなくともなんら問題はなかった。ヴラド自身、自軍の勢力だけでも北門の突破は容易と読んでいる。貴族を集めたのは単なる礼儀であるとともに、下手な行動を取らせない点にある。
それからヴラドは手短に、北門を制圧するための布陣を共有した。まず中央の前線に本隊の人員を千名割く。率いるは猛将バルクハルト。その後方右翼にデボン軍、後方左翼にザレハドラ軍を配置する。それらを第一陣とし、北門の襲撃に向かってもらう。
第二陣として、全軍の中心にヴラドを含む本隊五百名が控え、右方をエドモンド軍、左方をハイメ軍が固める。また、後方にはナーサとテッドの率いる部隊五百名を配置。最後尾にはベアトリス軍。
「ひとつ質問があるのだが……よろしいか、ヴラド閣下」
口を利いたのはザレハドラ男爵である。僅か五十名の兵員しか持たない人望の薄さ。そして当人の実力もたかが知れている。全的な弱者だとヴラドは見做していた。
「かまわん。申せ」
「総員で人間を一網打尽にするのが適切ではなかろうか。我々の威を示す意味でも」
ならば貴様がひとりで突っ込んでいけばいい。震える吶喊を上げて。ところで、貴様は白銀猟兵を何体討ち取ったのだ。我が軍の背後で安全な道を歩み続けたのは誰だ。
内心でそのように思ったが、もちろん口には出さない。
「たかが門ひとつ、第一陣で落とせる。しかしながら現時点の情報からは算出しがたい変数もある。グレキランスの壁に砲台が配置されているのは知っているか?」
「いや、初耳だ」
ザレハドラを含め、貴族の面々はいずれも握っていない情報だろう。こうして軍をひとまとめにしなければ明かすつもりはなかった。
「およそ二メートル間隔で壁の全域に渡って設置されている。白銀猟兵同様、グレキランスの技術力では過ぎた兵器だ。砲台は一キロ圏内に入った血族や魔物に照準を合わせ、五百メートルの地点で熱線を射出する」
目を丸くしたのはザレハドラだけではない。ほかの貴族はめいめい違った反応ではあるものの、そこに驚きが混じっているのは確かなように思えた。椅子にもたれたエドモンド子爵は口の端に苦笑いを浮かべたし、ハイメ子爵は口元に手を当てた。デボン男爵は先を促すように前のめりになり、ベアトリス男爵は陰鬱に俯く。
「私の推測では」とヴラドが進める。「砲台は一キロまで射出可能と読んでいる。可能性の話をするならば、二キロ、三キロ先も射程に収められる憂いが拭えん。精度が落ちたとして、威力が減退しないのならば脅威となる」
ここは壁から四キロの地点だ。ザレハドラだけがさっと北門の方角へ身構えたのは滑稽である。とはいえ、もし射程の延伸が可能ならば三キロも四キロも懸念という意味では変わるまい。
ヴラドは砲台の射程圏に関して、なかばは本気で考慮していた。ただし、精度と威力は落ちるだろう。発射されてから標的に到達するまでの時間も延びる。直撃の懸念はない。
問題は、もっと別のところにある。
「人間どもが持つ技術の限界が砲台と白銀猟兵だけならば問題はない。どちらも遠距離攻撃で破壊出来る。ただ、未知の兵器を持ち込んでくるとなれば話は別だ。第一陣に混乱が生じるだろう。その時点で、第二陣が動くこととなる」
ザレハドラは顔面に筋を浮き立たせている。緊張と憤懣と臆病が、却ってこの男の顔の威容を増長させるのだ。
ザレハドラの口が開く。
「知っての通り、俺の兵員は諸侯と比較して数的には劣っている。デボン卿もあまり変わらんだろう。未知の兵器があるならば、俺とデボン卿も第二陣で控えるべきだと提言する」
デボンが鬱気に満ちた顔をザレハドラに向けた。巻き込むな、と思っているに違いない。デボンは、図体だけ大きい小心者とは少々出来が違う。そのようにヴラドは察していた。
「まず、貴殿らは我が軍の一部隊だと認めたはずだ。こちらの戦略に異を唱えるのは結構だが、決定権は私にある。ザレハドラ卿。貴殿の提案は棄却し、当初の作戦通り事を進める。もし捨て駒にされるとお考えならば、即時あらためよ。第一陣の先頭は魔物の軍勢に担わせる。一部の人間が魔物を突破することがあれば、第一陣の血族で迎え撃つ。中央の魔物は比較的手薄にする予定だ。ザレハドラ卿とデボン卿に敵が攻め込む懸念は少ない」
「では、ヴラド殿の前衛部隊が相手にする、と」
「そうだ」言って、ヴラドは背後を振り仰いだ。ザレハドラのような虚仮ではなく、真に魁偉なる馬上の猛将を。「バルクハルトを筆頭に、我が軍の精鋭が対峙する。塵も残らん」
それでザレハドラは渋々ながら納得したらしく、口を閉ざした。もし彼の兵員が十把一絡げの雑魚ならば、第一陣には加えない。ヴラドはザレハドラの斜め後ろに控える眼鏡の男を、上空に配した蝙蝠の目で見つめる。
シキ。確かそのような名前だったか。この男ひとりでザレハドラ千人分の働きはするだろう。そしてデボンの貴品は兵士の少なさを補って余りある。
その後はなんの意見もなく、作戦会議は終わり、めいめいが野営場所へと戻っていった。
「ねーねー、なんでボクが後方部隊なの?」
癖毛の子供っぽい顔がヴラドの視界を遮った。
殺人鬼テッド。この男の礼儀のなさには呆れて物も言えない。無価値ならば、とうに首を刎ねていたところだ。価値があれど、その無邪気な危険性は幽閉に値する。実際、アスターで彼は獄中の者だった。此度の戦争――狩りがなければ、二度と外に出ることはなかったろう。
「貴様は協調性がない。第一陣にも第二陣にも混乱をきたす恐れがある。後方ならば会敵する機会もなかろう」
「それじゃ、こっそり前線に出ようかな」
あと一秒、とヴラドは数える。
正確に一秒後、事は起こった。といっても、テッドの横合いからひとりの影が迫り、激しい金属音を鳴らして両者とも数メートルほど吹き飛んで着地しただけだが。前傾して睨み合う二人は、どちらも刃の煌めきを身に帯びていない。
「ナーサ」割って入った側近に、ヴラドは悠々と声をかけた。「ガジャラを前線で維持しつつ、後方部隊でテッドの監視をするように」
「はい、喜んで」とナーサは牙を剥き出しにして笑む。
「混血なんかがボクを縛れるの?」とテッドは悪意なさげに言う。
後方に血の気の多い人材がいるのは望ましい。ヴラドはそう考えていた。最後方にベアトリスを配置したのもそれが理由だ。裏切りの証明さえ得られれば、サフィーロなる竜人を手にする口実になる。
もしテッドとナーサが波風を立てずとも、きっと来るだろう。湿原の方面に人間が隠れており、こちらの背後を取ろうとする。そうなれば、いの一番に対処しなければならないのはベアトリス軍だ。竜人の強度も実測出来よう。危うくなれば、混乱に乗じてサフィーロを攫ってしまえばいい。
ヴラドは紫と黒の斑な線が描かれた箱――強制転移箱に蒼の竜人が呑まれるさまを想像し、薄暗い愉悦を覚えた。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて
・『前線基地』→王都北東の山脈にほど近い場所の山岳地帯に作った、戦争における要衝。血族の侵入経路と王都を直線上に結ぶ位置にあるため、全滅は必至であり、足止めの役割がある。総隊長としてシンクレールが配備されている。簒奪卿シャンティおよびシフォンの襲撃によりほぼ壊滅した。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて
・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。戦争において簒奪卿の部隊に配属されたが裏切り、血族も人間も殺戮した。自分の感情も思考も持たず、ニコルに従っている。前線基地にてクロエに敗北し、彼女の命ずるまま、現在はシンクレールに従っている。風の魔術の籠もった貴品『シュトロム』を使用。実は騎士団長ゼールの養子。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『幕間「或る少女の足跡」』『幕間「前線基地の明くる日に」』にて
・『簒奪卿シャンティ』→黒の血族で、ラガニアの子爵。過剰な装飾と肉体改造を施した、傲慢で残虐な女性。同族の土地へと侵略を繰り返す様から、簒奪卿の異名がつけられた。固有の異能である液体操作を持つが、有機物に限っては相手の意識がなければ操れないという制約がある。加えて、スライムを使役する。リクの腹違いの姉。戦争において前線基地を襲撃したが、シフォンの裏切りにより全軍壊滅。現在はシンクレールと行動をともにしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて
・『ナーサ』→人間と血族のハーフ。ダスラとは双子。夜会卿の手下。ダスラと粘膜を接触させることで、巨大な怪物『ガジャラ』を顕現させられる。片腕を弓に変化させることが可能。死亡したダスラの肉を体内に摂り込み、粘膜を接触させることなく『ガジャラ』を創り出す力を得た。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて
・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。同じく戦争に参加したイアゼル侯爵の異父兄弟。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣が使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より
・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『白銀猟兵』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて
・『ガジャラ』→双子の血族であるナーサとダスラが粘膜を接触させることによって姿を現す怪物。死亡したダスラの肉を体内に摂り込んだナーサにより、粘膜の接触の制約は取り払われた。見た目は単眼のマンモス。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて
・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。クロエにより、血族であるベアトリスの指揮下での戦争参加を余儀なくされた。クロエに対し、ある程度心を開いていたが、彼女が感情を喪失したことにより、関係が破綻。詳しくは『第三章 第四話「西方霊山~①竜の審判~」』『第四章 第二話「幻の森」』にて
・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて
・『強制転移箱』→対象をあらかじめ指定した場所まで転送する魔道具。戦争において夜会卿の各部隊長がひとつずつ所有している。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて




