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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
1612/1627

幕間.「北の随伴者たち」

 夜会卿の背後を進軍したハイメ子爵は、人払いをした天幕のなかで鏡と向き合っていた。


 長い睫毛(まつげ)の下、視線は自然と鋭くなる。通った鼻梁(びりょう)に薄い唇、さして手入れをしていないが肌は(なめ)らかで、やや面長(おもなが)な小顔。ことごとく内向きの黒髪を短く整えても骨格のせいか、顔が小さく見えてしまう。身体は、問題ない。黒地に金糸をあしらった(たけ)の短い長袖のジャケットは重たいが、肩も胸も隠してくれる。黒手袋も、手の骨格を(さら)すのを防ぐためのもので、充分役立っているように見えた。白のズボンは生来の肉に沿った(あつら)えの品だが、貴族であり戦場に立つ者としての装束(しょうぞく)としてはやむを得ない。長靴(ちょうか)のおかげで露出した肌は顔のみである。


 ハイメは毎日、こうして鏡の前で自身を検分(けんぶん)しなければ気が済まなかった。容姿の(うるわ)しさに見惚(みと)れているわけではない。どこかに(ほころ)びがないかを()めつ(すが)めつしなければ動悸(どうき)がしてくるのである。おそらくは生涯(のが)れられぬ内面の病だろうと悟っていた。戦地にかかわらず、直轄地(ちょっかつち)の町でもこうなのだから。


「ハイメ様。夜会卿がお呼びです」


 天幕の外で部下の声がする。


 ハイメは喉に軽く触れ、(つと)めて冷静に返した。「今行く」


 どれほど慣れようとも、どれほど(つくろ)おうとも、自分の声にも姿にも、ハイメは一度も納得したことがなかった。





 ザレハドラ男爵は、豪快そのものな容姿をしている。大きな(まなこ)に逆立つ黒の短髪。無骨な顔の周囲を髭が覆い、貴族と与太者(よたもの)の中間のような装いを好んで選ぶ。よく笑い、よく呑む。いつだって大言壮語を口にする男だ。


 今朝もそうである。魔物が消えるや(いな)や「じき北門だ! ついに敵と相まみえるときである!」などと五十人ばかりの部下に威勢良く言っていた。


 ザレハドラの側近であるシキは、彼の小心を誰よりも心得ている。今も、大木を背にどっしりと胡座(あぐら)をかいたザレハドラを横目に見下ろし、シキは思う。戦わないだろうな、と。大仰(おおぎょう)な大剣は飾りだ。


 ザレハドラと比して、シキは線が細く、小柄で眼鏡をかけている。髪型も官吏風(かんりふう)に横流しに撫でつけており、余所(よそ)の部隊の者からはしばしば魔術師と間違えられたものだ。シキに魔術は使えない。腰に下げた両刃の細剣だけが唯一の得物(えもの)で、それもザレハドラから下賜(かし)された貴品(ギフト)である。シキがなにもかも見抜いていると悟ったザレハドラが、人目に付かない場所で、自分の代わりに戦ってくれと懇願(こんがん)したのだ。といっても『貴君の実力を買い、俺の宝剣を預けよう。この武器は貴君に相応(ふさわ)しい。雄々しく戦うのだ』との言葉だが、シキの耳には泣きながらお願いしているようにしか聞こえなかった。


 実際、とシキは考える。ザレハドラよりは自分のほうが遥かに強いだろう。昔、領地の村で手合わせをした記憶があるが、わざと負けるのに随分と苦労した。


 男爵の身代わりとなって戦うこと自体に、シキはなんら抵抗を感じていない。男爵の些少(さしょう)な兵員のどれだけが自覚しているか(さだ)かではないが、戦地に立った以上は命を捧げるのと同義だ。しかしシキに諦念(ていねん)や怯えは欠片もない。表情こそぴくりとも動かないが、むしろ少しだけ高揚(こうよう)していた。領内はおろか、周辺の町村にも自分以上の相手はいない。夜会卿の腹心には何人か有望な者がいるように感じられたが、手合わせの機会がなければ強さを知ることなど出来ないものだ。どうか人間側に強力な敵がいるように、と薄い望みをかけている。


「ザレハドラ様! 夜会卿がお呼びです!」


 部下のひとりが遠くから走りながら声を上げる。


「あい、分かった! シキ、貴君も来い」


「なぜですか」


「ウハハ! 俺の側近だからだ! 分かっておろう!」


 笑って誤魔化すザレハドラに、シキは浅く頷いた。





 エドモンド子爵は朝の光を浴びながら、じっとグレキランス北門の方角を眺めていた。真っ白な長髪が肩のあたりでうねり、黒いコートが風ではためく。グレキランス地方に入って早々、彼はずっと(かゆ)みを感じ続けていた。肌に疾患(しっかん)があるわけではない。精神の痒みである。我慢は身体に悪い。


 エドモンドの領地で罪を犯した者は、例外なく拷問にかけられる。それも、子爵じきじきに。


 エドモンドは拷問が好きだった。(ほとばし)る血を喜んで浴び、絶叫を名曲のように(たの)しんだ。さすがに罪なき者を手にかけることはしなかったが、それでもときどき、白黒判別のつかない者を拷問することもある。一週間に一度は血と悲鳴を堪能(たんのう)しなければ心が痒くなって、居ても立ってもいられなくなるのだ。


 此度(こたび)の戦争に、エドモンドは喜び勇んで参戦を申し出た。公然と拷問が出来るのだから断る理由はない。五百名の部下を連れてきたのは、あくまで体面を(たも)つためだった。それなりの戦力を用意した、という。実のところ、ユランと同じように単身で戦争に参加したってかまわないくらいの気持ちである。とはいえ、数々の拷問器具を持ち運ぶ人材は必要だが。


 北門の方角を見やる彼は、だらしない表情をしている自覚があった。しかし如何(いかん)ともしがたいのだ。ずっとお預けだったご馳走に、ようやくありつけそうなのだから。


 夜会卿と行動をともにした理由は大したものではない。エドモンドは拷問さえ出来れば相手が誰であろうとかまわないのである。夜会卿の(かたわ)らであれば、弱った敵を捕まえて、たっぷり可愛がれる機会が多いと見込んでのことだ。


 戦略はない。戦意もない。一方的に血と悲鳴を全身に浴びればそれでいい。


 部下から、夜会卿の呼び出し命令を受けた際、エドモンドは表情を整えるのに随分と苦労した。





 百名の部下に囲まれ、デボン男爵は地べたにべったりと座り込んだ。簡易的な鎧はあちこちが泥にまみれている。部下が何度(さと)そうと、朝になると彼は疲労から倒れ込んでしまう。老齢ではない。むしろ、血族の人生のなかばにも至らない年齢だったが、ひどく疲れやすかった。そして疲れ切っている自分が好きでもある。落ち(くぼ)んだ目に、(つや)のない枯れた頭髪、そして痩身(そうしん)。さながら病人である。しかしこれで健康なのだ。


 デボンは幽霊じみた自分の姿を(かえ)って好ましく感じている。昔から怪奇譚(かいきたん)()かれ、墓地や廃墟に心を引き寄せられた。両親は貴族らしい身綺麗な身なりをするよう何度も言ったものだが、従ったためしはない。一度ならず、領地の霊廟(れいびょう)で眠ったこともある。薄気味悪いと軽蔑された経験は数知れず、彼はそれら嫌悪の情すら心地良く感じていた。


 ずっと怪物になりたかったのだ。不潔で奇怪な化け物に。


 人間にとって、血族は怪物だろうか。それなら、自分のように領地の血族からも敬遠されている者は、(こと)にその傾向が強かろう。デボンが戦争に参加した理由はその程度のものである。部下は最小限しか連れていない。所有している貴品(ギフト)を使えば人数など問題ではなくなるからだ。


 まさか、自分よりも兵数の少ない部隊があろうとは思わなかった。ザレハドラ男爵のことである。よほど人望がないのだろうか。部下を連れていないユラン公爵という例外はあるが、あれは奇異な者で、考慮すべきではない。


「デボン様。夜会卿がお呼びだそうです」


 嫌そうに伝言する部下に、にやついた笑みを返して立ち上がる。


 早く。


 早く怪物になりたい。


 もっとも醜く、もっともおぞましい怪物に。


 そのための道具はちゃんと用意してある。





 行軍が止まってしばらくのち、サフィーロはベアトリスの変調に気が付いた。(うつむ)いて一枚の紙を見つめたまま、身動きひとつしない鎧姿。流刑地ヘイズから出兵した血族に声をかけられても生返事。


 サフィーロにも自軍――すなわち竜人たちの士気を維持せねばならない仕事がある。王都を目前にした状況でめいめいが大小様々な不安を感じていることだろう。一刻も早く落ち着かせるのがリーダーの責務だと分かっていながら、彼はベアトリスに声をかけた。


「なにを見ている、ベアトリス卿」


 返事はない。


 痺れを切らして紙を覗き込むと、グレキランスの地図だった。ここまでの道中で、ベアトリスがそれを開いて見ている様子は確認していない。王都に接近したので戦況を分析しようと考えているのか。


 もとより、ベアトリス軍において地図の存在は大きくない。すべき行動は決まっている。王都の勢力と手を合わせて、夜会卿の背後を取るのだ。周辺地域の状況は重要な情報とは言えない。


 それでも、サフィーロは地図上に立ったいくつかのマークに顔をしかめた。特に、煙宿に踊る旗印に苛立ちを覚えてならない。()の地が健在ならば、後方支援も望めただろう。


 てっきりベアトリスもそれに注視しているのかと思ったが、どうやら違った。彼の視線は一点に落ちている。王都西方の町――マグオート。そこに立つ髑髏(どくろ)のマークに。印の下にはイアゼルという名が刻まれていた。


 マグオートとヘイズが地下で繋がっているのはサフィーロたち竜人全員が知っている。マークが髑髏ということはすなわち、一度制圧されたのちにイアゼルなる貴族が死亡した事実を示していた。


 敵を撃退出来たのだから好都合ではないか。サフィーロはそう感じたのだが、ベアトリスの瞳には(うれ)いが満ちていた。


 イアゼルとやらに思い入れがあったのだろうか。そう(いぶか)ったが、確かめるつもりはない。誰かを慰めるのは不得手だ。


「ベアトリス卿。夜会卿がお呼びです」


 ヘイズの血族の言葉に、鎧姿が動いた。丁寧に地図を仕舞い込み、深く息を吐く。


「承知した。すぐに行く」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。クロエにより、血族であるベアトリスの指揮下での戦争参加を余儀なくされた。クロエに対し、ある程度心を開いていたが、彼女が感情を喪失したことにより、関係が破綻。詳しくは『第三章 第四話「西方霊山~①竜の審判~」』『第四章 第二話「幻の森」』にて


・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。同じく戦争に参加したイアゼル侯爵の異父兄弟。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『ヘイズ』→ラガニアの辺境に存在する地下都市。夜会卿の町を追放されたバーンズが先頭に立って開拓した、流刑者たちの町。地下を貫く巨樹から恵みを得ている。夜間防衛のために『守護隊』と呼ばれる自警団がある。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。気分屋で子供っぽい性格。乳母のルシールに依存している。ベアトリス男爵の異父兄弟。左手の五指に別種の洗脳魔術の魔紋を彫り込んでおり、洗脳魔術に必須となる手続きを無視して対象に洗脳を施すことが可能。また、魔術を拡散する貴品(ギフト)多幸の喇叭(カタルシス)』で、各種洗脳魔術を拡散出来る。戦争に参加した理由は、マグオートから流刑地に入り、実母に再会するため。マグオートで敗北し、逃走先の廃墟ルピナスでフェルナンデスに討たれた。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて

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