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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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幕間.「西の長男候補」

 グレキランス西門からおよそ六キロの地点に、平たい六角柱の建造物が浮かんでいた。表面は厚い布張りで、内部の様子は(うかが)い知れない。血族たちの多くはこれを空中離宮などと呼んでいたが、そう大層な代物ではなかった。(はた)から見れば宙に浮かぶ巨大なテントである。魔道具ではなく、内側の一室で複数名の魔術師が飛行魔術で維持していた。


 空中離宮の下には血族およそ千名が待機している。めいめいが陽射しを避けて野営用の簡易施設を組み立て、食事や睡眠に(ふけ)っていた。


 グレキランス西門の襲撃を命じられた夜会卿第一部隊が、本隊や第二部隊と比較して半数ほどの勢力だったのは、西側がもっとも手薄であると推測されたためである。毒色(どくいろ)原野(げんや)はグレキランスの北東にあたるのだから、逆方面の兵員は少数であろうと読んでのことだ。事実、西門の警備はほかの三方の門と比較にならないほど薄い。


 空中離宮内の一室で、ひとりの青年が落ち着きなく大振りの椅子に座っていた。貧乏ゆすりが止まらず、癖のある茶の短髪の下で、同系色の瞳があちこちへ視線を散らす。手は組んだり(ほど)いたりと(せわ)しない。


 彼の名はラウリス。第一部隊の隊長を任された魔術師である。簡易的な鎧に剣と盾を装備しているのは、一般兵に擬態しているわけではない。戦場に立つ以上、最低限の防備は必要と思ってのことだ。


「もう朝だ。いい加減鎧を脱いで楽な服に着替えろよ、ラウリス」


 ラウリスが振り返ると、天幕付きのベッドの上に、長身の男が土足で横たわっていた。枕を支えにして心持ち上半身を起こして、林檎を丸かじりしている。小麦色の肌。切れ長の目。高い鼻。ゆるやかなウェーブのかかった黒髪を後ろに撫でつけていた。上質なスーツ姿で、胸元には鮮やかなブルーのハンカチが覗いている。


「ぼくは油断しない。いつだって備えるつもりだ」


「その割に、俺が部屋に入ったことに気付かなかった」


 男は愉快そうにクスクスと笑った。


 ラウリスにとって、他人から見下されるのは慣れている。齢の近い妹――空中離宮の別室にいるルナからの冷たい侮蔑(べっし)は日常茶飯事だった。彼女に敬われた記憶など一切ない。自分よりも背が高くて、自信もあって、魔術師としても優秀だと思う。食事のマナーから立ち居振る舞いまで、彼女は完璧に貴族的だった。それに比して、自分は何度執事やメイドに叱られたことか。気弱で、何事にも物怖じしてしまう性格になったのは、常にルナと比較され続けたからだとラウリスは確信している。それでもなお、妹を恨みがましく感じることが出来ないのは、自分で自分の精神的な弱さを認めているからだろう。


「ラウリス。お前は臆病だ」男が軽い口調で言う。「そんな臆病なお前でも、一応隊長だから聞いておこう。知っての通り、マグオートがイアゼルに制圧されて、当のイアゼルは死んだ」


「ああ、知ってるよ」


「マグオートとこことは、そんなに離れちゃいない。半日で行けるだろうよ。今から全軍を率いてマグオートを攻め落として、夜までに西門に戻る選択肢もある」


「寄り道はヴラド様に許されていない」


 ラウリスはそう返しつつ、苦々しい表情を浮かべた。実際、夜会卿の指示はグレキランス西門を最優先にせよ、との内容だ。ただ、それだけが理由ではない。


「別にいいじゃねえか。つまみ食いしたって。俺が(そそのか)したって告げ口すりゃいい。それに、ヴラド(・・・)は寄り道くらいで怒らねえよ。むしろ、長男候補(・・)が武勇を立てたんだから、喜ぶんじゃねえのか?」


 長男候補。その言葉にラウリスは反射的に身を震わす。そう呼ばれるのは嫌悪感しかない。それも、日増しに強くなる。ルナは長女候補と呼ばれることにむしろ誇らしげだが、ラウリスはとてもじゃないがそんな態度は取れなかった。


 夜会卿の直轄地(ちょっかつち)アスターには、彼の息子や娘が多数存在する。正確な数は知らないが、百人は下らないだろう。双方で兄様だの姉様だのといった呼び方はしない。年長者には様を付ける。父であるヴラドにも当然、敬称を付けて呼ぶ。彼を父と呼んでいいのは、息子や娘として認められてからの話だ。そして、これまでただのひとりも父の試練を通過して正式に子供となった者は皆無。何百年も続く伝統のなかで、父はひとりとして正式な子供を得ていない。


 成人の儀。二十歳になった時点で、長男あるいは長女候補者は殺される。様々な方法で、何度も。串刺し、火炙り、水責め、八つ裂き……。大抵は一度の拷問で死に至るが、(まれ)に生き残る者もいた。ただ、最後まで耐え抜いた者はひとりもいない。


 ヴラドは真の意味で不死者であり、自分の子供にも同じ異能が継承されていなければ血縁関係を認めないのだ。つまり、彼の異能を継承した者はいない。


「無視するなよ。あと数ヶ月の命だろ? ヴラドの興味を()くような活躍をしてみせりゃ、例の儀式も免除されるかもしれない」


「無いよ、そんな例外」


 ヴラドがなにより儀式を重視しているのを、ラウリスは知っている。オークションと同等か、それ以上に。だから多少名を上げたところで死に至る拷問を回避出来るはずがない。


 ラウリスは半年も経たずに二十歳になる。ルナはもう少し遅い。彼女は儀式への意気込みを公然と口にしていた。自分こそがヴラド様の長女なのだと。


 彼女ほどの自信があれば、どんなに楽だろうと思ってやまない。死なないと信じる強さがあれば死さえ恐ろしくないだろう。自分はそのような思い込みは持てなかった。数え切れないほどの先人と同じく、公開の場で(みじ)めな死を遂げるだろう。泣き叫ぶかもしれない。いや、きっとそうなる。今だって逃げ出したいくらいなのだ。


「マグオートには行かない。ここで待機する」


「そうかい、ラウリス。なんなら俺ひとりで行ってこようか? マグオートにいるのは(ちゅう)()が二人だけだ」


 魔力や気配のみで他者の力量を読むことは不可能だ、通常は。しかしこの男にはそれが出来るらしい。ラウリスの知る限り、その推測が外れたことはない。彼が認定した者はそれなりの強者だったし、歯牙(しが)にもかけなかった者は呆気ないほど弱かった。今のマグオートには、多少骨のある者が二人いるのだろう。だが、中の下程度なら彼の相手にはならない。


「駄目だ。隊長として認めない」


「ああ、そう」


 この戦争において血族が敗北するなどありえない、とまでラウリスは思っていなかった。何事も悲観的に考えてしまう性格のせいだ。どんな陥穽(かんせい)が待ち受けているか分からない以上、作戦通りの行動を取るのがベストだと思っている――というより、自己判断を避けている向きがあった。夜会卿の指示通り忠実に行動するのは責任転嫁(てんか)のひとつの表れだろう。


 その点、ベッドに横になった男がときどき羨ましくなる。彼は自由だ。あのヴラドともほとんど対等に話すし、信頼されているようでもある。礼儀知らずにもかかわらず。


「お前が隊長なら、これは返したほうが良さそうだな」


 そう言って、男は紫と黒の(まだら)な線が描かれた箱をどこからか取り出し、ラウリスに見えるように(かか)げた。


 強制転移箱。対象を閉じ込める魔道具である。各部隊の隊長は例外なくそれを持たされており、必ずひとり以上の猛者を格納し、アスターへと転移させるよう命じられていた。


「それはきみが持っていてくれ」


 自分にはヴラドの気に入る人材など分からない。そもそも、前線で戦えるかも怪しいくらいなのだ。だから男に託したのである。自分の代わりに相応の人間を捕まえるようにと。


「ラウリス」と呼びかけて、男はベッドに腰かけた。目付きはどろりと(よど)んでいる。「俺はお前が嫌いだ。弱い奴は全員、嫌いだ。なかでも、逃げようとする奴には虫唾(むしず)が走る。だから、俺を失望させるなよ」


「……分かってる」


「それならいい」


 言って、男は再びベッドに横になった。ラウリスに割り当てられたベッドなのだが、気にする素振(そぶ)りはない。その豪胆さもまた羨ましかった。


「きみにも期待してるよ、ジーザス」


 ラウリスの声は、か細く消えていった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『飛行魔術』→肉体に浮力と推進力を与える魔術。制御には高度な技術を要する。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『毒色(どくいろ)原野(げんや)』→人も血族も住まない荒廃した土地。グレキランスの人間は『中立地帯』と呼んでいる。夜会卿の統べる都市とキュラスとの中間に広がった荒野を指す。常に濃い靄に覆われており、毒霧が発生しているとの噂がある。霧は一定周期で晴れる。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』にて


・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。気分屋で子供っぽい性格。乳母のルシールに依存している。ベアトリス男爵の異父兄弟。左手の五指に別種の洗脳魔術の魔紋を彫り込んでおり、洗脳魔術に必須となる手続きを無視して対象に洗脳を施すことが可能。また、魔術を拡散する貴品(ギフト)多幸の喇叭(カタルシス)』で、各種洗脳魔術を拡散出来る。戦争に参加した理由は、マグオートから流刑地に入り、実母に再会するため。マグオートで敗北し、逃走先の廃墟ルピナスでフェルナンデスに討たれた。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣が使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『強制転移箱』→対象をあらかじめ指定した場所まで転送する魔道具。戦争において夜会卿の各部隊長がひとつずつ所有している。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。夜会卿に仕えている。黒の血族と人間のハーフ。

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