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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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1019.「霧海の繋ぎ手」

 鏡の前に立ち、自分の姿を眺める。上はブラウスで、光沢のある濃い紫の地に、幅の異なる淡い色味の縦線が途中で途切れたり末端まで繋がったりしているデザインだった。襟をはじめ、随所にささやかなレースがあしらってある。下は赤みがかった黒のズボンで、足首までの長さ。ベルトの部分にサーベルを固定するための紐が取り付けられてある。素材は上下ともに軽く、伸縮性も申し分ない。ブラウスの背中には赤い細糸で薔薇のモチーフが(えが)かれていたが、そう目立つものでもないだろう。下着もすべて、(あつら)えてくれた品である。


「ありがとう。助かったわ、ココ」


 衣装部屋の一隅(いちぐう)。鏡の横でココが顔を(ほころ)ばしている。


 魔術の糸が織り込まれた、燃えない服。これが出来上がったのは夜が本格的に明ける頃だった。わたしたちのいる部屋までやってきたココが完成を告げたのである。まだ眠っているナルシスとスピネルを置いて、ひとりココの仕事部屋まで足を運んだのだ。


 衣服が燃えないことはすでに証明済みである。わたしが促すより先に、ココは製作物のすべてにマッチの火をあてて見せた。炎は服を焦がすことなく、表面を舐めるだけである。内部に伝わる熱も極力(おさ)えてあるとのことだ。


「どういたしましてだよ! それにしても良く似合ってる! さすがお嬢! 本当なら不断繊維(ネクロ・タッチ)も使いたかったんだけどね、さすがのココちゃんも時間的に無理でした! あはは!」


 不断繊維(ネクロ・タッチ)か。ココの発明した、切断されても肉体を損傷しない布のことだ。あるのは痛みだけ。確かに、不断繊維(ネクロ・タッチ)(ほどこ)された衣服なら、より便利に違いない。切断に(るい)する攻撃に対してはほぼ無敵になるだろう。


「ありがとう、ココ」


「うん。どういたしましてだよ」


 屈託ない笑みを浮かべるココに、これ以上の高望みをする気はない。彼女の言った通り、時間がかかるのは容易に察せられるから。ビスクのウェディングドレスはすべて不断繊維(ネクロ・タッチ)で作られているわけだが、数日で完成したとは思えない。


「服の代金は――」


 わたしの言葉を、ココが手を突き出して(さえぎ)った。


「お嬢にはたくさん借りがあるから、そういうのはナシ!」


「貸しを作った覚えはないわ」


 ココには助けられた記憶しかない。不夜城の(いただ)きでビスクに追い詰められたときも、ロンテルヌでマダムに捕らえられたときも、彼女の働きがなければどうにもならなかったと思う。むしろ、借りがあるとするならこちら側だ。


 ココは腕組みし、(てら)いなく()んだ。


「個人的な借りじゃなくて、煙宿の借りだよ」


 それなら、なにも言うことはない。煙宿全体の恩義という意味ならポールが返すのが(すじ)だとは思うが、彼女はこの町のひとりとしてわたしに(むく)いたのだ。


 恩義を行動指針にする感情は以前のわたしも持っていた。だから彼女の言うことも理解出来る。


「それじゃ、行こっか」


「ええ」


 わたしたちは衣装部屋を出て、二階のナルシスとスピネルにも声をかけ――二人はめいめいにわたしの服に賛辞を送り、ココが胸を張った――針屋を出た。




 大通りは人波でごった返している。見送る者と、(おもむ)く者が、最期になるかもしれない言葉を名残惜しく()わしていた。


 ()もなく兵士たちは出発する。わたしたちは半日ほど遅れて彼らに追いつく予定になっていた。だからわたしによる見送りは、別れであって、別れでない。


「おや、お嬢ちゃん。随分洒落(しゃれ)た服じゃないか」


 アリスだ。その隣にはマヤもいる。アリスのことだから、マヤに付きっきりで魔術に関してアレコレと問い詰めたに違いない。それで彼女の質が上がればこちらとしても望ましい。


 それにしても、マヤは着替える気がないのだろうか。昨晩からずっと血塗(ちまみ)れの白装束のままだ。まあ、関心はないけれど。


「アリス、よく眠れた?」


「敵をぶっ潰せるくらいには眠れたよ」


 なら、いい。休息は大事だ。わたし以外のすべての生き物にとって。


 不意に後方の人波が割れた。見ると、きらびやかな装束(しょうぞく)の女性がこちらへ歩んでくる。ルドラの長女、ラニだ。顔は戸惑いと緊張とで妙に歪んでいる。足取りも一定しない。


 アリスもマヤも、むろんわたしも、黙ってラニを眺めた。


「マヤ」マヤの前で立ち止まったラニが、小さく頭を下げた。「今までのこと、本心から謝るわ。あたくし、間違ってた。ごめんなさい」


 マヤはしばし黙っていたが、やがて肩を落とした。


「謝るなら、アビシェクお兄様に謝ってください。一足先に冥途(めいど)に向かったお兄様に懺悔(ざんげ)すべきです」


「それもそうだけど、あたくしはあんたに対して辛くあたったことを――」


「ですから、それも全部、お兄様にお伝えください」


「でも、亡骸は湿原にあるんでしょ?」


「だからどうしたというのですか。お兄様はすべての生き物の供物(くもつ)になったのです。生ける者の(かて)となったのです。ですから、お兄様の亡骸はもう存在しない。あるのは、かつてお兄様だった肉と骨。万物の糧に()したお兄様に懺悔するなら、どこであれ墓前になり得ます」


「……分かったわ。全部、懺悔する」


 それきり、二人の間に言葉はなかった。マヤは終始冷淡な口調を崩さず、一方でラニも悄然(しょうぜん)とした様子のまま。


 そこに四本腕の巨躯――ハリッシュが急いで割って入った。いつの間に大通りに来たのか不明だったが、この人波だ。誰がいても、誰がいなくてもおかしくない。


 彼はマヤの手を下の両腕で握り、肩を上の両腕で掴んだ。呆気に取られた顔をするのも無理はない。一方で、ハリッシュは素朴(そぼく)ながら真剣な瞳をしている。


「どうか、生きて帰ってください。アビシェク様は、マヤ様に生きていてほしかったはずです」


 一瞬、マヤが呆れ混じりの不愉快そうな表情をしたが、すぐに顔を引き締める。


「いいえ。お兄様はわたしの意志を尊重したわよ。最期のときも。だから、わたしはお兄様が信じてくれたわたしの意志を信じ抜いて、貫き通すだけ。生き死になんて関係ない。分かる?」


「……難しくて、よく分かりません」


 マヤは苦笑して、ハリッシュの腕をひとつひとつ払った。そして「分からなくていい」と返す。


 ラニとハリッシュにうんざりしたのかなんなのか、マヤはアリスを促して前線へと行ってしまった。


 なんとなく、周囲を見回す。この人混みのなかにルドラはいないだろう。敗北を願っているのだから当然だ。クマールはどこかにいるかもしれないし、今も無駄に愛を探求しているかもしれない。


「おや、お嬢さん。素敵な服ですね」


 人混みを縫って歩いてきたヨハンがそんなことを言う。彼は誰かと手を繋いでいるようだった。胸元が開くように崩した着物。派手なその柄。(まげ)(かんざし)。ヨハンに手を引かれているのは、見るからに遊女だ。ひと晩遊んだ――ように傍目(はため)には映るだろう。


 わたしはそう思わない。


 女性はわたしを見るなり、見下すような目付きをした。


「ねえ、ヨハン」言って、女性を指差す。「彼女を使えば、もっと楽に煙宿を取り戻せたんじゃないの?」


「ご挨拶どすなぁ、ぺったんこ姉はん。少し見ないうちにますますぺったんこになったんとちゃう? それに相変わらず頭もぎっしり詰まっとるわぁ。賢いなぁ。ウチ、尊敬してまう。ウチが大立ち回りしたらルドラはん一党は全滅したんとちゃう? メフィストはんのお望み通り、地下で大人しゅうしてたんやけど」


 明らかな(あお)り文句を(まく)し立てる遊女風の女性は、わたしの記憶通りの声と口調をしていた。もっとも、姿は人間に擬態(ぎたい)しているようだが。


「さあ、お喋りはここまでです。貴女も戦線に加わってください」


 何度かの甘ったるい押し問答の末、女性はヨハンから離れて戦列に加わった。


 なんにせよ、地上部隊は万全だ。ルドラの軍勢が不要だった理由も頷ける。シャオグイがいれば大抵の血族は蹴散らせるだろうから。


 やがて、兵士たちが前進をはじめた。


 隣でココが少しばかり疲れた様子で唇を噛んだ。彼女は居残り組である。それを悔しく思っているのかもしれないが、内心なんて分からない。どうあれ、煙宿奪還において彼女は多大なる貢献を果たしたのだから、もう充分だろう。


 糸を(ほど)き、それでなお、人心(じんしん)を繋げた。霧に包まれたこの町のすべての人々が、血族と人間の別なく生きている。ラニもクマールもハリッシュも、そして今しも去っていったマヤも、人間とそう悪くない縁故(えんこ)を持ったのだ。わたしもその無数の縁に結びつけられている。わたしが救った血族たちは、今朝もこちらを見るなり感謝を述べたのだ。取り(つくろ)った返事しか今のわたしには不可能だが。


 朝靄の向こうへ消えていく兵士の背を見据え、わたしはただまっすぐに(たたず)んでいた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ココ』→『煙宿』にある針治療の店『針屋』に居候する女性。気さくで明るく、演技が達者。魔術の才能があり、得意の裁縫と組み合わせ、魔力を織り込んだ衣服を作る。魔力の糸を断つのも結ぶのもお手の物。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』『450.「復路の梟」』にて


・『ナルシス』→王都の騎士団に所属している交信魔術師。自信家で演技口調。しかし交信魔術の腕前は送受信ともに優秀。また、元真偽師。観察眼と魔力察知にも長けている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『スピネル』→二度目の『霊山』来訪で出会った、薄黄色の鱗の竜人。臆病で、長いものに巻かれる性格。クロエが無理やり『霊山』に押し入ったことにより、門番をしていた彼も裁きを受ける手はずになっていた。クロエが竜人の族長となったことで無罪放免となり、それから彼女を「至高の星」と呼んで心酔し、自ら下僕関係を望んだ。「至高の星」とは、竜人を含めた世界全部を良くする存在なんだとか。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』にて


・『不断繊維(ネクロ・タッチ)』→『煙宿』の住人であるココの製作した魔道具。刃では切断されない布。布に包まれた対象物も同様に切断されず、刃は通過するのみだが、痛みは存在する。詳しくは『395.「小指の先の謝罪劇」』『396.「ココ」』にて


・『ビスク』→レオンの妻であり、ポールの娘。故人。ポール曰く、控えめで優しい性格とのこと。彼女の死後、レオンはその姿を模した人形を所持するようになった。彼は人形もまたビスクと呼び、大切にしている。レオンが傷付くと、人形は彼の魔力を吸い上げて駆動する。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『不夜城(ふやじょう)』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『ロンテルヌ』→『魔女の湿原』の先に広がる高原地帯に存在する町。『黒の血族』である『マダム』が作り出した、地図にない町。人身売買の温床となっていたが、クロエたちの活躍により『マダム』が討たれ、現在は無人の土地となっている。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて


・『マダム』→本名不詳。人身売買で私腹を肥やしていた黒の血族。買い集めた奴隷たちに作らせた町ロンテルヌの支配者。血の繋がっていない二人の息子、レオンとカシミールによって命を絶たれた。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『針屋』→『針姐』が『煙宿』で営む針治療の店。刺青を彫り込む仕事も請け負っている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入り。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『アビシェク』→縫合伯爵ルドラの次男。ルドラの指示で夜会卿に捧げられ、殺害された。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使用し、有翼人をそそのかした。生命を犠牲にして力を得る丸薬を所持。武器として鉄扇を扱う。身体能力が並外れて高い。メフィスト(ヨハン)に執心している。かつて夜会卿に囚われていた頃、隣の牢屋にいたヨハンに恋をしたのがきっかけ。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』『886.「かつての囚われ人たち」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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