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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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1015.「愛の杣道」

 クマールを倒したのち、ややあってレオンとビスクは血族たちの襲撃を受けた。足を負傷したレオンはときおり倒れつつ、得意の糸の魔術をなんとか振り絞って戦い、ビスクはというと双曲刀で次々と相手にした。といっても、迫る血族を彼女が殺すことはなかったのである。ほとんどは柄の部分で殴りつけて気絶させ、丈夫な敵にはいくつかの傷を負わせて意識か戦意を奪ってそれで終わりだった。そうした彼女の戦闘を見やり、レオンもまた血族を殺さずに戦ったのだ。ビスクの意志に触発されて。


 戦闘を繰り広げているうちに、ルドラによる魔物の指揮権放棄が(とどろ)いた。それを耳にした血族たちは、互いに顔を見合わせて困惑したようだったが、それでも二人に向かってきたという。


 動き出した魔物。指揮権放棄の意味。自軍をも犠牲にした作戦だと気付いた血族は何人いただろうか。目前の敵だけを意識して視野狭窄(きょうさく)(おちい)った者に冷静さは期待出来ない。そんな彼らも、町の隘路(あいろ)から湧き出した小型魔物に同胞(どうほう)が襲われるのを見て、さすがに状況を把握したようである。


 その頃にはレオンもビスクも、もっぱら魔物だけを相手にしていた。血族も同様に、魔物という脅威に対処したのである。共闘ではない。迫りくる火の粉を必死で振り払うような、ほとんど本能的な戦いだった。


 レオンたちのいた一等の檻に接する大通りは、町の中心とは言えないまでも、魔物たちが整列していた外縁(がいえん)からは離れている。したがってキュクロプスの脅威はなくとも、それよりもより俊敏(しゅんびん)で、細道を通過出来る小型の魔物たちばかりが牙を剥いたのは道理だろう。


 レオンには血族を気にする余裕などなかったが、ビスクはその限りではない。子鬼の群れに囲まれて悲鳴を上げた血族を、彼女は即座に救った。群がる敵を一掃(いっそう)することで。


 子鬼を蹴散らし、次の魔物へと(おど)りかかるビスクの背を眺めて、血族がなにを思ったのかは(さだ)かではない。その場からしばらく立ち上がれなかったあたり、ひたすら困惑していたとみるべきか。救われたと悟るにはあまりに唐突で、しかも敵方なのだから思考が追いつかずとも不思議ではない。


 そんな状況にあっても、敵味方の区分を忘れずにいた血族もいる。女性の血族がしなやかな身のこなしで、がら空きになったビスクの背に短剣を突き立てようとした。が、ビスクはグールを斬り上げた勢いのまま空中で宙返りをし、短剣を回避したのである。そして女性の血族の背後に着地すると、彼女の肩に手を触れてはっきりと首を横に振った。


 今はそんなことしてる場合じゃない。言葉を発せずとも、ビスクの仕草は雄弁に伝えたことだろう。呆気(あっけ)に取られた血族の足元に迫った子鬼を、ビスクが曲刀で()いだのも説得力を加えたはずだ。それ以降、女性の血族は彼女に手出しすることなく、魔物へと集中したのである。それを目に()めていた血族も考えを変えたと見えて、本来敵であるビスクとレオンを意識せず、魔物だけ打ち払った。


 もとより血族は人間より遥かに強い。たかが小型魔物に(おく)れを取るような真似はしないのだ。それまでの彼らの戦闘が幾分(いくぶん)かぎこちなく、そのせいで手傷を負う羽目になったのは、確固たる敵としてレオンとビスクの動向にリソースが()かれていたためであろう。その憂いが消えたとあらば、グールや子鬼程度は問題ではない。


 やがてマヤが一条(いちじょう)の雷と化してその場の魔物に制止命令を出して去ったとき、血族はしばし呆然としていた。魔物が止まった以上、倒すべき敵はレオンとビスクである。それでも彼らが躊躇(ちゅうちょ)し、当惑していたのは、多少冷静になったからかもしれない。ビスクもレオンも、気を失った血族に被害がおよばぬよう戦っていたのだ。先ほどまで自分たちを襲撃した相手を、魔物という別の襲撃者から守り通した意味は混乱を喚起(かんき)するに余りある。


 どうしたものかと(まど)っている血族をよそに、ビスクはクマールに(ひざまず)いた。そして上半身だけ服を脱がせたのである。さすがに看過(かんか)出来ないと武器を構えた血族を、レオンが糸で阻んだ。彼としてもビスクの行動の意味は分かっていない。ただ、クマールにとどめを刺す意図がないことだけははっきりしていた。気を失って無抵抗の彼を殺すなら首を()ねるだけで済む。


 それから起きたことに、血族もレオンも唖然(あぜん)とした。ビスクは、レオンを手当てした際の医療道具を(もち)いてクマールを治療したのである。傷を消毒し、軟膏(なんこう)を塗り、傷口を縫合した。そして包帯を巻いて再び服を着せたのだ。


 ビスクがおこなったのはそれだけではない。自分が傷付けた血族を次々と手当てしていった。もう戦闘は終わったと言わんばかりに。血族の何人かは彼女による治療を手伝い、何人かは棒立ちになっている。ひとりとしてビスクとレオンに刃を向ける者はいなかった。


 やがてルドラの降伏宣言が響き渡ると、血族たちは一斉に息を吐いた。安堵(あんど)の吐息だろう。敵は敵ではなくなった。刃を向けなかったことが全面的に正当化されるわけではないものの、身の振り方が間違っていなかったと悟るには充分だ。


 不夜城へと向かうよう布告されたので血族たちはクマールの身柄を預かると進言したが、ビスクは(かたく)なに身振りで断った。歩けないレオンを背負い、クマールは華奢(きゃしゃ)な両腕で抱いて不夜城へと向かったのである。細身の身体で二人の男を(かか)えるなど考えられないことだが、ビスクが尋常(じんじょう)ではないことはすでに戦闘で証明されていた。彼女の足取りもしっかりとしたものである。血族のうちの何人が、ビスクを人形だと認識していたかは謎だ。


 クマールが意識を取り戻したのは、不夜城に向かってすぐのことだった。


 ビスクの顔と、彼女に背負われて自分を見下ろすレオンを見て、クマールはさぞ困惑したことだろう。彼の(こん)は隣を歩く血族が預かっていた。


 言葉を扱えないビスクの代わりに、レオンはこれまでの状況を淡々と説明したという。ルドラ軍の敗北宣言はもちろん、クマールへの治療に関しても含めて。


 彼は何度か『下ろせ』と言い、ビスクの腕の上で抵抗して見せたが甲斐(かい)はなかった。ビスクは小さく首を横に振ったのみである。


 やがて諦めたクマールは脱力して問いかけた。


『なんでオレを助けた』


 問いかけの答えはレオンも持っていなかった。ビスクの意志による行為を代弁出来るはずがない。ただ、推測なら口に出来た。


『ビスクは誰かを傷付けるような性格ではない。しかし、やむを得ず戦った。結果として傷を負わせたので、治療したのだと思う』


『……この人形はテメェが操ってんだろ。テメェの平和主義が無意識に人形を動かしただけじゃねえのか』


『あまり人形と言わないでくれ。ビスクが傷付く。……君もいい加減気付いているだろ。彼女には彼女だけの意志がある。そうでなければ君を殺していた。私個人は君に殺意があったのだから。もっとも、今は殺す気などない』


『そうかよ』とクマールはぞんざいに言う。『骨を抜いたあとに動いてたのは、人形に埋めたビスクの意識が残ってたって?』


『ああ』


『で、また骨を埋め直したのか。自分の護衛にするために』


『違う。愛しているからだ』


『テメェの妻はもう死んでんだろ。その骨を映し人形(ソーマ・ドール)に埋めたって、そりゃ同じかたちの別物だ』


 レオンはビスクに『不快だったら頷いてくれ。もう話を終わりにする』と囁くと、彼女は首を横に振った。レオンは深呼吸し、クマールへと言葉を返す。


『私は……今のビスクを別物だとは思っていない。生前の彼女の魂が宿(やど)っている。だから今の彼女もビスクだ。ビスクでしかない』


映し人形(ソーマ・ドール)が魂を保存するってのは真実だ。それは認める。ただ、それは生前の動きを再現するだけのモンに過ぎねえよ』


『私はそうは思わない。彼女の行為は再現されたものではなく、今ここで確かに起きている一度きりの営みだ。私たちが生きている状態と精神的にさしたる違いはない』


『……仮にそうだとして、映し人形(ソーマ・ドール)は檻でもある。大事な嫁の魂を人形に閉じ込めるのはマトモじゃねえよ。それを二度もやったんだ。なんの後悔もないってのか?』


『……彼女のいない人生に意味はない。私はビスクと生きていたいのだ。傍目(はため)にはどんなに罪深く見えようともかまわない。私は彼女を愛している。彼女もまた、私を愛している』


 ビスクが顔を()らした。しかし足取りは一定のままである。


 しばしクマールは無言だったが、やがて天上を虚ろに見上げて口を開いた。


『愛なんてモン、オレは信じちゃいねえ。オレは何人も女を抱いて、孕ませてきたが、誰ひとり嫁に貰っちゃいねえんだ。子供だって、認知する気にならねえ。愛だの恋だの、そんなモンを信じたっていつか消えるに決まってる。絶対に消えない愛は自己愛だけじゃねえか? 他人の心なんて分かりゃしねえからな、気付かねえうちにコロっと変わりやがる。そんなのを後生大事にするなんて、正気じゃねえよ』


 クマールがどのような人生を歩んだのかはレオンの知るところではない。しかるべき経緯があって今の彼の考えがあるのだろう。


『君の考えは否定しない。ひとは心変わりするものだ。そうだとして、愛することになんの問題があるだろう。無闇に傷付き、自己嫌悪に(さいな)まれ、苦しみに(あえ)ぎながら信じ続けるから、愛に価値が生まれるのだと私は思う。簡単に手に出来て、かつ永遠に変わることないものを愛とは呼ばない』


『……クソみてえな考えだ』


 そう呟いたクマールの顔には、嫌悪ではなく、どこか思案めいたものがあった。




 以上がレオンの語った事柄である。『ほろ酔い桟橋』で娼婦(しょうふ)に真実の愛を詰め寄ったクマールが、レオンに触発されたのかはわたしの知ったことではないし、愛について何事かを判断する資格は今の自分にはない。むろん、興味もなかった。


 それにしても、レオンの言葉が真実ならばビスクは変化している。以前、不夜城の(いただ)きでビスクと戦った際、彼女は間違いなくわたしを殺そうとした。マダムの邸での一連の出来事を()て、ビスクが変わったのかもしれない。あるいは、魔力の供給元であるレオンが変わったのか。


 どちらでもいい。


「それで、今は二人で仲良く洗濯してるのね」


「そうだ。ココに血の落とし方と洗い方を教わったので、その通りにやっている」


 (おけ)揺蕩(たゆた)うウェディングドレスやレースの手袋、あるいは純白のタイツ。蛇口から流れる水のうねりで、それらは踊っていた。まるで生きているように。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『レオン』→ビスクの婚約者。人形術を得意とする魔術師。独り言が多く、コミュニケーションに難がある。カシミールの弟であり、マダムの息子。三人とも血の繋がりはない。『黒の血族』のオークションでマダムに落札された。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ビスク』→レオンの妻であり、ポールの娘。故人。ポール曰く、控えめで優しい性格とのこと。彼女の死後、レオンはその姿を模した人形を所持するようになった。彼は人形もまたビスクと呼び、大切にしている。レオンが傷付くと、人形は彼の魔力を吸い上げて駆動する。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『子鬼』→集団で行動する小型魔物。狂暴。詳しくは『29.「夜をゆく鬼」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『不夜城(ふやじょう)』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『映し人形(ソーマ・ドール)』→死者の魂を記憶し、再現する魔道具。通常、『映し人形』は魔力の糸を接続して人形術として扱う。『映し人形』を完成させるためには、再現する相手の骨などが必要となる。詳しくは『463.「映し人形」』にて


・『ほろ酔い桟橋(さんばし)』→『煙宿』のなかで、一般的な住民の住むエリア。『不夜城』以外の部分はすべて『ほろ酔い桟橋』にあたる。居住区よりも娼館や酒場、賭博場といった広義の娯楽施設のほうが多い。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『マダム』→本名不詳。人身売買で私腹を肥やしていた黒の血族。買い集めた奴隷たちに作らせた町ロンテルヌの支配者。血の繋がっていない二人の息子、レオンとカシミールによって命を絶たれた。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて


・『ココ』→『煙宿』にある針治療の店『針屋』に居候する女性。気さくで明るく、演技が達者。魔術の才能があり、得意の裁縫と組み合わせ、魔力を織り込んだ衣服を作る。魔力の糸を断つのも結ぶのもお手の物。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』『450.「復路の梟」』にて

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