14.「お別れ」
「わたしは町外れをさまよいました。もう魔具を回収する気も、アジトに帰る気もありません。魔術師の存在しない町がどうなるか、知らないわけではありませんから。死霊術師の死、人形使いの死、そして町の死……それらの原因を作ったのはわたしです。……命を断とう、そう決めて死に場所を探していました。そんななか、丘の中腹にある墓地でネロに会ったのです……。彼は人形使いの墓の前でずっと座り込んでいました。人形、魔力、魔術、そんな涙混じりの単語が切れ切れに耳に入ったのです。彼は自分の非力を嘆いているようでした。……まだ六歳の子供が、です。彼は人形使いとしての力の発現を祈っているようでした」
ネロは沈黙していた。しゃくりあげる声すら聞こえない。ハルは淡々と続ける。
「それが罪滅ぼしにはならないことくらい理解していました。けれどなにかしなければならない、そんな気が起こったのです。少なくとも、この小さな命は消してはならない、と。そしてわたしは人形を演じ、彼に近づいた……。ネロは純粋な子ですから、疑うことはありませんでした。そしてわたしを『ハル』と呼んだのです。……もちろん、本当の名前は別にありました。けれどその瞬間、わたしはハルとして彼を守ろうと、そう決めたのです」
ネロとハルを姉弟と見ていた自分を恥じた。純粋で、歪んだ、悪党の顛末。けれど、ネロを守る彼女を否定したくない。ハルは先天的に持っていた魔力を正しく使おうとしているのだから。
「翌日、町の人がこの家に訪ねてきました。おそらく、ネロが無事かどうか知るためでしょう。そこに人形としてわたしがいたことに安心し、帰っていきました。彼をひと晩放置した町も、責任と恐怖から逃れることができた住民も、責めようとは思いません。わたしは人形で、これからはネロを守っていくだけだと決めたから……」
ひと晩。そう考えて寒気がした。人形使いの死によって町は自衛を余儀なくされながらも、ネロを保護しようとはしなかったのだ。おそらくは、町に魔物を寄せないために。ひと晩だけでもかまわないから、その魔力によって魔物を引き寄せてくれ。避雷針として役立ってくれ。そんな醜悪な意識が垣間見える。
そしてハルの存在により町の存亡問題も、お流れになったのだろう。魔術師の息子が人形使いとして魔物と戦ってくれる。町はそれまで通りの日常を謳歌出来るというわけだ。
「終わりですか?」
男の言葉に、ハルは小さく頷いた。
「お嬢さん、なにか疑問は?」
首を横に振る。聞きたいことはあったが、もうたくさんだ。
「坊ちゃんはいかがかな? なにか聞きたいことは?」
ネロは返事をしなかった。ただ口を真一文字に結んで黙っている。
「よし、よし」と呟いて男はハルに顔を向けた。あの薄気味悪い目付きのままで。「それで、魔具はどこに隠しました?」
「……林の奥。ただ、失われてしまいました」
「嘘だったら坊ちゃんの首を切りますが、その返事のままでよろしいですか?」
彼はハルに近寄り、顔を寄せた。おそらくは瞳を覗き込んでいるのだろう。どんな嘘も見逃すまいとして。
「嘘ではないです。……一昨日、林の奥で魔力が弾けました。膨大な量です。なぜそれが起きたのかは分かりません。けれどもう、永久に失われてしまった……。探してみたけれども、欠片すらありませんでした」
思わず息を呑んだ。あの魔術痕は、魔具の暴発なのだろうか。でも、そんなことは今まで聞いたことがない。あるとすれば、わたしにかけられた転移魔術が弾け、誘爆するように魔具も魔力ごと消し飛んだのだろう。あのクレーターとわたしは無関係ではないようだが、ハルは伏せておくつもりらしく、ひと言も触れなかった。
沈黙が部屋を覆う。男はじっとハルを覗き込んだままだ。彼女は黙って、その不気味な視線にさらされている。
と、不意に男が天井を仰いだ。
「アハハハハハハハ!」
地の底から響いてくるような、不気味で率直な声。それなのに心底愉快そうな笑いに聴こえてならない。
「みんなみんな地獄を味わってる! 血を流して生きてる! 最高だ! こうでなくっちゃ面白くない! ……いいよ、気に入った。肝心の部分に嘘はない。今回は見逃してあげますよ」
ほっ、と息が漏れた。これでこの悪魔が去ってくれるのなら一番だ。たとえネロとハルの信頼関係修復に時間がかかろうとも。
「……と言いたいところですが、あいにく私も盗賊団に雇われているんです。魔具は消し飛びました、はい終わり。これじゃあ納得しないでしょう。加えて、魔具が回収できなかった場合の指令もしっかり受けているんですよ」
男はそう言って、玄関のドアに手をかけた。木板の軋みが長く尾を引いて部屋に響く。遠くに魔物の気配を感じた。
「一緒に来ていただきます。まさか、断りはしないでしょう? 道中の魔物は無視しましょう。どうせ雑魚ばかりですからねぇ。厄介なのがいれば、そのときは腕の見せ所ですよ、ハルさぁん」
半ば無意識に拳を握りしめていた。それじゃネロはどうなるんだ。彼を守ると決めたハルの意志は。男の要求は、二人を蹂躙するものだった。
「……断ったらどうなります?」とハルは冷静に、けれど震える声で訊ねた。
「もちろん、悲劇です。ネロくん……でしたっけ? 私だって血は見たくないし悲鳴も聞きたくない。素直に応じていただければ無傷です。ただ、離れ離れにはなりますが。……結果として彼が無事ならあなたとしても文句はないはずでしょう? さあさあ、行きましょう」
「……少しだけ時間をください」
「どうぞどうぞ。ただ、彼に近づかないでくださいね。感極まってハグでもしようものなら二重歩行者が勝手に首を裂いちゃいますから」
俯き、歯噛みした。あまりに悔しくて、目の前が滲んでくる。わたしはどこまでも無力だ。
「……クロエ」
呼びかけられて顔を上げると、ハルの無表情がそこにあった。瞳は透き通り、真っ直ぐわたしを見つめている。
「こんなことを言うのは申し訳ないですが、しばらくの間だけネロの面倒を見てくれませんか? ……本当に、ごめんなさい」
王都へ向かう使命がある。勇者の寝返りを告発しなければならない。魔王の息の根を止める。断らなければならない理由はいくつもあったが、迷うより先に頷いていた。
「大丈夫。ネロのことは任せて」
こんなことしか言えない自分を呪わしく思う。
ハルは安心したのか、今度はネロに呼びかけた。「ネロ」
彼は答えなかった。きっと、自分が一番情けないと感じているのだろう。もしかしたら両親が亡くなったときと同じくらい、自分の非力を嘆いているのかもしれない。
「聞いて、ネロ」
「マスターって呼ばないと聞かない」
精一杯の抵抗。子供らしく、そして哀しいくらい無意味な抵抗。
「……マスター。これからワタシは遠くに行きマス。ずっとずっと遠く、デス。マスターはこれからクロエの言うことをちゃんと聞いて、そして、立派に町を守ってくだサイ。マスターは大魔術師ですカラ」
「嘘つき」
「嘘ではありまセン。本当に、本当に、すごい魔術師なんデス。だから、ワタシがいなくなってもちゃんと生きてくだサイ」
「……嫌だ! 行かないで!」
聞き手の胸を裂くような、哀切な涙声。
「これからは好き嫌いセズ、勇気を出シテ、しっかり生きてくだサイ。……さようなら、ネロ」
言い残すと、ハルは玄関を出た。
「いやあ、感動的ですね。本当ですよ。本心からそう思います。……まあ、安心してください。連れ戻せたら、戻しますから。私もそこまで鬼じゃない。……ときに、お嬢さん。あなたにはひとつ仕事を頼みたい。私の分身はしばらくそのままですから、魔物が来たらやっつけてくださいねぇ。半径一メートルは魔物も例外ではありませんから。なに、ひと晩もあれば盗賊団に彼女の身柄を渡せるでしょう。朝までの辛抱ですよぉ。頑張ってくださいねぇ」
そして二人は闇に消えていった。
少年の嗚咽は、いつしか慟哭に変わった。深い夜を震わす声は、ハルの背に届いただろうか。
【改稿】
・2017/11/19 口調及び地の文の調整。ルビの追加。
・2017/12/21 口調及び地の文の調整。ルビの追加。




